681話 カルレインはラティルに動物の仮面たちに会いたいかと聞かれました。
◇私も行く◇
ラティルは、
動物の仮面?
と聞き返した後、
ゲスターがかぶっていた
狐の仮面を思い浮かべました。
ラティルは、
ゲスターのことかと尋ねると、
カルレインは、
彼も含まれていると
眉をひそめて答えました。
またコーヒーを
持ってきましょうか?
ヘイレンは、
コーヒーカップの上に手を置いて
タッシールに尋ねました。
ラティルはヘイレンを一度見た後、
再びカルレインを見て、
ゲスターのような黒魔術師が
たくさんいるのかと尋ねました。
カルレインは、
黒魔術師はむしろ少ない。
多くは黒死神団に所属する
吸血鬼だけれど、
狐様と呼ばれているゲスターや
レッサーパンダ様と呼ばれる
ガーゴイルのランブリーのような者も
いるので、全員ではないと答えました。
狐と聞いて、ヘイレンは、
タッシールの顔をのぞき込みました。
ラティルはタッシールの顔を
一緒に見て、
あっ!
と叫ぶと、
そういえば、
ウサギの仮面をかぶった人が
トゥーラと話をしているのを
見たことがあるけれど、
その人もそうなのかと
カルレインを見て尋ねました。
カルレインは、
ドミスが亡くなった後、
次のロードのために
集まった人たちだ。
そうでなくても、皆、ご主人様に
会いたがっていたけれど、
あまりにも目立つので、
自分がずっと阻んでいたと
答えました。
ラティルは、
仮面を脱いで来れば、
あまり目立たないと思うと
言いましたが、
カルレインは返事を避けて
目を動かしていました。
何か言えない事情があるようでした。
タッシールは、
その仮面をかぶった人たちは、
仮面をかぶっていない人たちより
強いのかと口を挟みました。
カルレインは、
どうやらそうだと答えて頷くと、
返事を待つかのように
ラティルを見つめました。
ラティルとしては
拒否する理由がありませんでした。
吸血鬼の中でも、特に強い吸血鬼だし
しかも、カルレインの仲間であるため
戦力が強化され、
むしろ良いことでした。
ラティルは、
良かった。
もっと早く紹介してくれれば
良かったのに言うと、
嬉しさのあまり、
カルレインの脇腹を突きましたが、
彼の表情は今回も曖昧でした。
ラティルは、
どうしたのか。
もしかして変な仲間なのかと
尋ねました。
カルレインは、
変ではないけれど、
やはり、ご主人様が
ドミスと対抗者との戦いに
追随することを
目標としている人たちなので・・・
と答えました。
ラティルは、
世界征服みたいなのが夢なのかと
尋ねましたが、カルレインは
その質問の返事を避け、
とりあえず、
皆、散らばっているので、
会う時間をできるだけ早く確保すると
言いました。
ラティルは眉をひそめました。
例に挙げられたのが
レッサーパンダとゲスターなら、
確かに個性の強い人たちだと
思いました。
その時、タッシールが、
自分も一緒に行ってもいいかと
手を上げて
話に割り込んで来ました。
カルレインは、
タッシールは付いて来なくてもいいと
拒否しましたが、
タッシールは額に手を当てながら、
話を聞いているうちに
気になってしまったので、
むしろ自分も一緒に行った方がいいと
言いました。
◇子守歌◇
タッシールとカルレインとの
会合を終えたラティルが
彼らと交わした話を
頭の中で整理しながら執務室に戻る時
湖のほとりで、
湿気を含んだ風に紛れて
歌声が聞こえてきました。
ラティルは足を止めて
そちらへ首を向けました。
ラティルはその歌声を聞いて、
アリタルとシピサと議長が
小屋に住んでいた時に、
父親に会いたいというシピサを
宥めるために、アリタルが
子守唄を歌っていたことを
思い出しました。
シピサにその歌を歌ってあげたら
もっと母親に近い存在に
なれるだろうか。
ラティルは歩きながら、
その歌を思い出そうと努力しました。
曲だけでもいいので思い出せればと
頑張ってみましたが、
子守唄は、
ラティルの母親が聞かせてくれた、
子守唄になってしまいました。
ラティルは執務室へ向かって
歩いていましたが、
温室に方向を変えました。
ギルゴールもこの歌について
知っていると思ったからでした。
温室の扉を開けて入るや否や、
ギルゴールが目の前に立っていました。
驚いて後ろに下がろうとするラティルを
ギルゴールは手を伸ばして掴みました。
驚いたラティルは、
心を落ち着かせた後、
なぜ、そこでそうしているのかと
遅ればせながら尋ねると、
ギルゴールは自分の耳に
手を触れながら、
お嬢さんが来る音を聞いたからと
答えました。
ラティルは、
どうして自分だと思ったのかと
尋ねると、ギルゴールは
お嬢さんの足音は独特だと答えました。
ラティルは、
どのように独特なのかと尋ねると
ギルゴールは、
吸血鬼とも違うし、人間とも違う。
だからといって、食餌鬼でもないと
答えました。
それからギルゴールは、
口角を上げてラティルの手を取ると
中へ引き入れ、
よく来てくれた。
そうでなくても、お嬢さんに
会いに行こうかと思っていたと
話しました。
ラティルは、
ギルゴールとシピサが
ラティルを巡って
言い争いをしていたと、
グリフィンが告げ口したのを
思い出しました。
ギルゴールはその話をするために
ラティルに会いに来ようとしたのかと
彼女は考えました。
ギルゴールは、
私に機会を与えなければならないと
言ったんでしょう?
とラティルを引っ張り続けながら
尋ねました。
それはグリフィンが伝えてくれた
話の中になかったので、
ラティルは驚きました。
彼女は、
えっ?
と聞き返すと、ギルゴールは、
シピサから聞いたと言いました。
ラティルはギルゴールの長い首と
後頭部を見つめました。
彼がこの言葉を
どのような気持ちで言っているのか
見当がつきませんでした。
余計なことをしたと思って
叱るのだろうか。
それとも、ラティルが
彼とシピサのために
努力したことに
感謝しているのだろうか?
そんなことを考えているうちに、
ついにギルゴールは
目的地に到着しました。
そこは、彼が育てた頭の植物が
植えられた菜園でした。
ギルゴールは、
照れくさそうな様子で
頭を一つ、根こそぎ抜き取ると
お弟子さんにプレゼントと言って
頭をラティルに渡しました。
ギルゴールの頬が
赤く染まっているのを見て、
ラティルは、
自分がシピサに言った言葉を
ギルゴールが気に入っているようだと
思いました。
ギルゴールは、
さあ、どうぞ持って行って。
と促しましたが、
ラティルはギルゴールが差し出す頭が
嫌でした。
ラティルは、
結構です。
と断ると、すぐに、
この歌は何の歌だと思う?と尋ねて
アリタルの歌っていた子守唄を
口ずさみました。
ギルゴールは目を半開きにして、
その歌を聞きました。
そして、ラティルは、
一番自信のある部分を歌い終えると
何だと思う?
と尋ねました。
ギルゴールは何も言わずに、
再び頭の花を差し出しました。
ラティルは嫌だと言って、
花を叩き返すと、ギルゴールは、
にこやかに笑いながら
お嬢さんが口ずさむ、その歌を聞いて
何の歌なのか当てられるような人間は
一人もいないだろうと言いました。
ラティルは
ギルゴールの言葉を信じませんでした。
ラティルが贈り物を断ったので、
ギルゴールが、
悪口を浴びせたのだと思いました。
しかし、ギルゴールの言葉の通り、
シピサは、ラティルが訪ねて
歌を口ずさんでも、
少しも聞き取れませんでした。
彼は口を開けて
ラティルをぼんやりと見つめました。
ラティルは、シピサのその顔に
ギルゴールの意地悪な言葉が重なり
腹が立ちました。
ラティルが口ずさむのを終えると、
シピサは謝りながら、
重要な歌なのかと
おずおず尋ねました。
そして、シピサは、
長い間、山の中で過ごしていたので
最近の歌は一つも知らないと
言い訳をしました。
ラティルは、
彼のありのままの悪評に
自信をなくしましたが、
だからといって、
シピサに子守唄を歌ってあげたと
言っても、強い印象を
残せそうにありませんでした。
落ち込んだラティルは、
これをあげようと思って来たと
告げると、
持って来たゼリーだけを
差し出しました。
シピサはゼリーを受け取ると、
首と耳を真っ赤にして
頭を下げました。
ラティルが
ギルゴールのそばにいなければ、
ラティルとアリタルが
シピサの心の中で
ぶつかることはなさそうでした。
それでも、念のため、
ラティルは執務室に戻らずに
レッサーパンダを呼ぶと、
シピサの所へ行って、
今、何をしているのか
見て来て欲しいと頼みました。
15分後に戻ったレッサーパンダは、
シピサはゼリーを食べながら
変な歌を口ずさんでいたと答えました。
ラティルは、ほっとして
レッサーパンダにも
お菓子をあげました。
お菓子を一口食べると、
ギルゴールの子供は
ラティルの前世の子だけれど、
皇女はラティルの現世の子だ。
だから、皇女の面倒も、
少し見た方がいいのではないと
助言しました。
それからレッサーパンダは、
お菓子を砕きながら
食べていたところ、
ラティルと目が合いました。
彼は、急いで逃げ出しました。
ラティルはため息をつくと、
窓をすべて閉めて
ソファーに座りました。
どのくらい長い間、そうしていたのか。
だんだん、眠気に襲われた頃、
扉の外から、
サーナット卿の来訪を告げる
下女の声が聞こえました。
ラティルは半分目を閉じたまま、
ソファーの横に置かれた
鐘を押しました。
大きな扉が両側に開き、
サーナット卿が入って来ました。
ラティルはサーナット卿が
なぜ来たのか、
すぐに思い出せませんでしたが、
彼が胸に抱えている報告書を見て、
昼間の指示を思い出しました。
ラティルは腹立ちまぎれに
彼に仕事を押し付けたことを
遅ればせながら、
申し訳ないと思いました。
彼に怒ることではありませんでした。
しかし、サーナット卿が
報告書を差し出しながら、
腹いせは、もう済みましたか?
と言った言葉が、
ラティルの神経を逆なでしました。
ラティルは報告書を見ながら
サーナット卿を見つめました。
彼は無表情で
ラティルを見下ろしていましたが、
彼女が無駄な業務を彼に与えて
夜勤させたことに
怒っているようでした。
ラティルの神経は、
さらに激しく揺さぶられました。
ラティルは
文句を言おうとしましたが、
ダメです。我慢しよう。
と熱心に自分を宥めて
報告書に目を通しました。
しかし報告書を一枚一枚開く度に、
自然に顔が歪んで行きました。
報告書は、
めちゃくちゃではないものの、
優れてもいませんでした。
ラティルは、サーナット卿が、
もっと上手に書けることを
知っていました。
もう行ってもいいかと、
サーナット卿が頭上で聞きました。
ラティルのために
無理やりこの場にいるけれど、
早く帰りたいという気持ちを
彼は少しも隠しませんでした。
ラティルの忍耐力は、
そこで途切れてしまい、
目次が完全にめちゃくちゃだとか、
前年度の予算案が、
うまく活用されていたかどうか
調べて提出しろと言ったのに、
前年度の予算案と
今年度の予算案と比べて、
だらだら書いてあるだけだと
文句を言いました。
すると、ラティルは
上から冷たい空気を感じました。
そっと視線を上げると、
サーナット卿が目を細めて、
ラティルを見下ろしていました。
目が合うと、
彼は、その表情を維持したまま、
こんなことなら、
自分が陛下を愛していた時に、
よくしてくれたらよかったのにと
非難しました。
その言葉に、ラティルが驚くと、
サーナット卿は、
自分が皇帝を慕っていた時は、
いつも、あちこち逃げていたのに、
自分が皇帝の手から離れると、
こんなに稚拙に嫉妬するのかと
非難しました。
ラティルは口をポカンと開けて
サーナット卿を見上げました。
今、この人は何を言っているのか。
的を得た言葉に
ラティルはひどく怒りました。
サーナット卿は、
皇帝の関心を得るために、
絶対に皇帝の手の上に
乗ってはいけない。
皇帝は利己的だと非難しました。
ラティルは怒って
サーナット卿の名前を叫びました。
しかし、サーナット卿は、
これから皇帝が、
こんな馬鹿げたことをするよう
指示したら、
自分もいい加減に仕事をする。
自分の任務は、
皇帝を守り保護することで、
皇帝に
八つ当たりされることではないと
きっぱり言いました。
ラティルは首の後ろを押さえました。
仲が良い時は、ラティルを
ずうずうしく、からかっていたのに、
仲が悪くなると、ムカつくことまで
言うようになりました。
数時間前も、ミロの件で、
タッシールと意見が衝突し、
自分は利己的なのかと悩んだのに、
サーナット卿まで
「利己的」という言葉を使うと、
ラティルはさらに腹が立ちました。
彼女は、
サーナット卿の自分に対する気持ちが
本当に冷めたのなら、自分は、
こんなにしつこくしないし、
未練がましくしたりしない。
そうではなく、
怪物のせいでこうなったから、
そうしていると叫びました。
怪物?
サーナット卿は
眉をひそめながら尋ねました。
ラティルは、しまったと思いました。
彼は、自分の状態が
怪物のせいだということを
知らずにいました。
しかし、すぐにラティルは
このことを
秘密にし続ける必要はないと
思いました。
ラティルがサーナット卿に
このことを秘密にしたのは、
彼が愛を失った現場へ
再び連れて行くためでした。
彼が面倒だからといって
心を拾いに行くのを
拒否するのではないかと
心配したからでした。
けれども、どうせ心を
取り戻すことができなければ
怪物の話をしても、
もう関係ありませんでした。
ラティルは、
サーナット卿が
ゲスターに頼まれて捕まえて来た、
あの中空の天使を斬ると、
副作用として
愛を失ってしまうそうだ。
その話を聞いたから、
こんなに気にしているだけ。
ベタベタしているのではないと
自分が聞いても
嘘のようなことを話すと、
報告書を振り回し、
サーナット卿を追い出しました。
◇ゲスターの所へ◇
皇帝にその言葉は本当かと
サーナット卿は聞く暇もなく、
部屋から追い出されました。
彼の背後で扉が激しく閉まると、
侍女たちは目を輝かせて
彼を見つめました。
サーナット卿は落ち着いて
応接室を出ましたが、
彼は廊下に出るや否や、
険しい表情をして、
ゲスターの住まいへ
素早く歩いて行きました。
好奇心旺盛なタッシール。
自分の知らない世界を
覗き見たいという気持ちに
共感しました。
危険な目に遭うかもしれないと
分かっていても、
タッシールの好奇心は
抑えきれないと思います。
もしかしてギルゴールは
頭の形の花がお気に入り?
彼は、
ラティルに嫌がらせをするために
花をあげようとしたのでは
なさそうなので、
それが、
なかなか素直になれない
ギルゴールの感謝の表し方なのかと
思いました。
今回出て来たレッサーパンダは
ランブリーの方だと思いますが、
いいこと言うなと思いました。
シピサの面倒を見ることも
大切かもしれませんが、
自分の産んだ子であり、
アニャドミスの転生を
ないがしろにしたら、
悲しい歴史を繰り返すことになると
思います。
ラティルのことを
心から愛していたサーナット卿は、
彼女が側室を迎えてから、
ずっと嫉妬に苦しんでいたと
思います。
けれども、彼は
ラティルの騎士にすぎないので、
その気持ちを、
必死に抑えてきたのではないかと
思います。
けれども、
ラティルへの愛が失われると、
ここまで残酷なことが言えるのかと
少し驚きを感じました。
ラティルも、売り言葉に買い言葉で
サーナット卿にひどいことを
言ってしまいましたが、
少しは、
サーナット卿を大事にしなかった
自分のことを、
後悔して欲しいと思います。