280話 アニャの意識が戻ったことを、ドミスは知らされました。
◇完全な人違い◇
再び、場面が変わり
人々は、
クレレンド大公の後継者の
訪問を祝うためのパーティの準備で
慌ただしく動いていました。
普段、ドミスは
仕事にあまり不満を抱かない
タイプでしたが、
義妹のアニャの
パーティの準備をするのは
とても不満そうでした。
ドミスがテーブルクロスの上の花瓶に
花を挿していると、
どこからか、ひそひそ話す声が
聞こえてきました。
その声が、
カルレインとアニャのようだったので
ドミスは手を止めました。
しかし、周りを見回しても
2人の姿が見えないので、
この、ひそひそ話す声は、
どこから聞こえてくるのかと
不思議に思いました。
ラティルも、
どこから聞こえてくるのかと
思いました。
ドミスは無視して、
花を生けようと思いましたが、
そのささやきが気になり、
花束を抱きしめたまま
パーティ会場の外へ出ましたが
カルレインとアニャは
いませんでした。
ドミスは、自分の頭の6個分もある
花束を抱き締めて、
よろよろ廊下を歩き続けました。
2つの階段を上って
窓の近くのバルコニーに行くと、
ついに2人がいました。
ドミスは、
慌てて柱の後ろに隠れました。
あそこで話していたことを
下で聞いたのかと、
ラティルは当惑しました。
下で聞いていた時は、
ひそひそ声でしたが、
ここまで来ると、
2人が話している内容まで
聞こえました。
アニャがカルレインに
自分が後継者でないということは
どういうことなのかと
尋ねるのを聞いて、
ドミスは危うく、
花を落とすところでした。
ギルゴールが、
後継者を間違えたかもしれないと
言っていたけれど、
本当にそうなのかと疑問に思いました。
カルレインは、
途中で問題が生じた。
勘違いしていたようだと答えました。
アニャは、しばらく
何も言いませんでした。
ドミスは、
自分が実の娘でないと言われて
追い出された時、
とても惨めな気分になったので
アニャも、きっと同じだと思いました。
アニャは、
間違っていたというのは、
正確には、どういう意味なのか。
自分よりも順位が先の人がいるのか。
自分よりも
後継者に近い親戚がいるのか。
それとも、完全に人違いなのかと
尋ねました。
カルレインは、完全に勘違いした。
きちんと判断できなかった、
自分の過ちだと答えました。
アニャは、
自分の人生を台無しにしておいて
今さら謝るのかと、
カルレインを非難しました。
彼は、
アニャにあげた家や別荘など、
全て返してもらうつもりはない。
自分の過ちで起きたことなので
一生豊かに暮らせるだけの
財産も準備しておくと言いました。
しかし、アニャは鋭い声で、
お金の問題ではない。
カルレインのせいで、
自分の人生が偽物になったと
叫びました。
カルレインは謝りました。
しかし、アニャは、
記憶のない子供の頃から、
大公の後継者として生きて来た。
他の人生は想像すらできない。
知人や友人は皆、
自分を大公の後継者だと思っている。
それなのに、今さら、
後継者ではないなんて。
それなら、自分は何なのか。
偽物の人生を送って来た自分は
何になるのかと尋ねました。
カルレインは、
謝罪の言葉以外、何も言えない。
自分のせいだと言いました。
アニャは、
なぜ、今、この話をしているのか。
連れて来たのは偽者だと言って、
パーティを台無しにするつもりなのかと
尋ねました。
カルレインは、
アニャの立場もあるので、
ここを出てから処理をすると
答えました。
彼女は、本当にひどいと言いました。
ドミスは、
アニャのがっかりして悲しい声を
初めて聞きました。
アニャは、自分の席に
カルレインが座らせようとしている
本物の後継者は誰なのか尋ねました。
カルレインは、
まだ確認中なので、
はっきりと答えられない。
一度、間違えたので、
今度は、はっきり確認したいと
返事をしました。
アニャは、鋭い声で、
もしかしたらドミスかと尋ねました。
ドミスは訳もなくビクッとしました。
カルレインは答えませんでした。
ドミスは花束を抱えて震えていましたが
なぜ、
カルレインが返事をしないのかと
疑問に思いました。
そして、カルレインの反応を
どうやって受け入れようかと
考えているうちに、
頭の中が真っ白になりました。
ここ数日間、彼が
自分の周りをウロウロしていたのは
確認しようとしていたのかと
思いました。
彼は、一歩遅れて、
それも確認中だと答えると、
アニャは、
泣いているのか笑っているのか
分からない声を出しました。
そして、すぐに、
誰かを殴る音が聞こえて来ました。
アニャは、
最近、カルレインとギルゴールが
とりわけドミスを気遣っていたので
何かあると思っていた。
父親が行方不明になっている今、
自分がどんな気持ちか
分かっていながら
どうしてこんなことができるのか。
ドミスはギルゴールを利用して
母親を拉致しようとさえした。
ギルゴールが、
ドミスの頼みを聞いたのも
彼女が後継者かもしれないからなのか。
自分が後継者でないから、
本物の後継者に、
自分たちを良く見せようとしたのかと
尋ねました。
カルレインは、アニャの言葉を否定し
彼女に落ち着くように言いましたが、
アニャは、どうして、
落ち着くことができるのか。
他の人なら、
気分が悪いだけだけれど
どうして、ここで、
ドミスの名前が出て来るのかと
叫びました。
◇覚醒◇
ドミスは花束を抱いたまま、
来た道を戻った後、
再び場面が変りました。
今度は、花束を持たずに、
回廊なのかテラスなのか、
分からない場所に立っていました。
そして、義妹のアニャは
宮殿よりも華やかなドレスを着て
ドミスを睨みながら泣いていました。
ドミスは不都合を感じて、
横を通り過ぎようと思いましたが
アニャは腕を伸ばして、
彼女の行く手を遮り、低い声で
ドミスを初めて見た時から
気に食わなかったと言いました。
ドミスは返事をする代わりに
腰を下げて、
アニャの腕の下を
すり抜けようとしましたが、
彼女は手を伸ばして、
再びドミスを止めました。
そして、彼女を
嫌悪感に満ちた目で眺めながら、
ドミスを見た時に、
自分にとって悪い存在であることが
すぐに分かった。
ドミスと争う度に、そう感じた。
ドミスは、そんなことも
分からなかったのかと尋ねました。
ドミスは、
アニャと話したくないので
そこを退くように言いました。
アニャは、憎しみに輝いた目をして、
ドミスは幼い時、
自分の両親を奪おうとした。
大きくなったら、
自分の愛する男を奪おうとしている。
そして、今度は、
自分の席までも奪おうとしていると
言いました。
ドミスは、アニャの手を
振り払おうとしましたが、
腹が立ったのか、
それは自分が言いたいことだ。
アニャこそ、自分が欲しい物を
全て持って行った。
自分の愛した両親は、
自分を捨てて、
アニャだけを気遣い、逃げた。
自分が先にカルレインを愛した。
自分を連れて行って欲しかったけれど
彼はアニャの所へ行き、
自分は、あちこちで見放され、
悪口を言われて過ごしていた時に
彼女は、
少しも苦労せずに大きくなった。
それなのに、自分が
アニャの物を奪うと言うのか。
全ての物を持ち、
高い爵位を持ちながら、
自分を追い出して、いじめたのは
アニャなのに、
なぜ、彼女がそんなことを言うのかと
感情を昂らせながら、
言い返しました。
アニャは、
そんなことを言うべきではない。
自分は、大きな誤解のせいで
全てを失い、
ドミスは全てを手に入れた。
自分はドミスを噛み殺しても
怒りが解けない。
そんな風に見られると、
その目を引っこ抜きたくなると
言いました。
ドミスの唇が上に上がり、
首の内側から、
奇妙なエネルギーが
湧きおこりました。
ドミスは怒りを堪え切れず、
アニャの胸倉をつかみました。
そして、アニャがなぜ
自分に対して怒るのか。
彼女は誤解のせいで、
一生、楽に暮らせたけれど、
自分は苦労したのに、
なぜ、彼女が自分を恨むのかと
叫びました。
その時、「無礼だ!」と
冷たい声が、回廊の向こうから
聞こえて来ました。
風に当たるためにテラスに出て来た
王冠を被った人が、恐ろしい目で
2人を眺めていました。
彼は、兵士たちを連れてやって来ると
クレレンド大公の後継者に
何をしているのか。
跪いて謝れと厳しく命令しました。
しかし、ドミスは、
自分は無礼な真似をしていない。
通りかかった自分を捕まえて
侮辱したのは、
この人だと訴えました。
王でさえ、
気を遣わなければならない程、
非常に身分の高いアニャに、
ドミスが狂ったことをしていると
見えたので、
呆然とした王は苦笑いをし、
あの狂った下女を跪かせろと
兵士たちに命令しました。
兵士たちは無理矢理ドミスの肩を
押さえつけようとしましたが、
ドミスは、
それを一気に振り切りました。
彼らは3m近く後ろに、
飛ばされました。
ラティルは、
自分も酔っぱらい相手に
一度、同じことをしているので、
この状況をおかしいと
思いませんでしたが、
義弟のアニャと王、兵士たちは
驚愕していました。
王は、すぐに「怪物だ!」と
叫びました。
その言葉に、
ドミスが何か反論しようとした時、
いつもより格式ある服装をした
捜査官のアニャが駆け付け、
王の前に片膝をつき、
ドミスは怪物ではなく、自分の妹だ。
少し驚いたようなので、
自分が連れて行って、
落ち着かせると話しました。
そして、王に謝るよう、
ドミスを促し、
向こうへ行って休もうと
言い聞かせました。
王と戦うのは狂気の沙汰なので
宮廷の捜査官であるアニャは、
早く事態を鎮静化させ、
ドミスを騒乱の中から追い出したいと
思っているようでした。
捜査官のアニャは
王に信頼されているのか、
彼の表情に若干、変化が現われた時、
義妹のアニャは、
怪物ではないのは本当なのか。
捜査官のアニャが
妹だと主張している女は、
自分の知る限り、
ランスター伯爵家で
すでに貴族1人と下女1人を
殺害して逃げた。
どこへ行ったのかと思ったら、
アニャ卿が連れて来たとは
思わなかったと、
冷たく言いました。
その言葉を聞いた王の顔は、
再び険悪となり、捜査官のアニャに
それは本当なのかと尋ねました。
アニャは慌てて否定しましたが、
王は、彼女よりも、
クレレンド大公の後継者の言葉を
信用しているようで、
あの殺人者を捕まえろと命じました。
そして、パーティで
恥ずかしい姿を見せてしまった。
あの女は、
よく尋問した後、処分するので
怒りを静めるようにと、
プライドが傷ついた顔で
義妹のアニャに謝りました。
捜査官のアニャは
あの事件については誤解だと
訴えましたが、
王は、アニャが私的感情から
ドミスの罪を覆い隠したのかと
非難しました。
捜査官のアニャは、
クレレンド大公の後継者は
ドミスの養父母の子だ。
そのため、初めて会った時から
彼女はドミスに
悪感情を抱いて接していたので
彼女の言葉を信じてはいけないと
訴えました。
しかし、話が終わる前に
兵士たちはアニャを押し出しました。
彼女は、大けがをして、
意識を取り戻したばかりなので、
兵士たちに抵抗できず、
手すりに頭をぶつけて、
落ちるところでした。
驚いたドミスは、
アニャを捕まえるために身体を起こし
再び、兵士たちを振り切りました。
ドミスに突き飛ばされた兵士が
内側の窓を壊しながら倒れる瞬間、
その隣にいた別の兵士が驚いて、
「怪物!」と叫びながら、
ドミスを切りつけました。
しかし、剣で斬られたのは、
驚いてドミスを庇ったアニャでした。
彼女はドミスを抱えたまま、
床を転がりました。
動きが止まった時、
アニャの髪がドミスの顔の上に
広がっていました。
ドミスは手を上げると、
血が付きました。
周囲が騒々しくなりましたが、
ドミスの頭の中には、その音が
ぼんやりと響いただけでした。
赤い血だけが、
ドミスの視界に入っていました。
ラティルは、ドミスの内部で
起こっている変化を感知し、
鳥肌が立ちました。
何かが、あの深い所から、
上がって来ていました。
耐えがたい怒りが、ドミスの血管を
黒く変化させていました。
そして、目の前が、
割れたガラスの破片のように
全て壊れる瞬間、
ドミスは上半身を起こして、
捜査官のアニャの首を噛み、
血を吸い始めました。
怪物だ!吸血鬼だ!殺せ!と
声が上がりましたが、
ドミスはアニャの血を吸い続けました。
そして、彼女の首から唇を離した瞬間、
ドミスは「何か」を
アニャに吹きかけました。
「何か」が入ると、
アニャは、
一度、大きく呼吸をした後、
彼女の心臓がゆっくりと、
再び動き始めました。
ドミスは両腕でアニャを抱えると
ゆっくりと辺りを見回しました。
誰もが驚いた目で、
ドミスを見つめていましたが、
彼女は彼らの声を、
全く聞きませんでした。
ラティルは、ドミスがこの瞬間、
完璧に強くなったことが
分かりました。
ドミスも、それを知りました。
そして、
自分が執着していた小さな平和を
掴んだ者たちが、
非常に疎ましいことも知りました。
ドミスは冷たい声で、
「価値がない」と呟いた瞬間、
四方が爆発して、
テラスを囲んでいた花々や宝石が
細かく砕けて飛び始めました。
ゆっくりと見える光景の間を、
彼女を取り囲んでいた人々が
悲鳴を上げて飛んでいました。
床から沸き起こった闇が、
ゆっくりと彼らを包み込みました。
ドミスはアニャを抱いたまま、
義妹のアニャに向かって
歩き出しました。
ロードは、
別の吸血鬼に血を吸われて
吸血鬼になるのではなく、
覚醒する時に、
吸血鬼になるのですね。
そして、
死者を蘇らせることもできる。
ラティルは、
なぜドミスの記憶の中に
アニャが出て来るのか
不思議に思っていましたが、
ドミスが覚醒するための
最後の一押しが
アニャの死だったからなのですね。
ドミスはこれ以上はないというくらい
激しい怒りを感じたことで
覚醒しましたが、
それを経験しなければ、
ラティルは覚醒しないということに
なるのでしょうか。
レアンと母親に裏切られた時に
激しく怒ったにもかかわらず
覚醒しなかったので、
その程度の怒りでは、
ダメだということなのでしょうね。
現時点でロードは
闇の存在のように思えますが、
今は、ドミスが怒り狂っているので
力を制御できないだけなのかも
しれません。
どちらかと言うと、
ドミスを挑発ばかりしている
アニャの方が、悪人に見えますし、
彼女がドミスを怒らせなければ
ドミスは覚醒しなかったと思います。
そういえば、アイニも
ラティルを挑発ばかりしていますが
彼女がラティルを覚醒させる
きっかけとなるのでしょうか。
今後の展開が楽しみです。