178話 ラティルはクラインを置いて行ってしまいました。
◇吸血鬼の立場◇
クラインは、
少しも視線を外すことなく、
ラティルの後ろ姿を眺めました。
しかし、ラティルの心は
クラインから離れ、
彼女はカルレインの部屋の
扉の前にいました。
ラティルは、
カルレインの侍従の名前を
思い出そうとしましたが
カルレインの存在感が強過ぎる上、
侍従はほとんど口を開かないので
名前をよく思い出せませんでした。
彼は、他の側室の侍従とは違い
主人が皇帝の寵愛を受けるかどうかに
あまり関心がなさそうで、
夜霧のごとく、
流れるように行き来していました。
そして、カルレインのように
顔が青白くて静かなので、
ラティルは、
彼も吸血鬼ではないかと思いました。
その時、
後を追って来た近衛騎士団副団長が
クマのぬいぐるみを指差して、
自分が持つことを提案しましたが、
ラティルは首を横に振り
再び歩き出しました。
ラティルは、
侍従だけでなく黒死神団の傭兵たちも
皆、雰囲気が似ていると思いました。
あの侍従も、
元は傭兵だったと聞いていたので
あの人たちは皆、
吸血鬼なのではないかと
ラティルは考えました。
吸血鬼で構成された傭兵団なんて
怖すぎると思いました。
しかし、
ラティルはその考えを否定しました。
多くの傭兵たちが、
吸血鬼であることは可能なのか?
日光を浴びても大丈夫な吸血鬼は
少数のはずでした。
そうでなければ、
吸血鬼は太陽に弱いという話が
広まるはずがありませんでした。
その少数の吸血鬼が皆、
黒死神団の傭兵になっているなんて
憶測にすぎませんでした。
それに、偽ドミスと一緒にいた傭兵は
あまり、強くありませんでした。
吸血鬼なら、
とても強くなければいけないので、
やはり吸血鬼ではないと思いました。
そして、本宮の執務室に入る頃には、
彼らは、ただの傭兵にすぎない。
何人かは吸血鬼かもしれないけれどと
考えが変わっていました。
しかし、
椅子に座りペンの蓋を開けると
側室の1人が吸血鬼であることも
驚くべきことだけれど、
傭兵団全員が吸血鬼だとしたら
本当に途轍もないことだと思いました。
単純に、「いや、違う」と
見過ごすことはできませんでした。
これ程、巨大な吸血鬼集団なら、
最近、起きている一連の事件にも
関連があるかもしれませんでした。
ラティルは、
カルレインの名前を呟き、
ペンの蓋を閉めました。
時には、知りたくない真実もある
彼女は、
何も考えたくありませんでしたが、
皇帝なので、
この点を明確にする必要がありました。
大神官は、
カルレインとサーナット卿が
吸血鬼であることに気がつかなかった。
太陽の下でも大丈夫な吸血鬼は、
すぐに大神官も
正体が分からないのだろうか。
それでは、黒死神団の傭兵たちが
吸血鬼であることを突き止めるためには
ケガをさせた後に、
大神官の治療を受けさせるしかないのか。
それとも、全員に
お守りを付けてみようか?
悩んでいたラティルに
侍従長が声をかけました。
彼は、ラティルに
話したいことがありましたが、
彼女が考え事をしていたので
話しかけられずにいたようでした。
彼の顔が深刻なので、
ラティルは、早く話すようにと
手を振りました。
侍従長は暗い声で、
タリウムとカリセンの間にある
国の一つであるタナサンの小さな村に
凶悪な誰かが現われ、
爆破専門魔法使いを探した後、
消えた。
そして、タナサンから
聖騎士たちを送って助けて欲しいと
要請があったと説明しました。
ラティルは、
怪物が現れたのかと尋ねましたが、
侍従長は、
直接見たわけではないけれど、
戦いが起こった後、
旅館を中心に
村の半分が消えてしまったので、
人の仕業ではないと
疑っているようだと話しました。
ラティルは、爆破専門魔法使いが
自分を探していた人と戦って
村を壊したのではないかと
意見を言いましたが、侍従長は、
戦いが嫌いで平和な人なので、
村を壊すような人ではないと
聞いていると答えました。
ラティルは、
戦いが嫌いな人でも、戦えば
自制が利かなくなるのではと
思いましたが、
調べてみても悪いことではないので、
聖騎士を送る指示書を書きました。
侍従長が部屋の外へ出て行くと、
ラティルは、
これまで静かだった黒魔術師たちが
再び活動し始めたのかと思いました。
しかし、
まだ何も、まともにやっていないのに
「再び」と言うのも
きまりが悪いと思いました。
ラティルは、
サーナット卿とカルレインが
この状況を見守りながら、
一体、何を考えていたのかと
思いました。
人の立場では状況がひどいけれど
吸血鬼たちの立場でも、
きっと状況がひどいよねと
考えた途端、
彼女は自分の頭が
おかしくなったと思いました。
吸血鬼の立場という言葉で
思い浮かんだ事実のためでした。
ラティルは自分の頭を拳で叩きながら
机の上の鐘を素早く叩きました。
待機していた侍従がやって来ると、
彼女は、サーナット卿を
連れて来るように命じました。
サーナット卿は公式的には
休暇を取っていることに
なっていたので
侍従は
きょとんとした顔をしていましたが
ラティルの指示に、
分かったと言って
部屋を出て行こうとしましたが
ラティルは彼を呼び止めて、
自分が直接行くと言いました。
◇自責◇
ラティルは馬に乗って
メロシー領地へ向かいながら、
自分がとても愚かだったと
自責しました。
2人が吸血鬼であることに
驚いてしまい、彼らが、
これまでの一連の出来事に
関連があるのか、
そうでなければ、
関連のある人たちを知っているのか
他の吸血鬼たちや、
そのような存在は関わっているのか
先に聞くべきだったと、
今になって思い出したからでした。
出発した瞬間、
自分が直接行く必要はあるのかと
考えたりもしましたが、
サーナット卿が
吸血鬼であることを知らない
他の人を行かせるのは
すっきりしませんでした。
数時間後、ラティルは
メロシーの領地を囲んでいる
城壁を発見して、
しばらく馬を止めました。
吸血鬼になっても、
一生懸命働いてくれていたのに、
すぐに追い出されて、
サーナット卿は恨んでいるだろうか。
ラティルは再び馬を走らせ、
城壁付近を通って
城へ向かっていた時、
遠くない所に
サーナット卿が見えました。
ラティルは笑いながら
そちらを見ましたが、
表情が強張りました。
彼は1人ではありませんでした。
◇皇帝の側室たち◇
店に入って来た客の顔を見た店員は、
今、死んでも思い残すことがないと
思いました。
そのくらい、白い髪の客の顔は
奇跡的でした。
客は、にっこり笑いながら
コーヒーを注文しました。
店員は心臓を押さえながら
カウンターの後ろに
滑るように座りました。
その客は人間に見えないと
店員は思いました。
確かに、白い髪の客は人間ではなく
キツネの仮面を捕まえるのに
失敗したギルゴールでした。
ロードを探すのに失敗すると
方向転換をして、
サディが対抗者かどうかを
確認するために、
首都へ戻ってきたのでした。
彼は日当たりの良い窓辺に座ると、
足を組んで、横にある棚から
雑誌を一冊取り出しました。
先ほどまで店員に見せていた
温かい笑顔は消えて、
顔は煩わしそうな気配で
いっぱいでした。
しかし、
怪物?ハーレムの湖に?
本当?
口止めしているけれど、
私の弟の友達の恋人の従妹が
そこで働いていて、
怪物が出たんだって。
あなたの弟の友達の恋人の
従妹の話なら、話が何度も
ねじれてしまっているのではないか。
私は、そんな話を聞いていない。
大神官がすぐに追い出したそうだ。
大神官を見て逃げたって。
それは心強い。
でも、怪物はね。
米粒みたいだったって。
と周りから聞こえてくる話を
耳にしたギルゴールは、
興味深い表情をしました。
米粒のような怪物は
ダークリーチャーのようだけれど
その怪物は、黒魔術師の命令に
徹底的に従うので、
その怪物が逃げるのは
妙だと思いました。
ハーレムに隠れているのは
カルレインだけだと思ったのに
黒魔術師もいるとは。
ギルゴールは首を傾げました。
側室の中に、
カルレインと黒魔術師の
両方がいる。
カルレイン1人だけなら、
単純な避難所かもしれないけれど
隠れている人が2人なら・・・
ギルゴールは無意識のうちに、
雑誌をパラパラとめくっていると
「皇帝が最も寵愛する
側室ランキング最新版」のページで
手が止まりました。
ランキングの上位にあがっている
カルレイン、大神官、そして
ラナムンの名前がありました。
ラナムンまで、ハーレムにいるの?
ギルゴールは、
対抗者候補と考えた子供が、
そちらにいつも手紙を送っていて、
彼が現在どこにいるか
把握していませんでした。
対抗者は対抗者としてしか
価値がないけれど、
その対抗者が、
先代の吸血鬼の騎士と一緒に
1人の皇帝の側室となっていたら
話は別でした。
カルレインがハーレムに入ったのは
他に何か理由があるのか?
もしかして、黒魔術師が
怪物を送ったのは、
ラナムンを対抗者だと
疑っていないからだろうか。
物思いに耽っているギルゴールの前に
店員がコーヒーを置いて行きました。
先ほど、ひそひそ話していた人たちは
恐いけれど、大神官がいるし、
カリセンのパーティ会場で、
ゾンビを退けた
皇帝の特使のサディ卿がいるから
安心だと、
自分たちを慰めるように話していました。
ギルゴールは、コーヒーを持ち上げると
ニヤニヤ笑いました。
大神官に吸血鬼の騎士。
対抗者かもしれない
側室と特使を置いた皇帝か。
皇帝がロードで、
その騎士と側室のカルレインは
吸血鬼。
米粒の怪物を操ったのは
ゲスターではないかもしれませんが
キツネの仮面がゲスターだとしたら
怪物を操れる彼は黒魔術師なのかも。
そして、
対抗者のラナムンと大神官も側室。
ギルゴールの言葉ではないけれど
錚々たるメンバーが
揃っているハーレム。
今後、どのように話が展開していくのか
ワクワクしています。