外伝70話 ソビエシュが目覚めると、そこは現実の世界でしたが・・・
大声を出して立ち上がった
ソビエシュの額から、
湿ったものが落ちました。
下を見ると、彼の横に、
おしぼりが落ちていました 。
ソビエシュが
冷たいおしぼりを握って横を見ると、
当惑した顔の宮医と、
眉を顰めたナビエと、
髭の豊かなカルル侯爵がいて
ナビエの肖像画があるはずの壁には
何もありませんでした。
ソビエシュは息を切らしながら、
胸を手で押さえました。
先程のは悪夢だったのかと
考えていると、宮医は、
自分が大したことがないと
言ったせいで、
ソビエシュは薬を飲まず、
休みもしないで、
窓を開けて寝たので
こんなことになってしまったと
謝りました。
確かに薬は一度しか飲んでいない。
昨晩はとても胸が苦しくて
窓を開けて寝た。
ナビエが来るかもしれないと思って
応接室の扉の所に
ずっと立っていた。
昨晩も、西宮の窓際のベンチに
長い間座っていた。
これらすべてのせいで、
風邪が悪化したようでした。
ソビエシュは、
宮医に責任はないと
心から言いましたが、
宮医は再び謝ると、
必ず安静にするようにと
繰り返し告げた後、
出て行きました。
ソビエシュは、
冷たい目で自分を見下ろす
ナビエに、
心配をかけたことを謝りました。
ナビエは、
ソビエシュ自身も
それが分かっているようだと
皮肉を言いました。
彼は、辛うじて得た機会を
不健康のせいで失ったら、
それこそ愚かなことなので、
今度は、
きちんと薬を飲むつもりでした。
そうしているうちにソビエシュは
しばらく、ナビエが
揺れる目で自分を眺めていることに
気づきました。
ソビエシュは
それに気づくや否や、
力が出ない。ずっと咳が出ると
ナビエに訴えました。
そして、彼女が心配そうな目で
見てくれることを期待し
できるだけ哀れな表情を
浮かべました。
しかし、彼女の目は冷たくなり、
やるべきことが多いのに、
自分まで病気になるわけには
いかないので、もう行くと
不愛想に言うと、
カルル侯爵にソビエシュを頼み、
出て行きました。
カルル侯爵は彼の手をぎゅっと握り、
自分が面倒を見ると言いました。
ソビエシュは、そっと
手を抜きました。
一日経つと、ソビエシュは
すぐに元気になりました。
冷たさを感じていた肺はよくなり、
咳も出なくなると、
ソビエシュはナビエに手紙を書いて
西宮へ送りました。
返事は寄こさなくてもいいと
言ったものの、
昼食の時間になるまで
ソビエシュは不安なまま
部屋の中で過ごしました。
いくら待っても返事が来ないので、
使いの者に、
手紙を送ったかどうか確認しました。
使いの者が、送ったと答えると、
ソビエシュは、
皇后からの伝言の有無について
尋ねました。
使いの者は、
後で読むと言って、
侍女を通じて受け取ったと
答えました。
ソビエシュは、ナビエが手紙を
直接受け取っていないなら、
読んでいないかもしれないと
思いました。
夕食を取る頃、ソビエシュは、
便箋に半分くらい書き終えた頃、
思いがけず、イライザ伯爵夫人が
訪ねて来ました。
ソビエシュは、興奮し、
笑いながら彼女を出迎えましたが
イライザ伯爵夫人の顔が
曇りました。
実は彼女は、良い答えを
持って来ておらず、
それに対して、それ程、
申し訳ない気持ちも
ありませんでした。
しかし、イライザ伯爵夫人は
ソビエシュと面と向かうと、
なぜ、ローラが彼に同情し、
彼に嘘をつく役割を嫌がったのかが
分かりました。
今のソビエシュは、
絶壁の前で、
自分を助けに来た人たちを
発見したような顔をしていました。
その彼に、
助けに来たのではないと言った瞬間、
相手がどんな風に絶望するか
見当がつくほどでした。
だから、ローラはソビエシュに
同情するようになったのだと
思いましたが、
イライザ伯爵夫人は
それではダメだと思いました。
彼女は素早く心を落ち着かせると、
皇帝から送られた
手紙や食べ物についての
皇后の感謝の気持ちを伝えました。
ソビエシュの顔がパッと明るくなると
イライザ伯爵夫人は
視線を避けました。
それを見たソビエシュは
その言葉は嘘であることに
気がつきました。
イライザ伯爵夫人は、
皇帝は忙しいし、
まだ体調も良くないので、
今後、このような手紙や食べ物などは
送るなというナビエの言葉を
伝えました。
ソビエシュは、
無理やり口元を上げて頷き、
ナビエが
自分を心配してくれたことに
感謝の言葉を伝えて欲しいと
頼みました。
イライザ伯爵夫人は
ソビエシュが狂っていると
主張していましたが、
今見た彼は
狂っていないようでした。
1日を境に、
行動があまりにも変わり過ぎて
変だと思いましたが、
彼は、落ち着いて対応しているし、
以前よりもはるかに多くのことを
していました。
一体、
どんな心境の変化があったのか。
そう思いながら、
イライザ伯爵夫人は、
再び西宮へ歩いて行きました。
今後、このようなお使いは
自分もできないので、ローラと
ジュベール伯爵夫人以外の人に
やらせなければならないと
思いました。
ソビエシュは、
今が、離婚直前でなければいいのにと
思いました。
行き詰った状況と、
断固たるナビエの拒否により、
彼は否定的なことばかり
考えていました。
しかし、ソビエシュは
離婚直後よりはましだと
考えるようになりました、
今のナビエは
東大帝国の皇后なので、
彼女のそばにいれば、
数十年かかっても
許しを請うことができると
思いました。
ただ、自分はその間、
ずっとここに滞在できるのかが
不安でした。
ソビエシュは
懐中時計を見下ろしました。
料理も手紙も送れないなら、
どうすればいいのか
考えているうちに、
うっかり眠ってしまいました。
そうしているうちにソビエシュは
扉の向こうから聞こえてくる
自分を呼ぶ声に
ぱっと目を覚ましました。
入室を許可すると、
侍従が嬉しそうな顔で、
皇后が来たことを告げました。
それを聞くや否や、
すぐにソビエシュは立ち上がり、
反射的に扉の方へ行きました。
しかし、彼は扉を開けながら、
数日前、
部屋の中で待ちきれなくて、
後悔したことを思い出しました。
しかし、すでに扉が開いていて、
ソビエシュの前に
ナビエが立っていました。
彼女はソビエシュを見ると
目が少し大きくなり
眉間にしわを寄せました。
ソビエシュは
思わず笑ってしまいましたが、
ナビエにバカにされたら、
愛想を尽かされると思い、
努めて口元を水平に保ちながら
ナビエに挨拶をし
お茶を飲んでいくかと尋ねました。
ナビエが顎を上げると、
ソビエシュは、
断られるのではないかと思い、
急いで額に手を当てて
よろめきました。
それを見たナビエが
支えるように彼の腕を
握ってくれました。
思わず、ソビエシュは
満面の笑みを浮かべましたが、
ナビエが手を下げて
彼を冷たく見つめると、
彼は、仮病を使ったのではないと
弁解しました。
ソビエシュは、この時期に
あの忌まわしいハインリが
ナビエに
年下の愛らしさをアピールして
熱心に誘惑しようとしたことを
知っていました。
ソビエシュはナビエの記憶から
ハインリを追い出すために、
自分は年上の頼もしい魅力を
前面に出さなければならないと
考えました。
それなのに、仮病を使えば
ナビエに情けないと
思われるに違いありませんでした。
ソビエシュは、
「本当です」と付け加えましたが
冷たいナビエの視線を見ると、
慌てて 「愛しています。」と
言ってしまいました。
ソビエシュはナビエ様と
友達夫婦のような関係なので
ソビエシュが
年上の頼もしい魅力を全面に出しても
ナビエ様はなびかないと思います
それに結婚する前のハインリは、
ナビエ様に、年下の愛らしさを
アピールするのではなく、
クイーンの姿をしている時に
知ってしまった
ナビエ様の苦しみや悲しみを
必死で慰めようとしていたと
思います。
ソビエシュはナビエ様が
どれだけ苦しんでいたか
知りもしないくせに、
自分の罪を
帳消しにするような態度に
腹が立って来ます。
本気でナビエ様の気持ちを
取り戻したいなら、
まだ東宮にいるであろう
ラスタの処遇を
一番最初に変えるべきだと思います。