80話 エルナとビョルンは激しい夫婦喧嘩をしましたが・・・
一番最後に、
休憩室に入ったリサは、
広々としたテーブルを囲んで
座っている使用人たちが、
「私も王子様!」と
次々言うのを聞いて、
情けなくなり、舌打ちしました。
彼らは賭博が好きなのか、
もう一週間近く
一言も話していない夫婦の
喧嘩の勝敗を賭けていました。
リサを発見したメイドは、
リサはどうするのかと
明るい顔で尋ねました。
リサは文句を言うつもりで
テーブルに近づきましたが、
この場に集まった皆が
王子にお金を賭けているので
何だか、かなりプライドが傷つき
しかめっ面をしました。
リサは、ポケットから取り出した
紙幣一枚を、これ見よがしに
エルナの名前が書かれた所に
置きました。
人生をこんな風に
生きてはいけないけれど
エルナが無視される姿を
見ているわけには
いかなかったからでした。
同情のこもった目で
舌打ちをした侍従は、
空欄だったエルナの名前の下に
大きくリサの名前を書きました。
ちょうど、リサが賭けを終えると
大公妃の寝室で、
呼び出しベルが鳴りました。
最近になって、
さらに体調が悪くなったような
エルナの顔色を
心配そうに見たリサは、
休んだ方がいいのではないかと
エルナに勧めました。
しかし、エルナ本人は
あまりにも平然としていて、
少し前に、
腹を立てた人らしくない姿でした。
エルナはリサに
大丈夫、 休んでいると
返事をしましたが、
リサは、机いっぱいに広がる
布切れを見て、
普通、こういうことをして
休むとは言わないと言いました。
今日、エルナは、
バラを作っているようでした。
エルナは、
じっとしていると、
気持ちが、もっと複雑になるので
こうして、
暇つぶしでもした方がいいと
言い訳をして、
にっこりと笑いました。
すでに山積みになっている
完成した造花と無邪気なエルナの顔。
そして机いっぱいの花びらを
見たリサは、
ぎこちなく笑いました。
エルナの暇つぶしの概念が
他の人と全く違うのは
明らかでした。
冷めたお茶を一口飲んだエルナが
再びはさみを握ったので、
リサはエルナを助け始めました。
ハルディ家で、
一緒に造花を作って売っていた時代に
戻ったような気分になりました。
リサは、山積みの造花を見ながら、
これを、またペント氏に売るのは
ダメですよねと尋ねました。
ハルディ家にいた時は、
エルナもリサも
わずかなお金が
惜しい境遇だったので、
リサが造花を作ったことにして、
デパートに造花を売っていました。
しかし、
レチェンの第一王子妃であり
大公妃でもあるエルナの
随行メイドに就いたリサは、
エルナの守るべき体面と
威信の重さを考えると、
自分が代わりに
デパートに造花を出して売るのも
困難だと思いました。
リサは悲しそうな顔で
長いため息をつきました。
エルナは、
完成したばかりのバラの造花を
見下ろしながら、
メイドたちに
プレゼントしたらどうかと
浮かれた顔で尋ねました。
リサは、
これ以上、納品できないという
知らせを聞いたペント氏が
深く悲しんだくらい
見事で美しい造花を、
陰でエルナの悪口を言うメイドたちに
プレゼントすることを
真剣な表情で反対しました。
リサは、
こんなに貴重なものを売れば
いくらになると思っているのかと
尋ねると、エルナは、
どうせ売ることはできないと答え、
メイドたち嫌がるだろうかと
尋ねました。
リサは、
そんなはずはないし、
皆、喜ぶと思うけれど、
大公妃の悪口を言うから問題だと
反対しました。
しかし、エルナは、
それなら、プレゼントする。
そうすれば、一輪の花の分だけ、
自分を
よく見てくれるかもしれないと
言いました。
リサは、そんなはずがないと
喉元まで上がった言葉を
どうしても
吐き出すことができませんでした。
訳もなくエルナが、
きれいに笑ったためでした。
リサは、
この笑顔を見ても屈しない人々は
本当に罪深い。
問題の毒キノコ王子は、
特にそうだと思いました。
リサは、エルナの顔色を窺いながら
王子様にもプレゼントを渡すのかと
尋ねました。
リサは、二人がうまくいくことを
誰よりも切実に願っていましたが
この戦いには、
必ずエルナが買って欲しいと
願っていました。
夫に片思いする境遇であることも
悲しいのに、
初めての夫婦喧嘩で惨敗するのは、
あまりにも悲しく、無念だろうと
思いました。
しかし、
造花を作っていたエルナは、
とんでもない話を
聞いたというようにリサを見て、
そんなはずがないと、
しっかり答えました。
そして、エルナは不愉快な名前を
消し去るかのように、
もっと精力的に
手を動かし始めました。
エルナは、頭のてっぺんまで
怒りがこみ上げてくるのを
我慢できなくなり
喧嘩をしましたが、
このような結果を
望んでいたわけでは
ありませんでした。
初日はすっきりしたものの、
2日目は少し気になり、
3日目には、
しっかり閉めていた扉を
そっと開けました。
もしビョルンが来たら、
勝てないふりをして
受け入れる決心をしたからでした。
しかし、ビョルンは
一度もエルナを訪れることがなく、
一人で寝て、一人で食事をして
一人で外出をし、
まるでこの家の中に
妻という存在がいないように
振る舞っていました。
二度と自分の顔を
見られないと思えと脅した
そのままの態度でした。
プライドが傷ついたエルナも対抗して
屈せずに持ちこたえたため、
彼らの関係は、一週間も
膠着状態から抜け出せずにいました。
あまりにも広いこの宮殿なら
一生このように、
互いに背を向けながら
生きていくこともできるようでした。
お茶を飲んで
再び吐き気を催したエルナは、
完成した造花を一ヵ所に集めました。
バラやスズラン、ダリヤの花々が
大きな籠にいっぱいになりました。
リサは花を混ぜ合わせて
コサージュを作り始めました。
造花を作る腕前は、
エルナの方が
はるかに優れているけれど、
それを美しく組み合わせる実力は
リサの方が数段上でした。
リサは、本当に高く売れる
最上品なのに、
考えれば考えるほどもったいないと
愚痴をこぼしながらも、
心を込めてメイドたちの
プレゼントを作りました。
残った花は、
エルナの春の帽子を飾りました。
ちょうどその帽子をかぶったところへ
フィツ夫人がやって来ました。
悪いことをしてばれた
子供たちのように緊張している二人を
じっと見つめていた彼女は
万国博覧会の開幕式に出席する
王室の人々が、その3日前に、
シュベリン宮殿に到着すること。
その日は、
別に集まりを準備する必要がなく、
家族で晩餐を共にする程度で
十分であると伝えました。
エルナは緊張の色を隠しながら、
返事をしました。
家族同士といっても、
国王夫妻と、その五兄妹。
結婚をしたルイーゼ姫の夫と
幼い兄妹。
それにエルナ自身まで加われば、
広々とした晩餐室の食卓が
十分、埋まるはずでした。
それから、フィツ夫人は、
二人の王子の誕生パーティーに
招待する客の最終リストを渡し、
確認して欲しいと言いました。
王室の人々は、
万国博覧会の開幕式に出席するため、
しばらくシュベリンに
滞在する予定だったので、
開幕式の2日後の
双子の王子たちの誕生日パーティーも
エルナの管轄下で
行われることになっていました。
エルナは、初めて試験の場に
立たされた気分になり、
並大抵の神経では
いられませんでした。
エルナはリストを綿密に検討した後、
さらにいくつかの議論を続けました。
そして、フィツ夫人が、
ちょうどエルナに背を向けた瞬間
彼女は吐き気を催し、
浴室へ走って行きました。
リサも、素早くその後を追いました。
フィツ夫人は驚いて立ち止まると
浴室の扉を見ました。
エルナは青白い顔で、
大変失礼したとフィツ夫人に
謝りました。
フィツ夫人は、
主治医を呼ぶと言いましたが、
エルナは、
胃薬が残っているからと
首を振っている間に、
リサは薬を盆に乗せて
運んで来ましたが、フィツ夫人は、
その薬は飲まないようにと言って
リサを目で阻止しました。
それからフィツ夫人は
主治医を呼んで診察を受けるように。
もしかしたら、
胃の病気の症状かもしれないけれど
きちんと確認した方が
良さそうだと話すと、
今月は、月のものが
欠かさず来たかと尋ねました。
月のものと聞いて、
エルナは慌てて頬を赤くすると、
その時になって、
ようやくリサは息を荒くし、
これはもしかしてと、
ピョンピョン飛び上がりたい気持ちを
必死で抑えました。
フィツ夫人はリサに、
執事室へ行って、
主治医の先生を呼ぶよう伝えてと
指示しました。
春という季節を、最も理想的に
具現化したかのような美しい日。
このような天気が
人の気分を汚すこともあるのだと思い
ビョルンは苦笑しました。
朝遅く、バルコニーに出て
風を浴びていたビョルンは、
ふと、彼女に似ている天気だと
思いました。
嫌な一日の始まりでした。
汗が冷めると、ビョルンは、
馬の背中に乗りました。
面倒臭い女性を消してしまうと、
再び結婚前に戻ったように
日常が平穏になりました。
おかげで、最近は、
よく乗馬を楽しむようになりました。
彼としても、
全く損することのない日々でした。
ビョルンは、
乗馬から戻って来ると、
二日前の午後、
まさにこの庭園の同じ場所で、
メイドと一緒に散歩していた
エルナに出くわしたことを
思い出しました。
目が合っても、前のように
ぱっと背を向けないので、
そろそろ、彼女の方が
折れる決心をしたのかと
思いました。
ビョルンは勝てないふりをして
許す気もなくはありませんでした。
しかし、エルナは、
日傘を顔の横に持ち上げて
視界を遮ったまま、
悠々と彼の横を通り過ぎました。
小走りで逃げる女性の背中には
まるで彼を怒らせるかのように
リボンとレースが
ひらひらとはためいていました。
頭のてっぺんまで上った
苛立ちを抑えるために、
ビョルンは手綱を握ったまま
しばらく、
留まらなければなりませんでした。
ビョルンは、
そのムカつく記憶をため息で消し、
ゆっくりと庭を横切りました。
大公邸の玄関前に着くと、
侍従が急いで出てきて
彼を迎えました。
そして、
手綱を渡された侍従は、
大公妃の所へ行ってみるように。
今頃、診察が終わったはずだと
告げました。
ビョルンは、しかめっ面で
診察?と聞き返すと、侍従は
まさか、まだ知らなかったのかと
気が狂ったように
よく笑いました。
この状況に、
ますますイライラしたビョルンは
今しも話そうとした瞬間、
侍従は、突然頭を下げ、
ビョルンが、もうすぐ父親になると
お祝いの言葉を述べました。
感激に満ちたその言葉は
あの日の言葉と
少しも変わりませんでした。
気持ちを落ち着かせるために
ひたすら造花を作るエルナが
いじらしいと思いました。
二人とも意地を張って
仲直りをしないまま、
エルナの妊娠が発覚。
しかも、ビョルンは
それを聞いて、
グラディスとの嫌な過去を
思い出している様子。
今後、二人の間がどうなっていくか
ますます、
目が離せなくなってきました。
キリコ様、koko様、
ママ様、Nico様
コメントをありがとうございます。
毎日、更新ができず、
申し訳ありませんが、
土日祭日は、更新できるよう
頑張りますので
今後とも、よろしくお願いいたします。