455話 タッシールとラティルが、トゥーラを生きているかのように話すので、クラインは疑問に思いました。
◇不吉な予感◇
あのチワワは、普段は勘を
どこかポケットのような所へ
入れておいて
一回ずつ取り出すのだろうか。
勘が働かない時は全く働かないのに、
勘が働く時は、とても鋭いと
カルレインは思いました。
カルレインは、
クラインのことを、
まるで、ポケットナイフのようだと
表現すると、クラインは
自分を刀に例えるなら、
鋭い大剣だと言い返しました。
しかし、カルレインは鼻で笑うと、
クラインに背を向けました。
彼はカルレインの後ろで
返事をしろと叫びましたが、
カルレインは足を止めませんでした。
ラティルがクラインに対して
情報制限をしているので
カルレインは、その意向に従うまで。
後で必要だと思えば、ラティル自ら、
クラインに教えるだろうし、
彼も、タッシールのように、
一人で歩き回りながら
情報を掴んだりすると思いました。
このような事情を知らないクラインは
カルレインに無視されたことで、
頭のてっぺんまで、
熱が上がって来ました。
ムカつく奴だと、
悪口を吐いたクラインは、
カルレインの後頭部を
長い間、睨みつけた後、
歩き出しました。
怒りのあまり、彼の歩幅は
いつもより広くなっていました。
バニルは静かに後を付いて行きながら、
このままでは、また何か起きそうだと
不吉な予感に身を震わせました。
◇新年祭の担当者◇
新年祭の準備をしなければならないのに
昨日一日の数時間の出来事のせいで、
ラティルの全身から、気力という気力が
全て抜けてしまったような感じでした。
ラティルはいつものように
スケジュールをこなしていましたが、
全く、正気を保つことができず。
何度もインク瓶をひっくり返したり、
署名を間違えて紙を変え続け、
侍従長と他の秘書を、
相次いで呼び間違えました。
見るに見かねた侍従長は、
自分が新年祭の担当者を決めることを
慎重に提案しました。
最初、ラティルはボーッとしながら
「いいえ」と返事をしましたが
結局、侍従長に
お願いすることにしました。
侍従長は、
ラナムンに任せたがるだろうけれど
彼は、秋祭りを担当したので、
今回の担当者から外すしかない。
侍従長が、
ラナムンのライバルと考えている
ゲスターも、年末祭を担当したため、
今回は外すしかない。
きっと、今回は
不公平な侍従長でも、
少しは公平になるだろうと
ラティルは思いました。
彼女は、
すぐに決めないで
先に側室たちに相談させて
決めるように。
それでも決められなければ
侍従長が決めるよう指示しました。
◇侍従長の怒り◇
今日に限って、ラティルが、
元気がなく、ぐったりしていたので
侍従長は、ハーレムへ歩きながらも
ラティルの心配ばかりしていました。
侍従長は、
側室が多過ぎるのだろうかと
呟きました。
その言葉に、下男は、
皇帝は側室を集めるだけで、
あまり会いに行かないと
返事をしました。
侍従長は、側室が
少な過ぎるのではないかと呟くと、
下男は、そんなことはないと
返事をしました。
侍従長は、
皇帝は、ただ側室を集めるのが
楽しいのかもしれないと呟きました。
そうなのかな?と思って
下男が首を傾げている間に、
2人はハーレムに到着しました。
侍従長は到着するや否や、
ハーレムの管理人を訪ねて
側室たちを集めさせ、
会議室に行って30分ほど待ちました。
初めてハーレムに付いて来た下男は、
ゆっくりと集まってくる
側室たちの姿を見て、
小さく感嘆の声を吐き続けました。
本当に美しい方々だけだ。
皆、顔がすごい。
陛下の好みが、少し分かる。
侍従長は、不思議がる下男に
あれこれ話を聞かせながら
楽しく時間を過ごしていまたが、
30分が過ぎて40分近く経ったのに
全員が現れないので、
彼の表情はだんだん暗くなり、
声が荒くなっていきました。
使用人は側室の数を数え、
侍従長の顔色を窺いながら
もう一人いるはずではないかと
尋ねると、侍従長は、
「ギルゴール」と恐ろしい声で
呟きました。
ギルゴールは対抗者の師匠だと
聞いていたので、
下男は、それについて
侍従長に確認しました。
彼は、腸が煮えくり返っていましたが
なんとか怒りを鎮めました。
皇帝の命令を代行するために
側室たちを集めたのに、
それを無視するのは
皇帝を無視するのと同じことでしたが
ギルゴールは
普通の側室ではないので、
悪の勢力との決戦が
いつ起こるか分からない今、
最大限、彼を
尊重しなければなりませんでした。
結局、侍従長は、
ギルゴールは欠席したものと判断すると
先日、行事を担当した
ラナムンとゲスター以外の側室たちに
新年祭の準備の担当を
引き受けて欲しいという
ラティルの言葉を伝えました。
側室たちは、
互いに顔色を窺ったり、
自分の侍従と話をしたりしていました。
大神官は興味があるのか、
一緒に来た見習い神官に
年末祭と新年祭の違いについて
尋ねていましたが、
神官から説明を受けながらも
手を上げませんでした。
メラディムは、
ゲスターのレッサーパンダと
会話中でした。
言葉が通じるはずがないのに、
2人とも深刻な表情でした。
侍従長は、
この中で期待できるのは
タッシールだけだと思い
彼を見ましたが、
彼はうとうとしていました。
ここ数日、
ずっと外を歩き回って
とても疲れているようでした。
舌打ちした侍従長は
ずっと無視しようとしていた
クラインの方を見ました。
彼は優雅に足を組んでいて、
その隣に立っている侍従が
皇子に代わって手を挙げていました。
新年祭を担当したいのは
あの気性の悪い皇子だけなのか。
クライン皇子では頼りないと
思った侍従長は、わざと彼を無視して、
隣に立っていた管理人に、
ギルゴールはどこにいるのか、
きちんと話を
伝えていないのではないかと
腹を立てました。
管理人は悔しそうに、
確かに伝えたと返事をしました。
それならば、彼はどこにいるのかと
侍従長は管理人を問い詰めました。
◇久しぶりの坊っちゃん◇
ギルゴールは、
宮殿の外壁の周りを散歩していました。
高価な薬品を全身に塗ったザイオールは
彼の後を付いて行きながら、
侍従長が招集したのに、
行かなくても本当に大丈夫なのかと
心配しましたが、
ギルゴールは、
四つ葉のクローバー
四つ葉のクローバー
と鼻歌を歌っていました。
ザイオールが、
後で叱られるかもしれないと
心配すると、ギルゴールは
三つ葉のクローバー
三つ葉のクローバー
と歌い、ザイオールが、
皇帝の耳に入って
叱られるかもしれないと言うと、
ギルゴールは、
二葉のクローバー
二葉のクローバー
と歌いました。
ザイオールは、
もし葉っぱが全部落ちたら、
自分の首も落ちるのかと
尋ねましたが、
ギルゴールは、
そうだと断言しませんでした。
しかし、ザイオールは
ギルゴールの顔色を窺いながら
彼は、
小言を聞きたくないのだと思い、
口を閉ざしました。
ギルゴールは、
再び四つ葉のクローバーの歌を
歌いながら外壁の周りを
ぐるぐる回りましたが、
欠ける所のない外壁の周りを
どこかに穴でもないかと探すように
歩き続けました。
そろそろ人々が、
ザイオールとギルゴールを
不審そうに見つめ始めると、
ザイオールは、
これ以上、我慢できなくなり、
一体何をしているのか。
警備兵たちが自分たちを
泥棒のように見つめていると
訴えました。
ギルゴールは、
結界を調べていると返事をすると、
ザイオールは、
ガーゴイルの結界のことかと
聞きました。
ギルゴールは、
口元を片方だけ上げると、
自分の弟子の性格は
自分が知っている。
アニャは慎重だけれど、実践力がある。
結界を張った者がいることを
知っているから、
彼女は隙を探そうとするはずだと
答えました。
ザイオールは、
だから、隙がないか点検しているのかと
聞こうとした瞬間、10分程前から、
ギルゴールの方を
不審そうに眺めていた警備兵が
結局我慢できなくなり、
大声を出して、
彼らに近づいて来ました。
ギルゴールは首を傾げ、
明るく笑いながら立ち上がり、
自分を呼んだのかと尋ねました。
警備兵は、
ギルゴールの上から下まで
ジロジロ見ながら、
先程から、城壁の周りを
うろついているのは誰なのか。
身分証を見せろと指示しました。
ザイオールは、すぐに身分証を
差し出そうとしましたが、
ギルゴールがポンと叩いたので、
身分証を出していた手を止めました。
唾を飲み込んで横を見たザイオールは
ギルゴールが、普段より3倍ほど
明るく笑っているのを発見し、
横に退きました。
ギルゴールは、
いい子ですね、坊や。
私は、こういうの好きなんですよ。
と言うと、警備兵は腹を立てました。
ギルゴールは、
自分が先に殴らなかったという
アリバイを作るためなのか、
坊や、ここを殴ってみる?
と、挑発的に
自分の拳を突き出しました。
あれは罠ではないかと思った
ザイオールは、
唾を飲み込みましたが、
警備兵は何も知らずに
ギルゴールを罵倒しながら、
手に持った小さな棒で
ギルゴールの手の甲を叩きつけました。
ところが、その棒が折れたので
警備兵は 「怪物だ!」と叫び、
ギルゴールを怯えた目で見て、
首にかけたホイッスルをつかみました。
警備兵がそれを吹こうと思い、
ギルゴールが手を上げた瞬間。
そこにいたのかと、
侍従長が叫びながら走ってきました。
警備兵は、ホイッスルを口から離して
侍従長を見つめました。
何をしているのかという
侍従長の問いかけに、警備兵は、
この男が怪しげに振舞っていたと
訴えると、侍従長は、
この人は、皇帝の7番目の側室の
ギルゴールだと説明しました。
怪しい男が、
対抗者の師匠だと知った
警備兵の顔は真っ青になり、
慌てて謝りました。
ちょうど面白くなるところだったのにと
ギルゴールが呟くと、警備兵は、
さらに怖がるような表情をしましたが
幸い侍従長が、
早く行けと合図をしたので、
警備兵は逃げるように立ち去りました。
ギルゴールは眉をつり上げて
侍従長を見下ろし、
この坊ちゃんは、
久しぶりに見る顔だと呟きました。
そうでなくても、
ギルゴールの不参加で
気分を害していた侍従長は、
さらに不快になりました。
集まれと言ったのに、
彼が来なかったから、
わざわざ探し回ったのに、
会った途端、謝罪もせず
久しぶりと挨拶するなんて、
無作法な奴だ、
対抗者の師匠なら何でもありなのかと、
侍従長は、
心の中でギルゴールを罵りましたが
そのような感情を表に出すことなく、
微笑みながら、
ギルゴールが会議に出席していたら、
もう少し早く会えていたはずだ、
残念だと、淡々と話しました。
ギルゴールは、
面倒くさかったと返事をすると、
侍従長は、
「そうですが」と返事をしましたが
心の中で、
プツンと糸が切れる音を聞きました。
侍従長は、
面倒臭くても、外での活動を
少ししたらどうか。
あまりにも怠けてばかりいるので、
警備兵たちが、
ギルゴールの顔を知らないという
事態になるのではないかと
皮肉を言いました。
その言葉に、ギルゴールの口元が
機嫌よさそうに
上がったかと思ったら、
彼は自然に侍従長の肩に腕を回し、
一緒に遊ぶ人がいてこそ
活動もできる。
坊ちゃんが一緒に遊んでくれるかと
誘いました。
侍従長は震えながら、
ギルゴールの腕から抜け出しました。
この厚かましい奴めと、
侍従長は思わず
悪口を言いそうになりました。
侍従長は、ラティルの眼力を
いつも尊重する方でしたが、
ギルゴールに限っては
まったく尊重できませんでした。
しかし、侍従長は、
ギルゴールが「遊んで欲しい」
と言ったのを逆手に取り、
彼が、とても退屈しているようなので
新年祭の準備を担当して欲しいと
頼みました。
そして、皇帝に代わって
皇配の気持ちで準備するように、
関連書類は温室に送ると告げると
ギルゴールが嫌だと言う前に
にっこり笑って、
すぐに逃げてしまいました。
侍従長が去ってしまうと、
ギルゴールは首を傾げながら
ザイオールを見て、
新年祭とは何だと尋ねました。
ザイオールは、それについて
説明し始めました。
◇不安◇
侍従長から、新年祭の準備を
ギルゴールが引き受けるという
報告を聞き、
ラティルは気乗りがしませんでした。
ギルゴールにお祭りの準備なんて
全然似合わない。
彼に、ふさわしい祭りは
血祭りだけではないかと思いました。
しかし、こちらで任せておいて
撤回すれば、
ギルゴールを侮辱することになるので、
ラティルは気乗りがしないものの
仕方なく納得しました。
しかし、
あまりにも不安になったおかげで
先帝の件に関することを
辛うじて抑え込むことができました。
おかげでラティルは、
午後は、まともに仕事をすることができ
夕方になると、
タッシールを訪ねてみる気になるほど
回復しました。
昨日は考えられなかったけれど
タッシールも精神的に
とても大変だったはず。
伝えにくい話だったから。
とても、彼は
苦労したのではないかと思い
ラティルは夕食をとる代わりに
彼の部屋を訪ねました。
ところが、
タッシールの部屋の前に行ってみると、
ヘイレンが
目を腫らして歩いていました。
不安になったラティルは、
目をどうしたのかと尋ねると、
ヘイレンは、かすれた声で、
陛下、若頭が・・・
と言いました。
新年祭の担当を
クラインに任せたくないからといって
腹立ちまぎれに、
ギルゴールに頼むなんて、
侍従長は公正に選ぶだろうという
ラティルの期待に
全然、応えていないです。
確かに、クラインでは
心もとないかもしれませんが
一応、バニルも付いているし、
(アクシアンは役に立たなそう)
カリセンでも、新年祭を
経験しているでしょうから、
思い切って、クラインに
やらせてみても良かったのにと
思います。
侍従長は、
ギルゴールもクラインも嫌いだけれど
すぐキレるクラインよりは、
ギルゴールの方がましだと
思っているのかもしれません。