241話 ギルゴールがラティルの部屋を訪ねてきました。
ラティルは、慌てて立ち上がりました。
どうしよう?
会わなければいけないのか?
ギルゴールは、自分がサディだと、
すぐに気付くだろうか?
どうして、カルレインは、
サディに会った時、
自分だと分かったのか
サディに変わった時、
匂いが変わるかどうか、
聞いておけばよかった。
ラティルは、ドレッサーから
手当たり次第香水を取り出し、
服が濡れるくらい、
身体に振りかけた後、
ソファーに座ると、平然とした態度で
ギルゴールを
中へ入れるように指示しました。
扉を開く音が、
地獄の扉の音のように思えました。
しかし、ラティルは
そちらへ目を向けず、
謹厳な皇帝のように、
カーペットを見つめていましたが、
扉が閉まる音がすると、
謹厳な皇帝は
そんなことをしないと思い、
できるだけ自然に、
顔をギルゴールの方へ向けました。
自分は皇帝で、
恐ろしいロードなのに、
自分の方が彼よりも
悪者のように感じました。
ギルゴールは、
そんなラティルを見て、
優しく笑いました。
その敵対的ではない微笑を見て
ラティルは少し安心しました。
自分がサディだと知って、
来たのではないと思いました。
それでは、月楼の王子の仕事のために
来たのだろうか?
いや、違う。
ラトラシル皇帝が
ロードではないかと疑い、
来たのではないだろうか?
ところで、ギルゴールは、
どうして月楼の王子に
付いてきたのだろうか?
ラティルは、
混乱した気持ちを抑えながら、
何の用事で来たのかと、
謹厳な態度で尋ねました。
ギルゴールは、
礼儀正しく丁寧に挨拶をしたので、
ラティルは、
彼が何かに気づいたのではなく、
自分がロードかどうか
一度、確認するために
来たようだと思い、安心しましたが
すぐにギルゴールは
ラティルに近づき、
自分たちがどこで初めて会ったのか
思い出したと、低い声で告げた後、
不気味な笑みを浮かべたので、
ラティルは固まってしまいました。
彼は、
ラトラシル皇帝がロードだと思って
来た訳ではなく、
自分がサディだと知っている。
来てから知ったのか、
知ったから来たのか。
後から知ったのなら、
どうして分かったのか。
これだけ、香水のにおいを
プンプンさせているのに。
ラティルは混乱していましたが、
精一杯、表情管理をして、
何の話をしているのかと
とぼけました。
ギルゴールは、
そんなラティルをじっと見ると、
いつの間にか彼女のそばへ来て、
お嬢さんが生きていると知って、
安心すべきか、
私を騙したと言って怒るべきか。
それとも、私たちの再会を
喜ぶべきだろうか?
と、耳元で囁きました。
ラティルは鳥肌が立ちました。
一体、このような状況で、
どのように対処すべきなのか。
頭だけはグルグル回るけれど、
そうすればそうするほど、
頭の中は白くなっていきました。
ラティルは、
ギルゴールが耳元から口を離す瞬間、
彼の肩をつかみ、脇腹を蹴りました。
彼は、避けることなく
ラティルに蹴られましたが、
そのまま、彼女の足をつかみました。
痛かったのか、
彼は眉をしかめましたが、
ラティルの足を離しませんでした。
彼女は、彼の手から
足を抜こうとしましたが、
ギルゴールの力は強く、
彼女の足を握ったまま、
一人用のソファーへ移動しました。
ラティルは仕方なく、
片足でピョンピョン跳ねながら、
彼の後に付いて行きました。
ソファーの前に到着すると、
ギルゴールはラティルをそこへ座らせ、
手錠をかけるように、
ラティルの両手をぎゅっと握りしめて
笑いました。
そして、彼女に、
自分が怖いのかと尋ねました。
突然の質問に、ラティルは当惑し、
しかも、彼は自分の顔を
彼女の目の前に近づけたので、
鳥肌が立ちそうでした。
天使のようにハンサムでも、
あんな風に笑うと怖いと
ラティルは思いました。
ギルゴールは、依然として
ラティルの両手を握ったまま、
再び、自分が怖いのかと尋ねました。
彼の光っている瞳を見て、
ラティルは心の中に
恐怖が湧き起こりました。
対抗者でなければ
ロードを殺せないと、
言っていなかったけ?
でも、どうして、
この吸血鬼は、こんなに強いのか。
自分が、まだ覚醒していないから?
覚醒前のロードは、
ギルゴールより弱いのだろうか。
それならば、ロードが覚醒する前に
ギルゴールが殺せばいいのでは?
ギルゴールが直接ロードを殺さず、
対抗者を間に挟む理由は何なのか。
制限でもあるのか?
それとも、
ゲームを楽しんでいるだけのか。
ラティルは、色々と考えながら、
そんなことはない。
お前なんかガラクタだ。
と虚勢を張りました。
そして、
ギルゴールの顔色を窺いましたが、
なぜか、彼は
ガラクタと言われても、
落ち着いた様子でした。
ラティルは、
どうしてなのかと考えましたが、
その疑問が解ける前に、
侍女がカルレインの来訪を告げました。
ラティルは返事をする前に、
ギルゴールの顔を見ました。
彼は、カルレインの名前を聞いて
首を傾げましたが、
すぐにラティルから手を離して、
彼女が座っているソファーの
ひじ掛けに座りました。
ラティルは、
この状況で、隣に座るのかと思い、
彼を睨みつけましたが、
ギルゴールは退きませんでした。
ラティルは、カルレインを
中へ入れるように指示せず、
警戒するように、
ギルゴールをじっと見つめましたが、
彼はカルレインのことなど
眼中にないらしく、
本当に自分が怖くないのかと
質問を繰り返しました。
ラティルは返事をする代わりに
ギルゴールを見つめると、
彼はラティルの髪を1本つかんで
指でねじりながら、
どうして、自分を騙したのかと
尋ねました。
ラティルは、
自分がギルゴールを騙したのではなく
彼が自分を騙した。
自分が対抗者だと思ったのは、
彼のせいだと答えました。
ギルゴールが首を傾げたので、
ラティルは、話の方向を少し変え、
新しい対抗者は見つかったのかと
尋ねました。
ギルゴールは、
自分を捨てたラティルには
関係ないと答えましたが、
彼女は、大いに関係があるから
聞いている。
今回は、対抗者ではなく、
自分の味方になってくれないかと
ラティルは頼みました。
ギルゴールは、
自分を騙したくせにと
文句を言いましたが、
機嫌は悪くなさそうでした。
ラティルは躊躇いながらも、
どんな状況になっても、
自分の味方をしてくれるという
サディとの約束を持ち出しました。
ギルゴールの指が、
束の間、震えましたが、
その約束をしたのはサディとで、
ラティルではないと言いました。
ラティルは、
それは自分だと言おうとしましたが、
その前に、ギルゴールは、
ラティルがサディであることを
証明できるかと尋ねました。
ラティルは、
ギルゴールが先に調べたくせに、
証明してみろと言われたので、
呆れてしまいました。
ラティルは、
からかわれているみたいだと言って
ギルゴールを睨みつけましたが、
彼は、証明してくれたら、
約束を守ると言いました。
ラティルは、彼の手のひらの上で
遊ばれているような気がして
不快になり、
何か答えようととした瞬間、
ギルゴールが泣いていることに
気づきました。
彼自身も、
気づいていないようでした。
なぜ、彼は泣いているのか。
ラティルは、指で
彼の涙を拭おうとしましたが、
指が頬に届く前に、
ラティルをじっと見ていた
ギルゴールは、突然真顔になり、
後ろに下がりました。
そして、
私と、まだ話したくないんだね。
アリタル。
と呟きました。
アリタルとは誰なのか。
ラティルは怪しみましたが、
ギルゴールは、
とても悲しそうな表情で
ラティルを見ました。
その一方で、
彼の瞳の中の瞳孔が
だんだん大きくなっていきました。
ラティルは、
ギルゴールの精神が
揺らいでいるのではないかと
思いました。
その時、部屋の外から、
再び、侍女がラティルを呼びました。
その声を聞いたギルゴールの瞳孔は
元の大きさに戻りました。
サディと会う時のギルゴールは、
いつも正気だったのに。
今は、どうして、ああなのか。
花を食べながら追いかけてくるのは
変だったけれど、
責任もって、あれこれ
教えてくれようとしたのに。
でも、考えてみれば、
花をかじって、急に告白して、
食餌鬼を捕まえて来て、
退治しろと言ったり、
血を飲んだりした。
ギルゴールが窓際に行くと、
ラティルは考えるのを止めて
立ち上がりました。
彼は、窓の前に立ち、
半分後ろを振り返ると、
また来るよ。
どのように証明するか、
先に考えておいて、お弟子さん。
と、別れの挨拶をしました。
すでに、
お弟子さんと言っているのに
何を証明するのかと、
ラティルは呆れましたが、
すでにギルゴールの姿は
消えていました。
侍女が扉の向こうで、
再びラティルを呼ぶと、
彼女はカルレインを
中に入れるように指示しました。
自分がサディであると
証明できなければ、
他の対抗者を探して、
自分を殺す方法を探すのか。
約束を守らなかったらどうするのかと
ラティルは考えました。
ラティルが月楼の使節団と
挨拶を交わした時、
ある程度、
彼らの近くにいたと思うので
その時、ギルゴールは、
すでに彼女がサディであることを
見抜いていたのではないかと
思います。
そして、彼は
サディが生きていたことを
絶対に喜んでいると思います。
タリウムへ来るまで、
ギルゴールは、
ラティルがロードだと
確信していなかったし、
サディのことを対抗者だと
信じていました。
けれども、
ラティルとの会話は、
彼女がロードだという前提で
流れていたように思います。
いつギルゴールは、
ラティルがロードだと気づいたのか。
彼女を身近で見て気づいたのか。
それとも、
血人魚のメラディムが来たので、
気づいたのか。
けれども、
ロードであるラティルが
対抗者の剣を
抜くことができた理由は、
まだギルゴールにも
分からないのでしょうね。