412話 ラティルはサーナット卿に、自分のことが好きかと尋ねました。
◇苦しむサーナット卿◇
サーナット卿は、
ラティルをじっと見つめながら、
なぜ、そんな質問をするのかと
尋ねました。
ラティルは、
以前、レストランで、
サーナット卿が、
自分のことが気になって
アガシャの面倒を
見ることができないと
言っていたからだと答えました。
少し表現が変ったかもしれませんが
ラティルは顔を背けずに、
サーナット卿を見つめ続けました。
そうしているうちに、
自分の口調が
冗談のようでなかったと思った
ラティルは、
わざと爽やかに笑いました。
ラティルが気になるのは
自分の気持ちと
サーナットの気持ちの両方でしたが、
彼に自分の気持ちを
聞くことはできません。
だから、サーナット卿に
彼の気持ちを聞いてみましたが、
サーナット卿は
ラティルの笑顔を見ると、
瞳が震えました。
わざと冗談のように言ったのに
彼は、冗談のように
聞こえなかったらしく、
ラティルは、
余計なことを聞くべきではなかったと
後悔しました。
サーナット卿は、
もしそうだとしたら、
どうなるのかと尋ねました。
それを聞いて、ラティルは
再び後悔しました。
彼女が思っていた以上に
深刻な雰囲気になりました。
もう取り返しがつかないと
思ったラティルは、
慎重に考えた末、
サーナット卿が自分のことを好きなら
彼を受け入れると答えました。
ラティルの言葉に、
ずっとサーナット卿は
黙っていました。
良い兆候なのか悪い兆候なのか
分からないほど、
口を開きませんでした。
随分経ってから、サーナット卿は、
あまり愛情のこもった
言葉ではないと思うと答えました。
ラティルは、その言葉を否定し
自分もサーナット卿のことが好きだ。
そうでなければ、
受け入れようとは思わなかったと
反論しましたが、心の中では、
冗談のように話すつもりだったのに
冗談はどこへ行ったのかと
叫んでいました。
だんだん雰囲気が
真剣になっているようで
ラティルは気まずさを感じました。
冗談っぽく聞けば、サーナット卿は
イエスかノーかのどちらかで
答えるか、一緒に冗談を言って
済ませることができると
思っていたのに、
とても重苦しい雰囲気に
なっていました。
サーナット卿は、
悲しそうな目でラティルを見て、
彼女と目が合うと、目を伏せて、
自分もラティルのことは好きだけれど
理性的に好きなわけではないと
答えました。
困ったことに、
ラティルは、それを聞いた瞬間、
自分は彼のことを
理性的に好きだということに
気づきました。
ラティルも目を伏せて
訳もなく床を見下ろしました。
なぜだか分からないけれど
何も考えられませんでした。
今の状況がどうなっているのかさえも
考えられませんでした。
ラティルは何とか気を取り直して、
今、サーナット卿に、
大事なことを話していることを
思い出しました。
ラティルは書類の端を弄り、
無理矢理笑いながら、
それで結構。
ただ気になっていただけと
言いました。
ラティルは、サーナット卿を
男として好きなのかもしれないと
思うようになりましたが、
ここで、それを知ったからといって
どうなるのか。
それに彼は、自分のことを
そんな風に好きではないらしいと
思いました。
ラティルはサーナット卿を
無理やり側室にすることで
彼を傷つけたくなかったし、
そんなことをすれば、
他の側室たちも傷つけると思いました。
ラティルは、
もしかしたらと思って聞いてみただけ。
自分たちの仲が、そのような感情で
ダメになってはいけない。
あまり意味のない質問なので、
あまり気にしないでと言って
サーナット卿に微笑みかけました。
そしてどこに消えたのかわからない
ペンを探そうとしましたが、
サーナット卿は突然胸を掴んで、
執務室を飛び出して行きました。
ラティルは驚いて、
後を追おうとしましたが、
慌てて立ち上がったため、
太腿が机の角に当たり、
声を出さずに悲鳴を上げて
倒れこみました。
吸血鬼のスピードで
逃げるサーナット卿は、
ラティルが後ろで、
苦痛に耐えながら
床に転がっていることを
知りませんでした。
彼は走りながら、
後ろを振り返りましたが、
ラティルが付いて来ないので、
さらに胸が痛くなり、
廊下を素早く走りました。
そして、ほとんど人が
出入りしない庭園まで来ると
木の下に座り込み、
木の幹に頭をもたせかけ、
心の痛みが治まるのを待ちました。
もしも、騎士が心の痛みで
覚醒することができるのなら、
おそらく彼は、この瞬間に、
覚醒すると思いました。
もしかしてと思って聞いてみただけ。
自分たちの仲が、
そのような感情で
ダメになってはいけない。
サーナット卿は唇を噛みました。
彼は、なぜラティルが
突然あんな質問をしたのか
不思議に思いましたが、
彼が垣間見せる感情に
ラティルが気づき、
わざと線を引いたのは明らかでした。
自分に、そんな風に見られると
気まずいので、
そぶりを見せないで欲しい。
自分の感情を、
コントロールできないなら、
そばにいる資格もないと
ラティルは遠回しに
自分を遮断したのだと思いました。
今、ラティルが
サーナット卿の本音を聞いていたら
いつ、自分がそんなこと言ったのか。
言っていないことがいくつもあると
当惑するだろうけれど、
サーナット卿の心は
否定的な感情に追い詰められて
崖っぷちまで進んでいました。
そんな彼を遠くで見つけた、
ラティルの乳母は、
舌打ちをしました。
彼女は、自分に付いて来ていた下女に
先に行くように指示し、
サーナット卿に近づくと、
彼を呼びました。
サーナット卿は、ぼんやりと頭を上げ
慌てて立ち上がろうとしましたが、
少しよろめいたので、
乳母はさらに眉をしかめました。
乳母はしばらく考えから、
サーナット卿がそんな様子なのは
ラティルのせいかと尋ねました。
サーナット卿は否定しました。
しかし、乳母は、
恋のために苦しんでいるのは分かる。
なぜかは分からないけれど、
独特の雰囲気があると言いました。
驚いたサーナット卿は
手のひらで何度か頬を触りました。
その反応を見た乳母は、
また騙された。
恋に悩んでいるのは
本当なのだろうと舌打ちしました。
乳母は、そんなに苦しいのなら、
ラティルに思いを打ち明けるように。
そんなに苦しんでばかりいたら
仕事なんてできないと
助言しました。
サーナット卿は、以前、乳母に
絶対に言うなと言われたと
反論しましたが、乳母は、
そこまで、
ひどいと思わなかったからだと
弁解しました。
そして、乳母は
ラティルを見ていると、
彼女は側室たちを
ハーレムに留めておかないで
あちこち、上手に使っているようだ。
サーナット卿も、
騎士として仕えながら、
ラティルのそばにいるのが
いいのかもしれない。
サーナット卿が
ラティルを心から愛していて
苦しんでいるのを見ると、
これだけ彼女のことが好きなら
ただ彼女のそばにいるのが
いいのではないかと思うと
話しました。
乳母は腕組みをして
サーナット卿を見上げました。
大男がしょんぼりしているのが
可哀そうに思いました。
以前、乳母はサーナット卿に
ラティルに気持ちを見せるなと
頼んだことがあったので、
なおさら、そう思うのかも
しれませんでした。
しかし、サーナット卿は首を振り、
力なく笑うと、
それはできないと返事をしました。
乳母は、サーナット卿が
そんなに辛そうなのに
できないのかと尋ねると、
サーナット卿は、
ラティルのことが、
本当に本当に本当に
好きでたまらないので、
彼女の数多くの男の1人になって
満足する自信がないと答えました。
◇自分を避けている◇
ラティルは、
訳もなくサーナット卿に
聞いてしまったけれど、
余計に気まずくなったと思いました。
そして、ぶつけた太腿をさすりながら
仕事をしていると、サーナット卿は
40分程で戻ってきました。
ラティルはサーナット卿を
ちらりと見ましたが、
彼は冷静に振舞っていました。
けれども、以前のように
ラティルに、いたずらをすることは
ありませんでした。
彼女は、それまでの3時間を
丸ごと消し去りたいと思いました。
ラティルは、
側室たちに優しくしてあげよう。
訳もなく1人でソワソワして
サーナット卿に
変な質問をしたことで、
2人の仲が
ぎこちなくなってしまった。
サーナット卿を好きだと
気付かなければ良かったと、
ため息をつきました。
そして、一番の問題は、
サーナット卿のことが好きでも
彼に求愛する立場になれないという
いうことでした。
ラティルはメロシーを訪れ、
サーナット卿の父親に、
彼を9番目の側室としてもらいたいと
言う場面を思い浮かべるや否や
首を横に振りました。
気を取り直したラティルは、
昼食をとる頃には、かなり明るくなり
サーナット卿に、
一緒に食事をしようと
元気よく聞けるほど回復していました。
しかし、サーナット卿は
いつもと違い、
新しく来た近衛兵たちに
伝えることがあると言って
ラティルの誘いを断りました。
ラティルは、
そのうちのいくつかについて、
絶対に団長が話すべきなのかと
尋ねましたが、サーナット卿は、
自分が教えた方が
やる気が上がると言いました。
サーナット卿に拒絶されたラティルは
一瞬、呆然としましたが、
彼は忙しいだけ。
変に思ってはいけないと
無理矢理、前向きに
考えることにしました。
それに、昨日同じことを聞いていたら
「頑張れ」と言って終わりだったはず。
今日だから変に思うのだと
自分に言い聞かせました。
しかし、その日の夕方、ラティルは、
久しぶりにワインを飲みながら、
一緒に夕食を取らないかと
サーナット卿を誘いましたが、
彼は、新しい近衛兵たちを
歓迎会に連れて行くと言って、
ラティルの誘いを断りました。
ラティルは、少し動揺しました。
もしかして、今、彼は気まずくて、
わざと自分を避けているのかと
思いました。
けれども、ラティルは
そんなはずはないと
自分を納得させました。
ところが、夕食の席で
ラティルの護衛に付いていた
ソスラン卿が、
歓迎会にサーナット卿が来ることは
聞いていないと話しました。
やはり、サーナット卿は
自分を避けていると思いました。
◇婚約式◇
翌日も、サーナット卿は
同じような態度だったので、
ラティルは、
これではいけないと思い
ある計画を立てました。
恋人にはなれなくても、
ぎこちない関係で
いることはできない。
子供の頃からずっと一緒にいたのに
このままで良いのかと思いました。
サーナット卿は
表向きはレアンの友達だけれど、
先にレアンと仲良くなって
友達になっただけで
実はサーナット卿の友達は
ラティルでした。
ラティルは興奮しながら
木彫りの人形を叩くと、ソスラン卿に
サーナット卿から婚約式の招待状を
受け取ったかどうか尋ねました。
彼は、受け取ったと答えると、
ラティルは、
それを持って来てほしいと
頼みました。
ソスラン卿は、
それをラティルに渡したら、
自分はどうしたらいいのかと
尋ねました。
ラティルは、
サーナット卿の婚約式の日に
婚約者に
プレゼントを送るつもりだけれど
あまり、騒ぎ立てることなく
送るつもりなので、ソスラン卿は
自分の特使と一緒に
入場して欲しいと頼みました。
ソスラン卿が承知したので、
翌日の夜、ラティルは、
アガシャへのプレゼントを選んで
包ませた後、
仮面をつけて、サビになり、
普通の貴族の令嬢に扮して、
ソスラン卿と共に
サーナット卿が首都で滞在している
屋敷を訪れました。
ラティルはサーナット卿に
自分のことが好きだと
聞いたせいで、彼と
気まずくなってしまったけれど
ラティルとサーナット卿は
ロードと騎士の関係なので、
このままズルズルと、この状態を
続けるわけにはいきませんでした。
ラティルは毅然とした態度を示し、
サーナット卿との関係を
正そうと思いました。
ラティルはサーナット卿の恋愛には
興味がないので、
自分の顔色を窺って謝る必要はないと
言うつもりでした。
しかし、ラティルは、
サーナット卿を好きなのは自分で
振られたのも自分なのに、
なぜ、彼は自分を避けるのか。
自分がサーナット卿のことを
好きな気持ちに彼が気づいて、
わざと自分を
避けているのかと思いました。
ラティルは不機嫌になりながらも
アガシャに渡すプレゼントを持って
サーナット卿を探すために、
パーティ会場を歩き回りました。
幸いにも、ラティルは
ベージュのソファーの近くで
2人を見つけました。
同じような色の服を着た2人は
並んで立ち、
人々に祝福されていました。
サーナット卿は、
ラティルを見つけると、
すぐに表情が固まりました。
ラティルは爆弾のように
プレゼントをつかみ、
顔の筋肉をほぐしながら、
彼に近づきましたが、
その前に、
サーナット卿の友達らしき人が、
「我らの新しい花婿」と言って、
彼をどこかへ連れて行ったので、
アガシャしかいませんでした。
アガシャとは
一度会ったことがあるので
彼女は笑顔で
ラティルをもてなしました。
そして贈り物を受け取り、
お礼を言いましたが、
ラティルは彼女の言葉を、
まともに聞いていませんでした
気がつくと、ラティルは
アガシャに連れられて、
テラスに移動していました。
ラティルは
何事かと思って彼女を見ると
アガシャがとても
悲しそうな顔をしていることに
気がつきました。
ラティルは、
どうして、アガシャは
そんな顔をしているのかと
思っていると、彼女は、
自分が口出ししては
いけないと思って
言い出せなかったけれど、
サーナット卿とサビの顔を
見ていたら、
言ってあげなければいけないと思い
ここへ連れて来たと言いました。
そして、訳の分からないラティルに、
アガシャは、
サーナット卿はサビのことが好きだと
告げました。
前話でサーナット卿が
ラティルのことを理性的に
好きではないと言ったのは、
彼がラティルのことを
狂おしい程、好きだからという
意味なのではないかと思います。
けれども、鈍感なラティルは、
サーナット卿が
自分のことを好きではないという意味に
取ってしまった。
サーナット卿は、
報われない愛に苦しんでいるのに
ラティルは、
自分が告白したのに、
なぜ、サーナット卿が
自分を避けているのか分からないと
不機嫌になっている。
確かにラティルの性格は
色々と問題がありますが、
サーナット卿の態度も
問題があると思います。
彼が本当にラティルの愛を得たいなら
彼女に複数の側室がいることを
受け入れるだけの許容力が
必要だと思います。