273話 アナッチャから、父親を食餌鬼にする提案を受けたアイニでしたが・・・
◇理性があるなら◇
隣の部屋の窓際に立ち、
窓枠に頭をもたせかけながら、
アイニは、どうしようかと
悩みました。
ルイスはアイニに近づき、
アナッチャとトゥーラの提案を
受け入れるかどうか、
心配そうに尋ねました。
アイニは、ダガ公爵が
彼らについて何か話していたかと
尋ねました。
ルイスは、
彼らが来ていたのは知っていたけれど
タリウムの側室と皇子であることは
知らなかったと答えました。
アイニは、
食餌鬼に関しては
どうなのかと尋ねると、
ルイスは口ごもりました。
アイニは、
ルイスが父親の側ではなく、
自分の側の者なら
正直に話すようにと
詰め寄りました。
ルイスはアイニの顔色を窺うと
彼女は瞬きもせず、
ルイスを見下ろしていました。
彼女は、
ダガ公爵は、
ヘウンが食餌鬼として蘇ったのを見て
関心を持ったと、渋々打ち明けました。
アイニは、父親が
ゾンビから血液を採取して持っていると
打ち明けたことを思い出しました。
あの時も研究すると話していたけれど
食餌鬼の研究もしようとしていたのかと
考えました。
引き続きルイスは、
アイニの顔色を窺いながら、
研究したからといって、
何かできる分野でもなく、
そうこうしているうちに、
遠い親戚にあたる
タリウムのショーバー侯爵夫人が
事情があって
タリウムにいられなくなった親子を
匿って欲しいと、
頼んできたと話しました。
そして、アイニの顔色を窺いながら
ダガ公爵が
ヘウン皇子の首を横取りして、
研究材料として、
アナッチャにあげたこと。
彼女たちがヘウン皇子の首のありかを
知っていることを、
言おうかどうか悩みましたが、
アイニが物思いに耽っていたので
話すのをやめました。
その代わりに、ルイスは、
ダガ公爵が人前で亡くなった後に
食屍鬼に変えたら、
人々は受け入れることができないと
アイニの早い決断を迫りました。
アイニは唇を噛み締めながら、
部屋の中をぐるぐる回りました。
誰だって、
父親を怪物に変える決断を
簡単にできないと思いつつも、
慎重に考える時間はありませんでした。
ついに、アイニは
父親を食屍鬼に変える道を選びました。
ルイスはアイニの指示で、
上の階にいる
アナッチャを呼びに行き、
アイニは、
父親が横たわっている所まで
歩いて行きました。
そして、集まっていた人々に、
父親が秘密裏に匿っていた、
やむを得ない事情で、
身分を明かせない医者を呼ぶので
治療が終わるまで席を外すように
指示しました。
誰もいなくなると、
アイニは父親の手を握り、
彼が食屍鬼を
そばに置いたということは、
食屍鬼に興味があったということ。
それにヘウンが最初にやって来た時は
不気味だったけれど、
その後は、昔と変わらなかった。
理性が消えなければ、
それでいいと思いました。
ルイスが
アナッチャとトゥーラを
連れて来ました。
彼女は、
アイニが見るような場面ではないので、
別の場所でお茶を飲んでくるように
勧めました。
アイニは、
何か変なことをするのではないかと
心配しましたが、アナッチャは、
四方を皇后の味方に囲まれているのに
それでも不安なのかと尋ねました。
◇本格的にやるのは初めて◇
アイニがルイスに支えられて
席を外すと、
アナッチャは、
ダガ公爵がまだ生きているかどうか
確認するために、
彼に近づき、脈拍を確認しました。
トゥーラは、アナッチャの隣に立ち、
人間に対して、
本格的にやるのは初めてなのに、
うまくいくのかと、
心配そうに尋ねました。
しかし、彼女は、
練習をしたから大丈夫だと答えて、
公爵の息の根を止めました。
そして、箱に入れて持って来た
道具をテーブルの片隅に並べ、
失敗をしても、
目を覚まさないだけだから、
心配しないようにと慰めました。
そして、ただの食屍鬼ではなく、
自分たちの操り人形にするので
集中しなければならないと
トゥーラに忠告しました。
そして、アナッチャは袖をまくって
公爵の前に立つと、
トゥーラは、
一束の藁と青みを帯びた実を
母親に差し出しました。
◇嘘をつく鳥◇
ラティルの背中に抱き着いたまま、
ドキドキしながら、
飛行を楽しんでいたクラインでしたが
乗り物酔いをしたため、
時間が経つにつれて、
その気持ちが失せていきました。
胸がムカムカすると訴えるクラインに
ラティルは、
ここで吐いたら大騒ぎになるので
絶対に吐いてはダメだと
言い聞かせると、
クラインは吐いたりしないと
否定しましたが、
彼がラティルの背中に
額を擦り付けると、
彼女は、自分の背中に
クラインが吐いているのではないかと
心配になりました。
グリフィンも、同じ考えなのか、
あの人間を降ろして欲しい。
自分の羽1本でも、
傷つけたらダメだと叫んでいました。
ラティルはクラインに
一度、降りることを提案しましたが、
彼は、一度降りて、
また乗る方が、もっと辛いと言って
断りました。
しかし、幸いなことに、
まもなく「神聖な鳥」は
とある薄暗い丘に舞い降りました。
クラインは、
鳥の足が地面に着くや否や
転がるように鳥から降りて、
どこかへ走って行きました。
ラティルは、
彼が嘔吐しに行ったと思いましたが、
戻って来た彼は、
新鮮な土の匂いを
嗅ぎにいっただけだと話しました。
クラインが答えている間に
巨大な鳥は縮んで
手のひらよりも小さくなったので
クラインは驚いて目を丸くしました。
ラティルは小さくなった
グリフィンのお腹を撫でた後、
空へ飛ばしました。
クラインは、
不思議だ、神秘的だと感嘆しました。
実は、グリフィンが自由に
身体を大きくしたり
小さくすることができるのを
ラティルが知ったのは最近であり、
彼女が乗ると腰が折れるとか
自分は可愛いけれど、
ラティルは巨大だとか、
250年経てば大きくなると
言っていたのは、
全てグリフィンの嘘でした。
グリフィンの言葉は90%嘘だと、
百花は言っていたけれど、
90%でないにしても、
嘘をつく鳥であることは確かでした。
けれども、必要な時に
現われてくれたので、
悪意はなさそうでした。
クラインは、なぜ宮殿ではなく、
ここへ降りたのか尋ねました。
ラティルは、
大神官や百花が、
グリフィンを調べることを
心配していました。
念のため、外観を変えたけれど、
変なオーラを
感じるかもしれませんでした。
しかし、
それをクラインに話せないので、
ラティルは返事をする代わりに
腕を伸ばして、
彼の身体を自分に押し付けました。
クラインは、まだめまいがするのか
よろめきながら
ラティルに引き寄せられると、
石のように固まりました。
ラティルは、
クラインはゲスターのことを
何度も犬野郎と侮辱したけれど、
今や本当の犬野郎はクラインだと
言いました。
クラインは、
何かぶつぶつ文句を言いましたが、
声が小さすぎて聞こえませんでした。
発端はゾンビスープで、
自分のせいではないと
言っているようでした。
確かにそれは事実でしたが、
クラインを救うために、
グリフィンと吸血鬼の傭兵を
駆り出さなければならなかった
ラティルは、同意しませんでした。
その代わりに、
彼の腰を痛くない程度に抱き締めると、
今度、怒った時は家出をしないで、
自分の所へ来て、
こんなことで、
腹を立てたと話すようにと、
言い聞かせました。
しかし、クラインは、
自分がラティルの所へ行くと
面倒臭がると反論しました。
ラティルは、
具体的な状況は覚えていないけれど
面倒臭がっていたことがあったことを
思い出しました。
ラティルは、
自分が面倒臭がっても来るようにと
伝えました。
すると、クラインは、
毎日、会いに行ってもいいかと
尋ねました。
ラティルは返事をせずに、
クラインの腰だけをつかみ、
ギュッと口を結びました。
クラインは、なぜラティルが
急に口数が少なくなったのかと
尋ねました。
◇ラティルの理屈◇
皇帝と側室が、
突然、正門の前に現れたので、
警備兵たちは飛び上がるほど驚き、
慌てました。
ラティルは、クラインに
自分の部屋へ行って休むように
指示しました。
彼は、アクシアンとバニルのことを
心配していました。
吸血鬼の傭兵たちなら、
1日で来ることができるけれど、
バニルとアクシアンが一緒なので、
馬に乗って急いでも、
数日はかかるとラティルは思いました。
彼女は、彼らが到着次第、
クラインの所へ送ると返事をしました。
彼は頷くと、
ハーレムの方へ歩いて行きました。
ラティルは、その後ろ姿を見て、
彼の元へ駆けつけ、
慰めたいと思いましたが、
カリセンでやって来たことの
仕上げをするために、
執務室へ急ぎました。
ラティルが姿を現すと、
彼女が、真っ白で巨大な鳥に乗り、
飛んで行く場面を見た
秘書と侍従たちは、
皇帝が1日も経たないうちに
姿を現すと、
ありとあらゆる複雑な表情を見せながら
挨拶をしました。
何が何だか分からないけれど、
真っ白な鳥に乗って、飛んで行き、
クラインを連れてきたことに
感銘を受けているようでした。
ラティルは、カリセンで
対抗者の剣を抜いて良かったと思い、
彼らのキラキラした目を
少し負担に思いながらも、
厚かましいふりをしながら、
侍従長に、
ダガ公爵がクラインを殺そうとするのを
助けて来たと話しました。
部屋の中が静寂に包まれました。
侍従長は、
本当なのかと、辛うじて問い返すと、
ラティルは、
ダガ公爵が自分の別荘に、
クラインを捕まえていて、
殺そうとするところを助けて来た。
その過程で、ダガ公爵は
死にそうなくらい大ケガをした。
そこに、自分たちがいたので、
彼らは自分たちのせいにする。
彼らはきっと、
ヒュアツィンテ皇帝の
治療を拒否しただろうから、
使節団が戻って来て、
その報告をしたら、
今回、ゾンビスープ事件を起こしたのは
カリセンであることを公表し、
カリセンが、
闇の力を利用しようとしていることを
公式に非難すると告げました。
続いて、ラティルは
いくつかの指示を出した後、
侍従と秘書たちが、皆、散らばると、
後ろでじっと話を聞いていた
サーナット卿が、
闇の力を利用しているのは
タリウムなのに、大丈夫なのかと
心配そうに尋ねました。
ラティルは、
関係ない。
血人魚は人魚、
黒魔術師は魔法使い、
グリフィンは色を染めて、
神聖な鳥だと言い張れば、
自分たちは、決して
闇の力を利用していないと
主張しました。
ラティルが、
わざとアナッチャを逃がした時に
黒林に彼女を追跡させたと
思うのですが、
それはどうなったのでしょうか。
引き続き、追跡させていれば、
アナッチャが
ダガ公爵の別荘にいると、
報告を受けていると思うのですが、
タッシールがラティルに
話していないだけなのか、
それとも、
ギルゴールが地下城を攻撃した時に、
アナッチャを追跡するのが
困難になったのか。
けれども、黒林は
そんなことで追跡を止めるほど
ひ弱ではないように思います。
ラティルが、
対抗者の剣を抜いて
良かったと思ったのは、
彼女には特別な力があると
周りの人たちに
信じさせることができ、
そのおかげで、
彼女が巨大な白い鳥に乗って
クラインを助けに行っても、
あまり不思議に
思われなかったからなのでしょうね。
闇の力を利用しているのは
タリウムだという
サーナット卿の突っ込みを
さらりとかわすラティル。
彼女も、なかなか
ずる賢いと思います。