494話 聖騎士はゲスターに狐の仮面を脱ぐことを要求しました。
◇助けてくれた人々◇
ラティルはゲスターを
横目で見つめ続けました。
仮面を脱いでも問題だし、
脱がなくても問題でした。
こういう時はどうすればいいのか。
仮面を脱いで、誰かに気づかれたら
似ている人だと言い張ればいいと
思いました。
ゲスターもハンサムだけれど、
ラナムンのように
世界に2つとない外見では
ありませんでした。
どうにかして、言い張れば
通じるかもしれませんでした。
黒いコートの聖騎士は、
顔を見せられない理由でもあるのかと
尋ねました。
彼の声のトーンが下がったことから
自分たちへの疑いが
さらに増したようでした。
これではダメだと思い、
ラティルは、
先程、怪物が、
村を襲ったと言っていたけれど
それはどういう意味なのかと、
わざと命令口調で訪ねました。
その方がゲスターへの関心を
自分の方へ向けられると
思ったからでした。
黒いコートの聖騎士は
少し首を傾げました。
ラティルの本音を
探ってみようとしているようでした。
ラティルは、
訳もなく緊張していると、
幸いにも、黒いコートの聖騎士は、
数時間前まで、
何の問題もなかった村から、
あっという間に人々が消えた。
普通の現象ではないと答えました。
ラティルは、実際に怪物を
見たわけではないだろうと
尋ねると、黒いコートの聖騎士は、
もしかしたら、自分と、
向き合っているかもしれないと
答えました。
ラティルは「ご冗談でしょう」と
言い返し、ニヤリと笑いましたが、
黒いコートの聖騎士の表情に
変化はありませんでした。
気まずくなったラティルは
微笑みながらゲスターを見て、
やはり、仮面を脱ぐのは困るよねと
言おうとしたところ、
意外にもゲスターは、
すでに仮面をゆっくり脱いでいました。
このような状況で、
仮面を脱がずに済むわけにも
いかないだろうけれど、
ラティルは、やるせない気持ちになり
眉間をしかめました。
しかし、
仮面の中から現れた顔を見るや否や
ラティルは目を丸くしました。
あの人は誰なのか。
クラインやラナムンと
引けを取らないくらい、
ずば抜けて美しい顔が
仮面の中から現れました。
しかし、外見よりさらに当惑したのは
その人の雰囲気でした。
ゲスターは、性質が穏やかな
ゴールデンレトリバーのように
頼もしくて、
大人しいイメージだけれど、
今、現れた顔は、
大きな灰色のオオカミのようで、
ハンサムな顔立ちと、
とりわけ鋭い目つき、
そして、じっと立っているだけで
威圧感が感じられました。
何度見ても、
ゲスターに似ているところは、
ほとんどありませんでした。
髪と目の色は同じだけれど、
目鼻立ちは全く違いました。
その外見に驚いたのは
ラティルだけではなく、
聖騎士たちも、一瞬驚き、
息を止めるのが見えました。
黒いコートの聖騎士が
ゲスターに身分証を要求すると、
他の聖騎士たちは
それぞれ違う方向に視線を向けました。
ゲスターが身分証明書を取り出して
見せると、ラティルも、
すぐに偽の身分証を取り出しました。
黒いコートの聖騎士は、
二人ともタリウム人であることを
確認すると、
身分証を返しながら
ここに泊まったという記録はあるかと
尋ねました。
ラティルは旅館に入り、
自分の名前の書いた帳簿を
見せました。
帳簿を受け取った
黒いコートの聖騎士は、
素早く内容を見て、
2人が前日の明け方に来たことを
確認すると、頷きました。
ラティルは、これで釈明できたと思い
内心ほっとしましたが、
隣にいるのが、
ゲスターなのかどうか、
分からない状況なので、
早くここから離れたいと思いました。
しかし、黒いコートの聖騎士は、
2人が来たばかりではないのに
消えていないことを怪しんでいました。
人々が行方不明になっている間、
2人は、ここに一緒にいたのに
なぜ、消えていないのか、
訝しみました。
彼は、顔と身分証を確認しながらも
さらに調べるべきか、
このまま行かせるべきか
迷っていました。
その表情から、
彼が葛藤していることが
読み取れました。
ラティルは舌打ちし、
他の聖騎士たちは百花のように
融通が利かないと、困っていると、
後ろから飛んできた矢が
黒いコートの聖騎士の方へ
降り注ぎました。
一気に矢を斬り落とした
黒いコートの聖騎士が、
矢が飛んできた方向を見つめた瞬間、
四方から、相次いで別の矢が
飛んで来始めました。
黒いコートの聖騎士が、
「待ち伏せしている。 探せ!」
と命令すると、
他の聖騎士たちは3人組に分かれて
一斉に散りました。
よく訓練されている人たちでした。
一方、黒いコートは
ラティルの手首をつかみ、
怪しい2人は、
神殿まで一緒に行くようにと
指示しました。
自分たちは何もしていないと
ラティルは抗議しましたが、
黒いコートの聖騎士は、
ラティルたちの方には
矢が飛んで来なかったと
冷たく言い放つと、ゲスターまで
捕まえようとしましたが、
紫色のマントを着た者が現れ、
人の腰ほどの高さのカマキリを投げると
黒いコートの聖騎士は、
ラティルを離して剣を抜きました。
その間、他の方向から現れた
朱色のマントがラティルを引っ張り、
こちらへ来るようにと言いました。
ラティルは、彼に付いて行くと、
ゲスターも同じように、
なぜかマントたちに捕まっていました。
彼らは聖騎士たちと違って
脅威的な雰囲気ではありませんでした。
それでも、彼らと一緒に行って
大丈夫なのか。
ここで、彼らに付いて行くのは
さらに怪しいと思い、
ラティルは困惑しましたが、
ゲスターが頷いているのを見ると、
ラティルも一緒に頷き、
マントたちに付いて行きました。
もし彼らが敵なら、
彼らに付いて行くことで、
ラナムンの痕跡を
見つけることができるかもしれないと
思いました。
◇黒魔術師たち◇
朱色のマントは、
自分が引っ張らなくても
ラティルが付いて来るので
彼女の手を離し、
しっかり付いて来るようにと
言いました。
ラティルは頷いて、朱色のマントに
ぴったりとくっ付いて、
後に続きました。
朱色のマントは、
ラティルがこれほどまでに、
よく付いて来るとは思わなかったのか、
たまに横を見ながら
ビクビクしましたが、
止まることなく走り続けました。
思ったよりマントの人数が
多かったおかげで、
ラティルとゲスターは
無事に聖騎士たちを撒き、
森に入ることができました。
そして、さらに進んで行くと、
外から見ると
平凡な岩のように見える
入口が現れました。
3人のマントが同時に岩を押すと、
その下に隠れていた
小さな通路が現れました。
朱色のマントは、
先に降りるから付いて来るように。
部外者を先に行かせれば
敵と勘違いされて、
襲撃される可能性があると言いました。
そして、朱色のマントが先に降りて
しばらくすると、紺色のマントが、
付いて行くようにと、
ラティルに合図しました。
ラティルはゲスターをチラッと見て
通路に入り、
その後、長い梯子を降りました。
かなり深く降りていくと、
上下から差し込むかすかな光以外、
何も見えなくなりました。
とても窮屈な筒状の通路で、
閉所恐怖症の人は
息もできないのではないかと
思いました。
それでもじっと我慢して降りて行くと、
下の方が徐々に明るくなり、
明るい空洞が現れました。
梯子は床から少し離れていましたが、
何人かのマントが近づいて来て、
ラティルが下に降りる時に、
支えてくれました。
一応、力は隠しておくべきだと
思ったラティルは、
彼らのされるがままにしました。
そして、心配そうな表情で
通路の出口を見つめました。
ゲスターが降りてくると、
ラティルは、すぐに近づいて
彼の腕をつかみました。
こうしておけば、いざという時に、
2人で狐の穴から脱出しやすいと
思ったからでした。
ゲスターも
ラティルの意図がわかったのか
かすかに頷きました。
そして周りを見ると、
それぞれ違う色の
マントを着た人たちが
ラティルとゲスターを囲んで
立っていました。
ここだけで20人、
上で戦っていた人まで合わせると
かなり多い人数でした。
ラティルは素早く彼らの数を把握し、
自分とゲスターの2人で
彼らを制圧する方法を考えましたが、
このマントたちの実力が
まだ分からないため、
計算がうまくいきませんでした。
まず、ラティルは落ち着いた声で
自分を連れて来てくれた朱色のマントに
助けてくれたことへのお礼を言い、
先程の白い服を着た人たちが
突然押し寄せて来て、
自分たちを怪しんだので驚いたと
笑顔で話しました。
しかし、朱色のマントが
帽子を脱ぎながら
同じ黒魔術師同士なので、
助け合わなければならないと言うと、
ラティルは笑顔のまま固まり、
マントたちを見回しました。
そして、
再び朱色のマントを見ながら
全員、黒魔術師なのかと尋ねました。
その言葉に、
朱色のマントの表情が揺れました。
朱色のマントはラティルに、
黒魔術師ではないのか。
集まれという情報を聞いて
来たのではないのかと尋ねました。
ラティルが答える前に、
マントたちは武器を取り出しました。
一気に雰囲気が険悪になりましたが
衝突が起こる前に、ゲスターは
ラティルの肩を抱きながら、
黒魔術師は自分で、
こちらは自分の妻だと紹介しました。
それを聞いた紺色のマントは
妻を連れて
黒魔術師の集まりに来たのかと、
とんでもないと言いたげな口調で
非難しました。
黄色いマントは、
嘘だ。黒魔術師は、
黒魔術師以外の人と
結婚することはできない。
黒魔術師は、黒魔術師でない人を
ひどく排斥しているではないかと
非難しました。
彼らの冷たい態度に、
ラティルが少し驚いていると、
ゲスターは空中に向かって
指を弾きました。
すると、手の中から
黒い花が現れました。
ゲスターは、それを
紺色のマントに渡しながら、
これで自分が黒魔術師であることを
示すことができたと思うと
言いました。
ラティルは、なぜ、それで、
黒魔術師であることを
示すことができたのか、
理解できませんでしたが、
紺色のマントは躊躇しながらも
仕方なく頷きました。
その一方で、ラティルの方を
ずっとチラチラ見ているので、
ゲスターは不愉快そうに
ラティルを自分の方に引き寄せました。
紺色マントは、
ようやくラティルから視線を逸らすと
マントたちに向かって、
いつまで、ここにいるつもりなのか。
全員、付いて来るようにと
指示しました。
その言葉にマントたちは、
ラティルとゲスターの周りを囲みながら
ある方向へ歩き始めました。
ラティルは、
自然に彼らについて行きながら、
ふと、自分をここへ連れて来てくれた
朱色のマントを見ました。
まだ幼さの残る朱色のマントは
不思議そうにラティルを
ずっと横目で見ていましたが、
ラティルと目が合うと
顔を赤くして、
なぜ、黒魔術師と結婚したのかと
尋ねました。
ラティルは当惑しました。
今、黒魔術師たちが、
自分たちにすべき質問は、
なぜ、あそこにいたのかとか、
村人たちの失踪と
関係しているのかなど、
もっと他にあるのではないかと
思いました。
それに、ラティルも、
マントたちが、村人たちの失踪に
関係しているかどうか、
先程、朱色のマントが
言おうとしてやめた、
集まれという情報を聞いてきた
黒魔術師の話とか、
聞きたいことがたくさんありました。
それなのに、
せいぜい聞いてきたのが、
黒魔術師と結婚した理由だなんて
ラティルは、
気乗りがしませんでしたが、
ラナムンを見つけるまでは
慎重に行動するつもりなので、
彼女は「ハンサムだから」と
親切に答えました。
朱色のマントは、
黒魔術師なのに、
怖くなかったのかと尋ねました。
ラティルは、
ハンサムだから怖くなかったと
答えました。
朱色のマントは、
紺色のマントを目で指しながら、
シナモンもハンサムだけれど
黒魔術師なので
人々に嫌われていると言いました。
ラティルは、ぼんやりと
ゲスターを見つめました。
黒魔術師で知っているのは
ゲスターだけなので、
他の黒魔術師たちの話や行動が
よく理解できませんでした。
ゲスターは臆病で怖がりだけれど、
自分が黒魔術師であることを
卑下したことはありませんでした。
けれども、マントたちは、
自分たちが黒魔術師であることを
大きな弱点や傷のように
振る舞っていました。
確かに、自分も
ロードだと確信する前は
黒魔術師たちを嫌っていました。
しかし、ゲスターが
黒魔術師であることを
知っているせいか、
黒魔術師だと言われても、
不思議に思わなくなったと
ぼんやり考えていると、
ずっと静かだったゲスターが
朱色のマントに、
ここにいる人たちは、
「黒魔術師はここに集まれ」という
合図を受けて、
やって来たのかと尋ねました。
先ほどの朱色のマントの言葉を利用して
彼らを探っているようでした。
朱色のマントはすぐに頷き、
ロードが目覚めたから
集まろうという言葉が
タナサンの近くに広まっていたと
笑顔で答えました。
ゲスターは、
村人たちが消えたのは
彼らの仕業かと尋ねました。
朱色のマントは、
そんなはずがない。
久しぶりに集まるのに
わざと目立つようなことを
するはずがないと答えました。
さて、移動しているうちに、
固く閉ざされた扉が現われました。
紺色のマントが、
その扉の上に手を乗せて
奇妙な模様を作って扉を開ける間、
ゲスターはラティルの耳に口を当てて
黒魔術師たちは、
あまりにも排斥されているので
警戒心が強い。
今回は、ロードが復活したという
話があったので、
それでも、一度集まったようだと
そっと教えてくれました。
ラティルは頷きましたが、
それよりも、ゲスターが
普段のように
言葉の語尾を伸ばさないことと、
先程、仮面を脱いだ時に
現れたあの顔について、
気になりました。
一体、あの顔は何だったのかと
考えていると、後ろから、
自分たちを呼んだ黒魔術師が、
対抗者を捕まえたと
大口を叩いたけれど本当なのかと
とても気になる言葉が
聞こえてきました。
ラティルは目を大きく見開き、
誰を捕まえたのかと尋ねました。
もしかして、ゲスターは
黒魔術で顔を
変えられるのでしょうか?
当時、ラティルは、
気づいていませんでしたが、
パヒュームローズ商団と共に
カリセンへ行った時も、
ゲスターは、アナッチャの前で
顔を変えていました。
前々回のお話で、狼男が
耳を半分、切られましたが、
それと、ゲスターの雰囲気が
狼のように変わったのは
関係あるのでしょうか?
ゲスターが、
いつもの彼と違うのは、
ラティルの危機に、
おとなしくて、
か弱いふりをしているわけには
いかないと思ったのか、
ゲスターの中にいる
別の人格が出て来たのか
どちらなのでしょうか?
今回のお話は、
色々と謎が残りました。