857話 ラティルはタッシールにエスコートされて、誕生パーティー会場に入りました。
◇誕生パーティー◇
皇帝の誕生日を祝うために
集まった人々は、
煌めく玉珠簾をくぐり抜けて
入ってくる二人を見て
嘆声を上げました。
皇帝の腕を、自然に
エスコートしているタッシールは、
存在感の強い皇帝と二人きりで立っても
全く萎縮していませんでした。
こうして見ると、
とても、お似合いだ。
もう公式行事は、全て
タッシール様と行かれるのでしょう?
そうですね。
でも、皇后を変えた皇帝も
いるじゃないですか。
それは、悪口の言い過ぎだ。
今さらだけれど、タッシール様が
皇配の席に、
一番、完璧にしっくりくる。
平民出身なので、
皆、黙っていただけ。
私はタッシール様以外の皇配は
想像もつかなかった。
側室の中には、
人間より耳のいい人が多かったので
当然、彼らは、
皆の囁き声を聞きました。
カルレインは、
貴族たちが皇帝に対して
冗談を言うのが不愉快で
眉をひそめましたが、
彼の胸の片隅では、
皇配を変えるという言葉が
それほど嫌に聞こえませんでした。
ザイシンは、
皇帝のそばに立った自分の姿を
思い浮かべて恥ずかしくり、
耳をこすりました。
ラナムンは、プレラを
これ見よがしに高く抱き上げ、
堂々と顎を上げました。
絶対に、気圧されているように
見られたくありませんでした。
一方、ゲスターは
凄然たる姿で床を見下ろし、
まともに頭も上げませんでした。
力のない姿を見せ続け、
再び自分のイメージを
病弱な姿にする計画でした。
ところが、
ラナムンとゲスターの意図は
正反対に発揮されました。
ラナムンは、
悲しいことを隠そうとして、
頭を上げているように思われ、
あのようにしていると
もっと悲しそうに見える。
数年前、ラナムン様が皇配になると
皆が言っていた時は、
もっと、堂々としていた。
慰めてやりたいと言われました。
一方、ゲスターが、皇帝の方を
全く見向きもしないのは、
目を合わすと
呪いにかかるのではないか。
だから、わざと
視線を下げているのではないか。
怖い、と言われました。
しかし、
ラナムンとゲスターの表情が
同時に歪むと、
ひそひそ話していた貴族たちは
急いで口をつぐみました。
カルレインは、無愛想な顔で
どんな囁きにも
反応しませんでしたが、
ギルゴールの名前が聞こえると
彼を探すために
周囲を見回しました。
カルレインは、
ギルゴールが、今日のような日に
問題を起こしたりはしないだろうと
心配していましたが、
幸いにも元気なギルゴールを
すぐに探し出すことができました。
クラインは、金箔ソファーの前で
シャンパングラスを
潰すように握りしめていましたが、
ギルゴールは、その隣で
足を組んで座っていました。
皇帝が現れても、
彼は立ちもしなかったし、
あえて彼に立てと言う人も
いないようでした。
ラティルが、
皆、忙しいのに
自分の誕生パーティーに
参加してくれたことにお礼を言うと
ギルゴールは、ようやく視線を上げて
ソファーの肘掛に腕をかけ、
ニヤニヤしながらラティルを見ました。
そこまで見たカルレインも
ラティルの方を向きました。
ラティルが簡単に挨拶を終えると、
貴族たちは同時に手を叩きました。
拍手喝采の中、
ラティルはすぐに側室の位置を把握し、
横を見ました。
タッシールが
緊張しているのではないかと
心配して、
大丈夫かと尋ねましたが、
全く心配することはありませんでした。
タッシールは、
皇帝がそばにいるのだから、
このタッシールが心配することは
何もないと答えました。
彼は少しも委縮する気配もなく
平然と立っていました。
口では、あのように言っているけれど、
ラティルがそばにいない時も
タッシールは委縮するような人では
ありませんでした。
ラティルはにっこり微笑むと、
再び彼の腕の上に手を置き、
「降りよう」と言いました。
◇サーナットの誓約式◇
赤ちゃんの生後100日目が近づくと
ラティルは、再び、
小さなパーティーを準備するよう
命じました。
タッシールは、
自分がやろうとしましたが、
ラティルは、
もうすぐ、タッシールは
皇配になるけれど、
まだ皇配ではないので、前もって
仕事を引き受ける必要はないと
わざと彼を止めました。
タッシールは、
皇帝の誕生パーティーの準備の前に
その話をしてくれれば良かったと
恨み言を言うと、
ラティルは、タッシールに謝った後、
実は、赤ちゃんの生後100日を祝う時に
サーナット卿の誓約式をするので、
タッシールが、
その準備までしてくれることを
望んでいないと言い訳しました。
タッシールは、
愉快なことではないけれど、できる。
いい加減に準備してもいいと
冗談を言うと、
ラティルはタッシールを抱きしめ、
首を横に振りながら、
本当に大丈夫だと返事をしました。
むしろ、ラティルが
気まずそうに見えたので、
タッシールは自分がやると
言い張りませんでした。
タッシールは、
皇配となって忙しくなる前に、
皇帝から預かっている
皇宮の新年度予算案を事前に見ながら
最後の休憩を取ると言いました。
ラティルは、
わざと、そうするのだろう?と
尋ねると、タッシールは
口角を上げて頷きました。
とにかくラティルは、誓約式を
自分で準備できるようになりました。
これまでサーナット卿は、
メロシーの領地にいる家族へ送る
招待状を作成しました。
このようなことで、
家族に招待状を書くのは
恥ずかしかったけれど、
家族にも知らせるべきだったし、
彼の両親も、愛らしい孫を
直接見たいはずでした。
赤ちゃんの生後100日目。
前もって到着し、
首都に滞在していたメロシー家の人々は
どっと宮殿に入って来ました。
もしかして、他の貴族に会って
悪口を言われるのではないかと思い、
彼らの表情は良くありませんでしたが
案内された場所に行く間、
彼らは他の客の誰とも
会いませんでした。
訝しがるメロシー家の人々に、
皇帝の秘書は、
他の側室たちとメロシー家の人々だけが
誓約式に参加するそうだと
笑いながら教えてくれました。
準備をしているうちに、
規模がますます縮小し、
こじんまりとしたものに
なったためでした。
メロシー家の人々は、
佳き日に悪口を聞かずに済んで
安堵しました。
彼らは、首都から離れて
暮らしているけれど、
近衛騎士団長だったサーナットが
側室になる前に子供を作ったことで
アトラクシー公爵一派と
ロルド宰相一派に憎まれたという話を
聞いていたからでした。
しかし、誓約式の会場に入った
メロシー家の人々は、
他のお客さんがいなくても、座る前に
緊張しなければなりませんでした。
華やかに着飾って
席に座っている美しい男たちと
そのそばに立っている侍従たちが、
彼らが入る瞬間から、
冷たい視線を送って来たからでした。
メロシー家の人々は、
自分たちの名前が書かれた席に座ると
最大限、側室たちを見ずに
自分たちだけで話を交わしました。
幸いなことに、
ほどなくして、サーナットが
現れたので、メロシー家の人々は
ほぼ同時に立ち上がりました。
サーナットは、片手に
淡い金色のおくるみを抱いて
歩いて来ました。
メロシー伯爵夫人は、
一番先に駆けつけて、
サーナットが抱いている
赤ちゃんを見ました。
彼女は、殺伐とした雰囲気も忘れ
サーナットとそっくりだ。
本当に美人だと 、
明るい声で感嘆しました。
サーナットは微笑みながら、
赤ちゃんの名前はクレリス。
皇帝と自分で話し合って付けたと
話しました。
続いてメロシー領主もやって来て
赤ちゃんの顔を見下ろしました。
彼は胸がいっぱいで
妻と手を取り合ったまま、
しばらく何も言えませんでした。
しばらくして、メロシー領主は、
自分たちは、サーナットの子供を
見られないかもしれないと
思っていたことを打ち明けました。
彼は、あまりにもすごい人に
片思いする息子を見て、
とても胸を痛めていました。
ところが、こんなに良い知らせが
相次いで伝わって来ました。
赤ちゃんを感嘆の目で
見つめていた伯爵夫人は、
小さな声で、
皇帝のことを尋ねました。
サーナットは、一緒に来る途中、
用事ができて戻った。
30分ほど待てば来ると思うと
答えました。
浮かれていた伯爵夫人と領主は
その言葉を聞いて、互いに
不安そうな目で見つめ合いました。
彼らは、息子が長い間
皇帝に片思いしていたことを
知っていました。
サーナットが皇帝を守る運命に
生まれたことも知っていました。
ところが、
巡り巡って訪れた意味深い日に、
皇帝が仕事のために
サーナットを放っておくなんて。
たとえ、今回は30分だけでも、
これからも、こんなことが
多かったらどうしようと
心配しました。
ようやく夫婦は
誓約式に出席するために集まった
側室たちを見回しました。
一様に、ずば抜けた美男であり、
皆、個性も強く、
雰囲気が険悪でした。
両親の視線に気づいたサーナットは
皇帝は今、誰よりも自分とうちの子を
大切にしている。
皇帝の側室たちのことを、
皆、素晴らしいと言うけれど、
自分は負けないと先に言いました。
伯爵夫人は、サーナットの手を
ギュッと握って頷くと、
うちのサーナットこそ、
皇帝と完璧なペアだからと言いました。
◇宣言◇
サーナットの誓約式が終わるや否や、
人々は、年末祭の準備を
しなければなりませんでした。
年末祭は期間も長い上に
サーナットの誓約式のように
小規模で行われる行事ではないため、
宮殿の人々と大臣たちは
サーナットと二番目の皇女に対する仕事を
後回しにして、年末祭の仕事に
没頭しなければなりませんでした。
忙しく働いているうちに
時間は早く流れ、あっという間に
タッシールの皇配任命式の日が
近づいて来ました。
息子に会うために、
朝早く訪れたアンジェス商団の頭は、
他の側室たちも、
皇帝と様々な縁があり、
歴史があるだろうけれど、
何の役にも立たない。
どうせ皇配はタッシールで、
皇帝の公式的な「本物」の夫は
タッシール一人だ。
歴史に記録される公式の夫は
タッシールだと、礼服姿の息子を、
取り憑かれたように見つめながら
呟きました。
年末祭の間、
平民であるアンジェス家の人々は、
貴族や皇族だけが集まる
皇室のパーティーに
参加しませんでした。
毎回、招待状が送られて来たけれど
あえて行ってみたところで、
良い話も聞けず
良い姿も見られないので、
あれこれ言い訳をして、
全て断っていたからでした。
しかし、
今年の年末祭のパーティーには
アンジェス家の人々も出席しました。
タッシールが同日、
皇配に任命されるからでした。
タッシールの弟は、
ぼんやりと彼を見上げながら、
兄が本当にかっこいいと呟きました。
侍女たちは、
タッシールの支度を手伝いながら、
自分たちで目を合わせて、
クスクス笑いました。
それでもタッシールの弟たちは
感嘆の表情を
隠すことができませんでした。
侍女たちが、
支度を終えて出て行くと、
ついにタッシールの母親は、
ずっと聞きたかったけれど、
侍女たちのせいで聞けなかった
質問をしました。
彼女は、
ここに来た時に、
あるハンサムな男たちが、
自分たちだけで集まり、怖い目で
自分たちを見つめていたけれど、
もしかして彼らが
皇帝の側室なのかと尋ねました。
タッシールは、
おそらく、そうだろうと答えました。
息子の返事を聞いた母親は
急に心配になって来ました。
すれ違いざまに見ただけでも、
あの側室たちの様子は
尋常ではありませんでした。
タッシールの母親は、
息子が皇配になったことで
彼らがタッシールを
苦しめるのではないかと
心配しました。
彼女の目には、茶髪一人を除いて、
皆、性格が悪そうに見えました。
彼女はタッシールに、もう一度
「苦しくなったら逃げろ」と
言いたいのを辛うじて堪えました。
今や彼女の息子は、
側室ではなく皇配でした。
ロードの皇帝がどんなに怖くても
逃げられない位置でした。
アンジェス商団の頭は、
自分たちのタッシールは、
誰かにいじめられたからといって
やられる人ではないと
自信満々に言いましたが、
彼も、側室たちの殺伐とした雰囲気を
実際に見るのは初めてだったので
しきりに後ろを
振り返るようになりました。
そして、その側室たちは、
皆、廊下に立っているのに、
なぜ見えない所で、自分たちの話を
聞いているような感じがするのか
分からないと訝しがりました。
タッシールは、
扉付近の壁が波打つのを見て
口角を上げました。
タッシールは、
そんなはずがないと返事をすると
二人とも心配しないように。
皇帝の隣の席にいるためには、
その程度は
解決しなければならないと
言いました。
ランブリーは、すれ違いざまに、
タッシールの父親が
自分を見たような気がして、
ビクビクしながら立っていましたが
タッシールが
家族と話をしている間に
素早く部屋から逃げました。
それから一時間後、
侍従長は部屋を訪れ、タッシールに
もう行かなければならないと
告げました。
タッシールは家族を一度抱きしめた後
扉の外に出ました。
近衛兵たちは、他の家族に
1階のパーティー会場に続く
道を指し示しました。
タッシールは、
遠ざかる家族の足音を聞きながら、
侍従長の後に付いて
ずっと歩きました。
皇帝の戴冠式が行われた部屋に入ると
主要貴族たちと大臣たちが
部屋の中を埋め尽くして
立っていました。
しかし、彼らは、
扉から最上の席へと続く赤い絨毯を
少しも踏まずに退いていました。
サーナットは、通路の一番奥で
タッシールを見つめる
皇帝を見ました。
彼女の手には、皇配がかぶる
皇冠が握られていました。
皇帝のそばでは、
美しい側室たちが、
自分たちの使うことのできない
皇冠には目もくれず、
無表情で立って
タッシールを見つめていました。
顔をしかめた人はいなかったけれど、
その目から感じられる
殺伐とした警戒心に、タッシールは
思わず口元を上げました。
皇配になった後も
容易ではないだろうと思いました。
タッシールは合図を受けると
絨毯を踏みながら前に歩きました。
彼の口に浮かんだ笑みは、
周りの大臣たちが
いくら不満そうな目つきをしても、
絶対に崩れませんでした。
皇帝の前に到着すると、普段より
威厳のある表情をしていた皇帝が
優しく笑いながら、
皇冠を彼の頭に乗せました。
ラティルは、
皇冠を、彼の頭によく合うように
かぶせながら、
初めて会った日にも、
タッシールは、そのように
笑いながら近づいて来たと、
彼にだけ聞こえる声で囁きました。
タッシールは、
皇帝は雑誌で顔を隠していたと
返事をすると、目尻を細く曲げました。
彼は知らないけれど、
その時、ラティルは
タッシールが側室ではなく、
他の席に、
もっと相応しい人だと思いました。
それなのに、皇配になるなんて
当時は、
想像もしていませんでした。
ラティルは、
タッシールの余裕が
タリウムの余裕になるようにと告げると
ついに皇冠から手を離し、
大声で宣言しました。
タッシール・アンジェス。
これから、あなたが
タリウムの皇配だ。
プレラはお留守番かと思いましたが
二番目の皇女に
関心が集まっている中、
ラナムンは、プレラの存在を
アピールしたくて、
パーティー会場に
連れて来たのでしょう。
ラナムンの意図とは違う風に
誤解されてしまったけれど、
ゲスターのように怖がられるよりは
哀れを誘う父娘の方が
まだマシかもしれません。
二番目の皇女が
吸血鬼かどうかは分からないけれど
アリタルの呪いを解くためには
ロードの騎士の子供と
対抗者の子供が必要なのではないかと
思います。
原作の表紙に、
ラナムンとサーナット卿が
描かれているのは、
そのような意味を
含んでいるのではないかと
ふと、思いました。
タッシールの任命式で
彼の美しくて堂々とした姿を
想像して、
ニマニマしてしまいました。