542話 ラティルとゲスターはカリセンの兵士たちに長槍を向けられていますが・・・
◇計画変更◇
ラティルは、
敵のふりをして捕まろうと提案すると
ゲスターは真っ青な顔で
反対しました。
しかし、ラティルは
大っぴらに顔を見せれば
自分たちがここにいることが
怪しまれるけれど、
何人かの人物だけに
自分たちの正体を教え、
タリウムで代役を立てて
来たとかいう風に誤魔化し、
自分たちがここに来たことを
秘密にして欲しいと言えば
タリウムの方でも
変だと思うことはないと、
黒魔術師に聞かれないように
ゲスターの耳に口を当てて、
説得しました。
それでもゲスターは、
とても危険だと言って
簡単に応じませんでした。
もどかしさを覚えたラティルは
それでは他に方法があるかのかと
尋ねました。
ゲスターは、
いっそのこと、
自分が彼らの間に入って・・・
と言いましたが、ラティルは
狐の穴は壊れているではないかと
指摘しました。
しかし、ゲスターは悲壮な表情で
それでも彼らを撹乱するのは
可能だと言いました。
しかしラティルは
少しも彼を信頼できませんでした。
ゲスターは臆病で柔弱な性質でした。
狐の穴が使えないゲスターが
敵陣の真ん中に踏み込めば、
ラティルの心臓は
縮むに違いないと思い、
ゲスターは怖がりなので、
そんなことをしたらダメだと
反対しました。
ゲスターは怖がりの猫のように
ラティルを凝視しました。
ラティルは
ゲスターの手を一度握った後、
自分たちを、しきりに妙な目で
チラチラ見ている黒魔術師を
呼びました。
そして、消え入りそうな声で
返事をする黒魔術師に、
先頭に立って、自分たちの盾になれと
命令しました。
黒魔術師は顔をしかめましたが
自分に拒否する権限がないことを
知っているのか、素直に返事をして
慎重に前に進みました。
しかし黒魔術師が前に出るや否や
兵士たちの警戒は、
さらに強まり、彼らは同時に槍を
いっそう高く立てました。
ラティルは後ろから、
何をしているのか。
それでは、
攻撃しに行くように見えるから
降伏の意思表示をして行けと
唇をほとんど動かさずに
指示しました。
黒魔術師は両手を上げました。
しかし、兵士たちは今回も警戒し、
槍をさらに立てました。
黒魔術師の手のひらから
呪いでも飛んでくるのではないかと
疑っている様子でした。
これを見た黒魔術師は
どうしたらいいのかと
ラティルに尋ねると、
彼女はしばらく考えてから
「続けて」と指示しました。
黒魔術師は、
そんなことをすれば
自分が槍で刺されると抗議しましたが
ラティルは黒魔術師に、
立ち止まって「降伏」と大声で叫べと
指示しました。
黒魔術師は泣きそうになりながら
ラティルを睨みましたが、
彼女が淡々と「行け」と命令して
顎を振ると、
やむを得ず再び先に歩き始めました。
ラティルが戸惑うほど
協調的な態度でした。
意外と言うことを全部聞くなんて
自分がそんなに怖かったのかと
ラティルは不思議に思いながらも、
ゲスターと2人で
黒魔術師の後を追いました。
兵士たちは
3人が近づくにつれて緊張し、
武器を高く構えるだけで、
少しも油断しませんでした。
ある程度の距離まで近づくと、
指揮官と思われる一人が出てきて
「止まれ!」と叫びました。
ラティルも後ろで
「止まれ」と囁くと、
黒魔術師は立ち止まりました。
指揮官は黒魔術師を見ると、
彼が何者で、何を企んでいるのかと
大声で尋ねました。
黒魔術師は、歯ぎしりをするだけで
答えようとしませんでしたが、
ラティルが後ろから突くと、
自分は石を召喚した黒魔術師で
降伏しに来たと答えました。
指揮官は、
黒魔術師の不気味な表情を見ると
そんなあり得ないことを
信じろと言うのかと
呆れながら尋ねました
その質問を聞いた黒魔術師は
反射的にチラッと後ろを向きました。
その瞬間、指揮官は
黒魔術師の背後で、
ラティルが指示を出していることに
気づき、
黒魔術師の後ろにいる者が
直接話せと指示しました。
とても機転が利く人でした。
計画していた通り、
3人並んで入ることが
できなさそうでした。
結局、ラティルは計画を変え、
黒魔術師を後ろから叩きつけて
気絶させました。
そして、倒れる黒魔術師を
受け止めながら、
「このようになった」と
説明しました。
突然の内輪揉めに、
兵士たちの鋭気が少し弱まりました。
依然として槍を
下ろしてはいませんでしたが、
自分たち同士で
視線を交わすのが見えました。
指揮官は眉をひそめて、
何を企んでいるのか。
そんなことを信じると思うのかと
叫びました。
ゲスターも
ラティルが計画を変更したのを
知らないので、
怯えたように身体を震わせました。
しかし、ラティルは、落ち着いて
ロズータ卿と話がしたいと
要求しました。
指揮官は、
どういうつもりなのかと尋ねましたが
ラティルは、
ロズータ卿に話すと答えました。
指揮官は、まさかラティルが
特定の一人を指名するとは
思わなかったのか、先程より、
少し動揺した様子を見せました。
しかし、ラティルがひたすら
毅然とした態度で立っていると、
しばらくして指揮官は
部下に目で合図を送りました。
指示を受けた兵士2人は、
そっと隊列の後ろに抜け出しました。
ラティルは、
2人の兵士が抜けた場所を
他の兵士たちが
次々と埋めていくのを見て
司令官を見つめました。
司令官は、
ラティルを鋭く見つめていましたが
彼女と目が合うと、さらに数歩近づき、
ふざけたことをしたら、
ただでは済まないと警告しました。
◇あの日のこと◇
でも、思っていたより、すぐに
飛びかかって来ないですね?
皆、私たちを黒魔術師だと
思っているからだと思います。
3人ともマント姿じゃないですか。
陛下はあまりにも無謀で勇猛です・・
そうでしょう?
かっこいいです。
うんうん、そうですよね?
ゲスターとひそひそ話をしていると
ぎっしりと立っている兵士たちが
移動しながら道を作っているのが
見えました。
ラティルは話を止めて
そちらを見ました。
兵士たちをかき分けて、
ヒュアツィンテの近衛騎士団長
ロズータ卿が近づいて来ました。
訝し気な様子でありながらも、
慎重に近づいて来たロズータ卿は
指揮官のそばまで近づくと、
すぐに、自分を呼んだのが
ラティルであることに気づき、
彼女を黒魔術師呼ばわりすると
自分を呼んだのはお前かと
尋ねました。
ラティルは、
自分は黒魔術師ではないと告げ
2人で話がしたいと言いました。
ロズータ卿は、
何を言っているのかと尋ねました。
ラティルは、
使節団、そちらも2人、
自分たちも2人、 辺境の村。
と、以前、
ヒュアツィンテとロズータ卿が
カリセンの使節団に偽装して
タリウムを訪ね、
2人だけ先に帰った時に、
自分と出会って一緒に移動したことを
話しました。
それについて知っているのは
ヒュアツィンテとラティルと
ロズータ卿、
そして、彼女が連れていた
近衛騎士1人だけだからでした。
ロズータ卿は、
すぐにラティルの言ったことが
理解できませんでしたが、
やがてぎょっとしました。
まさかという目で
ラティルを見つめました。
しかし、ついに決心したのか、
彼は指揮官よりも近づき始めました。
相変わらず腰に
手をかけた状態ではありましたが、
話をする気にはなったようでした。
ラティルは辛抱強く待ちました。
ロズータ卿が近づくと、彼女は、
ヒュアツィンテは大丈夫ですか?
と、ほんの少しだけ尋ねました。
この言葉を聞いて、
ローズタ卿は口を大きく開け、
急いで挨拶をしようとしましたが
ラティルは素早く首を横に振ると、
ヒュアツィンテが危急だと知り
急いでやって来た。
代役を立てて来たので、
知っているふりをするなと
指示しました。
ロズータ卿は頷くと、
ラティルの肩を見ながら、
彼も黒魔術師ではないのかと
尋ねました。
ラティルは、それを否定し、
彼は黒魔術師で、
石を呼び出していたので捕まえた。
彼が犯人だと告げました。
ロズータ卿の目が大きくなり、
彼が「陛下・・」と呼ぶ声は
ゲスターの口調のように
間延びしました。
ラティルが彼らの宮殿を壊した犯人を
捕まえてくれたので、
感動したようでした。
ラティルは、自分のことを
知っているふりをしてはいけない。
調べたところ、
今、この辺りにいるのは、
この黒魔術師だけだけれど
合図を送れば別の黒魔術師が
こちらに来るそうだ。
もしかしたら、
それほど遠くない所に
いるかもしれない。
騒がしくなったら調べに来るだろうと
もう一度警告すると、ロズータ卿は、
かろうじて表情管理し、
自分に付いて来るよう言いました。
ロズータ卿が、ラティルと一緒に
指揮官の近くへ行くと、
指揮官は依然として
ラティルとゲスターを警戒しながら
この人は誰なのかと尋ねました。
ロズータ卿は、
彼に知らせてもいいかと目で尋ねると、
ラティルは頷きました。
ロズータ卿は、
タリウムの皇帝陛下だと短く答えると
驚いた指揮官が、
あっという間に挨拶しようとするのを
今度はロズータ卿が
彼の腕をつかんで止めました。
ロズータ卿は指揮官を見ながら、
再びラティルに
付いて来るようにと言いました。
ついに、ラティルは
ロズータ卿に続いて、
宮殿の城門を囲む兵士たちの間を
通り抜けることができました。
すると、がらんとした
広場と通りが見えました。
しかし、大きな岩が
あちこちに散らばっている宮殿と違って
宮殿の外は人がいないだけで、
きれいでした。
ラティルは、
人々の様子を尋ねると、ロズータ卿は
被害は宮殿の外まで
広がってはいないけれど、
皆、驚いて避難した。
ほとんどが城壁の外で野宿していると
答えました。
その後、兵士たちがいない場所まで
移動すると、
指揮官はこれ以上我慢できずに、
なぜ、タリウムの皇帝が、
ここへ来たのかと尋ねました。
ラティルは、
カリセンの皇帝を助けに来た。
自分も助けてもらったことがあるからと
答えました。
指揮官の声と瞳が揺れました。
先程、険悪な態度で、
ラティルに叫んだのを
思い出しているようで、
自分は、ラティルが皇帝であることを
知らなかったと言い訳をしました。
ラティルは、
わざと黒魔術師の仲間のふりをして
潜入しようとしたのは自分なので
大丈夫だと指揮官を安心させた後、
ロズータ卿に
ヒュアツィンテの状態を尋ねました
ロズータ卿は、
ラティルが犯人を捕まえてくれたので
嬉しそうな顔で歩いていましたが、
ヒュアツィンテの話が出てくると
顔色が暗くなり、
岩が皇帝の肩をかすめて通り過ぎたと
答えました。
ラティルは、
大丈夫なのかと尋ねました。
ロズータ卿は、
命に別状はないけれど、
回復するには時間がかかりそうだ。
それでも皇帝は、
素早く横に避けたので、
被害がその程度で済んだと答えました。
ラティルは、
ザイシンをしばらくこちらへ連れてきて
急を要する人を中心に、何人かだけでも
治療してもらえるだろうかと
考えました。
◇再会◇
ラティルが物思いに耽ると、
他の人たちも一緒に静かになりました。
一行は、神殿の近くに着くまで
何の話もしませんでした。
神殿に到着すると、ラティルは、
神殿の周りを幾重にも囲んだ
兵士たちを見た後、
遠くを見回しました。
神殿の周りと中庭には
避難した人たちが
急いで荷造りしたような荷物を置いて
地面に集まって座っていました。
彼らは、木の器に盛られた
スープを飲んでいました。
何人かは服や布団を敷いて眠っていて
何人かは、真剣な顔で
話をしていました。
神官たちが、
薬材なのか食材なのか分からない
植物が入ったかごを持って
急いで移動するのが見えました。
兵士の1人が細長い旗を持って、
神殿の中に入る人は
こちらへ来るようにと叫ぶと、
何人かの人たちが立ち上がり、
カバンや包みなどを持って
兵士に近づきました。
どうやら住民たちは、
ここで仮住まいをしているようで
家から生活必需品を持ってきて
使っているようでした。
よく見ると、
商人のように見える何人かの人が、
持ってきた小さなカートに
食料品を積んで
人々に売る姿も見えました。
ロズータ卿は、
それでも冬が終わった後で良かった。
家や職場もほとんど無事だし、
そうでなければ、
人々はもっと大変だったと話しました。
ラティルは、
全ての人々を、この神殿に
収容することはできないと思うと
指摘すると、ロズータ卿は、
もちろん、その通りで
人々は四方に散らばっていると
返事をしました。
ラティルはロズータ卿に付いて
神殿の中に入って行くと、
誰かがこちらへ近づき、
皇帝がロズータ卿を探していたと
告げました。
ラティルは、その人が
宰相であることに気づきました。
親交はないけれど、
顔は知っていました。
宰相は、ロズータ卿と一緒に来た
不審な者たちを見ると、
不思議に思いながら、
この人たちは誰なのかと尋ねました。
そして、宰相は指揮官を見ると、
人を送ってロズータ卿を呼んだのは、
この人たちのせいかと尋ねました。
ロズータ卿は、指揮官が答える前に
宰相の耳に直接囁きました。
彼は目を丸くしてラティルを見ました。
しかし、それも一瞬だけで、
宰相は素早く心を落ち着かせると、
両手である方向を指差し、
ラティルを、そちらへ案内しました。
宰相に付いていくと、神殿の中に、
負傷者たちが横たわっていました。
神官と医者たちが
彼らを治療しているのが見えました。
ラティルの視線に気づいた宰相は、
ほとんどが、急いで避難をして
怪我をした人たちで、
皆、外傷患者だと、
そっと知らせました。
怪我をした人たちの間を通ると、
今度は大きな扉が現れました。
宰相は、
この中で会議中で、皇帝もここにいる。
見知らぬ人が先に入ったら
驚くと思うので、自分が先に入ると
ラティルに了解を求めました。
彼女は、
そうしてくれるとありがたいと
返事をしました。
宰相が中に入った後、
ラティルは、ゆっくりと
彼の後に付いて行きました。
中に入ると大きな机があり、
片腕と肩に包帯を巻かれた
ヒュアツィンテが上座に、
その周りに他の大臣と騎士が集まって
座っているのが見えました。
ヒュアツィンテは
宰相の方を見ていましたが、
見知らぬ者たちが、
ぞろぞろ入って来ると、
眉をひそめながら、
あの人たちは誰なのかと尋ねました。
ラティルは宰相が答える前に、
まずマントのフードを脱いで
顔を出しました。
このお話では、どんな場面でも
侮ってはいけないと思います(笑)
まさか、顔を変える仮面を
取りに行った時、
馬車の修理を手伝ってくれた
ロズータ卿を、
自分が誰であるかを証明するために
利用するなんて、
危機的状況にある時の
ラティルの頭は、
本当に回転が速いと思います。
そのようなところで
頭をたくさん使うので、
恋愛に関しては鈍感なのだと
思うことにします。
ところで、
ラティルが仮面を取りに行くのに
付いて行ってくれたのは
ソスラン卿でしたが、
彼も、偽皇帝事件のせいで、
投獄されて苦労をしたので、
近衛兵ではなく、名前を出して
欲しかったと思いました。