161話 ギルゴールを見つけたラティルは、彼に花束を渡しました。
◇初対面の女◇
天使のような見た目のギルゴールが
華やかな花束を抱いた姿は
神殿に描かれた絵のように
美しかったものの、
戸惑った顔をしていました。
ギルゴールは、
女をじっと見つめ
自分たちは初対面なのにと
言いました。
それは正しいことでしたが、
ラティルは、それを否定し、
そんなことを言ったギルゴールを
責めたりしない。
人々は自分の顔を
よく覚えてくれないと
すぐに嘘をつきました。
サディは驚くほど
存在感が薄い外見をしていたので
その点を利用しました。
ギルゴールはラティルの嘘を
信じるかどうか
分からない表情をしていましたが
急に花束をくれた相手に
興味が湧いたのは確かなようでした。
ギルゴールは、
自分とどこで会ったのか尋ねると
ラティルは、
それは憶えていないけれど、
彼がとてもハンサムなので
顔だけが記憶に残っていると
答えました。
ラティルの言葉に
花束を胸に抱えたギルゴールは
目を三日月の形に曲げて
笑いました。
花の香りを嗅ぐギルゴールを見て
ラティルは声をかけて
良かったと思いました。
夢の中で、ずっと見ていた人物を
実際に見たのが不思議で
声をかけてしまいましたが、
花束をもらって、
とても喜んでいる姿を見て
嬉しくなりました。
ギルゴールは頭を上げると、
初対面ではないと言うラティルに
名前を尋ね、それが分かれば、
自分も彼女を
思い出すことができると言いました。
しかし、ラティルは
サディの姿で
ギルゴールとより深く
知り合うつもりはなかったので
忙しいから、話は後でと言って
星ウグイス旅館へ向かって
歩いて行きました。
ギルゴールは、
その後ろ姿を見つめながら
片手で花束を抱き、
もう片方の手で花の蕾をちぎって
口へ持って行きました。
ボール遊びをしながら
通りかかった子供は
その姿を見て驚き、
彼を見上げました。
ギルゴールは
再び、花をかじると、
新しく摘んだ蕾を子供に突き出し
君にもあげようか?
と尋ねましたが、
子供は首を振ると
すぐに、その場を離れました。
子供が行ってしまった後も、
ギルゴールは、
美味しいのにと呟きながら
花をたくさんちぎって食べると
何を思ったのか、
ラティルが歩いて行った方へ
付いて行きました。
◇花を食べる男◇
どうして、ついてくるのかな?
ギルゴールに花束を渡した後、
ラティルはアイドミスに会うために
星ウグイス旅館へ向かいましたが、
ギルゴールが
ずっと後を付いて来ていることに
気がつきました。
極力、足音を殺してはいるものの、
花を一つずつ食べながら
付いてきているので
気づかないはずがありませんでした。
独特な食性だと思いながら
ラティルは大きな鏡が飾ってある
店の前を通り過ぎた時、
彼が後を付いて来るのは
気のせいではないと思い、
これからアイドミスと
会おうとしているので
困ったと思いました。
ギルゴールが
彼女とラティルの会話を詳しく聞けば
少しおかしいと思うだろうと
考えたからでした。
ラティルは通りを歩き回ると
人の多い場所に入り、
大きな柱の後ろを通り過ぎながら
仮面を脱ぎました。
そして、向きを変えると
反対方向へ歩いて行きました。
歩いている時に、
横を通り過ぎるギルゴールを見ましたが
今度は知らんぷりをしました。
腕を伸ばせば届く距離にいたものの
2人は、正面を見て
それぞれ逆方向へ歩いて行きました。
いくら速く歩いても
自分に花をくれた女性が
見えないことに気づいたギルゴールは
立ち止まると、首を傾げました。
彼は、もう少し周囲を見回しましたが
その女性を追いかけるのを止めて
近くの露店でコーヒーを買うと
椅子に座りました。
今度は、ギルゴールは、
花束をくれた女性ではなく、
偽ドミスが話していた
対抗者かもしれない女性について
考えました。
ギルゴールの指が、
赤い花びらをちぎる度に
彼の頭の中で
ガラス玉が転がりました。
花束を全部食べ終わると
彼は、対抗者だという女性を
見分ける方法を思い浮かべ、
満足そうに花束を見下ろしました。
花束は緑の茎しか
残っていませんでした。
◇大賢者の訪問◇
結局、ラティルは
アイドミスに会えませんでした。
彼女は、宮殿に戻って服を着替えると
実際に会ったギルゴールの姿を
一つ一つ思い出してみました。
夢の中で見た時も美しかったけれど
実際に見てみると、
それ以上に美しい人でした。
夢の中でラティルは
ドミスが見て聞いたことを
一緒に感じているので、
カルレインに一目ぼれしたドミスは
彼に意識を集中していました。
ギルゴールとカルレインは
同じように美しく、
2人とも、ドミスを
ゾンビから救ってくれたのに、
なぜ、彼女は初めから
カルレインに恋したのだろうか。
彼のどんな点を彼女は
好きになったのだろうか。
ギルゴールは全て
私の好みなのに。
着替え終わったラティルは仮面を脱いで
身なりを整えて、外へ出ると
散歩から帰ったふりをして
公開執務室へ向かいましたが
疑問は解けませんでした。
ところで、執務室へ戻ってみると
顔に焦燥感を浮かべた
侍従長が、机の前で
足をビクビクさせながら
立っていました。
ラティルは何事かと尋ねると、
侍従長は、
別宮にいるレアンに会いに来た大賢者が
入るのを断られたので
ラティルに
会いに来ていると告げました。
彼女は椅子にもたれて座ると、
ひじ掛けをトントン叩きました。
侍従長は、
ラティルの顔色をうかがいながら
大賢者を部屋に通すか、
それとも追い返すのかと尋ねました。
ラティルは侍従長に
どうすればいいかと尋ねました。
彼は、ラティルの好きなようにと
答えました。
彼女は悩んだ末、
大賢者を呼ぶように、
そして他の人は出て行くように
指示しました。
◇運命を握る人◇
大賢者が部屋に入って来て、
ラティルと彼の2人だけになると
大賢者は、彼女に
礼儀正しく挨拶をしました。
その間、ラティルは
大賢者の頭を無表情に眺めましたが
彼が頭を上げると、
久しぶりですね。
と言って笑いました。
大賢者はラティルの微笑の下に
不機嫌な気配が隠れているのを察し、
恐縮しながら笑顔を見せました。
ラティルは、近くの椅子に座れと
彼を手招きしながら、
レアン皇子に会いに行ったけど
会えなかったそうですね。
切なそうに話すと、大賢者は
ラティルの顔色をうかがいながら
慎重に彼女を呼び、
何か言おうとしましたが、
許してください。反省しています。
怒りを解いてください。
理解してください。
それらを口にするのは
全て、禁止です。
話して断れたら、
気を悪くするかもしれないから。
と言って、にっこり笑いました。
大賢者は口をつぐみました。
彼女が言った言葉の中に、
彼の言いたいことがあったようでした。
ラティルは、大賢者を促す代わりに
ペンにインクを付けて、
新しい紙を広げ、
彼女が禁止した以外の言葉を
言うのを待ちました。
大賢者は、簡単に口を開かないので
ラティルは意味のない言葉を
3回、紙に書きましたが、
4回目を書こうとした時に、
ようやく大賢者は
自分もレアン皇子を許してくれと
頼むことはできないと言いました。
ラティルは、にっこり笑いながら
頼みに来たようだけどと
指摘しました。
大賢者は、再び口をつぐみました。
ラティルは自分の口を片手で押して
「黙っているよ」と示し、
もう片方の手で、
早く話すようにと促しました。
大賢者は、
ひどく不愉快そうな様子で、
唯一の同母兄に裏切られたラティルが
レアンを怒るしかないことを
分かっていると話しました。
ラティルは、
分かっているなら、
許してくれという言葉を出すなと
言いました。
大賢者は、
レアンは国民の安寧と
ラティルの安寧との間で
たくさん悩んでいた。
どうしてもラティルを生かす道を
選びたかったので、
彼女を守るために、
素早く手軽な方法よりも
ラティルに譲位する方法を選んだと
話しました。
彼女の不機嫌な顔を見た大賢者は
惨憺たる思いで頭を下げました。
そして、レアンが
500年に一度目覚めるロードに
関心を持ったのは、
すべて自分のせいだと言いました。
ラティルは、大賢者がレアンに
自分が邪悪な存在であると
話したのかと責めました。
大賢者は口ごもると、ラティルは、
そうでなければ、
彼の責任ではないし、
自分は誰にでも八つ当たりしないと
言いました。
大賢者は、
敢えて許しを請うことは
できないけれど
せめて、レアンが好きな勉強をして
生きて行けるようにしてもらえないかと
頼みましたが
ラティルは、少しも躊躇わずに
断ると答えたので、
大賢者の顔に
悲しみの色が浮かび上がりました。
大賢者は、
ラティルは人々に
温かく接しなければならない。
それが、
ラティルが運命に
逆らうことのできる道なので
運命に導かれてはいけないと
戒めました。
ラティルが無表情だったので
大賢者は頭を下げて、
ラティルが邪悪な存在だという
意味ではないと弁解しましたが
彼女は、自分が幼い頃にも、
彼は似たようなことを言った。
自分が邪悪な存在でも
そうでなくても、
大賢者の目には、
自分が血を見る運命に映っていると
言いました。
その声には棘があったので
大賢者は、
悪い意味で言ったのではないと
言い訳をして、
彼女に許しを請いましたが
ラティルは、彼に近づき
笑いながら、
彼の首に剣を突きつけました。
そして、
私の運命は、
あなたが握っていますか?
あなたの運命は、
確かに私の手の中にあります。
と言いました。
◇恋愛をしよう◇
大賢者は
ラティルを説得することができず、
重い表情をして帰りました。
ラティルは、2人の黒林を呼び、
大賢者も引き続き監視するように
指示を出すと、
何事もなかったように
仕事をしました。
それから、夕方の6時頃に
日課を終えると、
ラティルは散歩に出かけるので
食事の用意はしないようにと指示をして
再びサディに変わると
宮殿の外へ出ました。
宮殿を離れたラティルは
低い丘に登りました。
坂道を半分ほど来たところで
雨が降ってきましたが、
そのまま丘を登り続けました。
夏なので、夕方でも空は明るく、
雨が降っていても、
日が降り注いでいました。
そして、頂上に立ったラティルは
雨に降られながら
ぼんやりと宮殿を眺めました。
彼女は、
残念でもなく、怒りでもなく、
とても寂しくて虚しい感情を
覚えました。
その時、頭の上で大きな鳥が
羽ばたいている音がしました。
頭から額や鼻筋に流れていた
雨が止まりました。
ラティルは、
ゆっくりと頭を上げると
頭上に黒い空が広がり、
それは光を遮りましたが
雨を防いでくれました。
ラティルは
顔についた水滴を拭いながら
横を見ると、
目の端に白い髪の毛が見えました。
完全にそちらを向くと
片手に傘を持ったまま
ラティルを見下ろしている
ギルゴールがいました。
彼と目が合うと、
ギルゴールの赤い瞳が優しく曲がり、
私たち、恋愛をしましょうか?
サディさん。
と尋ねました。
ラティルは、
アイニにあげるつもりで
花束を持っていたのか、
ギルゴールを見つけて
花束を用意したのか謎ですが
前回、アイニと会った時に
あまり良い別れ方をしていないので
そのお詫びのつもりで
用意したのかなと思いました。
けれども、
ギルゴールを見つけた途端、
彼に花束が似合いそうで
つい、渡してしまったのかなと
思いました。
ギルゴールが
花を食べるシーンを読んで、
萩尾望都さんのマンガ、
バラを食べるシーンを
思い出しました。
ギルゴールは、
バラ以外の花も食べるのでしょうか。
彼が一つずつ花をちぎって
食べる姿は
艶やかで美しいだろうなと
思いました。