851話 サーナット卿はパズルのピースの代わりに礼服の飾りの宝石を渡し、ラティルに入るかと尋ねました。
◇こんな気持ちだけれど◇
どれだけ大切に保管しておいたのか、
宝石は、微かな光を受けただけでも
輝いていました。
ラティルは、手の中で
宝石を転がしました。
入る場所があるだろうか?
ラティルは
パズルを見下ろしました。
ほとんど完成しているので、
空いている場所は狭く、
ラティルは何も言わずに
宝石を手の中で
転がしてばかりいました。
それを見ていたサーナット卿は、
血が乾くような気分でした。
とにかく、彼の体の中にも、
まだ血はありました。
しばらく躊躇った後、
私は・・・
と、ラティルが辛うじて口を開くと
サーナット卿は、
拳をギュッと握りました。
その瞬間。
ロード! ただいま!
と、グリフィンが窓ガラスを
乱暴に叩きました。
反射的に、サーナット卿の拳から
力が抜けました。
ラティルは、さっと横を見ました。
グリフィンが、
窓ガラスの向こうの窓枠に立ち、
できるだけ早く開けてほしいと
催促していました。
ラティルはサーナット卿に
窓を開けてやるよう頼みました。
サーナット卿が窓を開けている間に
ラティルは、素早く顔を叩いて
表情を整えました。
どうして、ここだけ、
こんなに暑いのか。
窓を少し開けておこうと言うと
グリフィンは興奮しながら
中に入って来て、
ラティルがほとんど完成した
パズルの上に上がって
翼を揺らしました。
サーナット卿は、なぜ、ゲスターが
グリフィンを苛立たせるのか
生まれて初めて理解しました。
ラティルはグリフィンに
もう行ってきたのかと尋ねました。
グリフィンは、
もうだなんて言うけれど、
自分が行って来る間、
ロードも、このパズルを
完成させていなかったではないかと
言い返しました。
ラティルは、
状況はどうだったか。
他の側室を訪ねてみたかと
急いで話題を変えました。
幸いなことに、グリフィンは、
先ほども今も、
気が利きませんでした。
グリフィンは、
もちろん、全部見て来た。
なぜ、側室たちが、
こんなに遅くまで戻って来ないのか、
しっかり見て来たと答えました。
ラティルは、
皆、元気だったかと尋ねました。
グリフィンは、
カルレインとラナムンが
仲違いしたせいで、
それまで、早く進めていた
仕事の処理が、
途中で止まってしまい、
秘書が当惑している話などを
誇張して伝えました。
ラティルは話を聞きながら
落ち着いた様子で頷きました。
そして、グリフィンが
しばらく水を飲んでいる間に、
ラナムンとカルレインは
自分たち同士で戦うことに
気を取られていたこと、
クラインは、側室を
やめるかもしれないということを
確認しました。
グリフィンは
そうです!
と答え、
ラティルの視線を避けながら
手を叩いていましたが、
自分をじっと見つめる
サーナット卿と目が合いました。
その視線に混じった敵意を
察知したグリフィンは、
なぜ、自分を睨んでいるのかと
尋ねると、サーナット卿は
やむを得ず首を横に振りました。
サーナット卿が聞きたかったのは
カルレインとラナムンが
突然、仲違いした原因でした。
ラナムンはともかく、カルレインは、
ラティルの命令を前にして
他のことに目を向ける者では
全くありませんでした。
正直なところ、サーナット卿は
ゲスターを疑いました。
そして、
ラティルが返事をしようとした
重要な時に、
突然現れたグリフィンを
恨めしく思いました。
サーナット卿は、
グリフィンと睨み合っていたので、
ラティルが、その瞬間に
彼からもらった礼服の飾りを
パジャマの前ポケットに
さっと入れたことに
気づきませんでした。
ラティルは、
二人はそうだったとしても、
ギルゴールはどうだったのかと
尋ねると、
グリフィンとサーナット卿の視線を
手を伸ばして遮りました。
グリフィンは、
サーナット卿に向かって
威嚇するような態度で、
ギルゴールが何をしているのか、
自分も分からない。
何を考えているのかも分からない。
包装用の紐をいくつか買って
何かを作っていたと答えました。
包装用の紐のことが
ラティルは気になりましたが、
グリフィンは、
ギルゴールの話をしたくないのか、
さらに、いくつか報告をすると、
窓際に行ってしまいました。
グリフィンが飛んで行きそうになると
ラティルは急いで目を閉じて、
自分も眠っているふりをしました。
先ほどまでは
何も考えずにいたけれど、
よくよく考えてみると、
グリフィンが飛んで行ってしまったら
サーナット卿と二人きりだけに
なってしまう。
数時間前までは、
サーナット卿と二人きりで
真冬の小屋にいても大丈夫でしたが
今はそうすることができませんでした。
ずっと、返事をくれと
言うのではないかと心配で、
ラティルは目を閉じて息を整えました。
グリフィンが
飛んで行こうとしたのに戻って来て、
ロード、
いつの間にか寝ちゃったの?
と尋ねるのを聞きましたが、
ラティルは、
ずっと目を閉じたままでいました。
サーナット卿が
はい、眠りました。
と答えると、グリフィンは
ラティルを起こすよう要求したので、
サーナット卿は、
どういう根性をしているのかと
非難しました。
しかし、グリフィンは
ロードは寝ていない。
寝たフリをしてるみたいだと主張し、
ラティルの顎を
翼でトントン叩きました。
しかし、それを2、3回繰り返すと
すぐに、サーナット卿は
さっとグリフィンを持ち上げ、
皇帝が怒るのでやめるように。
皇帝は。今疲れて眠ったので、
邪魔をしないで出て行くようにと
告げると、パズルを
ベッドの脇のテーブルに置き、
グリフィンを連れ出しました。
部屋の中は、あっという間に
また静かになりました。
ラティルは薄目を開けました。
そっと上半身を上げて見ると、
ドアが堅く閉ざされていました。
周囲に人の気配は
全くありませんでした。
サーナット卿の声が
廊下を通って
遠ざかっていくのが感じられました。
ラティルは安心して
ベッドから起き上がりました。
その状態で、
ぼんやりとしていましたが、
ラティルは首を回して
パズルを見ました。
次にポケットから
サーナット卿がくれた
礼服の飾りを取り出して眺めました。
この隙間にこの飾りは
絶対に入らない。
ラティルは、
目をギュッと閉じました。
ラティルは、誰を皇配にするか
すでに決めていました。
グリフィンの報告を聞いて
気持ちは、より強くなりました。
ところで、こんな気持ちで
サーナット卿を受け入れても
いいのだろうか?
他の側室と違って、サーナット卿は、
皇配を目指して
努力する機会もないだろう。
それでも、彼を受け入れても
いいのだろうかと悩みました。
◇凱旋◇
ラティルは、
ゲスターの沈黙が気になり、
モヤモヤしていましたが、
ヘイレンは、この状況が
ただただ、嬉しいだけでした。
ヘイレンは
若頭が確実に皇配になると思うと、
興奮しながら叫びました。
そして、
自分たちが席を外していた間に
皇配候補たちに、
テスト課題を与えたという話を
聞いた時は、
本当に心臓がドキドキしたと
打ち明けました。
ヘイレンは、
皇帝が皇配として、
ラナムンを念頭に置いていて、
わざとタッシールが席を外した隙に
テストをさせたと思いました。
そうすればタッシールは、
まともにテストを受けることができず
ラナムンは良い成績を収めることが
できたからでした。
しかし、事がうまく解決し、
理性を取り戻した後、
ヘイレンは、皇帝が
そのような意図ではなかったことを
理解できました。
ヘイレンは、
むしろ、あのテストが
若頭の役に立ったと
ニヤニヤ笑いながら言うと、
ゲスターの呪いのために
しばらく苦痛を感じた手を
見下ろしました。
タッシールは、
そうだね。
と同意しましたが、
100%自信に満ちた表情では
ありませんでした。
ヘイレンは心配になり、
どうして、そんな顔をしているのか。
何か引っかかることが
あるのかと尋ねました。
タッシールは、
白魔術師が帰って来ないからと
答えて、眉を顰めました。
白魔術師とは違い
ゲスターは帰って来たけれど、
いきなり部屋の中に
閉じこもってしまいました。
それだけではなく、
タッシールの予想に反し、
ゲスターは、復讐すると言って
大騒ぎもしませんでした。
その時、外から微かに、大勢の人が
声を張り上げているのが
聞こえて来ました。
これは何の声なのだろうかと
呟きながら、
ヘイレンは窓際に近づきました。
そして、
ハーレムの中の音ではないと
思うけれど、
これは何なのかと尋ねました。
タッシールも音と振動を感じて
ヘイレンのそばまで歩いて行きました。
彼は窓から耳を突き出して立ち、
歓声みたいだと呟きました。
ヘイレンが、
歓声なのかと聞き返すと、
タッシールは、にっこり笑って、
確かに歓声だ。
自分がとても好きな声だと
答えた後、首を傾げながら、
この振動は何なのかと呟きました。
好奇心をかき立てられた
タッシールは、
声のする方へ歩いて行きました。
ハーレムの外に出て
城壁まで歩いて行き、
城壁の階段まで上がりました。
そして、城壁の上に立って
下を見下ろすと、
国民が歓声を上げて、
通りを走り回っていて、
巨大な車に縛られた怪物たちが
運ばれていました。
タッシールは、
この奇妙な行列の一番前で
花束を抱えて移動する
ギルゴールを見つけると、
ため息をつきました。
吸血鬼になって
視力が急激に良くなったヘイレンも
怪物の行列の間に挟まれた
使節団に気づきました。
ギルゴールは歓呼する人々に
余裕で手を振りながら移動しており
その後、人々は、
堂々とギルゴールの名前を
連呼し始めました。
タッシールは首を軽く振りながら
笑うと、
最後まで油断はできないと
呟きました。
◇大昔の彼なら◇
ギルゴールは、皇配候補の中で、
最も華やかに、
最も多くの歓呼を受けながら
戻って来ました。
大臣らは脅迫されて、
渋々、ギルゴールを
皇配候補に推薦しましたが、
彼が国民の歓声を浴びながら
帰って来ると、
表情管理が難しくなりました。
もし皇帝があれを見て、
ギルゴールを皇配に決めたら
どうすればいいのか。
タッシールとゲスターが
一番早く帰って来たけれど、
あんなに派手に帰って来ていない。
ギルゴールのことだから、
何も考えずに
行動しているようだけれど、
ひそかに人々を操るのが上手だ。
大臣たちは、
ギルゴールの華麗な帰還を見てから
ずっと心配に襲われました。
アトラクシ一派であれ、
ゲスタ一派であれ、中立や、
その他の側室支持者であれ、
ギルゴールを
皇配にしたくありませんでした。
一方、ラティルは、
随分、前ではあるけれど、
ギルゴールも
皇配らしい一面があった。
その時は、
大神官のアリタルのそばで
人々に尊敬され、人々を導いた。
あの頃のギルゴールの姿が
少しでも残っていれば、
皇配になれないことはないと
考えると、心が揺らぎました。
しかし、ショードポリに付いて行った
書記官と秘書から
ギルゴールの行跡に関する
報告を受けるや否や、
ラティルのそのような期待は
すっかり消え、
やはり、ギルゴールは
皇配の器ではないと思いました。
ショードポリでの
ギルゴールの行跡は、
一から十まで、全て戦闘でした。
国境から首都に至るまで、
ギルゴールは、
外交使節として訪れた人ではなく、
言いがかりをつけに来た人のようで、
実際に何度も戦いが交わされたと
聞きました。
最初は暴れていた
ショードポリの王も、後になって、
どうか出て行って欲しいと頼み、
指名手配書を
取り下げてくれたようでした。
ラティルは首を横に振ると、
ギルゴールも皇配候補から
削除しました。
◇彼のせい◇
そして、7月中旬になり、
クラインはカリセンに残るようだと
ラティルが思う頃になって
ようやく、彼が
ゆっくりと到着しました。
ラティルは、
帰ってくるのが遅いと
文句を言いましたが、
カリセンでのクラインの混乱について
知らないふりをしました。
クラインは、
久しぶりに故郷に帰ったので
休んで来た。
どうせ皇配候補でもないからと
返事をすると、
ヒュアツィンテが自分に提案した話を
あえてラティルに話して
騒ぎませんでした。
日程を合わせたわけでは
なかったけれど、
カルレインとラナムンも、
その翌日の明け方に、
それぞれ異なる馬車に乗って
到着しました。
ラティルは、
その時、眠っていたので、
すぐに彼らの挨拶を
受けることができませんでした。
カルレインとラナムンは
朝になってから、
ラティルの寝室を訪ねましたが、
互いに、違う時間に
訪ねてこようとしたのに、
ラティルの寝室の扉の前で
出くわしてしまいました。
しかし、二人は喧嘩しませんでした。
カルレインとラナムンは
互いに相手を見ても、
心に特別な変化がないことに気づくと
自分たちが何かに
しばらく惑わされていたことに
気づきました。
きっと彼だろう。
カルレインは、
こういうことをするような人のことを
思い出して呟きました。
◇決心◇
それから数日間、
ラティルは皇配候補たちの功績を
客観的に調べました。
そして出産を控えて休息に入る前の
最後の会議の時、
ついに口を開きました。
数日間、ずっと悩んでいたけれど
心を決めた。
大臣たちは、そろそろ皇帝が、
皇配候補の問題を取り上げると
予想していたので
驚きませんでした。
皇帝が皇配候補に関して
大きな発表をするなら、
出産後に休息を取った後や
出産直前だろうと
予想していたからでした。
その上、最近の皇帝の雰囲気が
終始、尋常ではありませんでした。
大臣たちはラティルの口を
静かに見ました。
歴代の男性の皇帝は
おそらく皇后を迎えた後も、
側室を迎えたでしょうから、
サーナット卿が
皇配に絶対になれないと
分かっていても、
側室にするのは構わないと思います。
むしろ、側室になれば、
ラティルの護衛騎士ではなくなるので
皇配を迎えた後に、
ラティルのそばをウロチョロしながら
ちょっかいを出さなくなって
良いのではないかと思います。
ギルゴールは、
アリタルのそばにいた時は
彼女を引き立たせるために
おとなしくしていたけれど、
彼には、
自分を注目させるための
天与の才能があるのではないかと
思います。
暴力で物事を解決さえしなければ
いいのにと思います。