106話 ソビエシュの結婚式のシーンです。
◇侍女たちとの再会◇
西王国の王妃のために用意された
南宮の貴賓室で、
ナビエは着替えながら
自分が、
この部屋を使うことになるなんて
数か月前は、
想像もしていなかったと
笑いが出ました。
ローラとジュベール伯爵夫人は
自分の家に戻っていたので
残っている侍女は、
ローズとマスタスだけになり
2人は寂しがっていましたが
まもなく、東大帝国で
ナビエの侍女だった人達が
やって来て
にぎやかになりました。
その中には、侍女長だった
イライザ伯爵夫人もいました。
昔のようにナビエのことを
皇后陛下と呼んだ
イライザ伯爵夫人は
当惑して瞬きをしましたが
別の侍女が笑い出すと
彼女もつられて笑い出しました。
ナビエは、
侍女たちとテーブルを囲んで
お菓子を食べ、
コーヒーを飲みました。
ナビエは、
西王国に適応していること、
ローズとマスタスが
力になってくれること、
兄に会ったことを話しました。
ナビエが嫌な皇后だったら、元の侍女たちは訪ねて来ないですよね。ナビエは、侍女たちから愛された皇后だったのだと思います。
侍女たちは、ナビエに
ハインリのことを聞きました。
ナビエは答える代わりに、
ぎこちなく笑うと
ローズがナビエの代りに
顔を赤らめながら
どれだけ仲が良いかわからない。
見ているとほほえましくなる。
と答えたので、侍女たちは
矢継ぎ早に質問をしましたが
それに答える前に
ハインリがナビエの部屋へ
やって来ました。
そして、ハインリは微笑みながら
夫をあまりにも放っていませんか?
やきもちを焼いたので、
ここに来ました。
と言ったので、
侍女たちが、キャーと叫びました。
ナビエが、ハインリを睨みつけると
愛に飢えた子犬のように
会いたかったです。
と言いました。
こんな感じ?
それを聞いた侍女たちは
息をのみました。
2人でいる時ならともかく
ハインリは一国の王なので、
人前では、
もう少し威厳を保つべきだと
ナビエは思いました
その場で、そんなことを指摘すれば
彼の対面を傷つけることになるので
無理に笑顔を作りました。
◇結婚式前日 ハインリとの散歩
翌日も、ナビエは
侍女たちと楽しく過ごし
その翌日も、
ゆっくり休みながら
過ごしました。
東大帝国の皇后だった時は
やることがたくさんあり
一日中遊べる日は少なかったので
皇后でなくなり
こんな風に
東大帝国で休んでいるのは
皮肉だなと思いましたが
そのことは
できるだけ顔に出さず
楽しく過ごしました。
それでも、結婚式の前々日までは
以前の侍女たちと
楽しく過ごしていましたのに
結婚式の前日になると、
落ち着かない気持ちがひどくなり
散歩に出かけることにしました。
思いがけず、
ハインリも近くにいたので
一緒に散歩をすることにしました。
何も言わずに歩いていると
以前、ハインリと散歩した道を
通り過ぎました。
あの時は
ナビエの誕生日のことを
話していました。
ハインリは、ナビエが自分に
虫を食べさせようとしたと
言いました。
あの頃、ナビエはクイーンが
ハインリだと知らなかったので
そのことを考えると
笑いが出ました。
ハインリは、今も虫を見ると
ビクビクすると言いました。
ナビエは、
あの時、あなたは
何て言いましたっけ?
西王国の鳥は
虫を煮て食べると
言いましたっけ?
とナビエが尋ねると
ハインリは無言でした。
ナビエは、ハインリが
意外と怖がりだと言いました。
いつも自信満々のハインリが
か弱い姿を見せるのが面白くて
からかうと
ハインリは
恥ずかしそうに笑いました。
ハインリはナビエに
虫が怖くないのかと尋ねました。
ナビエは全然怖くないと
ほらを吹くと
ハインリは手を叩いて
感嘆しました。
ハインリは、
夜、デートをする時
虫が出たら
クイーンが捕まえればいい。
それ以外は
私が捕まえます。
と言いました。
ナビエは少し困って
ハインリをチラッと見ると
彼は妙に笑っていました。
ナビエの話がほらだと
わかっているようでした。
ナビエは恥ずかしくて
ハインリを睨みましたが
彼は唇を噛みしめながら
笑っていました。
しばらく話していると
ナビエは強烈な視線を感じました。
ナビエはハインリに
鳥の時は何を食べるか
聞こうと思いましたが
そちらへ顔を向けました。
ソビエシュが立っていました。
◇ソビエシュとの再会◇
以前、ハインリと
散歩をしていた時も
クイーンの話をしていると
ソビエシュが現れたので
そんなことまで
以前と同じなのかと考えると
少しおかしかったので
ナビエは軽く微笑んだまま
他国の王妃の威厳を保ちつつ、
ソビエシュに挨拶をしました。
ソビエシュは口をつぐんだまま
じっと立って、
ナビエを見ているだけで
ナビエの挨拶を
受け入れませんでした。
怒りに満ちた視線で
ナビエとハインリを
交互に見ているだけでした。
ソビエシュはハインリに、
しばらく席を外して欲しいと
頼みました。
ハインリは、
いくら陛下の頼みとはいえ
私の奥さんを
怒っている他の男のそばに
置いていくことはできません。
と言って、席を外すことを
断固として断りました。
他の男と聞いて
ソビエシュの顔が
いっそう強張りました。
しばらくハインリは
そのようなソビエシュを
じっと見て、笑いながら
ナビエ様は
私の奥さんですから。
と言いました。
ハインリの、その言葉は
数か月前に、ソビエシュが
皇后は王子の案内者ではなく
私の妻である。
と言っていた言葉と重なりました。
ソビエシュも
同じことを考えていたのか
表情がビクッとしました。
ハインリが意図したかは
わからないけれど
彼の言うことは真実でした。
あの時は
ナビエとハインリは他人だからと
ソビエシュが線を引きましたが
今は、ソビエシュとナビエが
他人でした。
ソビエシュは、
今度はハインリの顔を見ずに
ナビエに直接、
2人だけで話がしたいと
頼みました。
ナビエは、もう他人だから
外国の男性云々は
言わないと思うけれど
ソビエシュが今さら何を言うのか
聞いてみたいと思いました。
ソビエシュは前夫だけれど
東大帝国の皇帝でした。
ハインリとソビエシュは
仲が悪いけれど
堂々と彼を無視してはいけないと
思いました。
しかし、ハインリに、
その話をしようとして
彼を見ると
くよくよしている
ゴールデンレトリバーのような
顔をしていました。
ナビエがソビエシュと
一緒に行ってしまえば
ハインリは尻尾を振って、
キャンキャン吠えそうな
雰囲気だったので
ナビエは彼を置いていくことは
できませんでした。
ナビエは、
急ぎの用でなければ、
自分は夫といるべきだと
ソビエシュに告げました。
そして、話したいことがあれば
後でと言おうとすると
ソビエシュは、まるでナビエが
彼の前で
浮気でもしたかのような顔をして
彼女の名前を呼びました。
ナビエが彼を見つめると
茫然自失といった顔で
ナビエを見つめ
ハインリを恐ろしい目で睨んだ後
立ち去りました。
ナビエはため息をついて
ハインリを見ると
ナビエの手を救命ロープのごとく
両手で握っていました。
ナビエは
ハインリのことが心配になり
大丈夫かと尋ねると
彼は顔を赤くして頷き
ナビエの肩に自分の頭を乗せました。
◇ラスタのドレス◇
結婚式当日は、皆、朝から忙しく
動き回っていました。
ローズとマスタスは
ナビエの準備をしながら
自分たちの準備も
しなければなりませんでした。
ローズはマスタスに
背中に背負った槍は
置いて行くように言いましたが
マスタスは
聞く耳を持ちませんでした。
そんな中、イライザ伯爵夫人の使いが
ラスタの結婚式ドレスが
非常に華やかであることを
こっそり伝えに来てくれました。
ナビエは、他国の王と結婚した自分が
地味なドレスを着れば
人の顔色をうかがっているように
思われると考え、
適度に華やかなドレスを
着るつもりでしたが
気が変わりました。
結婚式のドレスは
大抵は、華やかだけれども
イライザ伯爵夫人が、
わざわざ知らせてくれたということは
ラスタの準備したドレスが
かなり派手だということ。
もし、一緒に派手なドレスを着れば
2匹のクジャクのように見える。
新しい皇后と前皇后が
華やかさを競い合うのは
どれほどバカげたことか。
ナビエは念のために持ってきた
シンプルなドレスを
着ることにしました。
準備が終わると、
ナビエはハインリと連れ立って
結婚式場に向かいました。
◇結婚式◇
結婚式場は華やかに飾られていました。
ソビエシュが、
あちこち趣向を凝らしていて
特に魔法を刻み、
自然にきらめくようにした柱は
見事でした。
ラスタのために、
これほどの物を準備するなんて
1年で皇后を辞めさせるのは嘘だと
ナビエは思いました。
本当はナビエがハインリと結婚したことを後悔させるために、華やかな結婚式を準備したのですが、ナビエにわかるはずありませんよね
ナビエは
ラスタに夢中になったソビエシュが
部下たちを急き立てて
この結婚式を準備したかと思うと
自然と片方の口元がゆがみました。
ソビエシュからの手紙の
返事を書かなくて良かったと
思いました。
ソビエシュに対するイラつきのおかげで
他の人の視線を
あまり気にせずに済みました。
人のざわめく声は聞こえましたが
どうせ、目の前まで来て
自分のことを
話す人はいないと思いました。
檀上の隣の小さな扉から
大神官が出てきました。
離婚した日よりも
疲れているように見える
大神官は
度重なる東大帝国への訪問で
神経質になっているようでした。
そして貴賓席にいる
ナビエを見て妙な顔をしました。
ナビエは微笑んで黙礼すると
大神官は空笑いをしながら
首を振りました。
大神官は巻物を広げ、
新郎、新婦と詠みました。
鐘が鳴ると
1人で入ってくる
花婿と花嫁の門が同時に開かれました。
2つの門は
それぞれ反対方向にあるけれど
半分ほど、別々に歩いた後
途中で一緒になって
大きな道となります。
それぞれ違う道を歩んできた
新郎新婦が
結婚を通じて一つの道を
歩むことになることを象徴する
結婚式の手続きでした。
ソビエシュは、いつものように
偉そうで、堂々とした美しい姿で
滑稽な状況でも
いつものように上品そうでした。
彼は、少しの視線もそらさないまま
ラスタだけを見つめていました。
うまく暮らすだろう。
ナビエは少し気まずい気分になり
しばらく彼を眺めてから
さっと顔を背けました。
ソビエシュを見つめる自分を
他の人に誤解されるのが
嫌でした。
ナビエは、ラスタを見ました。
彼女も美しく優雅に見えました。
初めて見た時も
美しいと思ったけれど
ソビエシュの愛のおかげか
それとも
皇居の美味しい食べ物のおかげか
今では、すっかり
白い月のように見えました。
けれども、
ソビエシュと並んだ瞬間
ナビエは目を疑いました。
ラスタのドレスは
派手どころの騒ぎでは
ありませんでした。
まだドレスは良いとしても
腕と頭にゴテゴテと
アクセサリーを付けていました。
ドレスを着たのではなく
ハンガーに見えました。
呆れてみていると
ソビエシュの視線が
先ほどとは違うように見えました。
彼の顔は
花嫁を迎える嬉しい表情ではなく
少し怒りを抑えているような
顔つきでした。
小さい女の子が、持っているアクセサリー全部を身に着けて喜んでいる。そんな感じでしょうか。
ソビエシュは感激して
ラスタを見つめたのではなく
驚いて、じっと見たのでした。
あちこちから
小さな笑い声が聞こえてきて
プライドの高い貴族が
ラスタをあざ笑っているようでした。
あの顔で
あんな滑稽な物を着るなんて
元々、あの令嬢は
あんな好みだったのかと
ローズはナビエに尋ねました。
以前のラスタは
白を基調としたドレスを着ていて
派手な柄を避けていました。
そのおかげで、彼女は
色とりどりの華やかな花の中の
可愛い野の花のように見えました。
貴族たちは、
このような姿を新鮮に感じ
ラスタが社交界の地位をつかむのに
大きな魅力となりました。
それなのに、一番大事な時に
彼女は滑稽なドレスを着てきました。
もっとも、彼女はご満悦で
ナビエの前を通る時に
自信満々の勝者の笑みを
見せました。
ナビエが当惑しているうちに
2人は大神官の前に進み
結婚の誓約を交わし
大神官は、新しい皇帝夫婦の誕生を
宣言しました。
人々は拍手し
ソビエシュは振り返って
軽く笑いました。
ラスタのドレスには
笑わされたけれど
彼女はいつにも増して
明るく笑いました。
2人は、とても幸せそうに見えました。
童話のような場面でした。
美しい夫婦を見ていたナビエは
心の中で
うまく暮らさないで
と思いました。
ナビエにとって、
一国の王は、こうあるべきという
概念があるのだと思います。
それは、ソビエシュや
彼女がそれまで出会ってきた
王や皇帝を見てきた中で
作り上げられたものだと思います。
ハインリは、ナビエの描いている
王のイメージとは異なっているので
ハインリを変えなくてはと
思っているのかもしれませんが
ハインリは、
ハインリのままで良いのではと
思います。
それが彼の魅力なので。
うまく暮らさないで
最後の、この部分
ナビエは、本当にこんなことを
考えたのだろうかと思いましたが
次の話を読んでみたら
ナビエが、そう思ったのは
間違いではありませんでした。
まだ幼い頃に結婚し
ずっと一緒で大好きなソビエシュが
他の人と結婚するのを見るなんて
辛いのは当たり前だと思います。
呪いの言葉の1つも
言いたくなっても
仕方がないかと思います。