918話 外伝4話 ラティルとサーナットとクレリスが戯れているところへタッシールがやって来ました。
◇タッシールは怖い◇
ラティルが入室を許すと、
扉が開き、すぐにタッシールが
中に入って来ました。
タッシールは、
なんと、ここに天使がいると言うと
入ってくるや否や、すぐに両腕を広げて
ラティルに近づきました。
しかし、クレリスが
ラティルに抱かれているので、
彼はラティルを抱きしめられず、
両腕をあちこち動かしながら、
ラティルに向かって
哀れな表情をしました。
タッシールは、
自分の腕をどこへ置いたらいいのかと
尋ねると、
ラティルはクレリスを降ろしました。
タッシールは、ようやく嬉しそうに
ラティルをギュッと抱きしめ、
ようやく、
自分の居場所が見つかったと言うと
ラティルの両頬にキスをしました。
その後、タッシールは、
今日のサーナット卿は、
髪の毛の色と目の色が
似ているけれど泣いたのかと
尋ねました。
続いてタッシールはクレリスにも
にっこり笑いながら手を振り、
凛々しい次女の皇女様は
元気だったかと尋ねました。
しかし、クレリスは
サーナットにしがみつき
頭を下げるだけの挨拶をしました。
そして、サーナットに額を当てて、
頭を上げようとしませんでした。
ずっと活発によく笑っていた子供が
突然サーナットにしがみついて
静かになると、
ラティルは恥ずかしくなりました。
クレリスは、まだタッシールを
怖がっていると思いました。
プレラも
タッシールを怖がっていました。
どうやら二人の皇女は
タッシールの麻薬商のような雰囲気が
恐ろしいようでした。
それに、ハーレムの中で
よく顔を合わせる他の側室たちと違い
タッシールは、
主にラティルと仕事をしているので、
顔を合わせる機会も
少ないだろうと思いました。
タッシールも、
このことを、よく知っているのか、
普段より、もう少し明るく微笑み、
膝を曲げて
子供と目を合わせながら、
皇女様は、
もう絵を習っていると聞いた。
とても上手に描くそうだけれど、
その噂は本当かと尋ねました。
クレリスは、ようやく頭を上げて
タッシールを見ましたが、
依然として、返事はしませんでした。
雰囲気が、気まずくなりそうになると
タッシールは
どうってことないといった顔で笑い、
体を起こしました。
そして、皇帝は誰の前でも
いつも大言壮語する豪快な人で、
サーナット卿も、恐れを知らない
すごい騎士なのに、
うちの皇女様は、誰に似て
こんなに静かで可愛いのかと
尋ねました。
サーナットは困ってしまい
クレリスの髪の毛だけを
ずっと撫でていました。
ラティルはクレリスに
何ヶ月か経ったら
弟か妹が生まれるのを聞いたかと、
わざと明るく尋ねました。
幸い効果があったのか、
クレリスは「うん」と
喜んで答えました。
彼女はプレラと仲が良いせいか、
弟か妹ができることを
喜んでいる様子でした。
しかし、クレリスが、
一番下の弟妹の父親は誰かと
尋ねた時に、タッシールが
自分を指差すと、
クレリスのウキウキした表情は
急速に冷めてしまいました。
そして、短いため息をつくと
タッシール陛下に似てはいけないと
呟きました。
クレリスは、
他の人から見ると幼子だけれど
自分は幼子ではないと
言い張る年齢でした。
彼女は、
率直な意見を述べたけれど
少しの悪意もない言葉でした。
クレリスがタッシールと
仲が良かったなら、
皆、笑っていただろうと思いました。
しかし、クレリスが
本気でタッシールを
怖がっている状況だったため、
誰も笑うことができませんでした。
サーナットはマズイと思い
クレリスを抱き上げると、
弟と妹のどちらがいいかと
優しく尋ねました。
クレリスは、
「弟!」と答えました。
サーナットは、
弟の方が好きなのかと尋ねると、
クレリスは否定しました。
サーナットは、
それなのに、
どうして弟の方がいいのかと
尋ねました。
クレリスは、
妹ならプレラと自分と3人で
遊ばなければならないので、
タッシール陛下に似ていたら
怖いから、
一緒に遊びたくないと答えました。
サーナットは、
そのまま凍りつきました。
タッシールは
それでは皇子を生んで、
三番目の皇子と四番目の皇子の
二人で遊ばなければならないと
言って、
笑いを噴き出しましたが、
サーナットは一緒に笑うのが
容易ではありませんでした。
彼は慌てて適当な言い訳をすると
子供を連れて外に出ました。
実は、彼は、3人水入らずの時間を
過ごしに来たのでしたが、
今の状況では、
絶対にそれは無理でした。
クレリスは幼いので
何を言っても大丈夫でしたが
サーナットは、
そうではありませんでした。
子供が失言をするたびに、
サーナットは、
自分が殴られているような
気がしました。
廊下を通って、
ハーレムに続く長い回廊に入ると、
サーナットは、ようやく安心し、
クレリスに、
約束して欲しいことがあると
言いました。
クレリスは、
母親とまだ遊んでいないのに
出て来てしまったことで、
ぐずっていました。
サーナットは、
子供の背中を軽く叩きながら
今度、弟が妹が生まれたら、
先ほどのようなことは言わないで
よくしてあげなければいけないと
諭しました。
クレリスは、
どうしてなのか。
弟や妹は怖そうだと反論しました。
サーナットは、
母陛下は、弟たちとお姉さんと
仲良くしているクレリスの方が
もっと好きだと言いました。
クレリスは膨れっ面で、
自分は好きではないと呟いた後、
お父様も自分が
タッシール陛下の赤ちゃんと
仲良くなって欲しいのかと尋ねました。
サーナットは、
子供の好きなようにさせたいと
思いました。
彼もタッシールと
仲良く過ごすことができないのに
子供に強要することは困難でした。
サーナットは、
弟か妹が嫌いなら、
遠くにいればいいので、
露骨に嫌だという話は
母陛下の前でしないでと
頼みました。
しかし、クレリスは、
それは嘘になると反論すると
サーナットは我慢できずに
笑ってしまいました。
◇いつから誤解されたのか◇
サーナットが去った後、
ラティルも同様に
気まずい思いをしました。
とにかくクレリスは
自分が大切にしている娘でした。
そんな子が
皇配であるタッシールを前にして
ずっと「嫌だ」という言葉を
繰り返すと、
決まりが悪くなりました。
クレリスの発言に
悩んでいたラティルは、
クレリスが、
やつれた印象を好まないようだと
慰めるように呟くと、
タッシールは
片手を自分の胸に当てて
ため息をつきました。
そして、
こんなにハンサムな夫のことを
やつれた印象と言うなんてと嘆くと
ラティルはタッシールを連れて
ベッドへ歩いて行き、
彼と並んで座りました。
タッシールは、大きな手で
ラティルのお腹を撫でながら
意地悪そうに笑うと、
二番目の皇女は、皇帝と遊びたくて
やって来たのだと思う。
申し訳ないことをしたと言いました。
ラティルは、タッシールの手の甲に
自分の手を重ねながら
遊びたくて来たのは、
サーナットの方だと
心の中で考えました。
ラティルはタッシールに
何の用事で来たのか。
疲れていないかと尋ねました。
タッシールは、全然疲れていないと
ラティルが信用できないことを言って
彼女の手を
自分の心臓の上に置きました。
そして、どれだけ速く
心臓が鼓動しているか見て欲しい。
皇帝と自分の間に
子供ができたと聞いてから
ずっとこの状態で眠れないと
言いました。
そして、ニヤニヤ笑うと、
ラティルを腕の中に入れて、
よろめきながら体を揺らし、
どれほど愛らしいか想像もできないと
言いました。
ラティルは、
目の下がどれだけ窪んでいても
自分の目には
愛らしく映るタッシールを
じっと見つめながら、
タッシールは何歳の時から
人に誤解されるようになったのかと
真剣に尋ねました。
タッシールが
「誤解?」と聞き返すと
ラティルは、
職業に関する誤解だと答えました。
タッシールは、
今、自分は完全に傷ついたと言って
ショックを受けたふりをし、
ラティルを放して、
泣くふりをしましたが、
ラティルは、
どうしても返事を聞くために
待ちました。
結局、タッシールは
泣き真似を止めると、
幼い頃から、こうではなかった。
このタッシールが、今のように、
目が落ち窪むようになったのは、
仕事で、
まともに眠れなかったからだと
抗議しました。
ラティルは、タッシールの目が
落ち窪んでいてもいいと言うと
両手でタッシールの顔を包み込み、
頬に2回キスをしました。
そして、タッシールの、
こんな雰囲気もいいと告げました。
タッシールは傷ついたふりをして
本当に褒め言葉ですよねと
尋ねました。
ラティルは一人で笑っていましたが
彼の肩に頭をもたせかけると、
彼も静かに微笑みました。
◇タッシールの心配◇
ラティルの前では、
タッシールも平気なふりをしました。
しかし、翌日、自分の住まいに戻った
タッシールの口元には、
真心など少しもなさそうな笑みが
武器のように浮かんでいました。
執務室で働く時も同じでした。
我慢ができなくなったヘイレンは
昨日のことのせいで
そうしているのかと尋ねました。
タッシールは、
詳しい話をしてくれたわけでは
ありませんでした。
しかし、ヘイレンは昨日の夕方、
サーナットが慌てた顔で
皇女を連れて帰るのを見るや否や
部屋の中で起きたことを
チラッと推察しました。
皇女2人がタッシールを
怖がっているのは
知る人ぞ知る話だからでした。
タッシールは、
今回、皇帝が妊娠しているのが
他の人の子なら、
皇女が嫌っていようがなかろうが
関係ない。
皇女が自分を嫌いでも構わない。
しかし、嫌いな対象が
自分の子供かと思うと少し気になると
素直に打ち明けて
口元を斜めに上げました。
そして、
やはり、本心は疲れるし困る。
幼子の言葉まで気になるなんてと
ため息をつきましたが、
そんな中でも速いスピードで
読み終えた書類を横に押し出し、
新しい書類を引っ張りました。
しかし、ヘイレンは、
皇帝の前で皇女が
四番目の子供のことを
話してくれて良かった。
皇帝が、直接、若頭の状況を
確認したので、
もっと気を遣ってくれると思うと
慰めました。
「そうかな?」とタッシールは
気まずそうに呟くと、
再び次の書類を開きました。
ヘイレンは、
もちろんだ。
四番目の子供は皇配を父親に持つ、
最も正統性のある子どもだと
主張しました。
しかし、タッシールは、
それが、あまり有利にならないかもと
疑問視しました。
ヘイレンは、
そんなはずはない。
皇帝も、年齢的には
トゥーラ皇子より若いけれど
皇后の子供であることが有利に働いて
皇太女になったではないか。
もちろん、
その他の事由もあるけれどと言うと
タッシールは、違うと言って
首を横に振り続け、ラティルが
クレリスを見ていた
優しい目つきを思い出しました。
タッシールは、
皇帝は、全ての子どもを
苦労して産んだ。
同じように苦労して産んだ
子供たちなのに、
自分が皇配だからという理由で
自分の子供を
より可愛がるだろうかと尋ねました。
ヘイレンは衝撃を受けて
何も言えませんでした。
しかし、彼は賢いので
タッシールの言葉を素早く理解し、
納得しました。
ヘイレンは、
先皇后は最初から皇后だった。
若頭は側室だったけれど、
皇配に抜擢されたと呟きました。
タッシールは
面白いと言わんばかりに
口元を上げました。
彼は、
子供のために全力を尽くそうとすると
皇帝に嫌われるのではないかと
心配になるし、
皇帝の愛だけを考えると、
うちの子が傷つくのではないかと
心配になる。
これをどうしたらいいのかと、
ヘイレンに尋ねました。
◇ラナムンの心配◇
ある日の午後、
ラティルは湖畔を散歩しながら
一体、その卵はいつ起きるのか。
目を覚ますのかと
メラディムをいじめました。
彼は、
卵は元気だから、あまり詮索するなと
飛び跳ねながら返事をしましたが
いつ、卵が目覚めるかは
言えませんでした。
ラティルは、
卵が目覚めたのに
中から人魚が出てこないで
何かアヒルのようなものが出てきたら
どうするのかと尋ねました。
メラディムは、
きれいなアヒルだろうと答えました。
ラティルは、
アヒルが4番目になると思った。
ところが、今のままだと、
5番目になるのも
難しいかもしれないとぼやきました。
そのように2人が、
ブツブツ言いながら歩いていると、
突然ティトゥが「え?」と呟きました。
ラティルとメラディムが同時に
ティトゥを見ると、
彼は湖の向こう側を指差して、
あれはラナムンではないか。
表情がとても良くないと言いました。
ラティルがティトゥの視線の先を見ると
湖のほとりの東屋の欄干のそばに
ラナムンが後ろで手を組んで立ち、
真剣に水を見下ろしていました。
何かがあったような表情をしていたので
ラティルは、そこへ歩いて行きました。
ラティルはラナムンに
大丈夫かと尋ねましたが、
彼は、どれほど深刻な考えに
浸っていたのか、
ラティルがすぐ近くに来て
声を掛けた後になって
周囲に人が多くなったことに
気づきました。
「陛下、いらっしゃいましたか」と
ラナムンは冷たく呟くと
困った様子で視線をそらしました。
実は彼は少し前、
アトラクシー公爵が密かに送って来た
手紙のことを思い出していました。
公爵はレアンと先帝が皇太子だった時に
2人の教育を担当した
年配の公爵がいるけれど、
この人をプレラの教師にしたらどうか。
正統性のある後継者の教師だから、
この老公爵がプレラを担当すれば、
皆自然にプレラが
後継者の勉強を始めたと思うだろうと
書いて来ました。
しかし、今の皇帝が
レアン皇太子を嫌っているという点が
問題でした。
その程度がどれくらいかにより
逆効果になるかもしれませんでした。
そのためアトラクシー公爵はラナムンに
皇帝が、その老公爵のことを
どう思っているのか、
一度探ってほしいと言って来ました。
ラティルは、
ラナムンの冷静な表情の中に
いくつかの変化があるのを
今ではかなりうまく
感知することができました。
ラティルはラナムンが
いつもより深刻に見えると
心配になり、彼の腕をつかんで、
何かあったのかと尋ねました。
ラナムンは、
ようやく口を開きました。
向かうところ敵なしといった具合に
頭と実力で、
あらゆることを成し遂げて来た
タッシールだけれど、
小さな皇女の感情だけは
自分の力ではどうにもならず
無力さを感じているのではないかと
思いました。
ラティルが、皇女たちの前で
タッシールと
生まれてくる子供と仲良くしているのを
見せながら、
皇女たちが成長していくうちに
人は見かけではないことを
分かるようになれればいいと思います。
もしかして、カイレッタ皇子が
鏡に映っている自分が好きで
言葉を話さないのは、
性格がラナムンに
似ているからではないかと、
今回の話を読んでいて
ふと感じました。