740話 ラティルは先帝に、秘密の部下について尋ねましたが・・・
◇皇帝でなければ◇
幽霊も、
ため息をつくことができることを
ラティルは知りました。
幽霊のため息は、
寒い日の白い息のようでした。
ラティルは、父親に
話したくないのかと尋ねました。
彼女は父親に
弱々しい姿を見せたくなかったけれど
その声は、自分で聞いても
元気のない声でした
先帝は、
ラティルに会えて嬉しいけれど、
彼女が自分と話せるのは
黒魔術師がそばにいるか、
彼女自身が、
黒魔術師だからではないかと
尋ねました。
ラティルは、
自分が聞きたいのは、
そんなことではないと抗議すると、
幽霊が、
ラティルに近づいて来ました。
吸血鬼たちのそばにいる時とは
違う冷たさが伝わって来ました。
先帝は、
自分が魂の姿でいるから
さらにはっきり分かるのだけれど、
ラティルは、
本当にすごい魂を持っていると
告げました。
しかし、ラティルは、
それなのに、父親は、
秘密の部下について
話してくれないのかと抗議しました。
先帝は、後ろに下がると、
ラティルが
正しい君主の姿を見せたら
皆、落ち着くと言いました。
ラティルは、
すでに、皇帝として
正しく行動してきた。
タリウム国民だけでなく
他国の民も何度も救ってきた。
父親は知らなくても、
父親の秘密の部下たちは
全て見ていたのに、依然として
自分のことを認めてくれないと
訴えました。
カルレインはラティルの顔を
撫でました。
ラティルは目を閉じて、
素早く呼吸を整えてから
目を開けました。
目の周りが熱くなって来ましたが
泣かないよう努めました。
ラティルは手を振り、
カルレインに大丈夫だと告げると、
地下室を行ったり来たりしました。
幽霊は、
その姿をじっと見つめながら
もし、自分が、
秘密の部下たちの正体を教えたら、
彼らを亡き者にしないかと尋ねました。
ラティルは歩くのを止め、
ニッコリ笑うと、
もちろん、そんなことはしないと
答えました。
しかし、
先帝もカルレインもゲスターも
その言葉を信じませんでした。
先帝は、
ラティルがあのように笑いながら
言う言葉は嘘であることを
よく知っていました。
ラティルも、父親が自分の言葉を
信じていないことが分かると
微笑むのをやめて、顔をしかめて、
自分が信じられないのかと
抗議しました。
もちろん亡き者にすることは
考えていましたが、
父親が、あれほどまでに
不信感を示すと、腹が立ちました。
それに、ラティルはすぐに実行せず、
少なくとも機会を与え、
反応くらいは見るつもりでした。
ラティルは幼い頃から、
何か魂胆がある時は、
ひときわ優しかったと、
笑いのこもった先帝の言葉に、
ラティルはギュッと口を閉じました。
ゲスターが、時計を見ました。
幽霊はチラッと、そちらを見た後
秘密の部下について教える代わりに、
自分が調査して得た情報を教えると
告げました。
ラティルは分かったと答えました。
先帝は、
ラティルがロードである
可能性が高いという情報と
傭兵王が吸血鬼と推定されるという
情報だと話しました。
自分の情報もあったと聞いて、
カルレインの瞳が
一瞬、揺れましたが、
先帝はラティルを見ていたため、
彼に気づきませんでした。
さらに、先帝は、
メロシーの領主とサーナット卿も、
関係しているかもしれないという
情報もあったと話しました。
ラティルは眉を吊り上げました。
思ったより、
父親の知っている情報が多く、
カルレインと
サーナット卿に関する情報まで
知っているとは
思いもしませんでした。
先帝はラティルに
サーナット卿が
本当に関係があるかどうかは
聞きませんでした。
「これでもういいか」と
言わんばかりに、
ただラティルを見つめていました。
ラティルは、
しばらくぼんやりしていましたが
首を振ると、
秘密の部下が誰なのか教えて欲しい。
口先だけでなく、
本当に、すぐに命を奪ったりしないと
主張しましたが、
先帝は、教えるのは難しいと
返事をしました。
ラティルは、
このままでは自分も大変だと
訴えました。
ラティルは幽霊に近づいて
腕を触ろうとしましたが、
煙のような体なので、
それも、ままなりませんでした。
カルレインは、
自分が誰であるかを
先帝が調べるのではないかと思い
顔を背けましたが、
先帝はカルレインの顔を知らないようで
ラティル以外の者に、
注意を払いませんでした。
ラティルは、
父親の部下たちが、
父親が自決したことを
自分のせいにしている。
父親の部下たちは
自分を攻撃している。
父親は、それを望んでいるのかと
静かな声で尋ね、先帝の腕を
つかもうとするかのように
手を動かし続けました。
すると、先帝は、
星がぼやけて見えるのは
雲の下から見るからだと
意味不明の言葉を口にしました。
それは、どういう意味なのかと
ラティルは、
幽霊の表情を見ましたが、
煙のような体では、
表情が、よく分かりませんでした。
続けて父親は、
雲の上に上がれば、星がよく見える。
自分は星をはっきり見たと
話しました。
ラティルは、
幽霊になったら
星を見に行けるのかと
気まずそうに尋ねると、
先帝は大笑いしたので、
ラティルは、目をパチパチさせました。
先帝は、
ラティルの頭を撫でたいかのように
手を差し出しましたが、
娘を抱き締めることは
できませんでした。
先帝は、
ラティルの夢の中に自分が出て来て、
この言葉をラティルに話したと
大臣たちの前で言えと言いました。
ラティルは、
どういう意味なのかと尋ねると、
先帝は、
自分は間違っていたとしても、
ラティルが正しければ
自分は嬉しいと答えました。
ラティルは、
そういう意味なのかと尋ねると、
先帝は、
自分はいつもラティルのことを
考えている。
もし、自分が皇帝でなかったら、
国よりもラティルを
選んでいたはずだと告げました。
◇気のせい?◇
レアンの指示を受けた警備兵は
随時、隙を狙っていましたが、
死者の宮殿全体を
隙間なく警備兵が取り囲んでいたので
気づかれずに、中に入ることは
不可能でした。
その警備兵は、
皇帝が出て来るのが
あまりにも遅いのではないかと
同僚に尋ねると、彼は、
他のお墓の中にも
このくらいは入っていたと答えました。
続けて、
レアンの指示を受けた警備兵は
皇帝は何をしているのかと
尋ねると、同僚は、
皇帝たちだけに伝わる品物の位置を
確認しているらしいと答えました。
続けてレアンの指示を受けた警備兵は
なぜゲスターとカルレインを
連れて行ったのかと尋ねると、
同僚は、
一人で墓に入るのが怖いと
言っていたと答えましたが
彼がしきりに質問をすることを
訝しみました。
その時、墓の扉が開き
ラティルが姿を現しました。
レアンの指示を受けた警備兵は
皇帝の表情をじっと見て
先帝の魂を呼び出しかどうか
推し量ろうとしました。
しかし、その瞬間、皇帝の視線が、
正確に自分に注がれました。
彼はぞっとして
すぐに目をそらしましたが、
心臓がドキドキし
腕が震えて来ました。
けれども、
自分の気のせいかもしれないと思い、
もう一度ラティルを見ると、
彼女は、まだ自分を見ていたので、
恐怖で座り込むところでした。
◇なぜゲスターを?◇
レアンは、
すでに5杯目のコーヒーを
飲んでいたので、腹心は、
レアンの体調が気になり出した頃、
誰かが扉を叩きました。
レアンが目配せすると
腹心は、すぐに扉を開けました。
すると、
レアンの別の腹心が入って来て、
彼の前に片膝をつくと、
皇帝も、
一緒に連れて行った側室たちも
一見、無表情だったので、
先帝の魂に会ったのかどうかは
分かりにくいと報告しました。
レアンは、しばらく物思いに耽った後
ラティルに付き添っていた側室は
誰かと尋ねました。
側近は、
カルレインとゲスターだと告げました。
レアンは、
カルレインが吸血鬼ではないかと
疑っていましたが、
ラティルは、なぜゲスターを
連れて行ったのだろうかと
疑問を感じました。
◇大臣の反応◇
翌日の国務会議の時、
誰かがラティルに、
死者の宮殿から爆発魔術は
全て取り除かれたのかと
尋ねました。
ラティルは頷いて、
もう安全だと答えた後、
物思いに耽りました。
皇帝が、突然
訳ありな表情をすると、
大臣たちは戸惑いました。
もしかして、
魔術を解除していた時に
何かが起こったのかと、
シャレー侯爵が皆を代表して
尋ねました。
ラティルは、
墓の片付けをしたせいか、
夜中に父親の夢を見たと告げました。
それを聞いた何人かの大臣たちの肩が
ビクッとしました。
彼らは、ラティルが
黒魔術師を連れていることを
知っているので、
彼女の言う夢の中の父とは、
おそらく、先帝の亡霊だろうと
考えました。
先帝は、皇帝がうまく仕事を
処理したことを
誇りに思っているようだと
シャレー侯爵が良い解釈をすると、
ラティルは頷いて笑いました。
そして、
星が曇って見えるのは
雲の下から見るからだ。
雲の上に上がると星が見える。
自分は星が澄んでいるのを見たと
父が自分に話してくれた言葉を
告げました。
しかし、ラティルは
父親が自分に残した最後の言葉は
言いませんでした。
それは父が見せてくれた本心であり、
父娘の間の話だったからでした。
しかし、
父が最後に言った言葉を思い出すと、
ラティルは涙が浮かんで来たので
大臣たちは慌てて、
小声でラティルを呼びました。
シャレー侯爵が
彼女にハンカチを手渡すと、
ラティルは涙を拭いました。
ラティルも
父親が伝えろと言った言葉の意味が
分からなかったけれど、
確かなのは、その言葉が
肯定的に聞こえたことでした。
ラティルは、
父親がどういう意味で話したかは
分からないけれど、
元気に過ごせということではないかと
尋ねると、
アトラクシー公爵とロルド宰相は
その通りだと、
競うように賛辞を並べたてました。
そして先帝が天使になって
皇帝を見ているに違いないと言うと
ラティルの涙が引っ込みました。
ラティルは侍従長にハンカチを返し、
にっこり笑うと、父親のためにも
頑張らなければならないと
言いました。
何人かの大臣が、
すばやく視線を交わしました。
◇先帝の意思がどうであれ◇
先帝の部下たちは、
久しく、一堂に会することは
ありませんでした。
一人でも皇帝や、その一派に捕まれば
一網打尽になってしまうからでした。
しかし今日だけは、彼らも
少しだけ集まるしか
ありませんでした。
部下の一人は、
皇帝が言った言葉は
どういう意味だろうかと
心配そうに尋ねながら
他の者たちを見回しました。
ラトラシル皇帝の夢の中で
先帝が話したことの一部は、
彼女について調査をした際に、
先帝が、時々、
呟いていた言葉でした。
先帝は、娘について調査した時に
不吉な部分が出てくると、
自分をなだめるように、
星が曇って見えるのは
雲の下から見るせいだと呟きました。
ところが、今回は、
彼らの聞いたことのない言葉が
付け加えられていました。
部下の1人は、
ただの夢ではないのかと言いましたが、
別の者は、
先帝が自ら話したことを
夢の中で、
皇帝に話すなんてありえない。
皇帝が先帝本人から
直接、話を聞いたに違いないと
言いました。
また、ある者は、
死んだ先帝に直接話を聞くのも、
夢で聞くのも、
同じように馬鹿馬鹿しいことだと
言いました。
部下たちが口々に話す中、
ずっと黙っていた一人が、
先帝の霊を呼んだのは
ラトラシル皇帝だけれど、
その話をしたのは先帝の霊に
間違いないだろう。
もしかしたら先帝は、
亡くなった後、
ラトラシル皇帝に対する
自分の考えが間違っていたことに
気づき、それで、あんなことを
言ったのかもしれないと
意見を述べました。
その後も、
先帝は、ラトラシル皇帝に脅されて
あんなことを言ったのかもしれない。
すでに亡くなった皇帝を、
何で脅すというのか。
レアン皇子や国のことで
脅したのかもしれない。
それなら先帝は、
自分たちが理解できる
他の暗号を使って、
自分たちに話したはずだ。
しかし、先帝は
自分たちが理解できる言葉で
ラトラシル皇帝の肩を持っていた。
その意味は・・・
死んだ父親の魂を召喚するなんて
すでに彼女は邪悪だ。
彼女の何を庇護するのか。
先帝の意思が最も重要だ。
先帝の死後、
彼らの間で、これほどまでに
意見が分かれたのは初めてでした。
彼らの一人は舌打ちをし、
先帝の意思がどうであれ、
少なくとも皇帝は
自分たちを分裂させることに
成功したと思いました。
ゲスターが黒魔術師だと
気づかなかったレアン。
そういった意味で、
自分を大人しくて弱々しく
見せているゲスターのイメージ戦略は
成功していると思います。
星はラティルで雲はレアン?
レアンは、彼女の知らないうちに
ラティルがロードであるという
証拠を集め、
しきりに父親や彼の部下たちに
彼女はロードだから
早いうちに始末しなければならないと
事あるごとに主張していたのかも
しれません。
そのせいで父親や彼の部下たちは
レアンというフィルターを通して、
ラティルを見ることになり、
本当の彼女の姿を
見られなくなってしまった。
けれども、父親は、
自分の知っているラティルと
レアンというフィルターを通して
見たラティルが違うことに
ずっと悩んでいたのかもしれません。
レアンが皇太子を辞退し、
ラティルが皇太女になったのも
彼女の命を奪うためのレアンの計画。
娘を愛していた先帝は、
その計画に従うのを躊躇いながらも、
レアンや部下たちに
国を救うためだからと言われて
ラティルの命を奪う
選択をしてしまった。
けれども、先帝はそれが辛くて
ラティルの死体を見る前に
自らの命を絶ったのではないかと
思います。
そして、
レアンというフィルターを
通してでなく、
本物のラティルを見た父親は、
彼女がロードであっても
レアンの言うような悪ではないと
気づくことができたのだと
思いました。