299話 ギルゴールに決心はついたかと聞かれたラティルでしたが・・・
◇ギルゴールの部屋◇
彼の指が、
ゆっくりとラチルの肌を辿ると、
背筋がぞっとしました。
彼の冷たくて、しっとりとした指が
足に触れると変な感じがしましたが
不快というよりは、
訳もなく心臓を揺らすような
感じでした。
ラティルが足を後ろに引くと、
ギルゴールは指を離して笑いました。
彼は地面に片腕を突き、
体は水の中に浸したまま、
ラティルを見上げました。
ラティルは、ギルゴールに
何か聞かれたことを
思い出しましたが、
それが何だったかは思い出せず、
しばらく、頭が回らなくて、
瞬きをしていると、
水滴が頬に飛んで来ました。
驚いて、目を丸くすると、
ギルゴールがにっこりと笑って
指を上に向けていました。
彼が水を飛ばしたに
違いありませんでした。
ラティルは頬を手の甲でさっと拭くと
ギルゴールは、
返事をしてくれないのに、
どうして、そんなに可愛い顔で
見ているのかと尋ねました。
ラティルは、
思い出せないので、
ただ見ていただけだと
心の中で返事をしましたが、
あの話であることに気がつきました。
しかし、先程ちらっと見た
人魚のヒレが気になり、
ラティルは
先ほどのヒレは何かと尋ねました。
ギルゴールは、
自分の尻尾だと答えましたが、
ラティルは、
ギルゴールには尻尾がないので
それは嘘だと指摘しました。
すると、ギルゴールは、
笑みを浮かべて、
一つ買ったと答えました。
魅力的な笑いでしたが、
ラティルは
笑い返すことができませんでした。
ラティルは、
どこで尻尾を買ったのかと尋ねました。
人魚のヒレが
市場で売られているはずはなく、
ラティルの知る限り、
あのヒレを手に入れることができるのは
ハーレムの湖に住んでいる
血人魚だけでした。
もちろん血人魚たちが
自分のヒレを売るはずはないので、
彼らからヒレを手に入れることは
容易ではないはず。
まさか、むしり取ったのか。
その方法を考えると、
ラティルは
目の前が真っ白になりました。
怒っているメラディムの姿が
目に浮かびました。
そうでなくても、
ギルゴールを殺すと息巻いている
血人魚の首長なのに、
もし、ギルゴールが、
自分の部下のヒレを
むしり取ったことを知ったら・・・
ラティルは、
頭がずきずきしてきて、
額に手を触れると目を閉じました。
ところで、
ギルゴールを側室として迎え入れたら
メラディムは
どのように反応するだろうか。
彼はギルゴールを殺したくて、
自分の味方になったのに、
ギルゴールまで自分の方へ来たら
どんな反応を見せるだろうか。
一応、メラディムにも
話してみた方がいいのかも。
ラティルは、
ぼんやりと考えていると、
また足首に冷たい水がかかりました。
ラティルは、はっとすると、
ギルゴールが手のひらに水を汲んで、
ラティルの足に注いでいました。
彼女は足を引っ込めると、
ギルゴールは猫をかぶるように笑い、
ラティルに、
何を考えているのか。
どうして、自分の質問に
答えてくれないのか。
自分を側室にするかどうか、
悩んでみることにしたのではないかと
尋ねました。
彼は、水から身体をもう少し出すと
ラティルの足首を片手で包み込み、
くるぶしにキスをすると、
ラティルの返事を要求しました。
唇が触れただけなのに、
ラティルは力が抜けて
よろめきました。
水辺で転ぶと大変なことになるので
ラティルは座り込みました。
バランスは取れたけれど、
ギルゴールの視線が
さらに近づいてしまいました。
赤い瞳と目が合った瞬間、
ラティルは唾を飲み込み
視線をそらしました。
ギルゴールは、
自分の考えによれば、
お嬢さん(ラティル)も
自分に興味があるのに、
なぜ、受け入れてくれないのかと
尋ねました。
ラティルは、
ギルゴールの頭が変だからだと
思いましたが、
彼の、厚かましく自信満々だけれど
否定できない質問に、唇を噛みました。
まだ彼を、
側室にするかどうか決めていないのに
なぜ、急に、
ギルゴールを探し回ったのか、
自分が愚かに思われました。
しかし、彼が
元気でいるのを見なければ気になり、
不安で仕方がありませんでした。
ギルゴールは、
姿が見えても見えなくても
存在感が強くなっていました。
彼の手がラティルの足首に触れました。
手は柔らかかったけれども、
ラティルは突然目が回り、
足首を骨折するのではないかと
心配しました。
こっそり足首を抜こうとすると、
ギルゴールの手は、
あえて追うことなく、その代わりに
手を再び水の中に入れて、
ラティルをじっと見つめながら
羊のように笑いました。
ラティルは、
羊の仮面をかぶった
オオカミだと思いました。
ラティルは話題を変え、
ギルゴールの部屋に行ったけれど、
彼はいなかったし、
花もなかったと言いました。
ギルゴールは、
そろそろ、お嬢さんが来ると思って
引っ越しの準備をしたと
返事をしたので、
ラティルは、
どこへ引っ越すのかと尋ねると、
ギルゴールは、
カルレインの隣の部屋が欲しいと
答えました。
ラティルは、
そんなことをすれば、
カルレインが死んでしまうか
自分を殺そうとする。
それに、なぜ、彼は、
返事を聞く前に、
ハーレムに入るのが当然のように
振る舞うのかと思いました。
ラティルは、「ダメだ。」と
返事をしました。
すると、ギルゴールは、
対抗者の部屋の隣と提案したので、
ラティルは、
「それは絶対ダメだ」と
断固として叫ぶと、
ラティルが嫉妬しているとでも
思ったのか、ギルゴールは
満足そうに笑いました。
決して嫉妬ではないものの、
ラティルは、キルゴールが
幸せに浸っているように
放っておくことにしました。
彼は嬉しそうに笑いながら、
一体自分をどこに行かせたいのかと
尋ねましたが、
ラティルは、
彼の瞳孔が少し大きくなっているのに
気づきました。
ラティルは彼を探し回ったことを
思い出しました。
彼が自分の部屋におらず、
花の植木鉢を全部片付けただけなのに、
心臓がドキドキして、ぞっとし、
空っぽの部屋で緊張しました。
ラティルは、
他に選択肢がないかもしれないと思い、
口をゆっくり開くと、
温室をあげると答えました。
それが気に入ったのか、
ギルゴールの瞳孔が
再び、小さくなりました。
◇反対できない◇
次の日、
ラティルは食堂で会ったサーナット卿に
ギルゴールを側室として迎え
彼に温室をあげるという話をすると、
サーナット卿は、
普段よりも目が2倍大きくなるほど
驚きました。
ラティルは、二日酔いでもないのに
痛んだ頭を押さえながら、頷き、
サーナット卿が注いでくれた水を
一口飲んでため息をつくと、
ギルゴールは花の間にいる時、
幸せそうだ。
どうせ、今も
温室と花園を行き来しているので、
温室を与えて、そこで暮らせるように
一部を改造するつもりだと話しました。
温室に付いている休憩室は
かなり広かったので、
ラティルは、
それを寝室に改造することにしました。
そうすれば、休んだ後、外に出て
花をかじって食べると思いました。
サーナット卿は、反対したいのか
表情が強張り、何度も唇を
ピクピクさせました。
しかし、彼も
他に良い方法を思いつかないのか、
言い出すことはできませんでした。
ラティルは、自分も好きで
彼を受け入れるのではないと
言い訳をしました。
サーナット卿は、
他の人々に、
何と説明するのかと尋ねました。
ラティルは、
ギルゴールの顔を見れば、
皆、理由は分かると思う。
自分のイメージが、
さらに好色漢になるけれどと答え
ため息をつき、スプーンを置いて、
ハンカチで口元を拭きました。
それでも、決定を下したので、
気持ちが楽になりました。
とりあえず、昨日、ギルゴールには
他の側室を殺したり、
大きな怪我をさせないようにと、
繰り返し頼みました。
ギルゴールは、
ラティルの言葉を聞きながら、
ずっとクスクス笑っていましたが
ラティルが、
自分によく見せようと思って、
誰かの頭を切ってきたり、
拉致してきたりしてはいけないと言うと
表情が固まりました。
ラティルは、考え込みながら
唇を拭っていると、
サーナット卿の拳に
力が入るのに気づきました。
彼を横目で見ると、
サーナット卿は無表情で立ち、
拳を握りしめていました。
ラティルは、
そんなに嫌なのかと尋ねると、
サーナット卿は否定することなく
頷きました。
ラティルは、
サーナット卿は騎士なので、
本能的に嫌かもしれないと言って
ため息をつくと、
ハンカチを下ろしました。
ラティルは、
とにかく、こういうことになったので
本当に頑張らないといけない。
ここに対抗者と対抗者の味方、
ロードとロードの味方が
すべて集まったので、
一歩間違えれば、
ここが戦争の出発点になる。
しかし、うまくいけば、
500年周期で起こったその戦争を
ハーレムに縛り付けることもできる。
自分の命を
無事に保つことができるかもしれないと
話しました。
ラティルは、
急に緊張感が湧き起こり
手のひらが痒くなり、
何度もため息をつきました。
サーナット卿は、
相変わらず不機嫌そうな顔でしたが
あえて否定的な言葉を伝える代わりに
ギルゴールは、
いつ、側室に入るのかと尋ねました。
ラティルは、
温室の整備が終わり、
側室を受けいれるの適当な時期になればと
答えると、サーナット卿は、
今、ギルゴールは
何をしているのかと尋ねました。
◇驚くザイオール◇
ギルゴールは今、興奮して
自分の迷路屋敷に向かって
歩いていました。
彼は、とても長い間生きて来たけれど
一度も、側室になったことは
ありませんでした。
しかし、
あらゆる貴族の役割を果たしました。
実は、彼にとって、
それは、それほど難しくないことで、
一度ボタンをはめたら、
その後は、ずっと自分が
後継者の役割を
続ければいいだけでした。
例えば500年前。
一時、アニャが後継者であり、
その後、ドミスが後継者の座に就いた
永久的な栄光の座を約束された
輝くクレレンド家の初代大公は、
実はギルゴール本人でした。
ギルゴールも、その家門を
かなり大事にする方でしたが
ドミス・クレレンドが
ロードだったことが知られ、
その家門の栄光も
途絶えてしまいましたが・・・
とにかく重要なのは、
500年のうちに、
宮中礼法に変化が訪れたとしても
ギルゴールが宮中礼法に
慣れているという点でした。
ギルゴールが現れると、
エプロン姿で家事をしていた
ザイオールが、
嬉しそうに挨拶しました。
そして、ギルゴールが、
今回は早く戻って来たと指摘した後で
ホコリ取りを手にして、
ギルゴールの後を
ちょろちょろ追いかけ、
ギルゴールがいない間、
タリウム皇帝がやって来た。
なぜ、ギルゴールを探していたのか。
自分は心臓が止りそうになるくらい
驚いた。
自分が、以前、
レアン皇子に従ったことを知って、
復讐しに来たと思ったと話しましたが
ギルゴールは自分の部屋の中に入り、
カバンの中に、
あれこれ物を入れていました。
ザイオールは戸惑いながら、
何をしているのかと尋ねました。
ギルゴールは、その時になって、
ようやく動くのを止めると、
腰を伸ばし、幸せそうに笑って、
「結婚する。」と答えました。
ザイオールは、
その言葉をすぐに聞き取れず
目をパチパチしましたが、
慌てて聞き返しました。
吸血鬼が結婚するなんて、
何てバカなことを言っているのか。
もちろん、吸血鬼は、
独身で暮らさなければいけないと
いうことはないけれど、
それでも異質でした。
しかも、相手はギルゴールでした。
しかし、ギルゴールの口元に
浮かんでいる幸せな笑みは、
確かに新郎の微笑みに似ていました。
ザイオールは、
誰と結婚するのかと
渋々、尋ねました。
ギルゴールは、
ザイオールが今話した人だと
答えたので、彼は、
レオン皇子かと尋ねました。
ギルゴールは、
その前に言った人だと答えたので
ザイオールの目は、
これ以上大きくならないほど
大きくなりました。
ギルゴールは
大したことがないように
「そうだ。」と答えると、
再び荷造りをしました。
ザイオールは、
聞きたいことが
山ほど押し寄せてきたものの、
ホコリ取りを持ったまま、
どうすることもできず、
ギルゴールの後ろ姿を
ぼんやりと眺めました。
そうしているうちに、
ギルゴールは
ザイオールの方を振り向き、
彼も荷造りをするように命令しました。
なぜ、自分も
荷造りをしないといけないのかと
ザイオールが、
ぼんやりと尋ねると、
ギルゴールは、
自分がよく観察したところ、
側室たちには皆、侍従がいた。
自分も一人、
連れて行くべきではないかと
答えました。
自分が侍従になると聞いて、
ザイオールは、もう一度驚き、
口をピクピクさせると、
ギルゴールに、
側室になるのかと尋ねました。
先走って、
後の話を読んでいるので、
ラティルとギルゴールの寝た場所が
温室だったことに
違和感を覚えましたが、
ラティルが、
温室を彼の居場所にすると
決めたことが分かり、
納得しました。
ザイオールは、
トゥーラの住んでいた地下城を
壊すために、
ギルゴールが連れて来た魔法使いですが
脇役として、
いい味を出していると思います。
彼なら、ギルゴールの温室を
しっかり管理しれくれそうです。
ギルゴールが側室になった場合の
ラティルの忠告から、
やはり、彼は、血人魚のヒレを
ちぎり取って来たのではないかと
思いました。
ギルゴールは、
歴代のロードの中に、
自分の妻だったアリタルを
求めているような気がします。
ラティルの世代になり、
ようやく、ロードが
自分を受け入れてくれたことが
嬉しいのではないかと思います。