22話 ラティルはカルレインの所へ行くことにしました。
◇待っていた男◇
ラティルは部屋の中を
15分ほど歩き回った後、
廊下へ出ました。
夜風は涼しく、
虫の鳴き声があちこちから
聞こえてきました。
人工湖を通り過ぎる時、
水のせせらぎが聞こえました。
ラティルは立ち止まり
湖を眺めました。
あの中で、
ヒュアツィンテと水遊びをして
侍従長に
叱られたことがありました。
びしょ濡れの
茶色い髪の間から現れた灰色の瞳は
美しく、
彼の笑顔にラティルは
心臓がドキドキしました
ラティルは、束の間、
心臓がズキズキ痛みましたが、
すぐに
私は何をしているのか。
と思い、深呼吸をしました。
立ち去った男だよ。
結婚した男だって。
忘れることにしたじゃない。
ラティルは、
両手で頬をぎゅっと押えた後、
わざとニヤニヤしました。
その様子を見守っていた護衛は、
皇帝はおかしいと思いましたが、
口にしませんでした。
ラティルは気持ちを整理して、
ハーレムに入りました。
カルレインは
寝室と外の扉の間の廊下に
立っていました。
ラナムンの時とは違い、
彼は、事前に連絡を受けて、
出て来ていたようでした。
ラティルは、
出て来て、待っていてくれたんだ。
と言おうと思いましたが、
ぎこちなく笑いました。
初めて話す言葉にしては、
ちょっと違うと思いました。
しばらく眺めていると
カルレインは扉を開いて、
押えてくれました。
ラティルが中へ入ると
彼は自分で扉を閉めました。
そして、ドアの前に立ち、
ラティルを強烈な目で見ました。
目に力を入れているわけでは
ないけれど、
不思議なほど、強烈でした。
緑色の瞳は、暖かいというより、
むしろ陰気に見えました。
ラティルは、
ぼんやりと彼を見つめ
固唾を飲みました。
肖像画を見た時も感嘆したけれど、
あれは彼のセクシーさを
10%も表現できていないと思いました。
何て言えばいいのだろう。
皇帝らしく、威厳ある態度で
話さなければならないのに・・
その時、近づいてきた
カルレインが
ラティルの首筋に唇を寄せて
お待ちしておりました、ご主人様。
非常に長い間・・・
と囁きました。
◇ずっと待っていた男◇
いきなり首筋って?
彼が首筋の所で息を吸い込むと、
非常に変な気分になりました。
ラティルはうぶ毛まで
鳥肌が立ちました。
カルレインは、ラティルの匂いを
嗅ぐつもりのようでした。
そのおかげで、
ラティルは最初に何を言おうか
考えていたことが、
どこかへ吹っ飛んでしまい、
えーっと、こんばんは。
と、適当な言葉が飛び出しました。
しかし、ラティルが挨拶をしても、
彼は首筋に鼻を当てたまま
離れませんでした。
肌に冷たい息遣いが触れると、
ラティルの背中がムズムズしました。
どうして、こんなに息が冷たいの?
ラティルは少しぞっとして、
さっと身を屈めました。
カルレインは、
物足りなさそうな顔をして、
やっと頭を上げました。
ラティルは
照れくさそうに笑いながら、
たった2日だけ待たせただけで
長いなんて。
と、会話をするどころか、
会ってすぐに
フェロモンをまき散らした男の
言葉尻を捕らえました。
2日と聞いて、
カルレインの口の端が
少し上がりました。
2日間、待っていたんじゃないの?
とラティルが確認すると、
カルレインは、
それよりも長く待っていたと
答えました。
ラティルは、
側室に志願してから待っていたのかと
尋ねると、
カルレインは、
それよりもずっと前から
待っていたと答えました。
その答えに、ラティルは
目をパチクリさせました。
昔から私を知っていたの?
と言った後で、ラティルは、
以前、カルレインに
会ったことがあるだろうか?
いや、ない。
こんな顔なら、
すれ違っただけで脳に刻まれる。
それでは、顔を隠した状態で
傭兵王に会ったことがあるだろうか?
いや、ない。
と考えを巡らしました。
答えを見つけられないラティルに、
カルレインは、
生まれた時から知っていました。
と、直接、答えを教えました。
ラティルは、
確かに、私の存在は、
国民はもちろん、
外国人も知っているはず。
それなら、早く私と
結婚したかったのね。
皇子や皇女の恋人になりたがる
子供たちは
いくらでもいるから。
と、今は退廃的な魅力にあふれる
美男子が
一時、可愛くて子供っぽい夢を
見ていた少年だったと、
勝手に解釈しました。
ところが、会話が終わるや否や、
カルレインは、
再びラティルの首筋に
鼻を付けたので
ラティルは驚いて飛び上がりました。
どうして、さっきから、
突進してくるの?
ラティルは、
カルレインの頭を押すと、
おとなしく退いたものの、
捕まえたい獲物を
見ているかのように、
ラティルの首筋を
執拗に眺めました。
どうして、私の首に、
しきりに執着するの?
ラティルは右手で首を隠して
後ろに下がりました。
すると、カルレインの視線が
左の首筋に向けられたので、
ラティルは慌てて、
左側の首を隠しました。
カルレインは、
なぜ、首を隠すのですか?
ご主人様。
と尋ねました。
ラティルは、
それは、あなたがしきりに首を・・・
いえ、どうして、あなたは
私をご主人様と呼ぶの?
と逆に尋ねました。
奴隷でないのに、主人と言う。
しかも、主人ではないのに
ご主人様と呼ばれるのは、
少しマニアックな呼び方のようで、
ラティルは変な気分になりました。
ご主人様だから。
と答えるカルレインに、
ラティルは陛下と呼ぶように
命じました。
ご主人様の方が好きだと言う
カルレインに、
ラティルはもう一度、
陛下と呼ぶように命じました。
そして、
いやらしい顔をした人が、
ご主人様と呼ぶと、
人は、あなたのことを
変に思うか
私のことを変に思うだろう。
と、きっぱり言いましたが、
ラティルに近づいたカルレインは、
自然にラティルの手を
首筋から退けたので、
彼女は額を、彼の額にぶつけました。
傭兵王は痛みにも強いらしく、
彼は、額をぶつけられながらも、
笑いながら、
再び、ラティルの首筋に
顔を埋めようとしたので、
ラティルは
おやめなさい!
と命令しました。
彼は言うことを聞きました。
彼は頭を上げて、
ラティルを見ました。
ラティルは、彼のことを
半分しつけられていない、
野生の狼のようだと、
思いました。
ラティルは
カルレインを退かすために
彼の顔を掴むと、
彼はラティルの指を
口の中へ入れたので、
ラティルは身の毛がよだつほど
驚きました。
なぜ、そんなことをするの?
ラティルは仰天しましたが、
カルレインはラティルの指をなめて
目尻を下げました。
彼女は
心臓がいびつになった気分になり、
呼吸さえできなくなりました。
この男はいやらしい。
セクシーなのではなく、
本当にいやらしい奴で、
セクシーという言葉で表現できないと
ラティルは思いました。
さらに歯の先で指を噛まれていると、
そこから熱気が出てきそうでした。
ラティルが指を引っ込めると、
カルレインは腕に沿って
キスをしてきました。
あっという間に
ラティルはカルレインの下敷きになり、
彼は、彼女の首筋にしがみつきました。
彼の手が、耳元と首と肩に触れ、
マントの紐に触れた瞬間、
ラティルは、
やめて!
と叫びました。
命令をよく聞くカルレインは、
手を止めて、
ラティルを見下ろしました。
ラティルは、
オオカミの下敷きになった気分でした。
ラティルが、
下りなさい。
と命じると、
カルレインは横に下りました。
ラティルは3回転して横に退き、
余分な枕を中央に置くと、
ここから、こちらへは
来ないように。
と命じました。
お休みにいらしたのでは
ないのですか?
ご主人様。
と尋ねるカルレインに、
ラティルは
何もしないで帰るつもりだ。
こちらへ来るな。
と命じました。
寝相がひどいのかと
ラティルに尋ねるカルレインに
彼女は、なぜ、それを聞くのか
尋ねました。
カルレインが、
同じ質問を繰り返すと
ラティルは、
自分が寝ている間に、
枕を片付けたり、
移動させないように。
彫刻像の下から真っすぐに、
枕を置いたことを覚えていると
告げました。
カルレインは、再び、
寝相が悪いかと、
ラティルに尋ねました。
彼女は、
安心しなさい。
私は刀のように真っすぐに寝るから。
動いたら、すぐにわかるから、
頭を動かさないで!
と答えました。
未練がましく、
枕の向こう側に頭を付ける
カルレインを見て、
ようやくラティルは
ふぅ~
と息を吐きだしました。
◇変な男◇
朝、目が覚めたラティルは、
そばに置かれた空っぽの枕を
ぼんやりと眺めました。
どうして、枕が空っぽなの?
そうだ、私がカルレインに、
枕よりこちらへ来るなと
言ったんだ。
ラティルは
ゆっくりと起き上がりました。
枕はきちんと置いてありました。
カルレインは
ベッドボードにもたれて座り、
ラティルを見下ろしていました。
彫刻像の下から真っすぐです。
触れていません。
とカルレインは言いました。
ラティルは、よくやったと
カルレインを褒めました。
彼が笑ったので、
ラティルは、その理由を尋ねました。
カルレインは何でもないと
答えましたが、
彼は、何がおかしくて笑うのか、
ラティルにはわからず、
すっきりしない気分になり、
彼女はカルレインを警戒しながら
ベッドから降りました。
足を床に着けた途端、
ラティルはマントを着たまま
寝ていたことに気付きました。
今になって、
マントを脱ぐのもおかしいので、
ラティルは目をこすりながら
扉へ向かいました。
帰ると言うラティルに、
カルレインが近づきました。
また、首筋を狙ってくるのかと、
ラティルが警戒していると、
彼は、半分ほどけたマントの紐を
結んでくれました。
こうすれば、マントの裾が
地面に着かないという
カルレインに、
ラティルは、
日が昇ったら元気になったじゃない。
指が長いですね。
と言いました。
カルレインの細い指が、
鎖骨のあたりで動いているのを
見下ろしているうちに、
ラティルは照れくさくなり、
カルレインの睫毛を見ました。
彼の髪の色と同じ、
淡い金色でした。
お気に召しましたか?
と尋ねるカルレインに、
ラティルは、
きれいだね。
と答えると、
自分は手仕事が上手だと
彼は言いました。
睫毛の話じゃなかったんだ、
自分はきれいかと
聞いているのかと思った。
と内心思ったラティルは、
腕前がいいと、
ぎこちなく付け加えました。
マントの紐を結び終えたカルレインは、
冷淡に笑いながら、扉を開きました。
ラティルはもう一度彼を見ると、
少し驚くべきことを発見しました。
一晩中寝たのに、
彼の髪は1本たりとも
乱れていませんでした。
それに、前の晩、
あれだけ積極的だったのに、
夜にまた来いと言う言葉は
ありませんでした。
自尊心の塊のラナムンでさえ
言ったのに・・・
変な男だと、ラティルは思いました。
ラティルは扉から出る前に、
ちらっと彼を見ました。
カルレインは、うつろな表情で
ラティルを眺めていました。
帰ろうとしていたラティルは
戻って、カルレインに、
ずっと私のことを
待っていたと言ったけれど、
いつから待っていたの?
と尋ねました。
カルレインは、
実は・・・生まれる前から。
と答えました。
ラティルは扉を閉めて、
出て行きました。
◇嫉妬心を刺激される◇
ラティルは、
カルレインを変な奴だと
思いました。
彼女はハーレムを出ると、
カルレインについて考えました。
騎士とは仲間でしたが、
傭兵とは付き合ったことがないので、
区別がつきませんでした。
傭兵は皆、あんなに自分勝手なのか。
陛下の代わりにご主人様と言ったり、
生まれる前から知っていたと言ったり。
それとも、カルレインが
ユニークなだけなのか。
外見は思っていたより
セクシーだけれど。
ラティルが、ちょうど
ハーレムの門を出ようとした時、
遠くから誰かが彼女を呼びました。
クラインでした。
ラナムンと
双璧をなすくらい傲慢な彼が、
体面を気にせず、
必死に走って来ました。
ラティルはきょとんとして
彼を見ていると、
彼女に近づいたクラインは、
自分がどんな風に走って来たか
自覚したようで、
ぎこちなく、咳払いをしました。
ラティルは、
何か話があるのかと、
クラインに尋ねると、彼は、
私をこんな風に
弄ばなければならないのですか?
と抗議しました。
しかし、ラティルには
理解しがたい言葉でした。
私はいつクラインを
弄んだのだろうか?
彼とはほとんど話していないのに、
弄ぶ暇があっただろうか?
ラティルは、きょとんとして
クラインを見つめると、彼は、
私の嫉妬心を刺激するには
十分でした。
認めます。陛下のこと以外、
何も考えられなかったことを。
これで満足ですか?
と傷ついた顔で言いました。
訳の分からないラティルに
クラインは、
これが目的だったのでは?
と尋ねました。
マンガを読んだ時、
どうして、ラティルが額を
カルレインの額にぶつけたのか
わからなかったのですが、
原作を読んで、
その理由が分かりました。
何か意図のある言葉だとしても、
生まれた時から知っていた、
生まれる前から知っていたと
言われれば、
何となくロマンティックな気分に
なれそうなものですが、
ラティルは現実的なことを
考えてしまうところが笑えました。
クラインは、
初めてラティルに会った時から、
彼女に恋してしまったような
気がします。
ラティルに相手にされなくて、
ちょっぴり可哀そうです。