768話 ラティルは、自分が本当に好色なのではないかと悩んでいます。
◇ハンサムに弱い◇
ラティルは、ゲスターを
抱きしめたまま、
自分が少し優柔不断だと思いました。
タッシールが素敵な姿を見せると
心臓がドキドキし、
ギルゴールが自分のために
動いてくれると、
心臓がドキドキし、
カルレインが自分を見つめると
心臓がドキドキするなど、
とにかく、ハンサムな人たちに
惹かれるような行動を彼らがする度に
心臓がドキドキしました。
ラティルは
一時、自分を叱責しましたが、
皇帝だから大丈夫だという結論を下し
満足げに笑いました。
ゲスターに、
口元が意味深長にうごめいていると
指摘されましたが、
ラティルは知らんぷりし、
ハンカチで口まで覆うと
しばらくこの状況を楽しみました。
そうしているうちにゲスターが
アドマルで起きたことを尋ねると、
ラティルは、
一つ一つ思いつくまま、
とりとめもなく話して聞かせました。
ゲスターは、
とても苦労したようだと慰めると、
ラティルは、
気持ちはそうだったけれど
体は大丈夫だと返事をしました。
ゲスターは、
アイニ皇后はどうなるのかと
尋ねました。
ラティルは、
分からないと答えると、
遅ればせながら、自分が、
まだヘウンの入っているリュックを
背負っていることを思い出しました。
ヘウンはわざとそうしているのか
死んだように息も立てずにいました。
ラティルは、
その靄がアイニに、どの程度、
影響を及ぼしていたのかは、
これから明らかになるだろうと
呟いた後、ゲスターに、
クラインが雇った
冒険家たちを見たかと尋ねました。
ゲスターが
冒険家たち?
と聞き返すと、ラティルは
不思議だよねと言いました。
ラティルはハンカチが乾くまで
しばらく喋り続けた後、
ようやく体を起こしました。
日が暮れるにつれて
気温が急速に下がり始めました。
狐の仮面は、
ゆっくりとラティルに向かって
腕を伸ばし、
帰りましょう。
と言いました。
◇今はギルゴール◇
ゲスターがラティルを
連れて行った所は、
アナッチャの住居の近くでした。
サーナット卿が、そこに立っていて
ラティルが現れると、すぐに近づき
仕事はうまく解決できたかと
尋ねました。
ラティルは、
半々だ。 後で話そうと答えると
リュックサックを持って
アナッチャの住居に入りました。
ヘウンが後ろで全部聞いているので
あまり詳しい話はできませんでした。
庭をウロウロしていたトゥーラは
ヘウン!
と叫ぶと、ラティルに駆け寄り
リュックを受け取りました。
友達がいないラティルは、
トゥーラがリュックから
慎重にヘウンを出す姿を見ながら
二人は本当に仲がいいと呟きました。
トゥーラは、その言葉を
素直に受け入れず眉をひそめました。
何の言いがかりをつけているのかと
警戒している表情でした。
それが憎たらしく思えたラティルは、
鼻で笑うと、
わざと高慢そうに出て行きました。
ヘウンに、
手伝ってくれてありがとうと
言おうとしましたが、
後ですることにしました。
サーナット卿とゲスターは、
ラティルが出て来ると、彼女の両側に
それぞれ寄り添いました。
ラティルはサーナット卿にも
ゲスターにした話を
そのまま聞かせようとしましたが、
「あっ!」と思って彼らの腕を叩くと
話の続きは後でするので、
ギルゴールの所へ行ってみると
告げました。
それからラティルは
温室へ行こうとしたところ、
サーナット卿が付いて来て、
ギルゴールがメラディムと
一戦交えたと話しました。
驚いたラティルは、
その理由を尋ねましたが、
サーナット卿は、
いつもギルゴールは、
あちこちで喧嘩を売っているからと
答えました。
ラティルは行く方向を変えて
ハーレムに行きました。
どれだけ騒がしく戦ったのか、
湖の付近に行くと
四方が水浸しになっていました。
ハーレムの管理人は、
ラティルを見ると
泣きそうな表情で駆けつけて来て、
これから二人が戦う時は、
どこか海の真ん中にでも行って
戦うように言って欲しい。
後始末がとても大変だと嘆きました。
しかし、ラティルは
どちらが勝ったのかと
ハーレムの管理人に尋ねたので、
彼は、ほとんど気絶寸前の表情に
なりました。
ラティルは、彼をからかう代わりに
二人はどこへ行ったのかと
尋ねました。
管理人は、
メラディムは湖に入り、
ギルゴールは、祝祭の部屋で
一人で踊っていると答えました。
ラティルは祝祭の部屋に行きました。
ギルゴールは扉を大きく開けたまま
一人で行ったり来たりしながら、
音楽もなしに踊っていました。
どれほど熱中していたのか、
彼は、ラティルがこっそり近づいても
気づきませんでした。
ラティルが、そっと彼の手の上に
自分の手を乗せて一緒に踊ると、
ギルゴールはようやく目を上げて
笑いました。
誰かと思ったら、
お嬢さんじゃないですか。
ギルゴールは、そう言うと、
ラティルの腕を上げて、
その場でクルクル彼女を回しました。
ラティルは、回っている時に
うっかり足をもつれさせてしまい
ギルゴールの上に転びました。
彼は容易にラティルを抱きしめました。
ラティルは、その姿勢でギルゴールを
じっと見つめているうちに、
心臓が騒がしくなったので、
自分は好色だという推測に
確信を持ちました。
ラティルは、ため息をつくと
首を横に振って起き上がりました。
それからギルゴールに
話しかけようとしたところ、
自分はメラディムと一緒にいたと
ギルゴールが先に口を開きました。
ラティルはビクッとしましたが、
自分も、二人が戦ったことを
知っていると、平然と答えました。
しかし、
今、ギルゴールが言った言葉には、
別のニュアンスが混ざっているように
感じられました。
続けてギルゴールは、
自分はずっとメラディムといた。
お嬢さんの前に、
自分の姿で誰かが現れたら
それは自分ではないと
もう少し具体的に話しました。
ラティルは胸が締め付けられるような
痛みを感じ、ギルゴールの手を
ひったくるように握り締めました。
彼女は、
ギルゴールとメラディムが
戦ったと聞いた時、吸血鬼も人魚も、
本当に分別がないし自分勝手だと
思っていました。
ラティルは、
自分がしきりに
ギルゴールを疑っていたから、
自分のために戦ってくれたのか。
ギルゴールは自分の言うことを
信じないと思っていた。
ギルゴールを見たと言っても
信じてくれなかったからと言うと
ギルゴールは、
お嬢さんの言うことを
信じることにした。
こうすれば、お嬢さんも
自分を信じれくれるだろうからと
返事をしました。
ラティルは、
凶暴でわがままな巨大な虎が、
突然来て、
一度だけ触ってみろと言って、
お腹を見せてくれた気分でした。
信頼を見せなかったギルゴールが
ここまでしてくれるなんて
予想していませんでした。
ラティルは唇を噛みと、
ギルゴールのお腹を触りました。
彼は、なぜ、急に
自分のお腹を触るのかと尋ねました。
しかし、ラティルは
急にこみ上げて来た、この感情を
長く引き留めたくて、何も言わずに、
彼のお腹だけをいじり続けました。
それから、ラティルは、
アイニと戦ったけれど、
今回もギルゴールが来たと話しました。
ギルゴールは、
それは自分ではない。
メラディムに聞けば分かる。
彼はフナだから
忘れているかもしれないけれど
周りに他の見物人がたくさんいたと
主張しました。
ラティルは、
分かっている。
自分はギルゴールを信じる。
あそこに現れたのは、
本当のギルゴールではなく、
アリタルがギルゴールに抱いた
不信感だと説明しました。
その言葉に、
ギルゴールが驚いていると、ラティルは
アリタルは
ギルゴールを愛していたけれど
ギルゴールを完全に信じることが
できなかった。
それが、形となって現れたと
話しました。
ラティルは、
アリタルの話を切り出しても、
彼の精神が、また崩壊することは
ないだろうと思いながら、
ギルゴールの表情をちらっと見ました。
幸いにも、彼は、
怒っているとか、気が気でないとか、
逃げようとするような表情では
ありませんでした。
むしろ彼は、複雑な目で
ラティルを見つめていました。
ギルゴールのお腹を
長く触り過ぎたので
ラティルは、そっと手を引きました。
ギルゴールは、
それが分かったということは、
お嬢さんは
自分を信じてくれたということだと
呟くと、ラティルの手を
自分の胸の上に乗せました。
ラティルは誇らしげに頷きました。
それから、にっこり笑うと、
ギルゴールは落ち着かない表情で
ラティルを見て、ゆっくりと
彼女の頬を包み込みました。
彼の唇が額の上に軽く触れたり
離れたりしました。
ラティルは目を大きく見開いて、
ギルゴールを見上げました。
アリタルの話が出たのに、
ギルゴルがまともなのは
初めてでした。
彼は、いつにも増して
落ち着いているように見えましたが、
ギルゴールの内心は
いつにも増して騒いでいることを
ラティルは
知ることができませんでした。
ラティルはギルゴールに
怒らないのかと尋ねました。
彼は、お嬢さんが
自分を信じてくれればいいと答えると
満足そうに口元を上げました。
そして、彼が再び
ラティルの額にキスをすると、
彼女の心の中の葦が
彼の強風のせいで
一方向に倒れました。
今はギルゴール!
と葦が大声で叫んでいました。
ラティルは彼の胸に顔を埋めると、
期待に胸を膨らませながら、
何が変わったと思うか。
何が変わったと感じるかと尋ねました。
すると、逆にギルゴールが
お嬢さんは?
と聞き返しました。
ラティルは、
実は、よく分からない。
アイニは靄が消えたので
混乱しているように見えたけれど、
自分は、
変わったことが何も分からない。
でも、ギルゴールが
こうしているのを見ると、
何かが少し変わったような気もすると
目を輝かせながら、
ギルゴールを急かすように
見上げました。
しかし、ギルゴールが、
自分も分からないと
断固として答えると、
甘美な雰囲気が少し落ち着いて、
失望感がこみ上げてきました。
ラティルは、
もう少し詳しく感じてみて欲しい。
何か変化があるかもしれないと
訴えましたが、ギルゴールは
「さあ」と返事をしました。
ラティルはギルゴールに
頭がすっきりしたと思うかと
尋ねると、外へ出て
花一本を手折って来て、
ギルゴールの口の中へ押し込みました。
彼は、よく食べました。
相変わらずだと嘆きながら
ラティルは両手で頭を抱え、
後ろに下がりました。
ギルゴールは、そんなラティルを
眉をつり上げながら見つめ、
食べていた花を飲み込むと、
対抗者一番を呼んで
確認してみたらどうかと提案しました。
ラティルは賛成しました。
◇皇女が刃を作る理由◇
ラティルはハーレム内にある
演武場へ向かって歩きながら、
ラナムンを呼び寄せました。
普段はザイシンが使う演武場ですが、
パーティーの日の遅い夕方のせいか、
今日は誰もいませんでした。
修繕のために、
付近を歩き回っていた宮廷人たちだけが
パーティー会場にいなかった皇帝が
ここで何をしているのかと思って
見つめるだけでした。
レアンのせいで、
パーティー会場に戻ることもできず
赤ちゃんを見ていたラナムンは
少し遅れて現れました。
赤ちゃんを預ける場所が
見つからなかったのか、
懐に赤ちゃんを抱いたままでした。
ラティルは、
全てが最初に始まった所で
アイニと戦って来たと話しました。
前の長い部分を
省略して話したせいか、
ラナムンは話が理解できないようで
眉間にしわを寄せました。
ラティルは、
あらかじめ用意しておいた木刀を
ラナムンに差し出すると、
対戦しよう。
運命が変わったのか確認すると
告げました。
運命が変わった?
とラナムンは尋ねながら、
赤ちゃんをサーナット卿に
預けようとしました。
しかし、カルレインが現れると
彼に赤ちゃんを渡して
木刀を受け取りました。
カルレインは顔をしかめましたが
ラティルが近くにいたせいか、
渋々、赤ちゃんを抱きしめました。
アドマルについて
簡単に話そうとしていたラティルは
なぜ、皇女を
あえてカルレインに任せるのかと
戸惑いながら質問しました。
カルレインは、皇女に対して
最も容赦がありませんでした。
だから、自然にラナムンは、
側室の中で最もカルレインを
警戒しました。
それなのに、
カルレインに任せるなんて、
やはり、運命が
変化しているのではないかと
ラティルは期待しました。
ところが、ラナムンは、
先程は余裕がなくて
話せなかったけれど、
皇女がどんな状況で刃を作るのか
全部ではないけれど
見当がつくと打ち明けました。
驚いたラティルは、木刀を持って
ラナムンに近づきました。
ラナムンは、
皇女のふっくらとした頬を
軽く撫でながら、
皇女は、危険を感じた時に、
危険を与えた相手に刃を作る。
パーティー会場で皇女が刃を作る前に
レアン皇子の支持者だと思われる
貴族たちが
自分に喧嘩を売っていた。
適当にごまかそうとしても、
ずっと喧嘩を売っていた。
そうしているうちに
事件が起こったと話しました。
それから、ラナムンは
皇女の頬から手を下ろすと、
ラティルの方を見ながら、
皇帝がフローラの別宮に行った時も
そうだった。
レアン皇子が皇女をめぐって
自分と口論した後、突然よろめいた。
刃の話をせずに、
そのまま行ってしまったので、
少し足を踏み外したのかと思ったけれど
考えてみると、
その時に皇女に攻撃されたようだ。
それで今回も
皇女を刺激するために
自分に文句をつけたと話しました。
ラティルは口をポカンと開けて
皇女を見つめると、
遠くにある柱を指差し、
カルレインは、
あそこへ行くようにと指示しました。
カルレインは、
ラナムンの息の根を止めたいといった
表情で見つめましたが、
一人で遠くに行きました。
ラティルは安堵して空を見上げました。
しばらくすれば、
完全に真っ暗になりそうでした。
ラティルは剣を持ち上げ、
とりあえず、一戦やってみようと
言いました。
ラナムンは、ラティルが
自分と戦った時に起きたことを
思い出したのか、心配そうな表情で
大丈夫だろうかと尋ねました。
ラティルは頷くと、
木刀を目の高さに持ち上げました。
これで、運命が変わったのかどうか
分かると思いました。
ああ、
やっぱりギルゴールは素敵!
彼は、頭がおかしいと
思われているけれど、
精神が崩壊していない時は、
訳もなく行動する吸血鬼ではないと
思います。
普段の彼は良い目的で行動しても、
なぜ、それをしたのか
説明することがないし、
人に知られずに、
良いことをしていることもあります。
そのギルゴールが、
今回、メラディムと戦った理由を
打ち明けたのは、ラティルに、
自分は裏切っていないことを
どうしても知らせたかったのだと
思いました。
本当にギルゴールは素敵です。
レアンは、彼の支持者たちが
皇女に危害を加えられる可能性を
承知の上で、
彼らにラナムンと口論させ、
レアンの支持者たちも、
皇女に攻撃されても
構わないと思ったのでしょうけれど、
もし皇女に攻撃されたことで、
誰かが死んでしまったら
どうするつもりだったのでしょうか。
もし、そうなったら
レアンは、皇女が殺人者だと言って
ラティルを責めるのでしょうけれど
自分を慕ってくれる人たちを
傷つけることも厭わない
レアンのやり方に従う
彼の支持者たちの気が知れません。
自分は正義でラティルは悪だと
彼らを洗脳して来たのだと
思いますが、
はたして、正義の人が、
レアンが使っているような
あくどい手を使ったりするのか、
真剣に考えてみるべきだと思います。
余談ですが、
ラティルは宮殿に戻ってから
着替えていないので、
ドレスの裾が破けていて、
髪がボサボサ、
きっと砂も付いている状態で
歩いているはずなのに、
誰も気に留めないのが
不思議だと思いました。
まあ、お話の内容を
左右することではないので
気にしないことにします。