212話 ラティルの血を舐めたギルゴールでしたが・・・
◇吸血鬼の記憶力◇
ラティルが帰った後、
ギルゴールは邸宅内のプールで
水遊びをしていました。
ザイオールは、
そう遠くない日陰に
椅子を置いて座り
魔法書を読んでいました。
どのくらいの時間、
そのようにしていたのか、
水がパシャパシャする音が
しなくなったので、
ザイオールは顔を上げると、
ギルゴールがプールの真ん中に立ち
物思いに耽りながら、
天井の大きな窓越しに
太陽を見ていました。
ザイオールは、
太陽に弱いとされている吸血鬼が
あのようにしているのを見て
不思議に思い、
太陽を見ても眩しくないのかと
ギルゴールに尋ねました。
彼は、「眩しくない」と
淡々と答えた後、
再び水の中に潜りました。
ザイオールは
不思議だと小声で呟いた後、
再び、魔法書に目を向けましたが
ギルゴールがプールから上がると、
本を横へ置いて、
膝に乗せておいた長いタオルを
ギルゴールに渡しました。
ザイオールは傷一つない、
滑らかなギルゴールの肌を見ながら
なぜ、お弟子さんは
こんなに早く帰ったのか。
中から、
血の匂いもしたと言いました。
ギルゴールは、
それが気になって泳げないと
返事をしました。
ザイオールは
喧嘩をしたのかと尋ねましたが、
ギルゴールは、
弟子が逃げたと答えました。
戸惑うザイオールを置き去りにして、
ギルゴールは、
先ほど、サディが血を垂らした
応接間へ行きました。
彼は、
カーペットに染みついた血を
指に擦り付け、唇に近づけ、
うっすらと残った血の匂いを嗅ぐと
対抗者の血は全て美味しくないのに、
あの子の血は、
どうして、こんな味がするのかと
疑問に思いました。
ギルゴールは舌まで出して、
指に付いた血を
舐めようとしましたが、
ちょうど扉を開けて入って来た
ザイオールがその光景を見て
後ずさりしました。
しかし、ギルゴールは
意に介しませんでした。
入って来るようにと言う
ギルゴールに、ザイオールは
何も見ていないと言いましたが、
ギルゴールは、
指を舐めていたと告げました。
彼は指を下ろすと、
ソファーに腰かけ、
ザイオールに、用件を言えと
手で合図をしました。
ザイオールは、
皇宮に
グリフィンが現われたということは
そこにロードがいるということかと
尋ねました。
ギルゴールは、
皇帝がロードである可能性が
高くなったと答えました。
それを聞いたザイオールは、
皇宮に行かなければならないと
進言しましたが、
ギルゴールは顔をしかめました。
しかし、彼は
失言をしてしまったのかと
緊張しているザイオールを
叱ることはせず、
血の付いた指を見つめながら、
そうだね、行かないと。
と答えました。
ギルゴールが思い出したように
返事をしたので、
ザイオールは、訳が分からず
返事を聞き直しましたが
ギルゴールは、
説明しませんでした。
サディは愛らしいけれど、
対抗者なのに。
彼女のことを考えていたせいで
ロードのことを
しばらく忘れていたなんて、
ザイオールは
不思議でなりませんでした。
長生きしていると、
記憶も衰えるのか?
ギルゴールの言葉に
つられたザイオールは、
吸血鬼も長生きをすると
記憶力が衰退するのかと
尋ねましたが、
今回も返事はありませんでした。
ギルゴールは、
ショードポリへ行った後に
皇帝に接近すると言いました。
そして、首を傾げながら、
ドミスそっくりの、あの女性を
最近見かけていないと言いました。
しかし、
すぐに気にならなくなったのか、
ギルゴールは、
応接室から出て行きました。
2度も質問を無視された
ザイオールは落ち込み、
肩を震わせました。
だから、吸血鬼の記憶力は衰えるの?
それとも、衰えないの?
◇ラナムンの決心◇
その時刻、ラティルは
タッシールとラナムンとの食事を終えて
部屋の外へ出ようとしていました。
ラナムンは、
自分も帰るので、ご一緒すると言って
自然に彼女に付いて行きました。
タッシールは、
「なかなかやるな」という目で
ラナムンを見ましたが、
表向きは、
気分を害しているようには
見えませんでした。
ラティルは、
一度も怒ったことのないタッシールに
感嘆し、
彼の肩を叩くと、
ラナムンと一緒に外へ出ました。
2人は何の話もせずに
ゆっくり歩いて行きました。
そして、
ラナムンの部屋の近くまで来ると、
ラティルは
彼に別れの挨拶をするために、
ラナムンの方を向きました。
ところが、彼は
別れの挨拶ではなく、
何か言いたそうだったので、
ラティルは話してみるようにと
目配せました。
ラナムンは頷きましたが、
すぐに要件を言わずに、
ラティルの目を
のぞき込んでいました。
なぜ、こんな風にしているのか。
ラティルは怪訝に思っていると、
ついにラナムンは、
自分はダンスが下手だと告げました。
ラティルは、
彼とダンスをしている時に
何度も足を踏まれたので、
彼がダンスを下手なことを
知っていました。
それなのに、どうして急に
ここで、その話をするのかと
不思議に思い、
ラナムンをじっと見ていると、
彼は伏し目がちに躊躇いながら、
陛下の側室である自分が、
まともにダンスができなければ
外国の貴賓に嘲笑われると言いました。
ラティルは、
ラナムンを侮辱することは、
自分を侮辱するのと同じことなので、
そのようなことがあれば
自分に話すようにと言いました。
けれども、
それが本論ではなかったのか
ラナムンは、
少し驚いたようだったので、
ラティルは戸惑いました。
すると、彼は、ラティルに
ダンスを教えて欲しいと
頼みました。
ラティルは、ラナムンが
30分前のタッシールの真似を
していることに気がつき、
笑いそうになったので、
唇を噛みしめました。
しかし、
彼が見下ろしていた目を
ゆっくり上げて視線を合わせると
ラティルの口元に
浮かんでいた笑みが消えました。
自分が美しいことを
知っているラナムンは、
その美しさを発揮しようと
決心しました。
そして、
「あなたを魅了します」という
意志を抱きながら、
驚嘆する程美しい瞳で、
ラティルを眺めました。
本当に、かっこいいね。
ラティルは、
何度も感嘆する一方で、
彼の本音が分かり過ぎて、
笑いそうになりました。
決心して、
誘惑しようと頑張っているのに、
自分が笑ってしまったら、
あのプライドの塊が衝撃を受けると
考えたラティルは、
ラナムンが、
再び足を踏まないようになるなら、
ダンスを教えるのもいいだろうと
返事をしました。
ところが、
そこで止めておけば、
お互いのためにも良かったのに、
ラティルは、
ラナムンの冷たい表情と
そうでない本音が対照的なのが
面白くて、
つい茶目っ気を出して、
手の甲を突き出しました。
不思議そうな目で、
彼女の手の甲を見つめるラナムンに
ラティルは、にやにや笑いながら、
タッシールは、
手の甲までキスしてくれたよ。
あなたも、
ここまでやってくれないと。
と、からかいました。
◇冷たすぎる◇
ラティルがいなくなると、
後ろから付いてきたカルドンが、
ラナムンに近づき、
心の中を
しっかり読まれてしまいました。
完全にからかわれました。
と舌打ちをしました。
最後にラティルにからかわれたことが
衝撃的だったのか、
凍り付いたように立っていた
ラナムンは
ようやく息をしました。
カルドンは、
それでも、ラナムンは、
とてもカッコよかったと、
彼を持ち上げました。
ラナムンは
自分の部屋へ歩いて行きました。
しかし、カルドンは
ラティルがラナムンを
からかったことではなく、
彼が彼女に冷たすぎることを
心配していました。
ラナムンは、
自分が冷たそうに見えるのかと
カルドンに尋ねると、
彼は「はい」と答えました。
カルドンは、
ラナムンとラティルの会話を
思い浮かべながら、
ため息をつきました。
ラナムンが皇帝の前では
冷たくないことを知っているけれど
それは数十年を一緒に過ごしてきた
自分だから分かることでした。
カルドンは、
大神官は、
太陽の光で作った犬のようだし、
ゲスターは静かで穏やか。
タッシールは尻尾が100本ある
キツネのように、
優しく、くっ付いて行く。
しかし、ラナムンは冷たすぎるので
皇帝が優しい側室に引かれて
ラナムンから遠のくのではないかと
心配していると言いました。
しかし、今は、顔のおかげで
何とかなっているという言葉を
カルドンは飲み込みました。
ラナムンは、
カルレインも皇帝に合わせるような
性格ではないと反論しました。
しかし、カルドンは、
カルレインはじっとしていても、
色気が出ているし、
何か傷ついているような
雰囲気があると言いました。
ラナムンは、
クラインはどうなのかと尋ねました。
カルドンは、ため息をつくと、
あえて、一番ひどい性格の人と比べて
それよりはましだと聞きたいのかと
尋ねました。
◇キツネの仮面の指示◇
日が昇る前から真夜中まで、
サーナット卿は、演武場で
剣を振り回していました。
空から、水滴が一つ、
ポトンと落ちたので、
サーナット卿は雨かと思い
空を見上げながら、
手のひらを広げました。
しかし、雨が降って来たかどうか
確認する前に、
遠くない所から声が聞こえてきました。
楽しくお過ごしのようで幸いです。
サーナット様。
そちらを向くと、
キツネの仮面をかぶった背の高い男が
柱に寄りかかって立っていました。
キツネ様
サーナット卿は
ぎこちなく彼を呼ぶと、
キツネの仮面は彼に近づき、
サーナット卿が退屈そうなので、
やることを一つ提案すると
言いました。
サーナット卿は、
それは何なのかと尋ねると、
キツネの仮面は、
ショードポリに空洞が一つ現われ、
鹿の仮面が偵察に行ったけれど、
その中で、血人魚族に会ったと
答えました。
血人魚族は、
ロードの味方に付くときもあれば
付かない時もある闇の種族で、
人々が思い浮かべる人魚と
姿は似ているけれど、
海ではなく洞窟で暮らし、
光と血を飲みながら生きていると、
サーナット卿は、カルレインから
聞いたことがありました。
キツネの仮面は、
良いことなのか、悪いことなのか
確認しなければならないので、
暇を持て余しているサーナット卿に
確認してくるようにと告げました。
一時、最も忙しい皇帝の最側近だった
サーナット卿は、
自嘲気味に笑っていましたが、
ふと、自分と境遇が似ている
カルレインがどうしているか
聞いてみました。
すると、キツネの仮面は、
カルレインはハーレムに戻って来て
皇帝のお気に入りの側室になったと
答えました。
久しぶりに
サーナット卿が登場したと思って、
喜んでいたら、
そこにキツネの仮面が現われるなんて
この2人は、
以前から顔見知りだったのでしょうか?
2人の会話している様子は、
初対面の人同士には
見えないのですが・・
もしも、
ゲスターがキツネの仮面だったら
サーナット卿は、
その正体を知っているのでしょうか?
ラティルが夢か現か分からない状態で
トゥーラの地下城に行った後、
ラティルが庭で
横になっているのを発見したのは
カルレインとゲスターでしたが、
この2人も、
実は陰でつながっているのでしょうか?
キツネの仮面がサーナット卿に
指示を出しているということは、
キツネの仮面の方が
立ち位置が上ということでしょうか?
最も、皇帝の側室と側近であれば
側室の方が上ですが・・
謎は増える一方で
なかなか解明されないのが
歯がゆいです。