346話 サーナット卿は皇帝が好きだとアランデルが言うのを、ラティルは聞いてしまいました。
◇自分のはずがない◇
これは一体どういうことなのか。
ラティルは目を丸くしました。
サーナット卿は、
誰のことが好きだって?
アランデルは、
今、何を言っているの?
アランデルがサーナット卿に
興味があるのは気づいていたけれど
そこに自分を巻き込むなんて、
ラティルは当惑して
笑い出すところでした。
ところが、サーナット卿には
片思いの女性がいて、
初恋で、今は人妻だけれど、
まだ、忘れられないと、
言っていたのを思い出していた時
ラティルは、一瞬、
もしかしたら彼の片思いの相手は
自分かもしれないと考えました。
しかし、すぐに笑いながら
首を横に振りました。
彼の心を奪うほどの
魅力的な婦人たちはたくさんいるので
ラティルは、
少しでも自分だと思ったことが
恥ずかしくなりました。
どうせ、サーナット卿は
アランデルの言葉を否定する。
そう思いながらも
ラティルの足が動きませんでした。
すると、サーナット卿から
「違います」と
ラティルの予想通りの答えが
帰って来ました。
やはり、サーナット卿の
片思いの相手は他にいる。
彼は自分をからかうのが趣味だし
もし、自分に気があるなら、
側室を選ぶ前に、
きちんと話したはず。
それとも、側室に志願するには
少し、もったいない経歴だと
思ったのか。
とにかく。
少しでもそわそわした
自分はもっとおかしいと
ぶつぶつ言いながら
ラティルは、その場を離れました。
これ以上、話を聞くのは、
失礼だと思いました。
◇報われない愛◇
違うのですか?
アランデルは怪訝そうに尋ねました。
今度もサーナット卿は「違う」と
淡々と答えました。
アランデルは、
サーナット卿の気持ちを
半ば確信していたのか、
俯いて、眉を顰めました。
その様子を見て、サーナット卿は、
隠しているつもりだったのに
バレてしまったのかと、
少し不安になり、アランデルが
そんなことを考えた理由を尋ねました。
アランデルは、
違うなら、
どうしてそんなことを聞くのかと
逆に質問すると、サーナット卿は
他の人が誤解すると困るからと
答えました。
アランデルは、
サーナット卿をじっと見つめながら
彼の行動に
表れていたわけではない。
しかし、サーナット卿は
これといった理由もなく、
すべての縁談を断っている。
一人っ子なので、結婚しなければ、
家門や財産、領地などが
他人に渡ることを知っているのに。
それで、理由を推測してみたと
答えました。
サーナット卿は、
なぜ相手が皇帝だと思ったのかと
尋ねると、アランデルは、
サーナット卿は、
いつも皇帝と一緒だからと答えました。
その時、サーナット卿の表情が
微弱に揺れたことに、
アランデルは気付きました。
彼女はため息をつきながら
皇帝を好きなのは本当みたいだと
呟きました。
サーナット卿は、
それを否定しましたが
アランデルはそれに対して
反論しませんでした。
諦めることもできないし、
気持ちを露わにすることさえ、
迷惑になるのではないかと思い
隠しているくらい慎重な愛に
彼女は何も言えませんでした。
辛い道になると言うアランデルに
サーナット卿は、
何を言っているのかわからないと
返事をしました。
すると、アランデルは
戯言だと思って欲しい。
そして見返りのない愛に
苦しみ、辛くて、疲れたら
戯言を言っていた人が
サーナット卿のような苦しみを
分かち合っていることを
覚えて欲しい。
諦めろとは言わないで欲しい。
その方法を、
サーナット卿も知らないくせに、
私にわかるわけがないと言いました。
サーナット卿は、
その言葉に同意して謝りました。
アランデルは元気なく笑い、
サーナット卿に背を向けました。
彼女が去った後、
一人残されたサーナット卿は
重いため息をつきました。
彼女が自分と同じ気持ちだと思うと
申し訳なくなりました。
自分の心が、
変わるはずがないということを
知っているので、
さらに申し訳なく思いました。
しかし、そう思いながらも
どうにもできない問題でした。
◇巨大な花◇
サーナット卿とアランデルの会話を
聞いたせいか、ラティルは、
ギルゴールの所へ向かいながら
そわそわし、不快な気分になり、
しきりに眉をひそめたり
緩めたりを繰り返しました。
そうしているうちに、
いつの間にか温室の前に
到着したラティルは、
入口に立ち止まって深呼吸しました。
意外とギルゴールは
あまり気にしないかもしれない。
自分の前世を
愛してはいるようだけれど
彼は自分を
愛しているのではないと思う。
でも、転生するロードが
ずっと彼の愛している人で
あり続けるなら、
彼は全てのロードたちの息の根を
止めなかったと思いました。
しかし、いくら考えても
見当がつかないので、
ラティルは息を吸って扉を開けました。
いつにも増して、
温室の中が暑かったので
ラティルは眉を顰めました。
そして、
自分の頭より大きな花を発見し、
しばらく立ち止まって見上げました。
なぜ、あんなに大きいのか。
すぐにでも口を開けそうだと
考えていると、ギルゴールが、
まだ訓練が足りないから
近くに行かない方がいいと
助言しました。
ラティルは大きな花を見て
首を傾げました。
するとギルゴールが
彼女の方へ歩いて来て、
早く横に退けと手招きをしました。
彼が指す方向にラティルが退くや否や、
ずっとじっとしていた花が
突然口を大きく開けて、
ラティルの立っていた場所を
ぱっと通り過ぎました。
ラティルは驚いて
転びそうになりました。
今のあれは何かと尋ねると、
ギルゴールは、
まだ訓練が終わっていないと
答えました。
ラティルは、
訓練が必要な瞬間から
花ではないと思うと言って
正常に見える
小さな花を指差しました。
すると、ギルゴールは、
その花たちも、
大きな花の子供だと言いました。
そして、その言葉が終わるや否や、
小さな花が突然大きく動き、
ラティルを攻撃しようとした
巨大な花にくっ付きました。
ラティルは、温室が
怪物の巣窟に変わるのではないかと
心配になりました。
彼女はギルゴールに、
花を持って来た理由を尋ねました。
ギルゴールは、
温室の地下で侍従が眠っていると
答えました。
ラティルは、この下に
地下室があったのかと尋ねると、
ギルゴールは、
自分で作った。
とりあえず温室の中には
誰も入ってくるなと
言っておいたけれど、誰かが
こっそり入ってくるかもしれない。
それで、
自然にここを守れるものは
何があるだろうかと考えた結果、
花を警備として
立てることにしたと答えました。
ラティルは、
この花のサイズからしても、
自然ではないと非難すると、
ギルゴールは、花が小さすぎると
餌を食べた時に、
その食べた形が現れると、
ぞっとするような返事をしました。
ラティルは口を半分開けたまま
ギルゴールを眺め、
その言葉がどういう意味なのか、
具体的に説明を聞くべきかどうか
考えていると、彼は、
ラティルと対抗者が
赤ちゃんを作ったというのは
どういうことなのかと
尋ねました。
ラティルの頭の中から
花の怪物に関する話が吹き飛びました。
ラティルは、それを認め、
ぎこちなく笑いながら、
どこで聞いたのかと尋ねました。
ギルゴールは、
あの警備の花を作ってくれたのは
下衆ターで、
他の種類の花でも作るのが可能なのか
聞きに行った時に、
その話を聞いたと答えました。
ラティルは納得しましたが、
ギルゴールがゲスターと言う時と
自分がゲスターと言う時の
イントネーションが
少し違うような気がして
不思議に思いました。
ラティルは、思わず
怪物の花の子を持ち上げ、
花びらに触れながら。
今、ゲスターは
とても寂しがっているのかと
尋ねました。
ギルゴールは、目を細め、
自分なら、
対抗者をどこかへ行かせる。
一度も下衆ターが
行ったことのない所なら
彼もすぐに訪ねて行けないからと
答えました。
ラティルは、ゲスターが
そんなに怒っているのかと
尋ねると、ギルゴールは、
自分が彼のカードを
回収して来たので、
対抗者とラティルは
自分に感謝するべきだと言いました。
ラティルは、カードについて
尋ねましたが、
ギルゴールは説明する代わりに
ただ笑ってばかりいました。
意外にも、彼は
怒っている様子がなかったので
ラティルは少し安堵しました。
幸い、ギルゴールは
嫉妬しているようには
見えませんでした。
少し気が楽になったラティルは、
自分とラナムンの間に
赤ちゃんができたことを、
どう思うかと、
注意深く尋ねましたが、
ギルゴールが
まともに反応する時は、
冗談を言って帰るべきだったと
後悔し、心の中で悲鳴を上げました。
ところが、意外にもギルゴールは
目尻が曲がるほど静かに笑い、
嫉妬する様子もありませんでした。
そして、自分は子供が好きだ。
自分たちの間に生まれた子供なら
もっといいけれどと、
予想外のことを言いました。
そして、
以前、自分たちにも子供が一人いた。
本当に可愛かった。
お嬢さんは前世の一部を
覚えているって言ったから、
そこまで覚えていたら、
本当に可愛い子だったと
お嬢さんにも分かるはずだと
言いました。
ギルゴールに子供がいたという
話を聞いて、
ラティルは衝撃を受け、
目を見開きました。
それに、ギルゴールは、
自分たちと言っていたので
その子の母親は
ラティルの前世の一人のようでした。
ドミスだろうか?
彼女はギルゴールより
カルレインが好きだったし、
ギルゴールとの関係は
友情に近いようでした。
ラティルは、以前、ギルゴールが
自分をアリタルと呼んだことを
思い出しました。
彼女が子供の母親なのかと
考えていると、
しばらく
遠い昔のことを思い出すように、
ぼんやりとしていた
ギルゴールの口元に
悲しい笑みが浮かびました。
そして、そこまでは
覚えていない方がいいと
言いました。
ロードと騎士の間に
子供がいたのなら、
今、その子は
どこにいるのだろうか。
しかし、彼の目つきが
休息に冷たくなっていったので
ラティルは、その話を
聞いてはいけないことに
気づきました。
ギルゴールの
悲しい記憶と悪い記憶が
絡み合っているに違いなく、
しかも、瞳に焦点がないので
心が揺れているのは
明らかでした。
ラティルはすぐに話題を変え
吸血鬼も子供ができるのかと
尋ねました。
幸いにも、
ギルゴールの焦点がはっきりし、
ラティルに向かってにっこり笑うと
普通の吸血鬼は無理だと思うと
答えました。
ラティルは、
騎士なら可能なのかと尋ねると、
ギルゴールは、
今、自分は子供を持つことが
できないけれど、
ラティルが産んだ子供を
自分たちの子供だと思えばいいと
話しました。
ギルゴールが
そう思っているからといって
ラナムンの子供が
彼の子供になるわけがなく、
ギルゴールの強引さに
ラティルは当惑しましたが、
彼は、心から
そう思っているようでした。
彼はラティルのそばに近づき
手をお腹の上に乗せて
目を半分伏せました。
狂ったギルゴールが
怒ったり嫉妬したりすると
思うなんて、
自分は頭がおかしい。
自分はギルゴールが
あまり狂っていないと
判断してしまったと
ラティルは、
心の中で舌打ちしていると
ギルゴールは、
突然お腹から手を離し、
ニッコリ笑ったので、
ラティルはビクッとしました。
手を下ろしたギルゴールは
目を細め、自分の弟子は、
また詐欺を働いたと言いました。
いつの間にギルゴールは
ゲスターに怪物を作ってもらうほど
仲が良くなったのでしょうか?
それとも、ギルゴールが
ゲスターを脅して
作らせたのでしょうか。
カードも、
ただ回収したのではなく
ゲスターがギルゴールに
カードを差し出さざるを得ないような
状況に追い込んだように思います。
おそらくギルゴールは
狐の穴のことも知っているので、
彼が行ったことのない所へ
対抗者を連れて行けと
言ったのでしょう。
一体、ゲスターは
カードを使って
何をするつもりだったのか。
陰でコソコソ
卑怯な手を使うゲスターには
腹が立ちます。
カルレインですら手を出せない
腹黒ゲスターを抑止できるのは
ギルゴールだけなのかも
しれません。