355話 ラティルはドミスが死んだ場所に百花がいたことを思い出しました。
◇500年前の人?◇
ラティルは混乱しました。
ドミスが亡くなったのが5年前、
いや15年前なら、
これほど混乱はしない。
ドミスが亡くなったのは500年前。
その時、百花を見たなんて、
あり得るのだろうか。
ラティルの頭の中に、
ドミスが死んだ日、
その周りを取り囲んでいた
数多くの聖騎士たちが浮かびました。
みんな同じ服を着ている上に、
少し離れた所にいたので、
一人一人の顔が
思い浮かびませんでした。
しかも、その記憶の中で、
中心にいるのは
ドミスとカルレインであり、
彼らを取り囲んでいた人たちでは
ありませんでした。
聖騎士たちの中で、
それでも視線が向いたのは、
一人制服が少し違った、
あの女性だけでした。
百花は、その近くにいたはず。
そうでなければ、
記憶に残っていないだろうから。
けれども、
これも確かな仮説ではない。
ただ、その場にいたことを
思い出しただけで、
彼がいた位置を
正確に知っているわけではない。
それに、百花が500年前にいたとしたら
なぜギルゴールとカルレインは
彼を知っているように
振る舞わなかったのか。
百花が前世にいたとしても、
人の間に埋もれて
目立たないような場所にいたから?
カルレインやギルゴールでも、
ものすごい数の聖騎士たちを
全員覚えてはいないかもしれない。
それとも、百花は
いつも出張に行く任務を
任されているので、
放浪していたのかもしれない。
だからギルゴールやカルレインは
百花の顔を覚えることができなかった。
けれども、ギルゴールとカルレインが
百花の顔を知らなくても、彼は
2人の顔を知っているはず。
知っているのに
知らないふりをしているのか。
顔は同じだけれど、
別の人である可能性はあるだろうか。
それとも500年前のその人は
百花の先祖だろうか。
ラティルが混乱に陥っていると、
百花が彼女を見ながら首を傾けました。
ラティルが歩いて来る途中で
じっと立ち止まっているので
不思議そうな顔をしていました。
緊張感でラティルは鳥肌が立ちました。
百花が本当に500年前の聖騎士なら
彼は危険な敵でした。
ギルゴールは、
対抗者の師匠でありながら吸血鬼で
ラティルの前世とは
愛憎に似た関係であるのに対し、
百花はそうではないと思いました。
しかも、彼は精神も
しっかりしているように見えました。
ラティルは、
今日、ミロの姫と酒を飲んだけれど
大神官が、
神官は禁酒と言っていたことを
思い出したと、ごまかしました。
幸い、うまくいったのか
百花は笑いました。
ラティルは、
ミロの姫も聖騎士団長だそうだけれど
大丈夫なのかと
心配しているふりをしました。
百花は、
たぶん大丈夫。
原則は禁酒だけれど、聖騎士たちは
神官よりは規則に縛られないと
返事をしました。
ラティルは笑いながら
百花の方を見ずに歩きました。
彼に500年間生きていたのかと
聞きたかったけれど、
自分に前世の記憶があることは
秘密にしているし、
しかも、その前世がロードなので、
先に聞くことができませんでした。
◇崇拝の言葉=愛の言葉◇
心の混乱が、
そのまま表情に出ていたのか、
大神官の部屋の中に入ると、
彼は夕食が用意された
テーブルの前に座っていましたが
ラティルが入ってくると
照れくさそうに笑いながら立ち上がり
「大丈夫ですか?」と
心配してくれました。
ラティルは、大丈夫だと答えると
にっこり笑い、
大神官の向かいに座りましたが、
しばらくぼんやりとしていました。
大神官は、心配そうに
ラティルを呼ぶと、彼女は慌てて
持ってきた便箋を差し出し、
彼が書いてくれた手紙が欲しいと
頼みました。
大神官は、急にそんなことを言われて
戸惑いましたが、ラティルは
他の側室たちは、
詩を書いてくれたり、手紙もくれるのに
大神官は、そうしてくれないと、
笑いながら、嘘をつきました。
本当は、
そんなことをしてくれる側室は
一人もいませんでしたが、
他の人たちも、
してくれていると聞いて、
大神官も、そうしてあげたいと
思ったのか、
悟りを開いたような顔で頷きました。
そして、自分は自信がある。
毎日、神への愛を
崇拝しながら生きているので
崇拝の言葉が得意だ。
ラティルが10秒くれれば、
10秒以内に愛の言葉を
嵐のように降り注ぐことができると
言いました。
ラティルは、期待していると
返事をしました。
◇聖騎士団長の決め方◇
大神官がラティルに
愛を告白する手紙を書いている間、
彼女は足を組んで座りながら、
百花について考えました。
ミロの姫については、
うまく解決できそうなので
もう頭を悩ます必要はない。
事がうまく解決したら、
ミロの姫に、
百花について聞いてみようかと
考えましたが、
今、大神官にも聞いてみようと思い
ちらっと彼を見ました。
大神官は、懸命に
愛を込めた手紙を書こうと
していましたが、
しきりにペン先を噛みしめたり
離したりしている姿を見ると、
思ったほど、
うまくいかないようでした。
しかし、ラティルは、
それに気付かないふりをして、
大神官に、
百花繚乱は彼を守り、
彼の意思にも従ってくれるけれど、
彼らが崇拝するのは
神だけだと言っていた。
百花繚乱の聖騎士団長は
どうやって選ぶのか。
聖騎士たちの中から選ぶのか。
聖騎士たちの中にも、
いくつかの団体があるけれど、
その中で自分が百花繚乱に入るのか
別の聖騎士団に入るのかは
どうやって分かるのかと尋ねました。
大神官は、
それが気になるのかと尋ねると、
ラティルは、
知らなくても構わないけれど、
聖騎士団がいくつか出て来たので
気になると答えました。
大神官は、
自分も詳しい手続きは知らない。
ただ聖騎士団長だと言って
挨拶に寄ったので、
知ることができたと答えました。
ラティルは、
そのように訪ねてきて挨拶しただけで
すぐに信じたのかと尋ねると、
大神官は、
ヒッラ老神官の計らいで会った。
彼を信じているから、
当然、百花も信じたと答えました。
ラティルは頷きました。
大臣館の位置を知っていると言った
あの老神官のことを
覚えているけれど、
一つも疑問が解けなかったし、
ヒッラ老神官に聞いてみたくても、
彼はもう死んでいました。
ところで、もし百花が
先対抗者の味方で
ドミスの命を奪うのに
一役買ったとしたら、
なぜ今度はラナムンを
訪ねて行かないのか。
アイニは遠い所にいるけれど、
ラナムンは近くにいるので、
接近しやすいと思いました。
ラティルは、
もう一度、深く考えようとした瞬間
大神官はラティルに、
自分が書いた手紙を綺麗に折り畳んで
差し出しました。
ラティルがそれを広げようとすると
少し待って欲しいと言って、
彼女の手を掴みました。
そして、手紙を取り戻すと
どこかから封筒を取り出して、
その中に手紙を入れて笑い、
自分の前で読まれると恥ずかしいので、
一人でいる時に見て欲しいと
頼みました。
◇誰も知らない◇
次の日、ラティルは、
大神官からもらった手紙を
カルレインに渡す時、
もしかして百花を
以前から知っていたかと
こっそり尋ねました。
その後、
それは大臣官からの手紙なので、
筆跡を確認してから返して欲しいと
付け加えました。
カルレインは眉をつり上げ、
なぜ、急に百花のことを聞くのかと
尋ねました。
ラティルは、
他の聖騎士たちは
自分がロードかどうかを確認するために
熱心に動き回っているのに
一番有名な聖騎士団は、
あまりそういうことに
関心がなさそうだし、
全く関心がないわけでは
なさそうだけれど、
驚くほどには、こちらに
矢を向けていないと答えました。
カルレインは「なるほど」と
呟きましたが、
すぐに首を横に振り、
百花とは今世で初めて会ったけれど
あちらが興味がなければ
いいのではないかと言いました。
ラティルは、
カルレインの記憶の中で
百花を見たので、
ちらっとでも見たことがないのかと
尋ねましたが、
カルレインは、分からないと答え、
彼が自分のことを知っているのかと
逆に尋ねました。
ラティルは、
そうではないと答えました。
カルレインと別れた後、
百花について
ゲスターの所へ聞きに行く途中、
ラティルは、大神官がくれた手紙を
一度でも読んでみれば良かったと
後悔しました。
しかし、また取りに戻ることも
できないので、
そのまま、ゲスターの所へ行き、
彼にも同じ質問をしましたが、
ゲスターも首を横に振り、
彼とは初めて会ったし、
ちらっと見たこともないと答えた後、
百花はハンサムだと言って
ため息をつきました。
ラティルはゲスターに
ため息をついた理由を尋ねると、
彼は、
もしかして皇帝は、
百花の顔を気に入っているのかと
尋ねました。
ラティルは、絶対違うと、
必死で否定しましたが、
ゲスターは、
ラティルが百花のことを
気にしているのではないかと
心配している様子でした。
ラティルはうんざりして、
手を振りました。
最後にギルゴールを訪ねて
百花を昔から知っているかと
聞いてみましたが、
彼は、その質問に対して返事をせず
側室生活は自分の好みに合わない。
少し退屈しているので、
一緒に雪山に行かないか、
自分が山頂まで
あっという間に連れて行くと
誘いました。
いつも、あちこち歩き回りながら
過ごしてきたギルゴールは、
百花を問題にせず、
一番最後に入って来たくせに
側室の生活自体に
すでに飽きているようでした。
ラティルはため息をついて
執務室に向かって歩きました。
それならば、
一体、彼は誰なのか。
間違いなく過去に見た顔なのに、
なぜ皆知らないのかと
不思議に思いました。
◇絶対に違う◇
その姿を、遠くから見守っていた
聖騎士は、なぜ皇帝は
ずっと団長について尋ねているのかと
百花に聞きました。
彼は腕を組んで首を傾げ
どうして自分のことを
聞いているのかと、
しばらく疑問に思いましたが、
大して関心はなさそうな様子で
背を向けました。
そして、聖騎士に
レアン皇子について
何か分かったかと尋ねました。
騎士は、
以前、食料品の搬入を担当した者が
定期的に皇子と
連絡を取っていたけれど、
最近担当者が変わり、
以前の方式では
連絡が取れなくなったので、
それで新しい人に
任務を譲ろうとしたと報告しました。
そして、聖騎士は周囲を見回し、
先ほどより、さらに低い声で、
彼らが以前やり取りしていた
メモをいくつか入手したけれど、
その中の一つが変な内容で、
レアン皇子が
ラトラシル皇帝がロードかもしれないと
疑っていたと報告しました。
百花は、
そんなメモをどうやって
手に入れたのかと尋ねると、
聖騎士はヒヒッと笑いましたが、
皇帝が百花について調べていたり、
前にタンベクが来て
話していたこともそうだし、
レアン皇子の主張もあるし、
もしかしたら、皇帝は
ロードの可能性があるのではないかと
心配そうに尋ねると、百花は
皇帝は絶対にロードではない。
利用され、荒廃した神殿を
復興させる人だ。
他の人が何と言おうと、
自分たちは、皇帝を
信じなければならないと
少しも動じることなく話しました。
そして、廊下の中に入ると、
とても小さな声で、
巷の噂に振り回されてはいけない。
ロードがどこにいるか、
自分たちは知っているはずだと
言いました。
大神官が一生懸命書いてくれた手紙を
一度も読まずにカルレインに渡すのは
ひどいと思います。
偽のお守りを作るという
大神官を冒涜する行為をするのだから
せめて、手紙を読むことで
彼に対して礼儀を尽くし、
彼の好意を利用したことに
少しでも
罪悪感を抱いて欲しかったです。
そして、大神官は
ラティルのためになることを
してくれたのだから、
彼に感謝し、その好意に
報いるべきだと思います。
ラティルは皇女として生まれ
人から何かしてもらうことに
慣れているので、それについて
一応、感謝はするけれども、
次は、自分が何かしてあげようという
気持ちに、あまりならないような
気がします。
側室たちは使用人ではなく
ラティルの夫なので、
彼らから受け取るだけでなく、
彼女も彼らに与えるべきだと思います。