374話 すでに捜査官のアニャは、対抗者の剣の前に立っていました。
◇対抗者が3人?◇
ドミスがあまりにも
あの女の息の根を止めろと
アニャを急かすので、
彼女は先代の対抗者の
転生を探すために、
カリセンの首都に戻りました。
彼女の命を奪うかどうかは
分からないけれど、
洞窟に閉じこもっているわけには
いきませんでした。
ところがカリセンの首都を
歩き回っていると、
掲示板の指名手配書に
アニャとドミスの顔が
描かれていたので、
彼女は慌てて
自分の顔を手で隠しました。
そして、他の所に
行こうと思いましたが、
人々が掲示板を見ながら
あの女たちは吸血鬼だとか、
ゾンビだけでは飽き足らず、
吸血鬼まで出て来たとか、
自分たちの国ばかり、
そのようなものに襲われるのは
皇后が対抗者のせいだからだとか、
タリウムにも対抗者は
2人いるはずだけれど、
カリセンばかりで問題が起きるのは
3人の対抗者の中で
一番まともなのが皇后で、
だから皇后が対抗者の剣を持っていると
ひそひそ話しているのが
聞こえて来ました。
対抗者が3人とか
一番強い対抗者とは
どういう意味なのか。
とんでもない会話に
アニャが呆然としていると
周りの人たちが、
自分をチラチラ見ているのが
感じられました。
あの女性は、
手配書の女性と少し似ているけれど
吸血鬼は、昼間、歩き回れないと
言われると、
アニャはわざと顔を隠した手を下ろし
苦笑しながら、その場を離れました。
その堂々とした態度を見て、
人々は、ただ似ているだけだと言って
笑い出しました。
しかし、その場を離れたアニャは、
深刻な表情で物陰に入り
宮殿を眺めました。
対抗者が3人というのは変な話だけれど
とにかく、そのうちの2人が
タリウムにいるのなら、
ドミスが命を奪えと言った赤毛の女は
カリセンの宮殿にいたので、
おそらく、彼女が皇后だと思いました。
アニャはため息をつきました。
一般貴族でも頭が痛いのに、
自分が皇后の命を奪えば、
平和は水の泡となるし、
もう一度、ドミスは
あの弱くなった体で、
戦争を繰り返すことになる。
しかも今回の対抗者は皇后でした。
一体、ドミスは、
なぜ急に心変わりしたのか。
500年ぶりに目覚めたせいで、
今は正気ではないのか。
正気に戻ったら後悔するのではないか。
アニャは、
ドミスがまず正気に戻ってから
本当に対抗者の命を
奪いたいのかどうか
確認することにしました。
命を奪うのは後でもできるけれど、
やってしまえば、
取り返しがつきませんでした。
しかし、対抗者の剣はとても危険なので
持って行かなければならないと
思いました。
◇アイニの決意◇
アニャは宮殿に入って
皇后の部屋を探したところ、
意外にも対抗者の剣が
壁にかかっていました。
元対抗者が、いつも大切に
剣を持ち歩いていたことを
思い出したアニャは、
あまりにも無防備に置かれた
対抗者の剣を眺めながら
これは罠ではないかと思い
怪しみました。
対抗者が3人というのも、
対抗者の剣を
飾りとして使うのもおかしいし
一体500年の間に、
世の中がどのように変わったのか
わかりませんでしたが、
とりあえずアニャは
剣を持っていくことにしました。
そして、対抗者の剣に向かって
ゆっくりと手を伸ばしましたが、
剣に触れようとした時に、
ピリッとした感じがして
手を引っ込めました。
だからそのまま壁にかけておいたのかと
アニャは思いました。
それでも、念のために
もう一度試してみましたが、
やはり手が触れるや否や、
ピリッとした感じがしました。
それでも、
我慢できないほどではないので
剣を布で包んで持って行こうと思い
部屋の主人に申し訳ないと思いながら
クローゼットを開けて、
厚い布を探しました。
ところが、
寝室の外から足音が聞こえて来たので
アニャは窓から逃げようとしました。
しかし、せっかくここまで来たので、
前世で対抗者がドミスと結んだ
盟約について、
教えようと思いました。
そして、
彼女が何も行動を起こさなければ
こちらも何もしないと、
知らせることにしました。
アニャは扉を開けて入ってきた時に
すぐには見えない場所に
身を隠しました。
そうしているうちに扉が開き、
以前見た、
赤い髪の女性が入って来ました。
アニャはアイニが寝室の扉を閉めて
めちゃくちゃになったクローゼットを
発見したところで、後ろから近寄り、
彼女の口を塞ぐと、
「アイニ皇后?」と呼びかけました。
驚いたアイニは
大声を出そうとしましたが、
アニャの手に阻まれ
悲鳴を出せませんでした。
アニャは、話があるので
静かにするようにと指示すると、
アイニは頷きました。
アニャは手を離して
後ろに下がりました。
アイニは彼女の方を見て
「アニャさんでしょう?」と
確認しました。
それを聞いたアニャは、アイニが
ドミスの記憶を持っていると
確信しました。
そうでなければ、500年前に
生まれてもいないあの対抗者が
彼女の名前を知っているわけが
ありませんでした。
使命手配書にも、
名前は書かれておらず、
吸血鬼とだけ書かれていたので
ドミスの記憶を持っているこの女性が
前対抗者の転生だと思いました。
しかし、アニャは
目でアイニに探りを入れながら
ロードとは違って、
転生しても力を受け継がない
対抗者が転生するのは
不思議なことだと思いました。
アイニはアニャに
何か話そうとしていたように
見えましたが、突然悲鳴を上げ
兵士を呼びました。
彼女は、ドミスの記憶の中の
優しいアニャの姿と、
自分を不審そうに見つめる
今のアニャの姿にギャップを
感じたからでした。
また、一歩遅れてアイニは
アニャ自身は親しい友人ではなく、
対抗者である自分は、
アニャの敵だということを
思い出しました。
兵士たちが急いでやって来ましたが
アニャは、
ちらっとアイニの方を見た後、
窓の外に飛び降り、
兵士たちが追いかけた時は
すでに姿を消した後でした。
対抗者の剣を持っているのに、
使うことができなかったアイニは
唇を噛んで、壁にかかっている
対抗者の剣を見ました。
対抗者の師匠が現れた時、
あのように
突き放さなけば良かったと
後悔しました。
あれ以降、
彼女が探しているという
噂を流したにもかかわらず
対抗者の師匠は、
彼女の所へ来ませんでした。
きっと、あの時のことで
心を痛めたからだろうと
アイニは思いました。
何もできない自分を
恨めしく思いました。
アイニは、対抗者の師匠を
待っていてはいけないと思い、
ルイスを呼ぶと、
皇帝がどこにいるか尋ねました。
彼は執務室にいると聞くと、
アイニは、そちらへ向かいました。
吸血鬼の襲撃を受けるところだった
皇后が、
突然、皇帝に会いに行くと言うので
護衛たちは訝しく思い、
顔を見合わせました。
そして、突然やって来たアイニに
ヒュアツィンテは、
どうしたのかと尋ねると、アイニは、
これからは、
ただ待っているのではなく
自分が動かなければならない。
だから剣術を習うと言い出しました。
◇薬品の匂い◇
一方、アニャは、アイニに
盟約の話をしてあげようと
思っていたので、
皇后の寝室から逃げ出したものの
宮殿を出ることはありませんでした。
彼女は夜まで身を隠す場所を探すために
宮殿の中を歩き回っていると、
辺鄙な場所に、
小さな離れを発見しました。
アニャはそちらへ歩きながら、
人の気配がするかどうか調べました。
誰もいなければ
あそこにしようと思いましたが、
離れの近くに行くと、
対抗者が住む宮殿には全くそぐわない
黒魔術師たちが使う薬品の匂いが
漂って来ました。
アニャは変だと思い、
眉をひそめながら、
固く閉ざされた扉をじっと
見つめた後、
扉の取っ手を引きました。
◇自分の方が強いのに◇
扉を叩く音を聞いたラティルは
入室を許可したところ、
意外にも、
やって来たのはラナムンでした。
ラティルは手にしていた本を
本棚に入れて笑いながら
ラナムンに近づき、
ギルゴールとの訓練は
もう終わったのかと尋ねました。
しかし、ラティルは
ラナムンの硬い表情を見て、
笑いながら尋ねたことを
後悔しました。
先程、ラナムンがギルゴールに
圧倒されているところを見てしまい
ラナムンは
プライドが傷ついたようでしたが、
その彼に笑いながら
もう終わったのかと聞けば、
彼は、からかわれているような
気がするのではないかと思いました。
しかし、どうせ
からかわれていると思われたなら、
からかわれたままにしておく方が
いいと思い、
ラティルはもっと明るく笑いながら
ギルゴールに負けっぱなしで
怒っているのかと尋ねました。
それを聞いた皇帝の個人書庫の司書が
心の中で悲鳴を上げました。
ラティルは、
ちらっとそちらを見ましたが、
ぎっしりと本が詰まった本棚のおかげで
司書が見えませんでした。
ラティルは、
またラナムンの方を見ましたが、
一歩遅れて自分の冗談が
ラナムンには、
冗談と聞こえなかったことに
気づきました。
ギルゴールの方が強くて負けたのだから
気にしないでと慰めるべきだったのか。
けれども、ラナムンを慰めれば、
それなりに彼のプライドが
傷つくと思いました。
ところが、ラナムンは、
対戦はラティルとした方がいいと
ギルゴールに言われたと
予想外のことを言い出しました。
ラティルは戸惑い、
ラナムンをじっと見つめました。
目が合うと、
彼は少し視線を落としました。
ラティルは、
どういうことなのかと尋ねると
ラナムンは、
ギルゴールと自分は
レベルの差があり過ぎるので
このまま対戦しても
役に立たないと言われたと答えました。
ラティルは、
ギルゴールがラナムンのプライドを
完全に握り潰したと思いました。
ラティルは、
ギルゴールの痛烈な言葉に
自分の方が恥ずかしくなりました。
ラティルは、
ギルゴールは格別に強いのだから
あまり気にしないようにと
ラナムンを慰めましたが、
その格別に強いギルゴールより
さらに強いのがロードだ。
絶対的な存在だと聞いたと
返事をしました。
その絶対的な存在なのに、
ギルゴールより弱いラティルは
口をへの字に曲げ、
それで、いきなり自分に
対戦に出て来いと言っているのかと
尋ねました。
ラナムンは、
自分は今の皇帝よりも弱いので、
まず皇帝と対等になったら来いと
言われたと返事をしました。
ラナムンが自分に負けると知りながら
わざと自分のもとへ
彼を送って来るなんて、
ラティルはギルゴールの残忍さに
震えました。
対抗者であるラナムンが、
ロードである自分より強くなる前に、
八つ当たりでもしておけという
意味なのかと思いました。
ラティルは躊躇いながら、
自分はギルゴールほど
強くはないけれど、
幼い頃から剣を握っていたと
慎重に話しました。
ラナムンは、
それは知っているし
強いのも知っている。
サーナット卿とラティルが
対戦しているのを見たことがあると
返事をしました。
ラティルは、以前、
サーナット卿と対戦していた時に
鋭い視線を感じたので、
そちらを見たところ、
ラナムンがいたことを
思い出しました。
自分が強いことを知りながら
来たのであれば、
負けたからといってプライドが傷つき
ネズミの穴に隠れることはないと思い
ラティルはラナムンと対戦することを
承知しました。
ギルゴールは、
皇帝も対抗者の剣を抜いたのだから
これを機に一緒に学べとも
言っていたと、
ラナムンは付け加えました。
ラティルは、どの程度のレベルで
ラナムンを相手にすれば、
この氷の王子が
恥ずかしさのあまり
溶けないだろうかと悩みながら
彼の肩を叩き、
今時間が少しあるので、
すぐ演舞場に行こうと誘いました。
サーナット卿はその後を追い、
小声でギルゴールを罵りました。
初めて会った時から
見ず知らずのドミスに親切にしたり、
500年もの間、
ドミスの棺のそばにいて彼女を守り、
目覚めたドミスを変だと思いながらも
献身的に彼女に尽くしたり、
敵でありながら、
対抗者のアイニにも
盟約のことを教えようとする
捜査官のアニャは
優しくて、面倒見がよくて
お人好しで、
本当に良い人だと思います。
対抗者のアニャが入り込んだドミスに
あまり長い間、
アニャが利用されないことを願います。
カルレインが嫉妬するくらいなので
ドミスとアニャは
本当に仲が良かったのだと思います。
それに比べて義妹のアニャは、
両親からは愛されていても、
カルレインは彼女の元から
去ってしまうし、
ロードを倒すという使命のもと、
聖騎士たちと手を組んではいたものの
心を許せるような人は
いなかったのかもしれません。
ミモザ様のおっしゃる通り、
捜査官のアニャと
対抗者のアニャという2人のアニャが
出て来て紛らわしいです。
以前の話で、対抗者のアニャが
ドミスは自分に執着しているから、
仲の良い友人のことまで
「アニャ」と呼んでいると
ドミスをなじるシーンがあります。
作者様は、
これをお書きになりたかったのと
義妹でありながら、
ドミスに辛く当たる対抗者のアニャと
他人だけれど、
妹のようにドミスに接する
捜査官のアニャを登場させることで
たとえ家族には恵まれなくても
世の中には家族以上の存在に
なれる人がいることを
示されたかったのではないかと
思います。
379話から、
ドミスの身体に入り込んだ
アニャの名称が変わるので
以前よりは、
分かりやすくなると思います。