884話 ラティルはクラインに何を話すのでしょうか?
◇年上の赤ちゃん◇
クラインの前に近づいたラティルは
ため息をつくと、クラインに、
話す前に、3、4回くらい
考えてみることはできないのかと
尋ねました。
膨れっ面をしていたクラインは、
ラティルが近づくと
浮かれて笑いましたが、
その言葉に、また膨れっ面をし
2、3回と言って欲しいと頼みました。
ラティルが「えっ?」と聞き返すと
クラインは、3、4回と言うと
ちょっとサーナット卿のことを
思い出すからと答えました。
ラティルは、
何を言っているのかと思い
呆然として見つめていると、
クラインは
ラティルの顔色を窺いながら
1、2回でも大丈夫だと
言いました。
ラティルは目をギュッと閉じて
開けた後、クラインに
回数が重要なわけではなく
話す前に、少し考えなさいという
意味だと小言を言いました。
しかし、ラティルは
自分も考えずに話すことが
少なくないことを思い出しました。
少し良心が咎めたラティルは
もちろん人間だから、
クラインもミスすることがある。
それでも子供たちの前では
考えてから話して欲しいと
頼みました。
しかし、クラインは渋い顔をし
シピサは
子供ではないのではないかと
反論しました。
ラティルは
シピサの精神は幼いと言い返しました。
クラインは、ラティルの言葉に
納得できないかのように
怒った表情になりました。
しかし、ラティルが
ねっ?分かった?
と言って、彼の頬をぐっと引っ張って
再度確認すると、その時になって
ようやくクラインは
分かった、分かった、
自分より年上の赤ちゃんに
よくしてやる。
そうすればいいだろうと
渋々答えました。
全く頼りない返事でしたが。
ラティルは、それを聞いただけでも
満足することにして
クラインに背を向けました。
ところが、そうしている間に
機嫌の良くなったクラインが
去ろうとするラティルの後を
付いて来ると、最近、自分が
肌の美容のために何をしているか
知っているかと尋ねました。
ラティルは、クラインが
もう立ち直ったんだと思いました。
ラティルは、
先程のクラインの態度を見た時は
そのまま行きたかったけれど
彼があんなに浮かれた姿を見せていると
その気持ちが弱まり、膨れっ面で
何をしているのかと尋ねました。
クラインは返事の代わりに
恥ずかしそうに
ラティルの頬を擦りました。
可愛らしかったけれど、
意味が分かりませんでした。
ラティルは、
どういう意味か分からない。
何をするのかと尋ねました。
すると、クラインの口角が上がり、
彼は説明する代わりに
自分のシャツの襟を
ひらひらさせながら、
確認しに来ませんかと
さりげなく尋ねました。
ラティルは面食らっていましたが
後になって彼の意図を理解し、
素早く辺りを見回しました。
幸い、子供たちは
シピサと遊びに行ってしまい
跡形も見えませんでした。
嫌ですか?
その姿に、クラインが
残念そうに再び尋ねると、
ラティルは素早く首を横に振り、
嫌なはずが。
と答えました。
ラティルは咳払いをしながら
再び辺りを見回し、
いつ行こうか?
と小声で尋ねました。
クラインと皇帝が2人で
ひそひそ話す姿を
距離を空けたまま見ていたバニルは
2人が喧嘩をしないようなので
安堵しました。
◇帰還◇
数日後、ラティルが
ヒュアツィンテから送られて来た
非公式の支援要請書と
対怪物部隊小隊が提出した
今月の日程を確認している時、
侍従長が中に入って来て、
百花とアニャと大神官と、
緑色の髪の人が、
皆、無事に到着したと
嬉しそうに報告しました。
ラティルは、
入って来るように言ってと
返事をしました。
侍従長が手で合図をすると、
扉のそばに立っていた秘書が
さっと扉を開けました。
扉が開くと、
まだお風呂に入っていないのか
汚れた姿の4人が、列をなして
入って来ました。
彼らを見るや否や、
ラティルは急いで駆け寄り
ザイシンを抱きしめて
私の筋肉、お帰りなさい。
と言いました。
ザイシンは、皇帝が
自分の所に先に来るとは思わなくて
何も考えずに歩いていましたが、
戸惑いながら
はい!はい!はい!
と叫びました。
返事が多いと、ラティルは笑うと
ザイシンを見上げました。
苦労したのか、
ザイシンは少しやつれていました。
その姿を見たラティルは、
本当にすまないという気持ちが
押し寄せて来ました。
ラティルは彼の顔を包み込もうとして
手を上げました。
しかし、ザイシンは半歩下がり
自分は今、泥だらけだ。
筋肉が走り回ったからと
チンプンカンプンなことを
言いました。
ラティルの手が
空中をかすめて通り過ぎました。
その態度に、
ラティルが訝しがっていると
百花は、
皇帝が抱擁してくれるなら、
そのまま抱かれていればいいのにと
思い、そばでため息をつきました。
そして、ザイシンが
後でお風呂に入ってから
続けてくださいと言うと、
百花は、もっと大きく
ため息をつきました
ラティルは、
そうしようかと返事をしました。
彼女はザイシンが汚れていても
気にしませんでしたが
彼があのように避けると、
これ以上、顔を触ることができず
きまり悪そうに
ザイシンを放してやりました。
それから横を見ると、
アニャがにっこり笑って
手を振りました。
ラティルは一緒に手を振った後、
その横に立っている
白魔術師を見ました。
白魔術師は床とラティルを
ものすごい速度で
交互に見ていましたが、
そうしているうちに
ラティルと目が合うと、
たじたじしながら、
私が・・・たくさん・・・
助けてあげたので・・・
もう許してください・・・
と頼みました。
その言葉にラティルは
タッシールを
救出してくれた時から
もう本格的に
追いかけていなかったと
許しの言葉を言うと、
白魔術師は一歩遅れて
「ああ」と言って目をぱちぱちさせ、
そうだったんですか?
とウキウキしながら
聞き返しました。
白魔術師は、思ったより
ラティルを怖がっていたのか、
ほっとして、ニコニコしました。
ずっと、たじたじしていた彼が
心から笑うと、
意気消沈していた態度の下に
隠れていた美貌が、
改めて明らかになりました。
侍従長は、白魔術師の
そのハンサムな顔をじっと見つめ
ラティルを訝しげに
チラッと見ました。
自分が何をしたというのか。
ラティルは、侍従長の目に気づいて
抗議しようとしましたが、
ザイシンが、袖口を
いじっているのを発見して
口をつぐみました。
彼は少し落ち込んでいるような
顔をしていました。
◇重い口◇
その日の夕方、ラティルは
夕食を共にするために
ザイシンを訪ねました。
彼は部屋でお風呂に入ったのか、
到着したばかりの時とは違って、
服装がすべすべしていて、髪の毛も
きれいになっていました。
陛下!いらっしゃいましたか!
ラティルは部屋に入って
扉を閉めると
すぐに彼のところに駆け寄り
様子を窺いました。
どうしたのかと尋ねるザイシンに
ラティルは、
先ほど、ザイシンが
落ち込んでいたから
今は大丈夫かどうか
確かめようと思ったと答えました。
幸いにもザイシンは
元気そうに見えました。
しかし、それでもラティルは
「大丈夫?」と念のため聞くや否や
彼は、
ああ、あれです。
と、再び落ち込み、嘆きました。
ラティルは、
どうしたの?
もしかして何かあったの?
どこか、怪我をしたのでは
ないでしょう?
と尋ねました。
ザイシンなら、怪我をしても
自分で治せるはずだけれど、
ラティルは、それでも心配になって
片手で彼の顔を包み込みながら
隅々まで調べました。
やはり、怪我はなさそうでした。
ザイシンは目を伏せて
ため息をつくと、
いいえ。
大したことではありません。
ただ・・・
と返事をしました。
ラティルは、
大丈夫だから言ってみるように。
自分はザイシンの妻ではないかと
言いました。
彼は「そうですね」と返事をしました。
しかし、ザイシンは
「妻」という言葉に
しばらく浮かれた顔になったものの
また落ち込んで
言葉が出てきませんでした。
それでも、ラティルは、
大丈夫だから言ってみて。
どうしたの?
と催促すると、ようやくザイシンは
自分の話ではない話が
挟まっているからと答えました。
ラティルは、
それは、何なのかと尋ねると、
ザイシンは、
アニャ卿とレアン皇子の話だと
答えました。
ラティルは、
それなら大丈夫。
2人が少し変な雰囲気なのを
自分も知っているけれど、
知らないふりをしているところだから
話してもいいと言うと、
ああ、知っていたのですね。
と、返事をしたザイシンは
実は百花も、それを知ったと
ようやく安心して打ち明けました。
ラティルは、
それで、どうしてザイシンが
落ち込んでいるのかと尋ねました。
ザイシンは、
すぐにまた落ち込んで
静かになりました。
実はこれは全て百花のせいでした。
トンネルモンスターから
人々を救助するために
歩き回っている間、百花は、
アニャとレアンについて知るや否や、
顔を見る時間もほとんどない
吸血鬼だって皇子と恋愛するのに、
なぜ大神官は
皇帝の法的で公的な夫でありながら
愛されることができないのかと
寝る時間を除いて
一日中小言を言いました。
そんな中、白魔術師が
ラティルを見ながら
にっこりと素敵に笑い、
百花が横でため息をつくと、
ザイシンは落ち込むしか
ありませんでした。
しかし、ザイシンは、どうしても
そのような本音を
ラティルに打ち明けるのが困難でした。
彼女は、いくら待っても
ザイシンが口を開きそうに思えないと
かかとを上げて彼の唇にキスをし、
この口は重いと言いました。
◇平和な宮殿生活◇
クラインの誕生日、
ラティルは、
それぞれ色々なことで忙しくなり、
一堂に会しにくくなった側室たちに
皆で集まって
夕食を食べようと提案しました。
側室たちは、
クラインの誕生日を祝うつもりは
全くありませんでしたが、
皆で一緒に食事をしなければ
皇帝がクラインと2人で
食事することになると思い、
全員、食事の席に
参加すると答えました。
側室たちが
全員出席するという返事を
受け取った侍従長は、
それをラティルに報告しながら
笑いを吹き出し、
皆で食事をすることになったので
今日も喧嘩が起きるだろうと
話しました。
ラティルは、どうしても
違うという返事ができなくて
一緒に笑ってしまいました。
そして、夕方の業務が終わった後、
ラティルは
クラインにあげようと準備した
プレゼントを持って
ハーレムへ歩いて行きました。
しかし、順調に歩いていた足取りは
大きな温室が目に入ると、
自然とそちらへ向かいました。
ラティルは
温室のすぐ前まで歩いて行き、
大きな建物をじっと見ました。
温室を見ると、
ギルゴールへの思いが
いつもより強くなり、
心が乱れました。
ラティルは、ギルゴールが今、
どこにいるのかも
知りませんでした。
そしてシピサも、ギルゴールの居場所を
知らないと言っていたので
ラティルは、
温室をどうすればいいのか
分かりませんでした。
むしろ、
見えなければいいのではないか。
形を変えてしまおうか。
他の所へ移してしまおうかなど、
色々なことばかり
考え続けていました。
しかし、まだザイオールが
中で暮らしているので、
何の決定も
下すことができませんでした。
その時、
ああ、ここにいたんですか!
と、グリフィンの
落ち着きのない声が聞こえて来たので
そちらへ顔を向けました。
グリフィンは、ハーレムの方角から
飛んで来ました。
鳥はラティルの肩に座ると、
ロードだけ来ないので、
探しに来たと叫びました。
ラティルは、
皆が集まっていると聞いて
謝りました。
グリフィンは、
なぜ、そんなに悲しそうに
温室を見ているのかと尋ねました。
ラティルは、
温室をなくすべきか、移すべきか
考えていたと率直に答えると
グリフィンの羽を
いじくり回しました。
ところが、グリフィンは
ラティルの話を聞くや否や、
途方もない暴言を聞いたかのように
飛び上がると、
それはダメだ。
そんなことをしたら、ギルゴールが
自分の家がなくなったと言って
大騒ぎすると話しました。
その言葉に戸惑ったラティルは、
大騒ぎだなんて、
ギルゴールは去ったではないかと
反論すると、
グリフィンは少し首を傾げながら
あれ?
僕が話していませんでしたか?
と尋ねました。
ラティルは「何を?」と聞き返すと
グリフィンは、
ギルゴールがロードに
伝えろと言った言葉を言うのを
忘れていたと答えました。
ラティルは口をポカンと開けると、
そんなことは全然言っていなかったと
グリフィンを責めました。
すると、グリフィンは、
お嬢さんに
私の温室に手を出すなと言って。
と、ギルゴールが話していたと
伝えました。
その言葉に、
ラティルは最初は驚きましたが、
後になると、
心臓がざわついて来ました。
ラティルは、
本当なのかと尋ねると、
グリフィンは、
もちろんだと答えました。
ラティルは、
誇張して言っていないかと
尋ねると、グリフィンは、
そのまま伝えてほしいと言われたので
そのまま伝えたと答えました。
グリフィンの言葉ではあるけれど
もっともらしく、
先程聞いた淡泊な言葉には、
どこにも誇張したところは
ありませんでした。
ラティルは心臓がドキドキして
思わず口角を上げました。
ギルゴールが、
温室に手を出すなという言葉を
伝えろと言ったということは、
いつかここに
帰ってくるという意味だろうか。
その考えをするや否や、
驚くべきことに、
落ち込んでいた気持ちが
すぐにウキウキしてきました。
先程までは、温室が
心を痛める存在にしか
見えなかったけれど、
彼が帰ってくる家だと考えると
温かく見えました。
ラティルは、
絶対に手を出してはいけないと
思いました。
ラティルは浮かれて
軽やかになった足取りで
ようやく移動しました。
しかし、ラティルが30分遅刻する間に
小さなパーティー会場の中は
すでに騒然としていました。
扉を開ける前に、内側から
やかましい音が聞こえて来ました。
ラティルは、側室たちが
何をしているのか気になり
わざと声を殺して
気づかれないように
そっと扉を開けました。
そして、静かに中に入ってみると、
クラインが、
雨に濡れたネズミのような姿で
メラディムに抗議しているのが
一番、先に見えました。
なんで、また水をかけるんだ!
私の子供を侮辱したからだよ!
それが子供なの? まだ卵じゃない!
それに、俺がいつ侮辱したんだ!
一方、ティトゥも
メラディムの背後で、
フナの子もフナの頭なのかと
言ったではないかと抗議して
参戦していました。
クラインは、
どこが侮辱なのか。
お前たちの一族が全員、
フナの頭なのは事実ではないかと
ティトゥの抗議に
呆れたような口調で問い返すと
メラディムが、また水を作って
上からかけました。
クラインは悲鳴を上げました。
彼は、再びメラディムを
フナ呼ばわりすると、
これは皇帝に見せるために、
一ヶ月かけて準備した服だと
抗議しました。
その様子を見ていたタッシールは、
これではダメだと思い、
止めるようにと
笑いながら口を挟みました。
メラディムは、
クラインが口を閉じれば止めると
言いました。
タッシールは、
元々、皇子様は
あんな風に言う人なので、
寛大な人魚の王様が
一度、雅量を見せてやってと
頼みました。
しかし、メラディムが
乗り気になったような
表情をするや否や、
ゲスターが口を覆いながら、
クラインは間違ったことを
言ってはいない。
赤ちゃんの血人魚もフナの頭であるのは
可能性ではなく、
確かな未来だと口を挟みました。
自分の肩を持ってくれる言葉に
クラインは、
一気に声を高めながら、
そうだろう?
俺の言う通りだろう?
と言いました。
タッシールが
曖昧な笑みを浮かべながら
ゲスターをじっと見つめると、
彼は目を丸くして
彼に向き合いました。
ラナムンは、隣で彼らが、
騒いでいようがいまいが関係なく
優雅に、
一人でお茶を飲んでいました。
周囲の騒ぎを、脳や耳から
自主的に遮断する才能でも
あるようでした。
カルレインは、
サーナットとザイシンと
頭を突き合わせて
何かを話しているところでした。
ラティルが、
じっと耳を傾けてみると、
サーナットがカルレインに
育児のコツを伝授し、
ザイシンが横から
口を挟んでいました。
めちゃくちゃです。
グリフィンは一言で
この光景を定義しました。
ラティルも同意しましたが
すぐに、
ラティルは笑い出しました。
初めて側室を持った時は、
彼らが、殴り合ったり
喧嘩をする姿を見ると、
頭が痛くなって来ました。
ところが、
あらゆることを経験したためか
今では、この程度は
何ともありませんでした。
むしろこのような騒ぎこそ
平凡な、ここの日常のように
思われました。
ラティルは、
でも、自分は、彼ら同士で喧嘩して
仲直りできる今がいいと
呟きました。
その言葉に、グリフィンは
何を言ってもめちゃくちゃだと
反論しましたが、ラティルは、
それでもこの程度なら
平和な宮殿生活だろうと言いました。
ラティルが
グリフィンの頭を撫でていると、
ついにタッシールが
騒乱の隙間からラティルを発見し、
立ち上がって近づいて来ました。
陛下!
いつ、いらっしゃいましたか?
側室たちは、そんなに騒々しい中でも
「陛下」と聞くと、
すぐに静かになって
立ち上がりました。
近づいて来たタッシールが
ラティルに手を差し出しました。
行きましょう。
とラティルはにっこり笑うと
ハーレムの男たちが
彼女を待っている所まで歩きました。
サーナットは「서넛」と
書きますが、この言葉には
3つ4つという意味があります。
それで、クラインは
3、4回と言われると
サーナットのことを思い出すと
言ったわけです。
白魔術師も
イケメンだったのですね。
おそらく、
侍従長が心配するようなことは
起こらないと思いますけれど。
何千年もの間、
定住できる場所を持たなかった
ギルゴールに、帰る家ができて
良かったと思います。
本編は、あと7話で終了です。