741話 先帝の部下たちは、ラティルの語った先帝の言葉について話し合っていましたが・・・
◇まだ、その時期ではない◇
その時、
自分は皇帝と話して見るべきだと
思うと、部下の一人が
重々しい声で割り込んで来ました。
その言葉の主に
人々の視線が集まりました。
その言葉に、別の部下は、
自分たちが、先帝の命を受けて
皇帝を内密に調べた勢力だと
打ち明けるつもりなのかと
尋ねました。
前者は、
必要なら、そうするかもしれないと
答えたので、
皆が静かになりました。
それを言った当の本人も
眉間にしわを寄せていました。
しばらくして、
ダメだ、 とても危険だと
誰かが反対しました。
他の人たちも、皆、頷きました。
しかし、問題発言をした部下は
意見を曲げませんでした。
自分はそうする。
皇帝には問題がないと
先帝が判断されたのなら、
その理由があるはず。
自分は皇帝の話も
聞いてみるべきだと思うと
主張しました。
その言葉に、
実際に皇帝は、先帝の懸念とは裏腹に、
様々な功績を残したと言う者もいたりと
何人かは
問題発言をした部下に同調しましたが
依然として不満を抱く人が多く、
結局、問題発言をした部下が
意見を曲げないままいなくなると、
残った人たちは
互いに不安そうな視線を交わしました。
ある者は、
放っておけばいい。
彼一人が皇帝と話すことで
皇帝の手によって
死ぬことになっても
彼が損するだけだと言いましたが、
彼が損するだけならまだしも、
彼が捕まって、
自分たちのことまで
バレるのではないかと
心配しているという意見が出ました。
別の者は、
止めなければならない。
まだ皇帝と話す時ではないと
言いました。
◇陛下2が・・・◇
うちの皇女は見る度に
大きくなっていると、
大神官は皇女の部屋に入るや否や
叫びました。
扉の前を守っていた警備兵は
そこから皇女が見えるのかと
思わず聞きそうになりました。
大神官は、
のっしのっしと
揺りかごへ歩いて行きました。
実際に皇女は
日に日に成長していました。
頻繁に会っているせいか、
皇女も大神官が来ると、
笑いながら腕をばたつかせました。
大神官はいつものように
皇女と熱心に遊びながら、
随時、正しい人生と
神の偉大さについて説明しました。
その度に皇女はあくびをして
目を閉じました。
そのように時間を過ごしていると、
皇女は、お腹が空いたような声を
出しました。
大神官は台所へ行き
下女に離乳食を作ってもらうと
皇女の部屋に戻りました。
そして、大神官は離乳食を
スプーンでかき混ぜながら
皇女様、ご飯を食べましょう。
と言って、揺りかごに近づきました。
しかし、揺りかごにうつぶせになった
赤ちゃんを見るや否や、
大神官は器を落としそうになりました。
思わず、
プレラ!
と叫んでしまいましたが、
すぐに口をつぐみました。
もしかして、警備兵が
中に入ってくるのではないかと思い
大神官は扉を見つめました。
誰も入って来ないので、
大神官は器を近くのテーブルに置き、
皇女を抱き上げました。
皇女は口にぬいぐるみを
くわえていました。
そして、ほどなくして
人形の腕がポロッと落ちました。
大神官は皇女を片手で抱え、
口の中から
バラバラになったぬいぐるみを
取り出しました。
皇女はおもちゃを奪われたことに
怒ったのか、
両腕をむやみに振り回しました。
しかし、そのぬいぐるみは、
クライン皇子が出発する時に
皇帝に託した「陛下2」だったので
大神官は皇女にぬいぐるみを
返すことができませんでした。
こんなに、めちゃくちゃにするなんて。
それにしても、
一体、どうしてこれがここにあるのか。
先程まではなかったのにと
不思議に思いながら、
大神官は赤ちゃんを揺りかごに戻すと、
ぬいぐるみの破片を
全て拾い上げました。
腕が落ちただけでなく、
クライン皇子がこれを見たら
口から溶岩を吐くのではないかと
思うくらい、ぬいぐるみは
凄惨な姿になっていました。
子供は、
ぬいぐるみを返してくれと言うように
両手を伸ばしました。
その時、外で人の気配したかと思うと
扉がぱっと開きました。
◇なぜザイシンか◇
側近ではない大臣が
謁見申請をしましたが、
大臣や貴族、
重要な実務を担当している官吏たちが
謁見要請をするのは
よくあることなので、ラティルは
それほど不思議に
思っていませんでした。
ラティルは、
2時間後に謁見を予定し、
仕事を見ていましたが、
少し時間が空いたので
赤ちゃん部屋に立ち寄りました。
大神官が先に来て
赤ちゃんの面倒を見ていると
聞いたラティルは、彼と一緒に
皇女の面倒を見ても構わないと思い
「ザイシン」と呼びながら、
すぐに扉を開けて入りました。
ところが、
いつもは明るく笑いながら
ラティルに近づいてくるザイシンが
今日はいつもと違い、
ぎこちなく腕を動かし、
ラティルを呼び続けました。
まるで悪いことをして、
見つかった人のようでした。
変に思ったラティルはザイシンに
何かあったのかと尋ねました。
ザイシンは腕をバタバタさせて
首を横に振りながら、
何もないと否定しましたが、
ラティルは眉をつり上げながら
何かあったようだと言うと、
ザイシンは両手をあげて
ぎこちなく笑いながら、
何もない、本当だと
返事をしましたが、
何度も嘘をついてしまったので
心の中で自分を叱りつけました。
皇帝が入って来たので、
思わずぬいぐるみをポケットに入れて
言い逃れをしてしまいましたが
皇帝を騙したことに
なってしまったので、
今からでも本当のことを
言わなければならないだろうかと
唇をパクパクさせていると、
ラティルが近づいて来て、彼の背中に
頭をもたせかけました。
ザイシンは
喉元まで上がって来た言葉を
飲み込みました。
戸惑うザイシンに、ラティルは、
自分はザイシンを見ると
心がとても楽になる。
ザイシンは本当に善良だと告げました。
彼は、飛び上がりそうになりました。
普段は何も言わない皇帝が、
なぜ今日に限って、
こんなことを言うのかと
戸惑いました。
ラティルは彼女らしく
ザイシンに好感を示しながら、
訝し気に頭を上げました。
触れているザイシンの背中の筋肉が
ピクピクしていました。
ラティルはザイシンに、
自分に何か隠していることが
あるのではないかと
落ちついて尋ねました。
ザイシンは躊躇いながら
ポケットの中から
壊れたぬいぐるみを取り出し、
そっと差し出しました。
人形を受け取ったラティルは
口をポカンと開けた後、
これは、クラインのぬいぐるみなのに
なぜ、これを壊したのかと尋ね、
呆然としてザイシンを見つめました。
ゲスターなら呪いに使うだろうし
カルレインなら
怒って壊すだろうけれど
ザイシンが、バラバラになった
クラインのぬいぐるみを
持っているなんて、
戸惑うばかりでした。
それに、ラティルは、
このぬいぐるみを
自分の寝室に置いていたのにと
訝しがっていると、ザイシンは
それが・・・
と口を開きました。
◇罠だろうか◇
先皇帝の秘密の部下の一人は
約束した時刻より早く到着しました。
彼は応接室に座りながら、
どのように話を切り出すか悩みました。
同僚たちには
肯定的に話したものの、
彼も同様に緊張していました。
皇帝が言うことを聞こうともせずに
怒ったらどうしようかと考えました。
もしも、これが
皇帝が仕掛けた罠なら、
同僚たちに被害が及ばないように
口を固く閉ざさなければ
ならないけれど、罠であれば、
先帝があんなことを
言わせるはずがありませんでした。
部下は時計を確認しました。
まだ約束の時刻まで、
1時間近くありました。
◇ザイシンの嘘◇
途方に暮れたザイシンは、
自分が誤ってそうしたと
嘘をつきました。
誤ってぬいぐるみを
引きちぎったの?
ラティルは、
手足が全て引きちぎられた
ぬいぐるみを見ながら、
呆れて聞き返しました。
そして、
ここにあるはずがないぬいぐるみを
持って来て引きちぎったのが
本当に過ちなのかと訝しみました。
ラティルはザイシンが
自分に怒っているのかと
気まずそうに尋ねました。
ザイシンは素早く首を横に振って
否定しましたが、
いつにもまして
自分がバカげていると思いました。
そして、なぜ、自分は
嘘をついているのかと
よくよく考えてみたところ、
それは皇女のせいのようでした。
すでに皇帝は
皇女を疎ましく思っていました。
最近では、
怪物が侵入する前に皇女が
泣き続けた事件もありました。
そんな皇女が
ぬいぐるみを、ずたずたに引き裂き、
よりによって、それが
「陛下2」だったので、
皇帝がこれを知れば、
気分を悪くするに
違いありませんでした。
ラティルは、
自分に怒ってはいないけれど
誤ってぬいぐるみを
引き裂いたのかと思いながら、
分かったと返事をしました。
ザイシンはラティルに
自分のことを怒っているのかと
尋ねました。
ラティルは、
気分が良くない。ザイシンだって
自分が同じことをしたら
呆れただろうと答えました。
そうですね。
と返事をしたザイシンは
落ち込んで頭を下げました。
ラティルは
何も悪いことをしていないけれど
訳もなく自分の心が痛みました。
ラティルは、
バラバラになったぬいぐるみを
彼に渡すと、
クラインが戻って来るまでに
元通りにするように。
大切にして欲しいと言って
預けて行ったのに、
こんなことになったのを見れば、
とても怒るだろうと言いました。
◇阻止◇
レアンの腹心が
急いで部屋に入って来た時、
レアンは、
ラティルが会議室で話したことを
ノートに書き、
これはどういう意味なのかと
一つ一つ分析していました。
ギルゴールが壊した家は
依然としてめちゃくちゃで、
四方から工事の音がしましたが、
レアンの集中力は、
騒音に乱されることは
ありませんでした。
レアンが視線を上げると、
腹心はそばに近づき、
シウォラン伯爵が皇帝に
謁見申請をしたそうだと
報告しました。
その言葉に、
レアンはメモとペンを置きました。
腹心は、
シウォラン伯爵は、1時間後に
皇帝と会うことになっているけれど
阻止した方がいいかと
素早く尋ねました。
レアンは時計を確認しました。
◇あそこにいるのは◇
ラナムンは念入りに
身だしなみを整えた後、
ラティルに会うために
ハーレムの外へ出ました。
ラティルが許可したので、
ロードの仲間たちは全員、
彼女が死者の宮殿で
先帝の魂に会ったことを
知らされました。
ラナムンは
今頃、気が滅入っているであろう
皇帝を、慰めてあげたいと
思いました。
ところが、思いがけず大神官が
巨大なウサギのように
駆けつけて来て
回廊を通り過ぎる彼を捕まえました。
そして、大神官は、
ラナムンと会えて嬉しい。
少し話をしようと言いました。
しかし、ラナムンは
「放して」と言って
冷静に大神官の腕を離しました。
そして歩いて行こうとすると、
大神官は、さっと彼を
持ち上げました。
ラナムンが事態を把握する前に、
大神官は彼を抱いて走り始めました。
怒ったラナムンは
クソッ、
ザイシン、放せ!
と叫びましたが、
大神官は吠えながら走るだけで、
彼を放してくれませんでした。
通りかかった宮廷人たちが
目を丸くして見つめると、
ラナムンは大神官の髪の毛を
引き抜いてしまいたくなりました。
彼は皇帝を
慰めようとしたのであって、
図体の大きい筋肉人間を
慰めようとしたのでは
ありませんでした。
ザイシンは、本宮近くの庭園の中の
人がほとんど通らない隅に行き、
ラナムンを降ろしました。
彼は歯ぎしりしながら
しわくちゃになった服を
伸ばしました。
ラナムンは、
なぜ自分を連れて来たのか
分からないけれど、
大したことではなければ、
黙ってはいないと抗議すると
ザイシンは、
皇女様のことだと答えました。
皇女と聞いて、
ラナムンはピクっとしました。
ラナムンは、
皇女がどうしたのかと尋ねると、
ザイシンは素早く事情を
説明しました。
聞けば聞くほど、ラナムンの表情が
冷たくなっていきました。
話を終えたザイシンは、
苦しそうな表情で
どうしたらいいだろうかと
尋ねました。
ラナムンは、
すでに嘘をついてしまったのだから
何をどうすればいいのか分からない。
ぬいぐるみを修理するしか
ないのではないかと答えました。
ザイシンは、
自分は嘘をつく自信がない。
今度、皇帝が自分を見たら
嘘をついていることが
バレるかもしれないと言うと、
ラナムンは、
皇女がしたことだと
打ち明ければいいと話しました。
しかし、ザイシンは
皇帝に話せば、
もっと皇女を嫌うようになると
言おうとしましたが、
突然、口をつぐみ
何かを見つけて
目を大きく見開きました。
ラナムンは、
なぜそうしているのかと
尋ねようとしましたが、
ラナムンの口を
ザイシンが塞ぎました。
ラナムンは我慢できなくなり
彼の腕を振り払いながら
後ろを振り返ると、
彼の目が細くなりました。
ラナムンは、
あそこにいるのは
レアン皇子の腹心だけれど、
あそこで何しているのかと
思いました。
これ以上、皇女が
ラティルに嫌われないように
嘘までついて、
皇女を庇うザイシンは
本当に優しくて
思いやりに溢れた人だと思います。
だから、大神官が走る姿は
虎やライオンやクマではなく
巨大なウサギなのでしょう。
その巨大なウサギのように走る
大神官の腕の中で、ラナムンが
バタバタする姿を想像して
楽しくなりました。
レアンの腹心たちは
彼が皇帝になれば、
現皇帝に対して
謀反を企てた皇子の腹心ではなく、
晴れて新皇帝の腹心になれるので
レアンのために、
一生懸命働いているのだと思いますが
そこまで忠実に仕えるほど、
レアンに価値があるのか疑問です。
自分が危ないと分かれば、
レアンは、
腹心たちに責任を押し付けて
逃げ出しそうな気がします。