838話 アウエル・キクレンについてのメラディムの警告に、ラティルは聞く耳を持ちません。
クラインに会うために、ラティルが
ハーレムへ向かっていた時、
湖から、水がゆらゆらする音が
聞こえて来ました。
そちらを向いたラティルは、
大きな岩に腰をかけて
こちらをじっと見つめる
アウエル・キクレンを発見しました。
彼はラティルと目が合ったのに
視線を逸らしませんでした。
ラティルは鼻で笑い、
彼を放っておきたかったものの
そちらへ歩み寄り、
腕を伸ばしました。
しかし、アウエル・キクレンは
高い所から、
小さな羊を眺めるように
ラティルを見下ろすだけで、
手を差し出しませんでした。
さっさとして。
とラティルが再び催促すると、
彼は渋々、手を差し伸べました。
ラティルは彼を引っ張りました。
大きな体は、
簡単に引っ張られました。
彼は湖に足を浸していたので
そこから出て来る時に
パシャパシャと音がしました。
決まりが悪いはずなのに
アウエル・キクレンは
ラティルと真正面から向き合い、
自分を呼んだ理由を尋ねました。
ラティルはため息をつきました。
謝るだけでも足りないのに
なぜ、彼はさらに怒るのか。
しかし、黒魔術の創始者という理由で
警戒される彼を見ると、
自分のことを思い出して
心が少し痛みました。
ラティルは
「こっちへ来て」と言って
アウエル・キクレンを抱き抱えると
彼の背中を軽く叩きました
アウエル・キクレンは
じっとしていました。
アウエル・キクレンは、
ラトラシルがそうしたからといって
自分の怒りが解けると思うのかと
盗人猛々しい態度をとりましたが
ラティルは適当に聞き流しました。
背中を何度か軽く叩くと、
アウエルが両腕を伸ばして
ラティルを抱きしめました。
彼の鼻が頭に触れ、
強く息を吸うのが感じられました。
アウエル・キクレンは
自分が怒っていたら、
怒りが収まらなかっただろうけれど
実は、今、自分は怒っていないと
言いました。
ラティルは、
何を言っているんだと聞き返すと
アウエル・キクレンは、
いい匂いがすると言って、
ラティルを腕の中に押し込むように
強く抱きしめました。
ラティルは
頬を押さえつけられたまま
目をパチパチさせながら、
アウエルを信じても大丈夫かと
尋ねました。
しかし、彼は
情に飢えた子犬のように、
「たくさん愛している」と
ラティルの髪の毛に向かって
愛を囁きました。
ラティルは、アウエルに対して
少し同情心が湧いて来ました。
黒魔術の創始者なので、
黒魔術師がいじめられる以上に
いじめられたから、
こうしているのかと思いました。
アウエル・キクレンは
ラトラシルを喜ばせたかっただけで
騙すつもりはなかった。
ラトラシルが自分を見たら
喜ぶと思ったと、
ラティルの頭に向かって囁きました。
そこは、自分の耳ではないと
思ったラティルは、
アウエルの背中を軽く叩きましたが
彼はずっとラティルの髪の中に
顔を埋めていました。
本当に犬みたいでした。
ラティルは、
なぜ、自分がアウエルを見て
喜ぶのか。
自分は見知らぬ人を見て
いきなり喜ぶはずがないと
反論すると、アウエル・キクレンは
自分がとてもハンサムだからと
返事をしました。
その言葉にラティルが驚いていると
アウエル・キクレンは
自分の姿が愛しいと思わないか。
自分のようなハンサムな男を
見たことがあるかと尋ねました。
ラティルは、
その質問の返事はせずに、
分かったので、
自分の頭から離れてと頼みました。
宮廷人たちは、皇帝が
新しい美男とくっついている姿を
チラチラ見ながら、近くを
できるだけ早く通り過ぎました。
皇帝は、何としてでも
側室を8人揃えようとしている。
タッシールが消えたので、
皇帝が新しい男を探していると
宮廷人たちは思いました。
それを知らないラティルは
ニコニコ笑っている
アウエル・キクレンを置いて
湖とつながる低い坂を上りました。
アウエルはラティルに付いて
湖の外に出ました。
どこまでついてくるのかと思って
ラティルは歩き続けましたが、
彼は、ずっとラティルに
付いて来ました。
ハーレムの境界付近まで
歩いて来たラティルは、
我慢できなくなって、
本当にアウエルを信じてもいいのかと
もう一度尋ねました。
アウエル・キクレンは、
人の言う永遠は単語。
しかし、自分が言う永遠は現実。
自分を信じて欲しい。
自分はラトラシルの味方だと
答えました。
◇敵の敵は味方◇
タッシールは、明らかにヘイレンが
アンジェス商団の
どこかの支部に行っただろうと
推測しました。
ヘイレンは彼を避けて
遠くに逃げてはいなかったので
ヘイレンが見つからないということは
死んではいないということでした。
アンジェス商団本部に入った
タッシールは、
ヘイレンの位置を把握したら、
すぐに知らせるよう命令を下した後、
それとは別に黒林を招集して
指示を出しました。
情報を集める準備を終えた後、
まず、タッシールは
最寄りの都市の支部に移動しました。
馬を休ませずに移動したおかげで
日が暮れる前に到着した彼は、
馬から降りると、使用人に
馬の手綱を任せました。
タッシールは、
使用人が手綱を握って
馬小屋に歩いていく姿を見て
背を向けました。
そして一歩を踏み出した瞬間、
彼は地面から湧き出た手に
足を引っ張られました。
その手を払い退ける前に
手は彼を下に引っ張り、
すぐに果てしない通路が続きました。
タッシールは腰から剣を取り出し、
通路に突き刺しました。
3、4回、試みた末、
タッシールは辛うじて止まりました。
狐の穴?
彼は辺りを見回しました。
多くの通路が
あちこちに広がっていました。
通路の数は、
何千もあるように見えました。
あの気性の悪さと言ったら。
タッシールは舌打ちしました。
ゲスターは
彼を追い出しただけでは足りず
狐の穴の中に放り込みました。
タッシールは、何度か狐の穴を
利用したことがあるので、
ここを通ると、あっという間に
目的地に到達することを
知っていました。
しかし、今回は違いました。
短刀を取り出して、
通路に体を固定するだけの
時間が流れても
移動は終わりませんでした。
ゲスターは、彼を遠くに
放り投げてしまっただけでは
怒りが収まらず、狐の穴の中に
閉じ込めてしまったに
違いありませんでした。
本当に厄介な性質だと思いましたが
今はゲスターのことを
考えている場合ではなく、
ゲスターだけが入れる
この果てしない通路から出る方法を
見つけなければなりませんでした。
タッシールは、
別の短刀を取り出して
横の通路に差し込んだ後、
少しずつ移動を始めました。
そのようにして、
どれくらい移動したのか、
タッシールは、
ネズミが小麦粉の袋を
引っ掻くような音を聞いて
動くのを止めました。
何の音だ?
だんだん音は近づいて来て、
後になると、
土を靴底で掘り出す音のように
変わりました。
そうするうちに、
突然、彼の顔付近にあった土の中から
泥だらけの白いイタチ一匹が
顔を出しました。
イタチは顔を振り回して
土を払い落とした後、
タッシールを発見し、鼻で笑いながら
やっぱり、ここに入れちゃった。
と言いました。
カルレインとゲスターに復讐するために
ハーレムを訪れた白魔術師は、
湖畔でアウエル・キクレンを見た後、
最初から、その周辺を歩き回りながら
熱心に二人を探し回りました。
そうするうちに、
ゲスターがタッシールを追い出そうと
頭を使う姿を見た白魔術師は
敵の敵は
味方になるかもしれないと思って
タッシールを
追いかけて来たのでした。
タッシールも、
イタチが誰なのか一度で気づき
白魔術師?
と尋ねました。
カルレインが二度も逃したという、
あの逃げるのが上手い
白魔術師に違いないと思いました。
自分を覚えていたのかと
イタチは傲慢な笑いを浮かべました。
タッシールは、
話を聞いたことがあると答えました。
イタチは、「誰に?」と尋ねると
タッシールは、
あちこちで聞いたと答えると、
何はともあれ、良かった。
そうでなくても、
白魔術師を探していたと
打ち明けました。
タッシールの言葉に、
イタチは髭をピクピクさせました。
イタチは、
自分を探していたのかと
尋ねました。
白魔術師は、自分が登場して
人間の言葉を話せば、
タッシールがびっくりすると思ったし
そのような反応を
期待したりもしました。
ところが、タッシールは
平然としているだけでなく、
自分を探していたと言ったので
気分を害しながらも
好奇心が湧き起こりました。
白魔術師は、
なぜ、自分を探していたのかと
尋ねました。
タッシールは、
我が白魔術様は、ゲスター様が
唯一相手にしたくない方だから。
黒魔術より白魔術が強いせいだろうと
答えました。
白魔術師は、
口が上手いと言うと、タッシールは
髭が本当にきれいで、
ふさふさしている。毛に艶があって
鼻がしっとりしているのを見ると、
元気そうだと指摘すると、
白魔術師は、
自分がこの姿でいるせいで、
本当のイタチだと思っているのかと
尋ねました。
しかし、タッシールは
偉大な白魔術師様は
黒魔術師などがかけた呪いは
当然解けますよねと尋ねました。
イタチは、もちろんだと答えると
黒い瞳を輝かせながら、
髭を傲慢に振り、
誰が呪いにかかったのかと
尋ねました。
実は、白魔術師は、
なぜ、タッシールが
宮殿の外に出てきたのか、
事情を全て知っていました。
しかし、近くで見ていなかったので
タッシールの部下に
正確に何が起こったのかは
知りませんでした。
タッシールは、吸血鬼と答えると
イタチが抜け出した穴を
目で差しながら、
あの穴をもう少し広くできるかと
尋ねました。
◇皇配候補を変えろ◇
タッシールが病気の侍従のために
席を外したことが知られると、
ロルド宰相一派は、
皇配候補になってすぐに
期限なしで席を外すのは
とんでもないとか、
侍従一人のために
重要なことを後回しにする人が
皇配になったりすれば、国家のことより
私的なことの方を優先するだろうと、
ここぞとばかりに、会議の度に
タッシールの落ち度を責め、
ラティルを怒鳴りつけました。
アトラクシー公爵一派は、
わざと口をつぐんで
のんびりしていましたが、
ロルド宰相一派が、
皇配候補を変更しなければならない。
もう少し責任感のある人が
皇配候補でなければならないと
言うと、
そんな必要はない。
皇帝の意見が最も重要だと
答えました。
タッシールを庇うために
言っているのではなく、
皇配候補が三人であるよりは、
二人の方がましなので、
このように主張するだけでした。
ラティルは、大臣たちの言葉を
適当に聞き流しましたが、
時間が経つにつれて、
ますます疲れてきました。
タッシールが、どのような理由で
直接、出て行ったのか
正確に分かれば、
もう少し肩を持ってあげられるのにと
思いました。
◇次はラナムンの番◇
皇女は、いつの間にか
よちよち歩きが
できるようになりました。
数歩も歩かないうちに、
転んでしまうけれど、
それでも大変な成長でした。
ラナムンは、
自分に似た赤ちゃんが
短い足であちこち歩くのを
見守るたびに、
苦痛と愛を同時に感じました。
赤ちゃんは愛らしいけれど、
この子が皇帝に
あまり愛されていないことを
思い出すのは辛いことでした。
それでも、以前に比べると、
皇帝は皇女に
関心を抱くようになりました。
しかし、ラナムンが成長するにつれて
両親から受けた関心とは
比べ物にならないレベルでした。
今は大丈夫だけれど、
二番目の赤ちゃんが生まれたら
問題だと、カルドンが
ため息混じりに呟くほどでした。
カルドンは、
むしろ皇帝が、二番目の子供にも
この程度の愛情を与えて欲しい。
そうすれば比較されないと
言いました。
ラナムンは、
皇帝があまりにも忙しいので、
そうするだろうと返事をしました。
ラナムンは、
皇帝が娘を愛していないのではなく
ただ忙しいだけだと
自らを説得しました。
皇女は何も知らずに、
ただ、キャッキャッと
笑ってばかりいました。
カルレインは扉に寄りかかって
その平和な光景を見守っていましたが
二人の会話が終わる頃に
扉を叩きました。
ラナムンは、
うつぶせになっても笑う皇女を
起こしてあげながら
そちらへ首を向けました。
実はラナムンは、
カルレインが来たことを
知っていたけれど、
気づかないふりをして
無視していただけでした。
ラナムンは、
どうしたのかと尋ねると、
カルレインは、
少し話をしようと答えました。
ラナムンは皇女をカルドンに渡すと
カルレインと一緒に
ベビールームの隣の部屋に
移動しました。
カルレインは、
ラナムンが部屋の中に入って来ると
扉を閉め、
もしかして最近、
どこか具合の悪いところはないかと
尋ねました。
ラナムンは、
急に自分の安否を聞いて来た
この吸血鬼が狂ったのではないかと
思いました。
ラナムンは、
なぜ、急にそんなことを聞くのかと
尋ねました。
カルレインは、
タッシールが消えたと答えました。
ラナムンは、
知っている。彼の侍従を
治しに行ったのではないかと
返事をすると、カルレインは
今度はラナムンの番みたいだからと
忠告しました。
ラナムンは
カルレインを警戒しながら
立ち上がりました。
しかし、
赤ちゃんを見に来ていたので
今は手元に武器がありませんでした。
カルレインは両手を上げて見せながら
自分がラナムンを
攻撃するという意味ではない。
タッシールを片付けた誰かが、
今度はラナムンを
攻撃しようとするだろうと
話しました。
ラナムンは、
どういうことなのかと尋ねました。
カルレインは鼻で笑いながら
近づいて来ると、
ラナムンを上から下までくまなく
よく見ました。
ラナムンは、
それが良い意図に思えなかったので
不愉快になりました。
ラナムンは、何なのかと尋ねると
カルレインは、
自分と取引しないかと提案しました。
黒魔術は、他人に危害を加えたり
誰かを呪ったり、
自己の欲求や欲望を満たす魔術。
そんなものの創始者が
善人であるわけがないのに
自分がロードというだけで
家族から裏切られたために
アウエル・キクレンに同情するなんて
本当にラティルは浅はかだと思います。
ラティルが彼に同情している間に
タッシールが危険な目に遭い、
ラナムンも危ない状況なのに、
アウエルを信じてもいいのかと
戯言を言っているラティルに
腹が立ってきました。
タッシールが宮殿にいる時に
ゲスターが彼を狐の穴に放り込めば、
タッシールが行方不明になったと
大騒ぎになるけれど、
宮殿の外にいる時であれば、
狐の穴に放り込んだことが
バレないですよね。
悪知恵に長けているゲスターが
本当に憎たらしいです。
タッシールを助けてくれたのは
あの白魔術師。
ゲスターとカルレインに
復讐するために、タッシールを
利用しようとしていたなんて、
彼は、自分の利益と自己満足のために
臨機応変に、味方をする人を
変える人なのかもしれません。
白魔術師を煽てるのが上手い
タッシールとは、
結構、ウマが合ったりして。
皇女のヨチヨチ歩き姿を
愛情のこもった目で見つめる
ラナムンが微笑ましいです。
カルレインは、
ゲスターの正体を知っているからこそ
ラナムンに適切な警告を
することができるのでしょう。
一応、呪いは消えた?と
思われているので、
カルレインが、ラナムンを
敵対視しなくなって良かったと
思います。
皇女は、アニャドミスの転生だから
受け入れるのは無理かもしれませんが。