925話 外伝34話 偽の未来の皇女ラティルは、昼間寝て夜起きているようタッシールに助言されましたが・・・
馬車に乗った全員が、
翌日も野営することになりました。
この2日間、皇女ラティルは
人々が野営の準備をしている時、
馬車の中で、ゆっくりと
準備が終わるのを待ちました。
しかし、今日は、
人々が忙しく動き回っている間、
彼女も馬車から出て来ました。
官吏はテントを丈夫に設置しろと
小言を言っている最中でしたが、
すぐに、
皇女ラティルの元へ駆けつけると、
中で休まないのかと尋ねました。
皇女ラティルは、
ずっと中にいると息が詰まると
言いました。
官吏は、
護衛たちを連れて行くようにと言って
最も熟練した護衛を手招きしました。
しかし、ラティルは、
この近くにいるだけで、
遠くへは行かないので、
あえて付いて来る必要はないと断り
走ってくる護衛たちに
再び戻るよう手で合図をしました。
皇女がきっぱりと拒否すると、
官吏も、これ以上
勧められませんでした。
官吏は野営の準備をするために
再び別の場所へ走って行きました。
皇女ラティルは、
その後ろ姿をしばらく見た後、
護衛兵たち、下男たち、下女たちを
一度、ざっと見回しました。
どう見ても麻薬の売人のような
怪しい青年は、
荷馬車に頭を突っ込み、
自分の荷物を確認していました。
そこまで見た皇女ラティルは、
こっそりと人々の間を抜け、
野営地の外に移動しました。
実は散歩と言ったのは言い訳で
皇女ラティルが
一人で外に抜け出したのは、
2日間続けて、
夜に変な音を聞いたためでした。
彼女は、あらかじめ
周囲を見回しながら、
もしかして、怪しい人たちが
隠れているのではないかと
調べるつもりでした。
しかし、野営地の外れにも、
野営地から少し離れた所にも、
身を隠している不審者たちは
見えませんでした。
夕焼けで赤く染まった野草たちが、
静かに咲いていて、
景色が良いだけでした。
本当に、
幽霊が出した声ではないよね?
そんなこと、あるはずがない。
皇女ラティルは、
昨夜、タッシールが言った言葉を
思い出し、
訳もなく気になりました。
しかし、さらに2周しても
特に変わったことがなかったため、
野営地に戻ることにしました。
今頃は、野営の準備も
終わっているだろうと思いました。
ところが、ちょうど
そこを離れようとした時、
硬い岩と剣がぶつかる音が
遠くない所から聞こえて来ました。
野営地と反対方向でした。
皇女ラティルは、その方向に
さっと体を向けました。
今回も、剣の音を、
確かにはっきり聞きました。
兵士たちを呼び寄せようか?
しかし、兵士たちを
呼びに行っている間に
不審者たちが逃げるかもしれないので
皇女ラティルは剣の柄に手をかけて、
音がした方へ
一人で忍び足で歩いて行きました。
そうするうちに皇女ラティルは
嫌な予感がし、
すぐに体を前方に飛ばしました。
突き出た棘のような茂みに
顔と手の甲を引っ掻かれながら
彼女は、そこを通り過ぎました。
皇女ラティルは、バランスを取る前に
まず剣を抜いて前に突き出しました。
ほぼ同時に、剣の刃に
何かが強い力でぶつかりながら
跳ね返りました。
誰かが短剣を投げた。
幽霊かもしれないという
実体のない心配は、
奇襲という実在する危険に
変わりました。
皇女ラティルは、
どの方向から攻撃されても
反撃できるように、
剣を上に上げ、体を低くして
周囲を素早く見ました。
声を出して、護衛兵たちを
呼ばなければならないのだろうか。
しかし、声を出す瞬間、敵にも
自分の位置が分かってしまう。
攻撃が続かないということは、
まだ敵も、こちらの位置を
完全に把握しているわけではない。
皇女ラティルは、
息さえできないまま、
目をあちこち動かしました。
野営地に移動すべきなのか。
人々を呼び集めて
この近くを探るべきなのか。
ラティルは、ゲスターとの偽未来で
皇女ラティルが旅行へ行って
拉致されたことを思い出しました。
もしかして、これが
そのことなのだろうか。
皇女ラティルが、
一人で離れているので、ラティルは
さらに心配になりました。
最終的に皇女ラティルは
野営地の方ではなく、
正反対の方向へ
一人で移動することにしました。
敵が本当に自分を狙っていて、
数日間、こちらを注視していたなら
きっと野営地の位置も
把握しているはず。
野営地に向かう途中で、敵が
待ち伏せしているかもしれないと
考えたからでした。
皇女時代の自分は、
あまり怖がらない。
ラティルは、
皇女ラティルの決断に
舌を巻きました。
現実の自分の体は
半覚醒しているので、
一人でも多くの敵を
相手にすることができたし、
相手にできなくても、
怪我をして死ぬことは
ありませんでした。
しかし、皇女ラティルは、
全く覚醒していない体なので
敵に待ち伏せされていたら、
本当に危険になりかねませんでした。
それでも皇女ラティルは、
躊躇したり怖がる気配が
ありませんでした。
皇女ラティルの思い通りになれば
大丈夫だけれど
ゲスターとの未来では
奇襲されたのではなく、
拉致されたので心配だと、
ラティルが考えるや否や、
石が石の上に落ちる音がしました。
皇女ラティルが頭を上げるや否や
彼女に向かって剣を突きつける
覆面をかぶった人が見えました。
皇女ラティルは、
剣で攻撃を防ぎましたが、
3人の襲撃者が、
彼女に飛びかかりました。
しかし、皇女ラティルが
奇襲に驚いたのと同じくらい、
敵も彼女の剣の腕前に
驚いたようでした。
皇女ラティルが3人の覆面の間で
あちこち素早く動きながら
剣を動かすほど、
彼らはますます驚きました。
この時期に、自分が強いことを
知っている人が少ないことは
知っていた。
自分が騎士たちに付いて回りながら
訓練したことを知っていても、
皆、適当に護身術程度だけ
身につけたと思っていたからだと
ラティルは考えました。
待ち伏せしていた敵が
姿を隠したまま
矢を飛ばし始めたことで
均衡を保っていた戦いが崩れました。
矢が皇女ラティルの頬をかすめて
通り過ぎ、一瞬にして、
顔に熱がこもりました。
矢を避けながら、
3人の敵を相手にするのは
容易ではありませんでした。
矢が飛び続けると、
皇女ラティルは、
剣を大きく振り回して敵を振り切り
矢のない方向へ走って行きました。
今、皇女ラティルが逃走することまで
敵が想定しているかもしれない。
ラティルは、
自分が体を使っていないため、
一歩離れて
心配することができました。
しかし、すぐに敵から
身を守らなければならない
皇女ラティルは、
そこまで考えることが
できませんでした。
ラティルの心配は当たりました。
皇女ラティルは、
矢と人を避けて逃げ、結局、
ある洞窟の中にまで入りましたが
洞窟の中には、
罠が設置されていました。
皇女ラティルは真っ暗な闇の中、
地面に置かれた罠を踏み、
悲鳴を上げながら倒れました。
しかし、彼女は必死に
それ以上の悲鳴を上げるのを防ぎ、
罠を足に付けたまま、
急いで身を隠しました。
皇女ラティルは、
洞窟の隙間に身を隠したまま
息を切らし、
下を流れる水路を発見すると、
そこに怪我をした足を入れて
血の匂いを隠しました。
その状態で待っていると、
まもなく人々が洞窟の中に
入ってくる足音がしました。
すると、すぐに誰かが
「皇女は?」と尋ねました。
聞いたことのない男の声でした。
こちらへ逃げたと、
今度は別の男が答えました。
すぐに洞窟の入り口から
光が少し差し込みました。
敵は松明を作ったか、
ランタンを持ってきたようでした。
続いて、何度か
ガチャガチャという音がした後、
ある女性が、
罠が一つないので、
皇女が罠にかかったようだと
言いました。
聞いたことのある声でした。
皇女ラティルは、
それが誰の声なのか
じっくり考えました。
しかし、血の匂いがしないのを見ると、
また外に逃げたようだと、
続けて、聞き慣れた男の声が
聞こえて来ました。
しかし、今回も、誰の声なのか
すぐには分かりませんでした。
しかし、自分たち一行に
敵が紛れ込んでいたのは
確かでした。
もしかしたら怪しい声が
ずっと聞こえたのも、彼女を
誘い出すためだったのかも
しれませんでした。
皇女ラティルは、
一人で森の奥深くに
入るべきではありませんでした。
そんな中、敵はずっと話し合い、
洞窟の中を見渡してから
洞窟の外の周囲を見ようと
結論を下しました。
足音が、あちこちに分かれる音を
聞きながら、皇女ラティルは
苛立たしげに辺りを見回しました。
どうしよう。
血が地面に垂れていないだろうか。
皇女ラティルは
水に浸かっている足を見ました。
罠に触れることなく移動したので
血がたくさん流れることは
なかっただろうと思いました。
しかし、血痕がないとは
思えませんでした。
まず、皇女ラティルは
周囲の石を拾って積み上げ、
自分が入って来た石の隙間を
素早く塞ぎました。
そして黒いマントを
その上にかぶせました。
皇女ラティルは、
ハラハラしながら、音も出さずに
敵の足音が通り過ぎるのを
待ちました。
カモフラージュが通じるだろうか。
もし、血痕の付いた石を
隙間の前に置いていたら
無駄になってしまうと思いました。
そのようにして、
どれくらい経ったのか。
ついに敵の一人が
外に出たようだと言いました。
敵が周囲を見回そうとして
外へ出た後も、皇女ラティルは
マントを持った手を下ろすことが
できませんでした。
しばらくして、彼女は
これ以上、我慢ができなくなり
マントを下ろしました。
しかし、石を片付けることは
考えられませんでした。
どうしよう。
同行者たちの中に
敵が紛れ込んでいたとしても
まずは帰らなければならない。
敵が自分を誘い出して
襲撃したということは、
一行が全員敵ではないという意味だ。
その中に紛れ込んでいれば
敵も簡単に行動できない。
皇女ラティルは決定を下す前に
気を失ってしまいました。
血を大量に流したせいでした。
ところが不思議なことに、
再び気がついた時、
足を水に浸していませんでした。
その上、周囲が明るかったので
皇女ラティルは、
急いで上半身を起こしました。
すると、意外な人を見て
目を大きく見開きました。
包帯に白くてネバネバする粉を
筆で塗っていたタッシールは
気がついたようですねと
皇女ラティルに声を掛けました。
なぜ、あなたがここにいるのか。
自分はどこにいるのかと、
皇女ラティルは、
辺りを見回しながら尋ねました。
ここは依然として洞窟の中でした。
しかし、ランタンが、
岩の溝の中に入っていたので
周囲が明るく、
今が昼なのか夜なのかは
ここでは分かりませんでした。
タッシールは、
ここは殿下のいた所から、
もう少し奥に入った所だ。
そして、自分がここにいる理由は
殿下を探しに来たからだと
簡単に答えた後、皇女ラティルに
足を出すよう要求しました。
皇女ラティルは、
足を差し出す代わりに、
横に置かれている剣をつかんで
タッシールに向けました。
自分の同行者の中に
敵が忍び込んでいた。
そのうちの一人が彼ではないと
確信できるのか?
それに、今の状況は、
あまりにも偶然過ぎないか。
タッシールは、
包帯を盾のように持ち上げながら
殿下は自分の腕を勝手に治したのに
自分が、殿下の足の
治療をしてあげようとしたら
剣を向けるなんて酷い。
自分は気絶した殿下を引きずって
罠も外して、
包帯も持って来たりと、
どれだけ苦労したことかと
嘆きました。
皇女ラティルは、
それでも剣を片付けず、
疑い深い目で彼を見つめました。
そして、
なぜ、あなたがここにいるのか。
はっきり言うように。
自分を見つけたら、連れの所へ
連れて行ってもいいのではないかと
自分がどんな状況だったのか
一つも説明せずに、
タッシールに要求しました。
彼の返事を聞いて、
彼が自分を助けに来たのか、
敵と仲間なのか
確認するつもりでした。
タッシールは、
包帯を盾のように持ち上げたまま、
今、殿下一行が
大変なことになっている。
自分も最初は、おとなしく
自分の荷物の近くにだけいた。
もちろん殿下のことを
心配していなかったからではなく
自分は部外者だから
おとなしくしていた。
ところが、時間が経っても
殿下を見つけられないと、
自分は何もしていないのに、
人々が、しきりに自分を
睨みつけてきた。
それで結局、自分も
恩人である殿下を
探してみようとしたと答えました。
皇女ラティルは、
でも、なぜ、
ここにずっといるのかと尋ねました。
タッシールは、
覆面をかぶった人たちが
あちこち歩き回っていた。
自分一人なら、
うまく抜け出せるけれど、
倒れた殿下を背負って
帰ることはできなかったと
答えました。
野営地に戻って、
自分がここにいることを
自分の同行者たちに
知らせて来てもいいのではないかと
皇女ラティルが言うと、
タッシールは、
もちろんそうしようとしたけれど
一足先に、覆面の5人が覆面を脱いで
殿下一行に合流したのを
見てしまったと答えました。
ラティルは
タッシールが好きでしたが、
今、この偽の未来の中の
タッシールが言う言葉が真実なのか
信じるのは困難でした。
皇女ラティルもそうでした。
しかし、彼女は、
2人ではなく5人が
自分の同行者の中に
紛れ込んでいることにショックを受け
一体どうやって、
そんなにたくさんの敵が、
自分たち一行に紛れ込んだのかと
叫びました。
皇女ラティルの、
うろたえた表情を見たタッシールは
包帯を手に取り、あちこち動きました。
そして、状況に合わない軽い声で
だから、もう治療しましょうと言うと
皇女ラティルは腹が立ちました。
しかし、タッシールの言ったことが
本当なら、今は彼に
怒る時ではありませんでした。
皇女ラティルは怒りを抑えて
足を出すと、
優しく治療して欲しい。
自分は痛いのが嫌いだと
気が弱そうに呟くと、
タッシールは
嬉しそうに包帯を手に取り
持って行こうとしたところで止まり
急に眉を顰めました。
ゲスターとの偽の未来を見たことで
ラティルは彼の性質が悪いことを
知ってしまい、
メラディムとの偽の未来を見た時は
彼とは友達のままでいようと
思いました。
一方、タッシールは、偽の未来でも、
いつものタッシールなので
ラティルは彼の性格に裏表がないことを
知ることになったと思います。
mioku様
コメントをありがとうございます。
残すところ75話。
引き続き、お楽しみいただけると
嬉しいです。