778話 カリセンからのプロポーズの返事は?
◇ラティルが怒りそう◇
レアンの腹心が、固い表情で
部屋の中に入って来た時、
レアンは、新しいバイオリンと
予備の2つのバイオリンを並べて
見ていました。
腹心はレアンに近づき、
クラインが使節を殴った話を
聞かせると、
レアンは話が終わる前に
大笑いしました。
レアンが怒ると思っていた腹心は慌て
それで大丈夫なのかと尋ねました。
レアンは、
愚かな皇子が役に立ったのだから
怒るはずがないと答えました。
その返事に、腹心が驚いていると、
レアンは、そのおかげで、
もっと自然に、本命に
プロポーズできるようになったと
説明しました。
腹心は、小心なだけで、
頭は悪くないので、
わざと喧嘩を売って
プロポーズを拒否されれば、
勘がいい人は
変に思うかもしれないという、
レアンの言いたいことを理解しました。
彼は口の端を上げると、
ラティルがひどく怒りそうだと
言いました。
◇こっそり付いて来た◇
ラティルが謁見室に入った時、
すでに使節団が到着して
集まっていました。
一体、どういうわけで、
秘書が慌ててやって来たのか?
プロポーズを断られただけで
慌てる理由になるのかと、
ラティルは訝し気に歩いて行くと、
一番前に立った使節の一人の顔に
大きな痣がありました。
ラティルは、
その顔はどうしたのか。
誰かに殴られたのかと尋ねました。
ラティルは、
本当に彼が殴られたと思って
聞いたわけではありませんでしたが、
彼女が声をかけるや否や、
痣ができた伯爵は、
クライン皇子のせいで
完全に仕事が台無しになったと、
とても悔しそうな声で答えました。
その返事に戸惑ったラティルは、
顔に痣がある理由を尋ねたのに、
なぜクラインの話が出て来るのかと
聞き返しました。
痣のある伯爵は、
最初は話がうまくいっていた。
ヒュアツィンテ皇帝は、
賢明で才能豊かな淑女である
ティメナ伯爵とレアン皇子が
結婚すれば、
お互いに役に立つと言ってくれた。
ところが、
話がうまくいっている途中に
突然、クライン皇子が飛びかかって
自分を殴ったと、
泣きべそをかきながら訴え、
自分の顔を指差しました。
ラティルは口をポカンと開け、
その悲しい瞳を見つめながら、
クラインが、
なぜ、そんなことをしたのかと
渋い顔で尋ねました。
伯爵は、口をつぐんで
唇を噛み締めました。
ラティルは頬を掻くと、
肩をぶるぶる震わせながら
後ろに立っている随行員たちを
見つめました。
これだけ目撃者が多ければ、伯爵が、
殴られていないなんていうことは
ないだろうと思いました。
それに伯爵の目の下は真っ青なので、
まともに一発殴られたのは
明らかでした。
しかし、ラティルは、
クラインが突然殴った理由が
あるのではないかと考えました。
彼女は、伯爵の隣に立っている
他の大臣を見ました。
幸いその大臣は無事でした。
ラティルに見つめられると、大臣は、
伯爵は、クライン皇子が
そこにいることも知らなかったし、
伯爵は皇子に
言いがかりをつけてはいないと
うつむいて答えました。
その言葉を聞いて、ラティルは、
さらに何か言おうとしましたが、
伯爵は、痛む自分の目元を指しながら
クライン皇子は
自国のカリセンに行ったことで
傲慢になっている。
それで皇帝の命令に従った自分を
このように殴ったと訴えました。
他の大臣も
プロポーズは断られた。
到着したティメナ伯爵が騒ぎを見て、
その場で断って立ち去ったと
落ち着いて、付け加えました。
ラティルが「やれやれ」とぼやいた
その時、
後ろに立っていた男の1人が
突然飛び出して来て、
かぶっていた帽子を脱ぎ捨てました。
その荒々しい行動に
頭を上げたラティルは、
目を大きく見開きました。
それはクラインでした。
彼は、
自分が奴を殴ったのは、
彼が皇帝を侮辱したからだと
主張ました。
怒っていた伯爵も、クラインを見て
ポカンと口を開きました。
他の大臣も、やはりクラインが
自分たちの後ろにいたことを
知らなかったのか、
よろめきました。
ラティルがクラインの名を
ぼんやりと呟くと、
サーナット卿が後ろで
作り笑いをしました。
ラティルはクラインに、
なぜ、そこから出て来たのかと
尋ねました。
クラインは、奴がこの件について
自分の都合のいいように
言うのではないかと思って
一緒に付いて来たと答えると、
一歩一歩、歩きながら
着ていた上着を脱いで
さっと後ろに投げました。
その度に、
後列に立っていた使用人たちが、
偶然、衣類を受け取りました。
クラインが伯爵のそばに到着した時、
彼は薄いシャツとズボン姿でした。
その状態で彼は、
この伯爵は
プロポーズをしながら皇帝を侮辱し、
皇帝の名誉を損なった。
プロポーズをしに来ながら
プロポーズを
断られに来たのではないかと
怪しむほどだったと主張しました。
的を射た言葉に
伯爵は慌てて否定しましたが、
ラティルは
クラインの話を聞くや否や、
彼が真実を話したことに気づきました。
なぜ、レアンが
適当に書いた候補者を選択したのか、
ずっと気になっていましたが、彼は
とんでもない人を適当に選んで、
最初は、わざと
断られるようにするつもりだった。
本当の候補者をすぐに選べば
自分が彼の意図を推察するかと思って
一度、隠したんだと理解しました。
ラティルはクラインに感心しました。
彼のおかげで、
レアンの意図を知ることができて
すっきりしました。
気分が良くなったラティルは
クラインに近づき、
着ていた毛皮のマントを
彼に掛けてやりました。
クラインは、
叱られると思っていたのか、
感動した目でラティルを見ました。
一歩遅れて、気を取り直した伯爵は
皇子が、事を自分の有利になるよう
言い換えていると抗議しました。
しかし、ラティルは彼を無視し、
もう一方の大臣に、
どちらの話が正しいと思うかと
尋ねました。
大臣は、頭を下げると、
皇子の行動が間違っていると
答えました。
この言葉に、
クラインがかっとなる瞬間、大臣は
その前に伯爵が、
ひどいことを言っていたので、
心配していたところだった。
皇帝を侮辱するというよりも、
カリセンを侮辱していたと
付け加えました。
かなり公正な説明に、クラインは
ラティルを切実に見つめながら
あの伯爵は、皇帝の顔を立てずに
そんなことをしたのだから
皇帝を侮辱したのも同然だ。
皇帝の使者は皇帝の体面の代表者だと
主張しました。
ラティルはクラインの背中を
軽く叩いて、
このままでは風邪を引いてしまうと
言いました。
事実上、この件は無視するということに
他なりませんでした。
目に痣ができた伯爵はあきれて
「陛下!」と叫びましたが、
ラティルは知らないふりをし、
サーナット卿に、
クラインを連れて行き
服を渡すよう指示しました。
サーナット卿が近づくと、
クラインは顎を上げて、
高慢そうに伯爵の横を通り過ぎました。
◇突然の沈黙◇
ラティルは使節団の人々に、
一旦休んだ後、
再び落ち着いて報告するよう
指示しました。
事実上、クライン皇子が
伯爵を殴ったことは無視すると
通知したも同然でした。
伯爵は、怒りのせいで
はあはあ息を切らしていましたが
顔を真っ赤にしながら、
何とか我慢していました。
ラティルは使節が出て行くと、
隣の扉から抜け出して
個人の執務室へ行きました。
着替えたクラインは、
ラティルがくれたマントを
頭にかぶって
コーヒーを飲んでいましたが、
ラティルが近づくと立ち上がり、
クマのような声で
「陛下!」と呼びました。
サーナット卿は、
そんな姿を見たくなくて
顔を背けました。
しかし、ラティルは、クラインが
愛らしい子熊のようだと思いながら
彼に近づきました。
ラティルは、
どうしてここまで来たのか。
自分が、どれだけ驚いたか
知っているかと尋ねました。
クラインは、あの男の様子を見て
ピンと来たので、念のために来てみたと
熱心に話していましたが、
突然、沈黙しました。
ラティルは、
どうしたのかと尋ねました。
◇タリウムへ行け◇
クラインは伯爵を殴った後、
しばらく部屋の中に
閉じ込められていました。
30分後、 ヒュアツィンテが
部屋の中に入って来て、
クラインの頭を叩きました。
彼は、
兄だって、扉を叩かないで、
そのまま入って来ると文句を言うと
ヒュアツィンテはクラインに
タリウムへ行けと指示しました。
意外な言葉に、
クラインは目を丸くしながら、
行ってもいいのかと尋ねました。
ヒュアツィンテは、
ラティルの所へ行けと答えました。
クラインは嬉しそうに、
そうすると叫びましたが、
ヒュアツィンテの表情を見ながら
なぜ、急に気が変わったのかと
慎重に尋ねました。
ずっと宰相とグルになって、
自分を捕まえておきたいと
思っていた兄が突然退くと、
クラインは不思議に思いました。
それに、ヒュアツィンテは、
クラインが起こしたことのせいで
怒り心頭だったはずでした。
ヒュアツィンテは、
幼い頃から今まで
驚くほど性格が変わらない弟を
複雑な目で見つめながら、
ラティルが送って来た
使節の態度のせいだと答えました。
クラインは、
兄から見ても、奴は変だったよねと
尋ねました。
ヒュアツィンテは、
それでも殴ってはいけなかったと
クラインを注意しました、
しかし、クラインは、
奴が、あんな風に言うのを聞いても、
我慢しなければならなかったのかと
尋ねました。
ヒュアツィンテは、
我慢しなければならなかった。
しかし彼は確かに変だった。
おそらく、まだ内部に、
ラティルの敵が
多いということだろうと答えると、
ため息をつき、
クラインの背中を叩きました。
それから、彼は、
だから、クラインはタリウムへ行き、
彼女の力になってくれ。
自分のようにはならずにと
頼みました。
◇兄のことは言わない◇
使節団の間に、
こっそり入り込むというのも
ヒュアツィンテが仕組んだ
計略でした。
使節としてやって来た伯爵は
怪しかったけれど、
単に性格か悪いのか、
目的が良くないのか
はっきりしなかったので
ひとまず、身分を偽装して、
使節団の間に交じり、移動した後、
伯爵の次の態度を見ろと
指示しました。
しかし、クラインは
それについて話しませんでした。
そんなことをすれば、皇帝は
やはり兄は大人っぽくて
素敵で頼もしいと思うだろうと
考えたからでした。
クラインの顔色が悪くなると、
ラティルは、
どうしたのかと尋ね、
片手で彼の頬を包み込みました。
首を横に振ったクラインは
結局、ヒュアツィンテの話ができず、
ラティルの頬に鼻を埋めて
目を閉じました。
ラティルは、
全身で愛情を示すクラインを
可愛いと思って
じっと見つめていましたが、
沸き上がる心を我慢できず、
彼の額に自分の額をこすりました。
サーナット卿は、
それを見ているのが辛くなり
完全に背を向けました。
ラティルはその動きを感じましたが、
わざとそちらを見ませんでした。
◇今度はベゴ◇
数時間後。
使節団はシャワーを浴びて
少し休憩を取った後、
報告書を提出しました。
ラティルは、各使節の報告書と
公式書記が提出した報告書を
比較して調べました。
クラインが我慢できずに
爆発したのも事実でしたが、
伯爵がむやみに口を滑らせたのも
事実でした。
たとえクラインが手を出さなくても、
ティメナ伯爵は、
この縁談を拒否したと思いました。
その後、ラティルは、
レアンを連れて来るよう指示しました。
レアンがやって来ると、ラティルは、
残念なことに、
今回のプロポーズは断られたので
新しい相手を選ばなければならないと
告げました。
レアンは悩んでいるふりをしながら、
彼が初めて名簿を見るや否や、
心の中で呟いた「ベゴ」を選びました。
その後、出ていこうとする
レアンの後頭部に向かって、
ラティルは、
今度の使節団からメソ伯爵は外す。
また縁談を台無しにされたら困るからと
何事もなかったかのように
告げました。
レアンは戸惑いましたが、
すぐに微笑みながら頷き、
ラティルの好きなようにしろと
返事をしました。
◇陛下2◇
夕食の時間。
お風呂に入って来たクラインは
ラティルとソファーの上で
ぴったりくっついていました。
ラティルは、久しぶりに見たので、
よりきれいに見えるクラインの髪を、
もぞもぞ、
かき混ぜながら喜びました。
クラインは、
ラティルの肩に頭を乗せて
嬉しそうに笑いました。
ラティルはクラインに、
なぜ、ディジェットではなく
カリセンにいたのかと尋ねました。
クラインは、
なかなか返事をしませんでした。
ラティルは、
何をしていたのかと尋ねましたが、
やはりクラインは
答えませんでした。
ラティルはクラインをからかって
彼が途方に暮れる姿を見て
楽しくなりました。
ついにクラインが、
怪物との戦い方を教えて欲しいと
言われた。
行ってみたところ、
自分にずっといて欲しいと
懇願されたと率直に打ち明けると
ラティルは感銘を受けました。
ラティルは、
「うちのクラインが
有能な男だからかな?」と聞くと、
ラティルの顔色を窺っていたクラインは
「そうです!」と返事をし、
鼻高々になって笑いました。
ラティルは、そんなクラインが
とても可愛いと思いました。
クラインも
ラティルが自分を見て喜ぶと、
へらへら笑いながら、
皇帝は元気だったかと尋ねました。
ラティルは当然だと答えると、
クラインは、陛下2のことも
尋ねました。
ラティルは、
「あ、あの子も・・・元気だった」と
答えると、すぐに立ち上がり、
陛下2、正確には陛下3を持って来て
クラインに渡しました。
クラインは明るい顔で
ぬいぐるみを受け取りましたが、
表情が一気に固まりました。
良心が咎めたラティルは、
どうしたのかと尋ねると、
クラインは、突然、
ぬいぐるみを振り始めました。
人形を10回近く振ったクラインは
渋い表情でラティルを見ました。
ラティルの心臓はドキドキしました。
以前、ヒュアツィンテは
使節団に紛れて
タリウムにやって来ましたが、
それをクラインに伝授したのですね。
ヒュアツィンテは
ラティルを裏切ったけれど、
自分は裏切らないという
クラインの言葉を素直に事実と受け止め
自分の代わりにラティルを守ることを
弟に託したことで、
彼女に対して誠実でありたいと
思ったのかもしれません。
もっとも、クラインが
ヒュアツィンテに頼まれたことを
言わなかったので、
ラティルには伝わりませんでしたが
それを聞いたとしても、
クラインが心配するようなことは
何も起こらず、
ヒュアツィンテに対して
友情を感じるだけなのではないかと
思います。