242話 ハインリのことが心配で仕方がないナビエです。
◇政略結婚◇
翌日になっても
ハインリの消息はわかりませんでした。
そして、ナビエは
国政会議に出席したシャーレット姫から
コシャールと結婚の約束をしたので
公式に結婚の準備を始めて欲しいと
言われました。
連合が西大帝国を
狙っている話を聞いた大臣たちは
喜びましたが
ナビエは、
コシャールとマスタスが
お互いに気持ちを確認し合った場面を
見た後だったので
素直に喜べませんでした。
そして、シャーレット姫も
暗い顔をしていました。
ナビエは、ソビエシュとは
幼いころから
友達のように過ごしてきたし
ハインリへは、
自分からプロポーズしたので
結婚で犠牲になったとは
思いませんでしたが
好きな女性がいるのに
国のために政略結婚を選んだ
兄のことが心配で
頭から離れませんでした。
会議が終わり、本宮の近くを
休み休み散歩していると
遠くにいるカフメン大公と
目が合いました。
彼は、ナビエに近づきましたが
躊躇いがちに唇を動かした後で
ルイフトとの貿易について話を
切り出しました。
その話が終わった後で
まだ何か言いたそうでしたが
何も言わずに、彼は
他の場所へ行ってしまいました。
◇恐怖と戦う◇
数日経っても
ハインリの消息はわかりませんでした。
赤ちゃんたちは、
人間の時はそうでもないけれど
鳥の姿になると
父親の懐が恋しいようで
初めのうちは
巣の外へ出たがっていたのが
今では、巣の中でお互いを抱きしめて
鳴くようになりました。
ナビエもハインリが恋しくて
仕方がありませんでした。
愛する人が危険に瀕した恐怖、
愛する人の生死がわからない恐怖
死んだかもしれない恐怖は
生まれて初めて経験するものでした。
ナビエが、今まで受けた恐怖の中で
一番大きな恐怖は
皇后の座を奪われることでしたが
恐怖と正面から向き合ったナビエを
ハインリは両腕で抱いて
力を貸してくれました。
今の恐怖は、
あの時の恐怖に似ているけれども
ナビエが平常心を保つのを
助けてくれる
ハインリがいませんでした。
ナビエを助けてくれる人は
誰もいないので
彼女は1人で
何とかするしかありませんでした。
ナビエは、皇后という枠組みから
出なければならないと思いました。
今まで教育を受けてきたことを
脇へ置いて
頭を空っぽにして
どうすればハインリを
取り戻すことができるか
ハインリがいない間に
嵐を迎えたこの国を
どうやって安全な港へ
連れて行くことができるか
すべきことがたくさんあるので
ぐらついてはいられませんでした。
◇赤い子供◇
19歳のソビエシュは
皇后候補者のリストを
半分ほど見たところで
見るのをやめてしまいました。
カルル侯爵が、
もっとリストを見て欲しい。
皇后を迎えて欲しい。
賢い令嬢は多い。
ナビエ様は戻って来ないと言っても
効果はありませんでした。
カルル侯爵は諦めて
リストを片付けました。
ソビエシュは頭を抱えて
窓を見ました。
窓には、赤い子供が張り付いて
こちらを見ていました。
アンを見て以来、
一人でいる時に現れる
幻影でした。
最初は驚いたものの
張り付いているだけで
何もしないので、ソビエシュは
うんざりするだけでした。
忌々しいので
仕方なく夜のソビエシュに
彼も同じ幻影を
見るかと尋ねたところ
見ていないと返事が来ました。
どうして記憶を失った
昼の自分にだけ見えるのか。
ソビエシュは窓に近づくと
すぐに消えると思った
赤い子供は消えませんでした。
そして、窓の向こうから
ソビエシュを眺め続け
彼が近づくと、
口をパクパクさせて
本当に全部、自分のせいだと
思っているのかと言っていました。
その言葉を言っている間
赤い子供は涙を流し
赤い部分が消えていきました。
頭が痛くなり
ソビエシュは顔をしかめました。
すると、はるか遠くから
皇后には
同情心というものはないのか。
と自分の声が聞こえてきました。
そして、自分の後ろから
助けを求める、
かすかな声が聞こえ
視界が揺れると、
草むらで、足に罠がかかり
号泣している女と
彼女の傷だらけの手と
足が見えました。
そして、
それは
自分たちのせいではないではないかと
かすかな声が聞こえてきました。
これは赤い子が話したのではなく
彼の記憶の向こうから聞こえてくる
声でした。
赤い子はずっと泣いているだけでした。
皇帝は自分を助けてくれた・・・
ソビエシュは耳を塞ぎました。
机、机の内側、
一つ二つ積まれていく何か、
保管しておけと言う自分の声。
そして
皇帝はラスタさんに
同情しているだけなのかと言う
冷たいナビエの声。
ラスタの名前が
はっきりと出てきました。
窓に張り付いていた赤い子供から
血が洗い流され
長い銀髪が現れました。
口元や髪に絡みついていた血は
そのまま残っていました。
ソビエシュは
あの人がラスタかと思いました。
大人だと聞いていたのに
子供の姿をしていました。
ソビエシュは
ラスタの名前を呼ぶと
彼女は下へ落ちました。
ソビエシュは窓枠を握り
下を見ましたが
銀髪の子供は見えませんでした。
その代わりにナビエが
冷たい声で
あれだけ気の毒だと言っていたのに
皇帝の手で殺したのですねと
囁きました。
ひどい頭痛に襲われ
ソビエシュはカルル侯爵を
呼びました。
いやナビエ、そうではない。
同情ではない。
可哀そうだろう?
ソビエシュは
後ろにひっくり返り
カルル侯爵は慌てて
彼を抱きかかえ泣き出しました。
アルティナ卿は
ドアの向こうから
冷ややかに
その姿を見ていました。
◇問題の解決方法◇
ナビエは、
連合からの新年祭への招待の返事を
どうするか迷っていました。
招待状は
落とし穴かもしれないけれども
西大帝国は孤立した立場なので
無視するわけにも
いきませんでした。
このような時期に
ハインリが秘密裏に
席を外していることに
首を傾げている人たちもいるので
ハインリが消えたことを
知っている宰相は
これ以上長引かせると
大臣たちも不審に思い始めると
ナビエに伝えました。
そして、危険を冒しても
人を送って探させたらどうか、
東大帝国の魔法使いに
助けてもらってはどうかと
ナビエに進言しました。
東大帝国の力を借りるのは
慎重にならなければならないと
ナビエは思いました。
ナビエは、自分たちが
ハインリを探すのではなく
連合にハインリを
連れてこさせることにする。
と宰相に伝えました。
ラスタが死んだ時にも
思いましたが
ラスタが幽閉されていた塔に
毒薬を持って行った、
あるいは誰かに
毒薬を持って行かせたのは
ソビエシュかなと思いました。
以前のソビエシュは
ナビエ様を失ったことへの後悔から
ラスタを連れてこなければ良かった、
連れて来ても、
自分で面倒を見なければ良かったと
考えていましたが
ようやく、ラスタの死に
自分も責任がある、
彼女に対して罪悪感を
覚えるようになったのかなと
思いました。