152話 ラティルはドミスの記憶を見続けています。
◇ドミスの失望◇
再び、ドミスの夢を
見るようになったことに気づくや否や
ラティルは頭がクラクラしました。
額が熱くて頬のあたりは
ひんやりしたので
ドミスは、
どこか痛いのかと思いました。
そういえば、ゾンビに噛まれたので
そのせいかもしれない。
ゾンビに噛まれても平気だったのに、
後から反応が来たのかと思いました。
耳元から、荒い息遣いが
聞こえてきました。
ドミスの息遣いのようでした。
彼女を抱えて
歩いているカルレインは
全然大変そうではありませんでした。
ドミスが息をするたびに
苦しくなったラティルは
少しは気遣えと、
心の中でカルレインに指示しましたが
ドミスの記憶の中のカルレインは
ラティルの存在さえ知りませんでした。
地面に降り積もった
落ち葉のガサガサいう音を聞きながら、
ラティルは、このすべての状況を
皮肉に感じました。
この面倒な荷物のように
運んでいるドミスという女性を
カルレインが
どれだけ愛することになるのか
今の彼は予想していただろうかと
考えました。
ドミスは、
カルレインとギルゴールに
自分を助けてくれたお礼を言いました。
依然として、カルレインは
歩き続けましたが、
ドミスは話し続けました。
ますます、
意識が遠のいて行きます。
このままでは、
私はもう長くないでしょう。
もちろんゾンビになっても
動いて食べたりはするけれど
ゾンビになった私も私でしょうか?
それを死んだと言うべきでしょうか?
助かったと言うべきでしょうか?
意識がぼんやりしています。
良かったら、
遺言を残してもいいですか?
このまま死んだら
ちょっと悔しい気がします。
最後の言葉みたいなことを
言いたいです。
ラティルは内心、感心しました。
死にかけながら、
カルレインを気にしていた
堂々とした姿が
第一印象だったせいか、
柔弱な姿にも驚いたけれど
意識が消えると言ってからの
言葉が多くなった姿も
印象的でした。
同じ考えなのか、
ずっと黙っていたカルレインも
勝手にしろ。
止めろって言っても
止めない性格のようだから。
と言いました。
私のことを知らないのに
助けてくれてありがとう。
私がゾンビになっても
痛くないように殺してください。
もし、私が死んで母が訪ねてきたら
私がどこか良い所へ行って
元気にしていると話してください。
分かったと答える
カルレインに対してラティルは、
本当に適当に答えている。
ドミスの母親が誰だか
知っているのかと思いました。
両親は養父母だそうで、
そのために追い出されました。
拾って来た子だって・・・
それでも、
お母さんに会いたいです。
妹は気楽に寝ているのに、
私は追い出されました。
ずっと呟いていたドミスは
自分の母親がどんな人なのか
見た目を知らせずに
気絶してしまいました。
ドミスの感覚を
そのまま受け入れていたラティルも
同時に意識が薄れて
途絶えてしまいました。
その後、ラティルは
自分がこの夢から覚めるのか
ドミスが目を覚ました時に
この夢の続きを見ることになるのか
考えました。
しかし、驚くべきことに
見える物もなく、
ドミスの本音も聞こえて来ないのに
カルレインとギルゴールの会話が
微かに聞こえてきました。
面白いお嬢さんだ。可愛いね。
これが可愛いの?
これだなんて。
この子の言葉の表現方法を見て。
可愛いかどうかは分からないけれど
むしろ、気を失っている時に
処理した方が
いいんじゃないかと思う。
処理?殺すの?
どうせ殺すなら、先に殺せって?
お前、本当に悪い奴だな、
カルレイン。
このお嬢さんは、
予備ゾンビだけど、
まだゾンビではないのに。
同情心を施そうということだ。
早く殺すことが同情なの?
ゾンビになった後も
恐怖心が
残っているかもしれないじゃないか。
それよりロードの位置は?
まだ分からないの?
・・・
まだ分からないようだな。
どうして、分からないの?
私が騎士なのか分からない。
君の言う通りなら、
私は、ずっと以前から
ロードの位置を知って
存在を
感じなければならなかったのに。
全ての騎士が有能ではない。
君は騎士だけれど、
ちょっと無能な騎士じゃないか?
ギルゴールの笑い声が聞こえると
すぐに何かを叩く音、
さらに激しく笑う声、
逃げるように早くなった足音が
聞こえました。
2人は本当に仲が良かったんだ。
ラティルは、ぼーっとしていましたが
しばらく混乱していました。
ロード?どうしてロード?
まさか
吸血鬼ロードのことではないよね。
もちろん、ロードは
吸血鬼ロードだけではないし、
それ以外のロードの方が多いだろう。
しかし、ドミスを救い出した2人が
ロード云々の話をしていると、
このロードが
吸血鬼ロードのように思えてきて
訳もなく気まずくなりました。
しかし、ラティルが
さらに深く考えようとする前に、
微かな声さえ聞こえなくなり
視界が明るくなりました。
しばらく意識が途絶えていた間に
彼らはかなり歩いて来たようで
すでに林道にいませんでした。
今は夕方で、
似たような家の屋根の煙突から
煙が噴き出していました。
景色をよく見たドミスは手を上げて
指が一つ一つ動いているか
確認でもするかのように
動かしていました。
全ての動作を終えると、
ドミスはカルレインを見上げながら
まだ大丈夫だと
たどたどしく呟きました。
目が覚めたら、
自分がゾンビに変わっていると
思っていたようでした。
その言葉を口にしながらも
ドミスはカルレインが
反応しないと思っていました。
ラティルは、その考えと
それに染み込んでいる
ドミスのかすかな失望を感じました。
しかし意外にも、
ずっとドミスの言葉を無視していた
カルレインが、
一日を過ぎたのに、
ゾンビに変わらないなんて
普通の人間なのに。
と変なことを言いました。
ドミスは、
自分が気絶して1日経ったのかと
慌てて尋ねましたが、
カルレインは無視しました。
彼とギルゴールは、
ドミスを不思議な生物のように
眺めました。
初めて受ける奇妙な視線に、
ドミスは慌てて
足をバタバタさせました。
カルレインがドミスを降ろすと
彼女は、
自分の身体を半分も隠せない
細い木の後ろに隠れて
私が変だからですか?
どうして、そんな風に
見つめているのですか?
と尋ねました。
ギルゴールは、すぐに
ドミスが特別なようだと
答えました。
彼女は、自分は人より
優れているわけでもない。
平凡な・・と言いかけましたが
ギルゴールは、
世の中に平凡な人間はいない、
何が特別なのかが違うだけだと
話しました。
それでもドミスは
否定しようとしましたが、
ギルゴールは、
自分たちにとってドミスが
特別な人間かもしれないと
言いました。
ドミスが、どのような意味か
聞こうとすると、カルレインは、
自分たちが出て来た村に
住んでいるといる黒魔術師は
本当にドミスなのかと尋ねました。
ドミスは母親を守るために
嘘をついたことを思い出し
顔が赤くなりましたが、
今度は素直に首を振り、
自分はそんな話は聞いていないと
返事をしました。
ギルゴールは、
隣の村まで広まっていた噂なのに
聞いたことがないのか。
それなら、ドミスが
黒魔術師なのではないか。
そういう噂は、
本人の耳には入らないものだと
ニヤニヤしながら言いました。
ドミスは、
身を隠している木をつかみながら、
自分はおかしいのか、
だから自分を殺そうとしているのかと
尋ねました。
その言葉にギルゴールは
カルレインの方をちらっと見て
くすくす笑い出しました。
ドミスは恥ずかしくなって
口をつぐみました。
ギルゴールは手を振り、
自分たちは黒魔術師を
殺そうとしているのではなく
助けを求めていると答えました。
ドミスの気まずい気持ちが
好奇心に抑え込まれました。
彼女は、
まだ枯れ木にしがみついたまま
黒魔術師が何の役に立つのか
尋ねました。
ギルゴールは、
自分たちの主人を
探さなければならない。
今頃は、
大体位置が分かるはずなのに
奇妙なことに見えないと
答えました。
ドミスは、
黒魔術師がその位置を
知っているのかと尋ねると
ギルゴールは
知っているかもしれないけれど
確かなことではない。
それでも方法を
探さなければならないと言って
カルレインに同意を求めましたが、
彼は返事の代わりに、
ゾンビに変わらないようだから
もう別れることにしよう。
さよなら、人間。
と別れの挨拶をしました。
カルレインとずっと一緒に
いるつもりはなかったけれど、
いきなり別れの挨拶を
聞くと思わなかったドミスは
慌ててカルレインを見ました。
出会ってから、
それ程経っていない人たちだけれど
突然の別れに、
むなしくて悲しい気持ちになりました。
彼女は、
私のことを特別だと・・・
と言いかけましたが、
言葉を終える前に
耳まで赤くなり、口をつぐみました。
自分で言っておきながら
その意味が
分からなかったからでした。
しかし、カルレインとギルゴールが
自分のことを
特別だと言ってくれた時、
もしかしたら、彼らが自分を
連れて行ってくれるのではないかと
期待していました。
ドミスは、なぜだか分からないけれど
カルレインなら
自分の頼みを聞いてくれると思って
彼をじっと見つめました。
しかし、カルレインは
君が特別なのは確かだけれど
私たちが連れて行くほど
特別ではないんだ。
と容赦のない返答をしました。
ラティルはドミスの心臓の鼓動が
早くなる感覚を共有しました。
ドミスは恥ずかしくなり、
唇を噛み締めました。
彼女は、何となく
カルレインを意識しているので
彼の冷たい言葉に
さらに苦しんでいる様子でした。
ドミスは枯れた木を
両手でしっかりつかみ、
私は・・・
と言いかけましたが、
カルレインは聞くこともなく
身を翻し、
ギルゴールを呼びました。
彼は残念そうに
ドミスを見ながら笑いました。
面白いお嬢さんだから
一緒に行ってもいいのに。
今、あいつは焦っているんだ。
探さなければならない人を
見つけられなくて。残念だ。
そう言いながらも、
ギルゴールは未練を残すことなく
カルレインに付いて行き、
その場を離れ、瞬く間に
彼らは森の中へ入って行き、
村にはドミス1人が取り残されました。
彼女は呆然と立ち尽くしていましたが
彼らを追いかけました。
追いかけて
何をどうしようという気も
なかったものの、
必死で走りました。
空はだんだん暗くなり
真っ黒になりました。
一生懸命走ったのに
漆黒の森の中に入った途端、
2人の姿は見えなくなりました。
ドミスは、
再び、木に躓いて転びました。
手のひらを地面に
強くぶつけましたが、
今度は誰も助けてくれる人が
いませんでした。
ドミスは地面に額を当てて
泣きました。
彼女を望む人が誰もいないことに
今更ながら辛くなりました。
◇変な気分◇
ラティルは上半身を起こして
窓の外を見ました。
先ほど、ドミスが見た空のように
空は真っ黒でした。
カルレインとドミスが
レストランで一緒にいるのを見た時も
気分が悪かったけれど、
ドミスの夢の中で、
カルレインが薄情にも、
彼女の元を去ったことにも
気分が悪くなりました。
とにかく、カルレインは
最初、ドミスにとても冷たかった。
そして、
カルレインとギルゴールが探している
主人という言葉、ロード、騎士、
これらの言葉にも
ラティルは混乱していました。
けれども、太陽の下で
元気に過ごしているのを見ると
この2人は
吸血鬼や食屍鬼のような
怪物ではないし、
外見からゾンビでもなさそうだし
黒魔術師である確率も低そうでした。
しばらく悩んでいると
扉の外で鐘がなりました。
入室を許可すると
侍女が入って来て、
カルレインの来訪を告げました。
ラティルの頭の中は
カルレインのことでいっぱいだったので
彼が部屋の中へ入ることを許可し、
侍女に紅茶を2つ持ってくるように
頼みました。
カルレインが
部屋の中へ入って来るや否や
ラティルは、彼に
何の用でここまで来たのかと
淡々と尋ねました。
しかし、先ほどまで、
夢の中で見ていたカルレインを
現実で見ていると、
心の中は変な気分でした。
それに、夢の中では
ドミスが一方的に
カルレインに関心を寄せていたけれど
今のカルレインは
ラティルの側室でした。
カルレインは、
普段はこの時間に来ないけれど
ラティルとの散歩中に
友達に会いに行ったからだと
答えました。
ラティルは、
それが申し訳なくて来たのか。
そのことは気にしていないし、
自分が行けと言ったと答えました。
しかし、カルレインは、
それでも気になったと言いました。
カルレインは
ラティルの向かい側に座りました。
彼女は、侍女が持ってきた
紅茶のカップを握って
目の前にいるカルレインと
ドミスの記憶の中のカルレインを
細かく比較してみました。
その気配に気づいたのか、
カルレインはかすかに笑うと、
ラティルが怒った顔をしている、
どうしたのかと尋ねました。
カルレインとドミスに化けたアイニが
一緒にいるのを見て、
ラティルの気分が悪くなったのは
カルレインに対する
独占欲もあるかもしれないけれど
やきもちを焼いているように
思いますし
ドミスを置き去りにしたカルレインに
気分が悪くなったのは、
ドミスと感情を共有しているラティルが
置き去りにされたような気持ちに
なったからなのかもしれません。
ラティルは、恋愛に関しては鈍感で
相手の言動を分析はするけれど
感情までは理解していないし
自分の気持ちも、
よく分かっていない。
それは皇帝として、
常日頃、何かを考える癖が
恋愛に対しても
染みついているのかもしれませんが
それに比べてアイニは
カルレインが前世の恋人だったと
思い込むや否や、
すぐに行動に移しました。
ヒュアツィンテは
アイニのことを、
父親の操り人形のように
考えていましたが、
本来の彼女は、一度決心したら、
自分の感情に忠実に
突っ走るタイプの人なのだと
思いました。
まどろっこしいラティルより
好感が持てるところもありますが
何をしでかすか分からない
恐さもあります。