922話 外伝31話 ゲスターはおとなしくしていたのに、なぜクラインと喧嘩をさせたのかと、ヘイレンに聞かれたタッシールは・・・
◇3つの理由◇
別に理由はないと答えると
タッシールは空のコーヒーカップを
ヘイレンに渡しながら
口角を上げました。
しかし、タッシールは、
一番目に、ゲスターが
自分の子供に派手に
贈り物を送って来てから
しばらくして、
クライン皇子が自分を
攻撃し始めた。
そのタイミングが気になると
説明しました。
別に理由がないと言っていたのに
順番までつけなければならないほど
理由がたくさんあるように聞こえると
ヘイレンは、
飛び出そうになった言葉を
飲み込みました。
続けて、タッシールは、
二番目。ゲスターが、
まだじっとしているのが
気になったから。
三番目。ゲスターが、
本当に無関係でも構わない。
いつかは何らかの手を使う人だからと
説明すると、ヘイレンは
「えっ?」と聞き返しました。
タッシールは、
以前、自分たちも苦労したではないかと
にっこり笑いながら付け加えると
ヘイレンは満足して、
熱心に頷きながら
その通り。
ゲスターも苦労すればいいと
返事をしました。
◇ラティルは知っていた◇
タッシールの予想通り、
それ以降、クラインとゲスターは
喧嘩をし続けていたので
タッシールのことまで
気にしませんでした。
表向きには、クラインだけが
派手にゲスターを
いじめているようでしたが、
ゲスターの性質を
知っている人たちは、
それが表に出ていないだけで
彼も、静かにクラインを
苦しめていると推測していました。
そうでなければ、ひどく怒っても、
すぐに怒りが収まるクラインが
1、2度怒るだけに止まらず、
いつまでもゲスターに
怒りを表わしているはずが
ありませんでした。
おかげでタッシールは余裕を取り戻し
その件は、他の仕事の傍らに
追いやりました。
彼には、やるべきことが
たくさんあったので、
すでに解決したことに
いつまでも、しがみついている必要は
ありませんでした。
しかし、数日後。
意外にもラティルが、昼食の途中で
ゲスターとクラインが
激しく喧嘩をしていることについて
言及しました。
タッシールは、
おかげさまで自分は
平和に暮らしていると言って
微笑むと、ラティルは、
しばらく妙な表情をしました。
その表情を見るや否や、
タッシールは、すでに皇帝が
自分の計略に気づいていることに
気づきました。
タッシールは、
一体、どこで皇帝は気づいたのかと
不思議そうに尋ねました。
彼が皇配になってから、皇帝は
ハーレムのことからは
ほとんど手を引いた
状態だったからでした。
ラティルはため息をついて
フォークを下ろすと、
貴宝328号は、この前タッシールが
他の国へプレゼントしたではないかと
答えました。
その返答に、タッシールが笑い出すと
そばで世話をしていた下男は
びっくりして
転びそうになりました。
タッシールは、
全部、覚えていたのですねと
聞き返すと、ラティルは
忘れていた。
クラインが、貴宝のことで
ゲスターと喧嘩し始めたという
話を聞く前までは、と答えると
口元を拭いたナプキンを
横に置きました。
ラティルは、
ふとタッシールの頬を
つねりたくなりました。
一方、タッシールは
自分が詐欺を働いたことに
ラティルが怒らないということを
よく知っている人のように、
ニコニコ笑っていました。
もちろんラティルは、今回のことで
タッシールを責めるつもりは
ありませんでした。
皇配や皇后は、無条件に側室を庇い
譲歩する必要はありませんでした。
皇帝の権力を強固にするために、
ラティル自身が、
大臣たちや貴族たちと
見えない戦いを続けているように、
タッシールも、
そうしなければなりませんでした。
ラティルは、
割れた偽物の貴宝は回収した。
クラインは、
大丈夫だと宥めておいたので
問題にはならないだろうと
言いました。
タッシールは、
皇帝がこんなに気を遣ってくれたので
クライン皇子はとても喜ぶだろうと
言いました。
タッシールは嬉しくないのかと
尋ねると、ラティルは
テーブルの下のタッシールの足を
軽く叩きました。
タッシールはラティルの足を
自分の足で挟むと、
意地悪そうに笑いながら、
自分の味方になってくれて
当然、嬉しいと答えました。
それでも、ラティルが
「どれくらい?」と尋ねると
タッシールは微笑みながら
果物を口に持って行き、
どんなに嬉しいか
体で見せましょうかと尋ねて、
目を細めました。
ラティルは、すぐに「そうして」と
言いそうになりました。
しかし、30分後には、2人とも
執務室に戻らなければならないし
処理する仕事が
山積みになっていました。
ラティルは忍耐力を発揮し、
皇帝の威厳を守りました。
彼女は、
大丈夫。自分が味方をするのは
当然のことだと言いました。
◇悩む理由◇
クラインとゲスターの戦いが
続いていたある日。
ラティルはギルゴールを訪ね、
議長に聞いて来て欲しいことがあると
頼みました。
芝生の上に横たわっていた
ギルゴールは横を向くと
ラティルの足をトントン叩きました。
その仕草の意味は
分かりませんでしたが
「大丈夫なんだよね? ありがとう」
とお礼を言うと、
ギルゴールはニヤリと笑って
上半身を起こしました。
ラティルがしゃがんで
目の高さが合うと、
ギルゴールは目を細めて
意気揚々とした笑みを浮かべながら
何をしているのか。
どうして、こんなに
可愛らしく見ているのか。
議長にお嬢さんと自分の仲を
自慢でもして来いというのか。
そんなことなら、
すぐに行ってくると答えました。
ラティルは、
自慢しても仕方がない、
議長はギルゴールも自分のことも
好きではないからと返事をすると
ギルゴールは「さあ」と
ニヤニヤ笑い、
ラティルの顎を撫でながら
何を聞いて来るのか言ってみてと
催促しました。
ラティルは、
実は二つあると返事をしました。
ギルゴールは承知しましたが
代わりに、ラティルも
自分に二つの恩返しをしてくれと
要求しました。
ギルゴールの返事に
ラティルは目を丸くしました。
彼女は、当然、彼が
ただで仕事を引き受けてくれると
思ったからでした。
ラティルは、
自分たちの仲で恩返しだなんてと
言い返すと、ギルゴールは
自分たちの仲がどんな仲なのかと
聞き返しました。
ラティルは、
恩返しのようなものを
しなくてもいい仲だと答えると
ギルゴールは、唇を蠢かしながら
ラティルをじろじろ見て
頬をぐっと引っ張り、
どうして、こんなに
堂々としているのかと言いました。
ラティルは口の近くで
彼の手を噛むふりをしました。
しかし、ギルゴールが
本当に噛んでみろと言うように
手をもっと近くに出すと、
びっくりして
首を後ろにすっと引きました。
ラティルは、
手を退けるように。
自分がギルゴールのような者だと
思っているのかと尋ねました。
ギルゴールは、
食べようとしていたのではないのか。
食べてみてと促しました。
ラティルは
本当に噛もうとしましたが、
ギルゴールの目を見ると、
いたずらしたい気持ちが
すっかり消えました。
ギルゴールは、
恩返しをしてくれなければ、
自分も議長の所へ行ってこないと
露骨に拒否しました。
ラティルは腹を立てました。
普段、彼女は、
ギルゴールが必要だと言う物や人々を
惜しみなく手配しました。
物でなくても、彼が望むことは
何でもしてあげようとしました。
大臣や宮廷人が、
彼の態度を指摘しても、
ギルゴールに限っては
見過ごせと言ったり、
自分もコントロールができないと
遠回しに庇ったりもしました。
だから、ギルゴールだって、
たまには、お願いくらい、
聞いてくれてもいいのではないかと
思いました。
しかし、なぜ頼みを
聞いてくれないのかと怒れば、
ギルゴールの精神が
崩壊するのではないかと
心配になりました。
その上、このような理由で
癇癪を起こしたりすれば、
むしろ自分が稚拙に思えました。
結局、ラティルは
どうすることもできずに
彼を見つめていましたが、
すくっと立ち上がると、
ギルゴールはずるい。
頼み事を二つして来てくれるのが
そんなに難しいことなのか。
自分は難しくないと思うし、
自分はギルゴールに頼まれれば
いつも恩に着せることなく
聞いてあげるのにと、
ブツブツ文句を言いました。
ギルゴールが
再び芝生に横になってしまうと、
ラティルは、冷たく背を向けました。
そして「帰る」と言って、
つかつかと温室の扉の方へ
歩いて行きましたが、
すぐに外へ出ないで、
取っ手を握ったまま、
もしかして、ギルゴールが
付いて来てくれるのではないかと
待っていました。
しかし、ギルゴールは
付いて来ませんでした。
念のため「本当に帰る」と
もう一度言ってみても同じでした。
ラティルは落ち込んでしまい、
結局、本当に出て行きました。
頼みを聞くのは、
そんなに難しいことなのか。
自分はギルゴールが
何か必要だと言えば、
すぐに送ってあげるのに。
ところが、
力なく執務室に戻ってみると、
ギルゴールは
ラティルの机の椅子に座っていました。
目が合うと、
彼は片方の口角を上げながら、
報われない恋を願うお弟子様は
何が欲しいのか言ってみてと
言いました。
ラティルは元気なく歩いてきた分、
浮かれて明るく笑いながら、
「聞いてくれるの?」 と尋ねました。
ギルゴールが快く頷くと、
ラティルは、
ギルゴールの素直な態度に嬉しくなり
自分も彼の頼みを二つ聞いてあげると
自信満々に提案しました。
ギルゴールは、
先程、自分が言ったことと
何が違うのかと尋ねました。
ラティルは、
「自分の気持ち」と答えました。
ギルゴールは、作り笑いをしながら
分かったから頼み事を言えと
促しました。
ラティルは人払いをした後、
議長にプレラの寿命について
聞いて来て欲しい。
この前、議長が
プレラの寿命が短いかもしれないと
言っていたけれど、
それが今でも有効かどうか知りたいと
言いました。
ギルゴールは、
それを知ってどうするつもりなのかと
尋ねました。
ラティルは、
正直に言ってもいいのかどうか
躊躇いましたが、悩んだ末、
今すぐは必要ないけれど
後で後継者問題を考える時に、
知っておいた方がいいからと
率直に打ち明けました。
シピサは前世の子なので
後継者の条件から外れる。
そのシピサの実父である
ギルゴールも、他の側室と結託して
後継者問題に
首を突っ込むことはないだろうと
考えたからでした。
この話は誰にもしないで欲しい。
ギルゴールにだけ
初めて話すのだからと
ラティルが囁くと、
ギルゴールの口元に
満足そうな笑みが
浮かび上がりました。
彼は、ラティルが自分にだけ
秘密を打ち明けると言うと、
一気に気分が良くなり
「いいよ」と承諾しました。
ラティルは、ほっとすると、
あと、もう一つ。
セルが転生できるか聞いて欲しい。
議長はすでにアニャドミスの魂を
強制的に転生させたことがあるからと
頼みました。
ギルゴールから、
一瞬にして表情が消えました。
ラティルは思った以上に、
ギルゴールの表情変化が大きくなると、
一緒に緊張して、
息が苦しくなるほどでした。
彼は気分を害したのだろうかと
心配になりました。
しばらくしてギルゴールは
「いいよ」と承諾してくれました。
しかし、ラティルは、
まだギルゴールの気持ちを
理解することができませんでした。
その後、ラティルは、もう少し
ギルゴールと話をしている時に
何で恩返しすればいいのかと
尋ねると、ギルゴールは
セルのことは、自分たちのことだがら
恩返しする必要はない。
代わりにシピサが、
このことを知って癇癪を起こしたら、
母親に頼まれたからと言い訳するので
お弟子さんが前に出て、シピサを
阻止してくれなければならないと
言って、口元にいたずらな笑みを
浮かべました。
ラティルは、
ギルゴールの気持ちを理解できたので
安心して親指を立て、
自分を信じてと言いました。
◇元々、変な奴◇
ギルゴールは、それほど長い間、
留守をしませんでした。
ラティルが一人で
簡単な夕食を取りながら
仕事をしている途中、
彼は出かけていなかった人のように
扉を叩いて現れました。
ラティルはサンドイッチを置き
彼の腕を引っ張りながら、
議長は、何て言っていたかと
尋ねました。
素直にラティルに付いて来た
ギルゴールは、首を横に振りました。
ラティルは
心臓がドキドキしました。
彼女は、ギルゴールの腕を離すと、
長く生きられないと
言われたのかと尋ねました。
ギルゴールは「いいえ」と
否定しました。
ラティルは目を大きく見開くと
もしかして、セルの転生が・・・
と尋ねると、ギルゴールは
今回も首を横に振りました。
ラティルは目をパチパチさせ、
二人とも違うなら、
どうして、そんなに
悪い話を伝えるように
振る舞っているのかと尋ねました。
ギルゴールは、
議長に会えなかったと答えました。
ラティルは、
議長は、あの小屋で
暮らしているのではないのかと
慌てて尋ねると
表情を強張らせました。
そして、もしかして、
また何か企んでいて、他の所へ
移動したのだろうかと呟いた後、
そういえば、ギルゴールは、
もう議長がどこへ行っても
場所が分かると言っていなかったかと
尋ねました。
ギルゴールは、
「そうです」と答えました。
ラティルは、
それでは、どうして会えなかったのかと
尋ねました。
ギルゴールは、
お嬢さんが宮殿にいることを
知っているからといって、
お嬢さんが何をしているか
一つ一つ確認できるわけではないと
答えました。
ラティルは、
それはそうだけれどと呟くと、
ギルゴールは、
議長は大きな森で過ごしていて
そこから出て来ないので、
何かを企んでいるのではないと思うと
返事をしました。
ギルゴールが、
議長に会えなかったのは事実であり
彼が正確に、森のどこにいるのか
分からないのも本当でしたが、
議長が何をしているのかは
知っていました。
おそらく議長は、
赤い神官たちを追いかけながら、
過去のことで、
八つ当たりをしているようでした。
しかし、ラティルは
これについての裏話を
知りませんでした。
ギルゴールは、
議長の行動を説明するのが面倒だし
あえて議長の肩を持ちたくないので
元々、変な奴ではないかと
適当に言い繕って笑いました。
そして、
心配しないように。
ずっと森の中にいるわけでは
ないだろうから、 時々家に行ってみて
会えたら聞いてみると言いました。
ギルゴールが何かを
隠しているようなので、
ラティルは不審に思いましたが、
急いでいるわけではないので、
とりあえず分かったと言いました。
余計にギルゴールを問い詰めることで
また精神が崩壊すると
困るからでした。
◇偽の未来の次の対象◇
そのことを後回しにし、
クラインとゲスターの喧嘩が、
表面上は小康状態になる頃、
ついにハーレムの中にも
目に見えて平和が訪れました。
クラインはゲスターをいじめることに
疲れたようでした。
すぐに、大きく神経を
使わなければならない
問題がなくなると、ラティルは、
再び偽の未来を見せる怪物に
興味を持ち始めました。
今回、ラティルが関心を持った対象は
子供の実父であるタッシールでした。
ギルゴールにとっては
セルもシピサも可愛い息子なので
シピサがセルを憎んでいることを
悲しんでいると思います。
そして、可能ならば
セルを転生させたいけれど、
以前より、少しマシになった
シピサとの関係を
壊したくないと思っている。
けれども、セルの魂を
剣の中に封じ込めたままにしおくのも
可哀想。
ギルゴールは、
セルを転生させようとしているのは
自分ではなくラティルと言うことで
シピサの怒りの矛先を、自分から
逸らしたかったのではないかと
思いました。
さて、次回より、
タッシールと二人だけで愛し合う
偽の未来のお話が11話続きます。