176話 アイドミスは本物のドミスでないと分かりました。
◇戻って来ないカルレイン◇
宮殿に戻り、
着替えて仮面を脱いだラティルは
カルレインが言った言葉は本当だった。
彼が会ったドミスは偽者だった、
と呟くと、
周りに誰もいないことを確認してから
散歩道に入りました。
けれども、カルレインが
嘘をつかなかったとしても、
彼が突然、
人間になるわけではないし、
あのドミスが偽者だとしても、
カルレインが
ドミスを愛したのも
彼女を、まだ忘れられないのも
そのままでした。
彼が嘘をついていなかったことに
気づいた途端、
ラティルは、気が狂うほど
彼に会いたくなりました。
彼女は、カルレインの部屋へ
走って行きました。
そこへ行けば、
彼が戻ってきているような
気がしました。
さりげなく、窓辺に寄りかかりながら
立っていて
「ご主人様」
と笑いながら振り返りそうでした。
ラティルは、
きっとカルレインが
そこにいると思いました。
自分が怖がらなくなれば
帰ってくると言っていた。
今が、その瞬間でした。
ラティルは、扉の前の護衛が
挨拶をする前に部屋の扉を開け
中に飛び込みました。
しかし、彼はいませんでした。
ベッドの横に近づき、
天蓋のカーテンを
持ち上げてみましたが、
会いたい男はいませんでした。
ラティルは部屋を見回しました。
カルレインがいないと、
部屋が大きく見えました。
ラティルは、カルレインの名前を
呼んでみましたが
返事は返ってきませんでした。
ラティルは机の前に近づき、
引き出しを開けると
ノートを取り出して、
一番最後のページに
カルレイン。
もう怖くありません。
帰ってきて。
と、書きました。
しかし、
彼は翌日も、その翌日も
帰って来ませんでした。
もう、怖くなくなったから
これ以上、遅くなったら
私が怒るから、
あなたが私を怖がるようになるよ。
ラティルは、机の上に置かれたメモを
沈鬱に見下ろしながら
力なく部屋を出ました。
◇チャンスは今◇
しばらくして、
タッシールが、そのメモを
手に取りました。
彼は「可哀そう」と言って
彼女の字の上にキスをすると、
再びメモを机の上に置きました。
やはり、皇帝が傭兵王を
追い出したのではなさそうだ。
それでは、彼が自ら出て行ったのか。
タッシールと彼の侍従が
カルレインの部屋の前を通った時、
そこには護衛が立っていて、
侍従は、お湯と香りの良い粉の入った
たらいを持って
部屋の中へ入りました。
誰もが、カルレインが
部屋の中にいるように
振舞っていました。
護衛は知らないかもしれないけれど
侍従は分からない。
彼を残していったことから
帰って来る気はあるようだが・・
タッシールは、
生活品と家具がそのままの
部屋の中を見回しました。
皇帝が追い出したわけではないのに、
どうして、
傭兵王は自ら出て行ったのか。
皇帝が恋しがっているところを見ると
彼女の密命を受けて
任務を遂行しに
行ったわけではなさそうだ。
対抗者という人たちと関連があって
出て行ったのだろうか?
そうは思わない。
皇帝が人を出して
探させていないところを見ると
傭兵王は皇帝に出て行くと
言ったはずだろうし・・・
部屋の中で、
いくら頭を働かせても
カルレインが見せていた以上の
行動は見当がつかないので、
タッシールは窓を乗り越えて
外に出ました。
窓の外でうずくまったまま
見張りをしていたヘイレンは、
誰かが来るのではないかと思って
怖くて死にそうだった。
早く行かなければならないと
文句を言いました。
タッシールは、
誰かが来たら足がつったと言えばいい。
何をそんなに震えているのかと
言いましたが、ヘイレンは
そんなあり得ないことを
誰も信じないと反論しました。
タッシールは
ヘイレンの小言を聞き流しながら
ゆっくり歩いて行きました。
彼は、
タッシールのそんな態度を知りつつも
小言を言い続ければ、
何か一つくらい
態度を改めるだろうと思いながら、
後を付いて行きました。
ところが
タッシールが突然立ち止まったため、
ヘイレンは彼の背中に
頭をぶつけてしまいました。
どうしたのかと尋ねるヘイレンに
タッシールは静かにするように
合図をすると、
目でどこかを差しました。
そこにはラティルがいました。
膝に頬を当てて座っている
ラティルの頬の肉が
つぶれているのを見て
ヘイレンは、
普段より怖くないように見えると
言いました。
彼女が自分と同じ年頃の人のように
見えることが不思議でした。
タッシールが、
そうだね、可愛い。
と言うと、ヘイレンは、
それは違う、
いつもより怖くないだけだと、
タッシールの意見に反対して
背を向けていましたが、
彼が突然ラティルの方へ
歩いて行こうとするので、
どこへ行くのかと
彼の服の裾をつかみました。
タッシールは、
潰れたカレイになった
自分の妻の所と答えると、
ヘイレンは、
ラティルがとても
不機嫌そうに見えるので
今行ったら、
火花が散ることになると
反対しました。
ヘイレンは、
ラナムンが変な薬を飲まされた時に
全員を呼び出して、
スープを飲ませた皇帝。
ゲスターに石が投げられた時に
宮廷人まで呼び集めて警告した皇帝。
皇帝が即位するや否や、
待っていたかのように、
異母兄を処刑した皇帝のことを
鮮やかに覚えていました。
そんな皇帝が憂鬱になっている時に
お調子者の若頭が近づけば、
嫌われるには絶好の状況だと
思いました。
しかし、タッシールは、
幸せな人には入り込む隙がない。
行くなら今だと言って笑うと、
自分の服の裾を握っていた
ヘイレンの手を払い
彼の父親が、
ラティルに渡すように言っていた
プレゼントを
早く持ってくるようにと言いました。
◇両親からのプレゼント◇
ドミスが本物か偽者かという問題は、
カルレインがそばにいなければ
何の意味もありませんでした。
ドミスが
本物か偽者かを確認したかったのは
彼女が偽者であることを
ラティルが望んでいたからでした。
自分の気持ちが
少しわかるようになったラティルは
落ち込んで、
顔に膝を擦り付けました。
誕生日にプレゼントをくれると言って
逃げてしまったカルレインに
腹が立ちました。
本当に自分のために去ったのなら、
呼び戻す方法も
教えてくれるべきだったと
ラティルは思いました。
侍従にも聞いてみましたが、
彼も戸惑うばかりで、
カルレインがどこへ行ったのか
見当もつかないようでした。
嘘をついているのかと思い
人に後を付けさせましたが、
彼は、カルレインが部屋にいるように
自分の仕事を続けるだけで、
彼と連絡を
取り合っていないようでした。
そんな中、手に取るや否や
壊れてしまった
大神官のイヤリングについても
気になっていました。
後になって、大神官が
変に思わないだろうかと
心配しました。
頭を上げると、
湖の周りを偵察中の聖騎士たちが
見えました。
敵の位置を把握するために
兵士たちと聖騎士たちを
四方に送ったものの、
これといった報告がないのも
気になっていました。
ラティルは、黒魔術師が
あらゆる奇行や
悪行を犯すだろうと考え、
あちこちで事件が起こり
忙しくなると覚悟していましたが、
彼らは水面下で動いているのか、
それとも、
力がまだそれほど強くないのか、
思ったより静かでした。
湖から怪物が飛び出して
大神官を見て帰ったのは2回。
カリセンでも、
最近の大きな出来事は
アイニ皇后が
行方不明になったことであり
再びゾンビが現われたという話は
ありませんでした。
アイニ皇后は、
どこへ行ったのか分からない。
とラティルが考えていた時、
誰かが近づいてくる音がしたので
ラティルは膝に顔を付けたまま
そちらを向きました。
大きなプレゼントの箱が
足を出して歩いていました。
慌てて、見つめていると、
近づいてきた箱が
陛下、プレゼントです。
と声をかけました。
タッシールでした。
ラティルは彼の名を呼ぶと、
タッシールは箱の後ろから
顔を出しました。
箱があまりにも大きくて、
彼の上半身が隠れていました。
タッシールは、箱が重いと言って
地面に降ろすと
大きな音がしました。
ラティルは、タッシールから
すでにプレゼントはもらったと
言うと、彼は
両親からのプレゼントだと
言いました。
ラティルは、数日前に
外でタッシールと会った時に、
彼が何かを持っていたことを
思い出し、
あれをもらいに行ったんだと
考えました。
彼女は、タッシールの両親が
自分の誕生日を
覚えていてくれたことに
お礼を言うと、彼は、
彼女の誕生日を覚えていない
国民の方が少ないと
笑いながら冗談を言うと、
自然に彼女の横へ行って
リボンの端を手渡しながら、
一緒に中身を確認しようと
提案しました。
ラティルは
何が入っているのかと
尋ねましたが、
タッシールは、
教えてもらっていないので
分からないと答えました。
ラティルは、
本当に何も言わなかったのかと
尋ねると、タッシールは
自分のハンサムな弟が
入っていると答えました。
驚いたラティルが眺めると
タッシールはにっこりして、
彼女の頬を叩きながら、
心配しないように、
本当にかっこいいからと
話しました。
タッシールの下に弟が2人いると
聞いていたけれど、
本当に入れて送って来たのか。
実際に、体を丸めれば
人が入れるくらいの大きさの箱なので
ラティルは
慌ててリボンを外しました。
アトラクシー公爵や宰相が
送って来たなら、
タッシールの言葉が
冗談に聞こえるけれど、
彼の父親は、ラティルの前で
「ポンと叩いたら
脱げる服を着なさい。」と
アドバイスをしたので、
怪しいと思いました。
リボンが外れると
包装紙が落ちて、箱が現われたので
ラティルは力で箱を破きました。
ラティルは、
ここまでカルレインのことが
気になるなら、
単に彼に執着しているだけでなく、
彼に対する愛情も
あるのではないかと思います。
それは、
ラティル自身の気持ちもあるけれど
ドミスの気持ちも
引きずっているように思います。
タッシールの行動は
計算ずくだけれど、
ラティルが大して悩むことなく
楽に接することができる人なのでは
ないかと思います。
私は、タッシールが皇配になるのが
ラティルのためにも国のためにも
良いように思います。