728話 タリウムの首都に怪物が現れました。
◇レアンが向かった先◇
城壁へ行くべき人は皆、
そちらへ向かったので、
宮殿の中を歩き回る人は
ほとんどいませんでした。
レアンは誰にも会うことなく、
死者の宮殿まで歩いて行きました。
小さな家が
小さな村のように集まった所へ
到着すると、
レアンはようやく足を止めました。
どうして、ここへ来たのかと
レッサーパンダは首を傾げました。
そうしているうちに、
レアンはある家の中に入りました。
レッサーパンダも付いて行こうと
思いましたが、
すぐ目の前で扉が閉まってしまい
入れませんでした。
扉の前で行ったり来たりしていましたが
少し距離を空けた場所に立ちました。
◇怪物との戦い◇
アクシアンは剣の刃に聖水をつけて
怪物の髪の毛を切り落としました。
髪の毛は、
とても速く飛んで来ましたが、
長くて、まとまっているため、
位置を見つけるのは
難しくありませんでした。
髪の毛が触れると
馬車の角やその他の部位が
ざくざく切り取られましたが、
アクシアンは、その髪の毛を
聖水をつけた剣の刃で
切り落としました。
アクシアンは、
髪の毛をあちこち切り落としながら
どうすれば本体の怪物の頭を
なくすことができるか
考えてみました。
髪の毛が触れるたびに
血の色に変わる雲も、
やはり気になりました。
そうするうちに、アクシアンは
髪の毛に乗って上がって行く
クラインを発見しました。
クラインは髪を剣で切りながら
その上を、素早く走っていました。
なびく髪の上で、クラインは、
上手にバランスを取りました。
それを見て驚いたアクシアンは
殿下、危ないです!
と叫びましたが、怪物が
髪の毛を片付けてしまったため、
彼は皇子に付いて行くことも
できませんでした。
アクシアンは御者台から飛び降りると
馬車の後部扉を開けました。
その中には荷物が積まれていて、
弓もそこにありました。
アクシアンは弓を取り出し、
矢に聖水を塗りました。
彼は馬車の上に上がり、
怪物の頭を狙って、
力いっぱい弓を引きました。
素速く飛んで行った矢が
怪物のこめかみに
ぶつかろうとした瞬間、
髪の毛がまとまりながら
矢を捕えました。
アクシアンは、再び弓を引きました。
しかし、アクシアンが弓を射る直前、
ついに怪物の耳元まで
這い上がったクラインが、
お守りをつけた剣で
怪物を力いっぱい刺しました。
怪物は裂けるような悲鳴を上げ、
固まっていた砂が
一気に飛散るように、
白い粉を出して消えました。
アクシアンは目を大きく見開きました。
怪物がいなくなると
クラインは宙を落ちていました。
◇変わっているロード◇
ラティルは、
城壁の上から見たものを探すために、
素早く通りを走って行きました。
何度も繰り返し訓練した甲斐が
あったのか、
人々はほとんど避難して
歩き回る人々は見えせんでした。
これならば、怪物が現れた時に
すぐに捕まえれば、国民の被害を
最小限に抑えることができました。
問題は、
怪物の姿が見えないことでした。
確かに城壁の上から、
変な形をしているものが
走り回っているのを見たし、
怪物が現れていなかったら
鐘も鳴らなかったはずなので、
ラティルは諦めず、
どんどん先へと走って行きました。
そうするうちに、
ラティルは変な気配を感じて
ぱっと、後ろを振り向きました。
しかし、
すぐに振り向いたにもかかわらず、
通りは依然としてガラガラで、
歩き回る人も怪物もいませんでした。
ラティルは首を傾け、
再び前を向くふりをして、
さっと後ろを振り向きました。
いた!
今回は何かを見ました。
ラティルと向かい合っている家の窓に、
何かが、べったり顔を付けて
こちらを見ていました。
目が合うと、
それは後ろに下がったので、
すぐに見えなくなりました。
あの家に住んでいる人が
避難命令を無視して、
地上に残っているのかも
しれませんでしたが、
単純にそう思うには
何か感じが違いました。
ラティルはそこへ歩いて行きました。
誰かが呼吸をした跡が、
窓にはっきりと残っていました。
その部分に向かって
ゆっくりと手を上げる瞬間、
中で泣き叫ぶ声がしました。
すると、大きな口が
ラティルの手を平らげるように
現れました。
ラティルは手を引っ込める代わりに
窓を突き破って手を入れ、
その口の歯を一本掴みました。
よく見ると、普通の人より
口が30倍ぐらいは大きく見える
怪物でした。
まるでワニの歯のようでした。
放して!放して!
ラティルに歯を掴まれた怪物が
意外にも
理解できるような言葉を吐いたので
ラティルは歯を強く引っ張りました。
歯がバキッと音を立てて抜けると、
怪物は悲鳴を上げて
中へ逃げました。
ラティルは窓から手を抜くと、
手に入れた怪物の歯を見下ろしました。
これは何なのかと、
歯をよく見ていると、
横から視線を感じました。
そちらを振り向くと、
カルレインの部下の一人が
ラティルを、変な人を見るように
見つめていました。
実際、吸血鬼は、今回のロードが
少し変わり者のようだと
思っていました。
その吸血鬼は、なぜ、ラティルが
怪物の歯を抜いたのかと
不思議に思っているようでした。
ラティルと目が合うと、吸血鬼は、
見られたくない姿を
彼女が見てしまったかのように
さっさと行ってしまいました。
少し悔しくなったラティルは
歯をさっと後ろに投げると、
怪物が見えた家の中に
入ってみました。
家の中は、明かりが全て消えていて
真っ暗でした。
しかし、窓から入ってくる
日差しのおかげで、
全く見えないわけでは
ありませんでした。
ラティルは玄関に立って家を見回すと
日光の当たらない方に
何かがうずくまっていることに
気づきました。
さっきのあれだろうかと思い、
ラティルはテーブルの前へ行き
ランプを灯しました。
◇役に立つ皇子◇
アクシアンは悲鳴を上げましたが
クラインの服が
木のてっぺんに引っかかると、
足の力が抜けて
馬車にもたれかかりました。
アクシアンは息を切らしながら、
武器を使って木の幹をつかむ皇子を
見上げました。
クラインは両手で上手に木を掴み
スルスル下り始めました。
クラインが地上まで降りてくると、
アクシアンは馬車の後部から
軟膏を取り出して
クラインに近づきました。
そして、クラインに
大丈夫かと尋ねると、彼は
手のひらが全部すりむけたと
答えました。
アクシアンは、
皇帝が皇子の
このような姿を見ていれば
恋に落ちたと思うのに残念だと
言いました。
クラインが手のひらを広げると
真っ赤に染まって、
血が流れ落ちる肉が現れました。
あちこちに木の棘が刺さって
見た目も痛そうでした。
自分に恋するなと
クラインが無愛想に言うと、
アクシアンは呆れて笑いました。
それから軟膏をさっと取り出し
クラインの傷の上に厚く塗りました。
クラインは、
先程のあれは何だったのかと
尋ねました。
アクシアンは、
辺境や他の国から、
ずっと怪物が出没していると
報告が上がって来ていたけれど
時間が経てば、人が多い都市にも
怪物が多く出没するようになるだろうと
答えました。
アクシアンは包帯を手に取ると、
クラインの手に、しっかり巻きました。
ところが、包帯の真ん中に
赤く血の色が滲んで来ました。
また血が出て来たのかと、
アクシアンは訝しみながら
包帯を解きましたが、
手の甲の上にも血の滴が広がりました。
そうしているうちに
水滴が彼の頭に落ちました。
アクシアンとクラインが頭を上げて
空を見た瞬間、
血の色をした雲から
夕立のように血が落ち始めました。
アクシアンは馬車の後ろに走って
傘を取り出しましたが、
彼が傘を広げた時は
すでに血が止んでいました。
血を吐いた雲は、
再び灰色に戻っていました。
怪物が
いなくなったからだろうかという
アクシアンの質問に
クラインが答える前に
馬車から悲鳴が聞こえて来ました。
馬車の扉を開けると、
バニルが気絶していました。
意識を取り戻して
窓の外を見たところ、
血でびしょ濡れになった
アクシアンとクラインを見て、
また気絶したようでした。
バニルが皇子より
役に立たない時もあると
アクシアンがぼやくと、
クラインは、
アクシアンのその口のせいで
一度、痛い目に遭うだろうと
言い返しました。
アクシアンは
新しい服を取り出して来ると、
2人は馬車の外で服を着替えました。
どうせ林道なので
周りに誰もいなかったし、
血に濡れたまま馬車に乗ると
後始末がさらに大変だからでした。
アクシアンは血のついた服を
別の袋に入れて
御者台に乗り込みました。
御者が逃げてしまったので、
彼が直接馬車を
操縦しなければなりませんでした。
クラインも馬車に乗り込むと、
しばらく止まっていた馬車は
再び移動し始めました。
思ったより
クライン皇子は役に立つ。
その姿を、遠くない所から
眺めていたカリセンのスパイは、
小さな紙を取り出して
自分が見たことを書いた後、
伝書鳩を呼びました。
◇不思議な記号◇
ランプを点けるや否や、両脇から
何かが飛びかかって来ました。
ラティルは、さっと身を屈めて
そのまま後ろに下がりました。
口が人の30倍も大きい
人の形をした怪物と、
野獣のような形をした怪物が、
唸り声を上げながら
ラティルを見ていました。
そちらへ向かって
ラティルも一緒に唸るふりをしながら
剣を握りました。
ところが、意外にも、
ラティルが唸り声を上げると、
怪物二匹は、ラティルが割った窓から
逃げてしまいました。
戦うこともありませんでした。
なぜ、あんな風に行ってしまったのか。
ラティルは呆然として
割れた窓の方をぼんやり見つめました。
とにかく、戦わずに勝ったのは
良いことでした。
ラティルは剣を腰に差すと、
家の中を見回しました。
怪物たちが家を壊す場合に備えて、
お守りは、
普通地下室の入り口に貼りました。
運良く、他にも
お守りを手に入れられた人々は
あちこちに貼ることができるけれど、
国が配給したお守りは
地下室の入口に貼る一枚が全てでした。
だから、怪物が
この中に入って来たからといって、
不思議なことではありませんでした。
ラティルは、
他に怪物がいなさそうなので、
外に出るために扉を閉めました。
しかし、ラティルは不思議な気がして、
さっと振り向くと、
また家の中を見回しました。
チラチラする明かりのおかげで
小さな家のあちこちが
全部見えました。
確かに怪物はもういませんでした。
それなのに、どうしてこんなに
もやもやした気分になるのか。
ラティルは家の中を探し続け、
そのもやもやの原因を
見つけ出しました。
壁に描かれたある記号でした。
ラティルは、
そちらへ歩いて行きました。
これは何だろうか?
小さな筆に銀色のペンキを付けて
描いたような記号は、
まだ乾いていないようでした。
誰かがここに描いたのは明らかでした。
では、誰が描いたのか。
とりあえず、
ラティルは紙を取り出し、
その記号を書き写した後、手帳に挟み、
ペンキを手でこすってみました。
やはりまだ乾いていませんでした。
そのラティルの後ろで、
誰かが剣を高く振り上げました。
◇何か変◇
陛下は若頭を一番信頼しています。
そうでしょう?
タッシールは、
そばで、しきりに囁く
ヘイレンの顔色を窺いながらも、
ニヤリと笑いました。
ティトウは鼻で笑いながらも、
警戒を緩めることなく、
頻繁に四方を見回しました。
デーモンは欠伸をしながら
首を横に振りました。
ここにはタッシールを
脅かすようなものが
全くなさそうに見えました。
そうしているうちに、
警備隊長が近づいて来て
思ったより静かだと声をかけました。
そうですね。
とタッシールは答えると、
城壁の下に広がる
首都を見下ろしました。
鐘が激しく鳴り響いた割には、
目に見える怪物は
ほとんどいませんでした。
吸血鬼や人魚が
たまにあちこちに現れるのを見ると、
怪物が全くいないわけでは
ありませんでしたが・・・
一体どういうわけなのかと
考えていると、警備隊長は、
皇帝と側室たちが
ここで待機中なのを見て、
怪物は、皆、退いたようだと
冗談交じりに話しました。
タッシールの口元が上がりました。
もし、そうであれば、怪物たちが
計画的に動いているということだから、
さらに危険な状況になると思いましたが
タッシールは、あえて、このような話は
伝えませんでした。
そうするうちに、
タッシールは変なことに気づきました。
彼はヘイレンに、
怪物たちの行動が少し変ではないかと
尋ねました。
ヘイレンは、
何か変なことがあるのかと
聞き返しました。
ヘイレン、ティトゥ、デーモン、
警備隊長が近づき、
城壁のすぐ下を見下ろしました。
城壁の下の方に
何人かの怪物がくっついて
こちらを見上げていました。
入りたいのでしょうね。
とティトウが
大したことなさそうに言うと、
警備隊長も頷きました。
しかし、タッシールは眉を顰めると
それでも変ではないか。
前に侵入した怪物たちは
人を探して、あちこち走り回り、
乱暴を働いていた。
けれども、今の怪物たちは、
まるで、城壁の中に
入りたがっているようだと
言いました。
怪物が現れて、
アクシアンだって怖がっていたのに
ひるむことなく
果敢に怪物に挑んだクラインを
時にはバニルよりも役に立つと
言うなんて、
少しひどいと思いますが、
それだけ、クラインの活躍が
素晴らしかったということなのだと
思います。
会議の場では、居眠りしたり、
ニヤニヤしたりしているし、
側室と喧嘩したり、
すぐに怒るクラインの今回の雄姿を
ラティルが見たら、
恋に落ちることはなくても、
彼を見る目が随分変わるように
思います。
ラティルに頼られて
ニヤニヤしたいけれど
体面を保つため、
それを我慢しているタッシールを
想像するのが楽しかったです。
shaoron-myanmyan様
アニャドミスを封じ込めた時に
確かクラインは
盟約を結んだような気がするので
それで
不老不死になったのではないかと
思います。