342話 ラティルは偽の妊娠を発表することを考えています。
◇偽の妊娠◇
ラティルから、
妊娠したと嘘をつくという話を聞き、
乳母は戸惑いましたが、すぐに頷き、
ラティルは皇帝なので
大丈夫ではないかと言いました。
道徳的に正しくないと思うけれど
乳母は誰が何と言おうと
無条件にラティルの味方でした。
しかも、ミロの使節団が
突拍子もなく
レアン皇子に縁談を申し入れたり、
皇帝には側室がたくさんいるのに
一年が過ぎても妊娠できない、
大丈夫なのかという話が
広がっていることも
乳母は知っていたので
こうすることで、ラティルが
数年間、大臣たちに
あまりいじめられないのなら、
彼女は賛成でした。
次にラティルは、
妊娠をしたと嘘をつくために、
誰と誰の助けが必要なのか
考えました。
まずは宮医。
次に父親役をする一人と
話を合わせないといけないけれど
誰にしようか悩みました。
とりあえず、ラティルは宮医を呼び
自然流産する確率は高いのかと
尋ねました。
彼女は、いきなり流産と言われたので
驚いてラティルを眺め、
どうしてそんな質問をするのかと
尋ねました。
ラティルは、ミロ姫が
レアンに縁談を申し込んだことが
自分に飛び火し、
多くの側室がいるのに
1年以上妊娠できないのを
人々が不審に思っていると
答えました。
すると、宮医は
健康に良い薬を作ろうかと
提案したので、
ラティルは躊躇いながらも、
側室たちと
一緒に寝たことがないので
妊娠するはずがないと
率直に打ち明けました。
再び、宮医は驚きました。
それならば、なぜ、あんなに多くの
美しい側室たちを置いたのかという
不思議そうな顔をしていました。
ラティルは、
色々な事がたくさんあり、
完全に落ち着く前に妊娠して、
つわりがひどかったり、
お腹がとても痛くなったら
きちんと国政を見られないと思ったと
ため息をつきながら話すと、
宮医は頷き、
彼女自身も、妊娠中ずっと、
つわりと筋肉痛がひどかったので
心配する気持ちはわかると
言いました。
幸いにも、宮医は
ラティルの状況を
理解してくれているようなので
彼女は安堵しながら、
妊娠したと嘘の発表をすることを
考えていると、慎重に話しました。
宮医は、自然流産の話と
側近たちと寝ていない話を
持ち出した時から、
こうなることを察していたのか、
今度は比較的冷静に
唾だけを飲み込みました。
ラティルは、
一旦妊娠したことさえ知らせれば、
大臣たちも、
自分が不妊だという不安感が消え
2、3年は静かにしている。
そうしているうちに、
自分もある程度落ち着くので
その時は本当に子供を産めばいいと
説明しました。
レアンを結婚させるなら、
彼の子供を養子や養女にできるので
あえてここまでしませんでしたが、
ラティルはその気もないし、
少なくとも数年間は、レアンを
自宅に閉じ込めるつもりでした。
ラティルは、
以前、自然流産する人が多いと
聞いたことがあるけれど、
本当なのかと尋ねました。
宮医は、
妊娠初期は自然流産が多いので、
その時期には
特に注意をしなければならないと
答えました。
ラティルは、
再来週あたりに
妊娠したことが分かるというのは
巧妙すぎるだろうかと尋ねました。
宮医はため息をつき、
妊娠4週目と言えばいいと答えました。
ラティルは、
その時に妊娠したことを発表し
1ヶ月か2ヶ月くらい様子を見て、
仕事が忙しい日が来たら、
3日ほど徹夜で働くので、
その後、自然流産したと
発表してもらえるだろうかと
尋ねました。
宮医は、複雑な目で
ラティルを見ましたが、
「そうする」と答えました。
ラティルは満面の笑みを浮かべながら
宮医にお礼を言うと、
何か欲しいものはないかと尋ねました。
◇父親役◇
宮医は2週間後に
ラティルを検診した後、
妊娠を知らせることにしました。
ラティルは執務室の机に座り
書類をじっと見つめながら、
誰に父親役を頼むか悩みました。
ラティルが多くの側室と
一緒に寝ていたら、
子供が生まれて顔を確認するまで
誰が父親なのか、
分かりにくいと思いました。
もしも赤ちゃんが
ラティル自身に似ていたら、
誰が父親なのか
一生知らずに生きるかもしれないと
思いました。
しかし、ラティルはまだ
誰とも寝たことがなかったので
きちんと計画を進めるためには
そのうちの1人と、
話を合わせる必要がありました。
クラインは口が軽すぎるからダメ。
大神官は大神官だからダメ。
タッシールは、
きちんとしてくれそうだけれど、
演技が上手すぎて良心が咎めそう。
ギルゴールは
側室になったばかりなので
時期的に合わないから除外。
カルレインは吸血鬼だけれど
子供を持つことができるのだろうか。
ゲスターは恥ずかしがり屋だし、
そんな話をするのは少し恥ずかしい。
ラティルは考えた結果、
特に引っかかることのないラナムンに
助けを求めることにしました
それに対抗者の件のためにも、
ラナムンとは親しくならなければ
なりませんでした。
詐欺劇に参加させるからといって
彼と接近するわけではないけれど
ラナムンが、
自分とは一緒に寝ないのに
他の側室とは子供を持つなんてと
衝撃を受けるよりは、
ましだと思いました。
ラティルは、こうすることで、
自分に飛んだ火の粉は
いったん消すことができると
思いました。
◇恥ずかしい頼み事◇
その夜、ラティルはワインを持って
ラナムンを訪ねました。
ラティルが来ると聞いていたので
ラナムンは扉のすぐ後ろで
待っていました。
扉を開けると、
楽な部屋着姿のラナムンが
姿を現しました。
ラティルは彼にワインを渡しましたが
まだ飲んでいないのに、
顔が赤くなりました。
ラナムンはラティルを心配しましたが
彼女は必死で大丈夫だと言いました。
ゲスターに
こんなお願いをしたら
恥ずかしくなると思って、
ラナムンの所に来たけれど、
いざラナムンに頼もうとすると
恥ずかしくなりました。
しかし、お願いしなければならないと
思いました。
ラナムンが
ラティルの上着を受け取りながら、
指で彼女の首筋を撫でると、
彼女の背中は
反射的にビクッとしたので、
ラティルは心の中で
悪態をつきました。
ラナムンは、そんなラティルを
不思議そうに見つめながら、
彼女の上着を椅子に掛けると、
カルドンのことがあり、
しばらく来てくれないと
思ったけれど、最近は
本当によく来てくれると言いました。
ラティルは、あれは
ラナムンのせいではないし、
ギルゴールの復讐に巻き込まれて
被害者になるところだったと
言いました。
ラティルはテーブルに着くと
テーブルの上には
軽食がいくつか用意されていて
中にはハートの形をした
ピンク色のかわいい
お菓子もありました。
ラティルは、訳もなく
そのお菓子をじっと見つめ、
ラナムンが向い側に座る気配がすると
彼に頼みがあると言いました。
ラナムンは、
ワインのコルクを抜きながら
ラティルを見ました。
彼女が、
少し困ったお願いだと言っても
彼は大丈夫だと言いました。
ラナムンが
ラティルの前のグラスに
ワインを注ぐのを見て、
彼の冷たくて平然とした声を
聞いているうちに、
ラティルの震える心が
少し落ち着いてきました。
一緒にお芝居をして欲しいと
言うために来たのだから
緊張することはないし、
元々、ラナムンは自分の側室だからと
開き直ったラティルは、
ミロからの使節団について口にすると
ラナムンは、レアンへのプロポーズを
受け入れるつもりかと尋ねました。
ラティルが断るつもりだと即答すると
ラナムンは意外そうにラティルを見て
返事を延ばしているのは、
悩んでいるからだと
思っていたと話すと、ラティルは、
レアンを他の国に送るのも、
監禁状態を解くのも気が進まないし
だからといって罪のないレアンの妻を
一緒に監禁させることもできない。
何よりもザリポルシ姫が
聖騎士団の団長だということも
とても気になっていると
返事をしました。
ラナムンは頷きましたが、
ラティルが、
何を頼もうとしているのか
わからないと言いました。
ラティルは、1年経っても
自分が妊娠していないことを
大臣たちが気にし始めたと言うと、
ラナムンは、
優雅に飲んでいたワインを
半分吐き出し、
咽たのか、急いで胸を叩きました。
ラティルはラナムンを心配しながら、
彼の背中を2回叩きました。
咽たせいで、
ラナムンの顔が真っ赤になり、
まるで恥ずかしがっているように
見えるけれど、
そんなことはないだろうと
ラティルは思いました。
落ち着いたラナムンは、
自分への頼み事について
ラティルに尋ねました。
ラティルは、自分が不妊かどうかを
大臣たちに
気にしないようにさせるために
来週あたりに、妊娠したという
嘘の発表をするつもりだと
話しました。
2段階に渡り、
ラナムンの瞳が大きくなりました。
ラティルは、
ワインをグラスに注ぎながら
ぎこちなく笑い、
2、3ヶ月ほど経ったら
自然流産したと言うつもりなので
その間、ラナムンが
子供の父親役をしてくれないかと
頼みました。
再びラナムンの目が
大きくなりました。
彼は、しばらくラティルを
ぼんやりと見ていましたが、
ラティルがグラスを揺らすと
なんとかそれを受け取りました。
しかし、飲む代わりに
グラスを手で
ぎゅっと握っただけでした。
ラティルは、
彼が何か言うのを待ちましたが
ラナムンは口を開きませんでした。
しかし、彼の様子から、
色々な考えに耽っていることが
分かりました。
ラティルは、
彼の顔色を窺いながら
嫌なら他の人に頼むと
言おうとすると、急にラナムンは、
自分がやると言いました。
ラティルは、すぐにお礼を言った後
本当にやってくれるのかと
確認しました。
ラナムンは、
どうすればいいのか分からないけど
自分がやると言いました。
ラティルは再びお礼を言うと、
初夜を過ごした後に
プレゼントを送った時は
すぐに断られたので、
今回も断られたら
どうしようと思っていたと話しました。
ラティルは、ラナムンに
冷たい目で見られると思いましたが、
その代わりに彼は、
赤くなった自分の首筋に
ぎこちなく触れました。
その姿は美しく、ラティルは、
照れくさそうに笑って、彼の手を握り
ラナムンのおかげで安心したと
お礼を言いました。
ラティルの頼みを
引き受けたものの、ラナムンは、
どうしたらいいかわからなかったので
ただ、じっとしていればいいのかと
尋ねました。
ラティルは、
妊娠発表をする時、
「その時期は、
ラナムンとだけ一緒に寝たので、
彼の子供のようだ」と話すと
説明しましたが、
恥ずかしくないふりをして
言おうとしたため、
「一緒に寝た」の部分を
過度に大声で叫んでしまいました。
ラナムンの首筋が、
もう少し赤くなりました。
ラナムンは、
それではどうすればいいのかと
尋ねると、ラティルは、
よく分からないけれど、
嬉しそうに笑って歩けば
いいのではないかと答えました。
するとラナムンは
躊躇いながら立ち上がり、
ラティルのお腹にそっと手を置くと
こうすればいいかと
尋ねました。
喜ぶ時の姿勢も
決めなければならないのか。
ただ喜べばいいのではないかと
ラティルは混乱した目で
ラナムンを見ていると、
彼は、そっと彼女を抱き上げ
ベッドの奥に寝かせながら尋ねました。
ラティルが側室を迎えてから
1年以上経っても、
誰とも寝ていない状況は
側室たちにとって残酷ですし、
偽妊娠のための父親役を
側室たちに頼もうとするのも残酷だと
思います。
それにラティルは、
断られることを心配していましたが
宮医にしてもラナムンにしても
皇帝の頼みを断る人は
いないと思います。
家族以外で、
唯一、ラティルに
異を唱えられる人がいるとしたら
乳母なのでしょうけれど、
彼女も無条件に
ラティルに賛成しているとあるので
もしかしたら、
ラティルが自分のやりたいように
振舞うようになったのは
半分、乳母の責任も
あるかもしれません。
今回のお話は、
あまりにもラティルが自分勝手過ぎて
腹が立って来ましたが、
彼女は暴君ではなく、
きちんと国民のことを考えている
皇帝ですし、
レアンとザリポルシ姫が結婚すれば、
政治的な不安要素が
出て来る可能性が大なので
ラティルの自分勝手な行動が
結局は国の安寧につながるのだと
信じたいと思います。