796話 ラティルは、あまり親しくないという理由で百花を呼び出しました。
◇真実を告げたい◇
ラティルは、
ロードが汚名を着せられていると
主張しながら、
自分はロードと関係ないと
言うのではなく、
自分がロードであると、
先に明らかにするつもりだけれど
百花はどう思うかと尋ねました。
全く予想できなかった話に
百花は口をパクパクさせました。
そして、息が詰まりそうな時間が
長く続いた後、とても危険だと、
辛うじて答えました。
ラティルは
危険なのは確かだけれど、
危険なだけなのだろうか。
この中に道はないだろうかと
尋ねました。
百花は、
ただ危険なのではなく、
とてつもなく危険だと答えました。
ラティルは
「でも・・・」と呟くと、百花は
ある日、突然悪魔が現れて、
実は自分は優しいから
仲良くなろうと言ったらどう思うか。
この悪魔が、
何か企んでいるのではないかと
もっと疑わしく思うのではないかと
主張しました。
ラティルは、
口をぎゅっと閉じて
不満そうに彼を見つめました。
自分は悪魔なのかと抗議したいけれど
ロードのイメージは
そちらに近いものがありました。
しかし、百花は、
ラティルの表情を見ながらも
言葉を止めることなく、
狼が羊の群れを訪ねて、
自分が肉を食べるのは
間違った情報だから、
一緒に過ごそうと言ったら
どうなるかと尋ねました。
ラティルは、
それは、本当に
間違った情報ではないかと
反論すると、百花は、
人々の目には、
ロードが危険ではないというのも
それと同じだと言い返しました。
ラティルは
ロードが怪物と関係がないという
証拠を持っていると言うと、
百花は、
人々は証拠を信じているのではなく
信頼を信じていると言い返しました。
百花の否定的な話に
ラティルは心が揺れました。
一日中悩んで出した結論を
百花が断固として反対すると、
少し腹も立ちました。
しかし、ラティルは、百花が
そんなことを言える人だから、
自分の側近ではない人だから
呼んだのでした。
百花は、自分が皇帝を
信じることができたのは、
先に、ドミスが
自分を犠牲にしようとする姿を
見たからであり、そして
皇帝をそばで
ずっと見て来たからだ。
皇帝が内心をよく隠した
暴悪なロードでも
戦ってみることはできるからだ。
しかし、他の人々は
自分と同じではないと話しました。
ラティルは沈黙しました。
百花は息が詰まりそうな目で
ラティルを見つめながら、
いっそのこと、
本来の計画通りにしようと
提案しました。
ラティルは「本来の計画?」と
聞き返すと、百花は、
ロードであることを隠して、
ロードが危険ではないと
人々に知らせるのが、一番安全だ。
それでも、
ロードの仲間ではないかと
疑う人はいるだろうけれど、
正体を明かすよりは
百倍も千倍も安全だと言いました。
ラティルは、
ため息をついて立ち上がると、
窓際へ歩いて行きました。
百花は、意外にも
大神官のような感じがする
皇帝の後ろ姿を
妙な気分で眺めました。
ラティルは窓の外の
平和な景色を見ていましたが
ラチルの心は、
決して平和ではありませんでした。
そして、ラティル自身も、
「やっぱりそうでしょう?」と
笑いながら、今からでも、
言ったことをなかったことにしたいと
思いました。
百花が断固として反対すると、
自分の考えが
間違っているようでした。
しかし、ラティルは
そのような言葉に
振り回されないために、
昨日、一日中、
部屋で悩んだのでした。
ラティルは、
父親の側近が
レアンと手を握りながらも、
簡単に自分を
受け入れてくれるのを見て
そう思ったと話しました。
百花は、
他の人たちもそうだと思うのか。
あまりにも、
肯定的に考え過ぎていると
非難しました。
しかし、ラティルは、
自分が人々を信じられないのに、
人々に自分を信じて欲しいと思うのも
矛盾していると反論しました。
百花は、
人々はロードが悪で
対抗者が善だという
偏見を持っていると主張しました。
ラティルは、
人々に真実を教えても
受け入れてくれないと思うけれど
これも偏見ではないかと
反論しました。
百花は、ラティルを
ぼんやりと見つめました。
ラティルはカーテンを引き、
ソファーに腰かけると、
額に手を当てながら、
自分は、できる限りの方法を
全部やってみた。
アニャドミスを防ぎ、
対抗者にも勝ったし、
始まりの地でもあるアドマルへ行って
不信と戦ったりもしたと話しました。
しかし、何も変わっていない。
もちろん、今考えられる手で
一つだけ残っている方法が
ありました。
最初の対抗者と
ほぼ同じ状況に置かれた娘のプレラを
最初のスタート地点のアドマルで
消すことでした。
それは、議長が主張することでも
ありました。
しかし、ラティルは、
そんな、むごたらしいことを
するよりは、
このままずっと
対抗者のふりをして過ごし、
運命がいつ訪れるのかと
心配しながら生きる方が
良いと思いました。
百花は、
ラティルが、あれこれ
随分考えたようだと指摘しました。
ラティルは、
人々が真実を受け入れてくれると
信じてみたいと話しました。
百花は、
ラティルと目を合わせながら
じっと彼女を凝視しました。
ラティルは、
百花はどう思うか。
自分の決断はとんでもないだろうかと
尋ねました。
何かを隠したがる人に対しては、
どうしても、
気になることがある確率が
高いもの。
皇帝は偏見を防ぐために
正体を秘密にしていたようだけれど
百花は、
皇帝が秘密だらけだということで
ある程度、線を引いて
彼女に接していました。
ところが、皇帝がこれほどまでに
直接乗り出すと言うと、
当惑しながらも
不思議な驚きがありました。
百花は、自分の顎を
いじくり回しながら、
きれいなカーペットを見下ろし、
「とんでもないです。」と
答えました。
ラティルは
「そうですか」と返事をして
ため息をつきましたが、
百花が「でも」と言ったので
頭を上げました。
百花は浮き浮きした目で
ラティルを見ながら、
「楽しみです。」と告げました。
◇真実を打ち明ける相手◇
ラティルは、
百花を説得することができたので
とても浮かれていました。
彼女はすぐに
ロードの仲間たちを集め、
百花に伝えた言葉を
聞かせてあげました。
そして、ラティルは両腕を広げて、
目を輝かせながら彼らを見回し、
彼らの意見を求めました。
しかし、側室たちは
同時にラティルの視線を避けて
互いに横目で見つめ合いました。
その反応に熱が冷めたラティルは
手を下げ、
なぜ、皆、自分の目を避けるのか。
何が問題なのか、話してみるように。
自分は聞く準備ができていると
言いました。
側室たちは同時に
タッシールを見つめました。
しかし、普段なら、
すぐに口を出すタッシールが、
急に喉がとても渇いたように
茶碗を手に取り、
フーフー吹きながら飲み始めました。
側室たちは、
今度はギルゴールを見つめました。
彼は、植木鉢に植えた
ローズマリーを整えていましたが
視線を感じて頭を上げると、
なぜ、皆、自分を見るのかと
尋ねました。
ギルゴールは、
ラティルが言った言葉を
聞いたかどうかさえ
区別がつきませんでした。
次に側室たちは、
自然とカルレインに
目が行きました。
ザイシンだけは、
今度は自分が頼られる番だと
思ったのか、
少し落ち込んでしまいました。
側室たちの様子を見ていた
ラティルはカッとなり、
百花に、その話をしてからも、
自分の気持ちは
コロコロ変わっている。
しかし、思いもよらない人々が
自分をありのままに
受け入れてくれるのを見て
他の人たちも
そうかもしれないと思い
勇気を出すことにしたと言いました。
カルレインはため息をつくと、
ご主人様が、その伯爵と会って
感銘を受けたのは分かる。
しかし自分が出会った5人のうち、
すぐに心変わりしたのは、
あの伯爵だけで、
多くの人は嫌がるだろう。
たとえ、ご主人様の言葉に
感化された人間が
たくさんいたとしても、
10人に1人か2人程度では
ロードに対するイメージを変えるには
無理があると主張すると、
ラティルは、
そこから始める。
全ての人がロードを受け入れるとは
思わない。
しかし受け入れるかどうかを
選択する機会を人々に与えると
言いました。
ゲスターは、
静かに見守っていましたが、
ラティルの気持ちが
確固たるものであると納得し、
どうせレアン皇子は、
皇帝がロードであることを
暴露するために、
万全の準備をしている。
そして、何かを
5月に実行しようとしている。
もしかしたら皇帝の選択が
正しいかもしれないと話しました。
ラティルは微笑みながら
ゲスターを見つめ、
自分もそう思うと言いました
メラディムは眉を顰めながら
単に、ロードの言葉だというだけで
同意するものではないと
口を挟みました。
しかし、ゲスターは、
まもなく皇子とアイニが結婚するし
それから5月までは
あっという間に過ぎてしまう。
皇帝がその間に、皇子が隠した情報を
全て集めるのは大変だと言うと
側室たちは静かになり、
それぞれ考え込みました。
ラティルは手を組んで
側室たちを見回しました。
しかし、ラティルの視線が
最も多く注がれたのは
タッシールでした。
決定を下したラティルは、
誰よりも彼の言葉が
聞きたいと思いました。
そのおかげなのか。
それとも考えを終えたのか、
ずっとお茶を飲むふりをして
言葉を避けていたタッシールが、
ついに茶碗を下ろすと、
慎重にした方がいい。
他のことならまだしも、
これがうまくいかなければ、
皇帝は、退位しなければ
ならないかもしれないと
話しました。
彼が口にした退位の話に
ラティルは心臓がドキドキしました。
タッシールは謝罪の言葉を述べた後
良い点だけに
注目することはできないからと
言い訳をしました。
百花が説得されるのを見て生まれた
ラティルの勇気が
半分に折れました。
一番頭のいいタッシールが
あのように言うのを見ると、
自分は、とんでもない決断を
下したのかと思い、
後悔しました。
タッシールはそんな気配に気づいて
気まずくなったのか、
またお茶を飲みました。
その光景を
静かに見守っていたカルレインは
先皇后に、
先に話してみたらどうかと
提案しました。
ラティルは目を大きく見開いて
カルレインを見ながら、
突然、母親を持ち出した理由を
尋ねました。
カルレインは、
先皇后はレアンと手を組んで
ご主人様を
裏切ったことがあると話すと
ラティルの瞳が揺れました。
続けて、カルレインは
先皇后は、
その時、ご主人様を
ロードだと確信していたのに
自分にご主人様を守ってくれと
頼んだ。
だから、証拠を持っていけば
今は信じてくれるかもしれない。
先皇后を説得できなければ、
他の人間も説得するのが
難しいと断固として話すと、
ラティルを見つめました。
彼女は正しい言葉だと思いましたが
簡単に答えが出ませんでした。
先皇后は、
ラティルがロードではないと
思っているのに、
実は自分がロードで合っていたと
言えと言うのか。
その時、母親は
どう出るくるだろうか。
しかし、カルレインの言葉のように
親しい間柄の母親さえ説得できず、
他の人たちを、どうやって
説得するというのだろうか。
ラティルは悩んだ末に、
やってみると決断を下しました。
◇深刻なタッシール◇
会議が終わった後、
タッシールは部屋の中に入って
机の前に座りました。
しかし、仕事を前にしても、
タッシールは、その姿勢で
じっとしているだけでした。
ヘイレンがコーヒーを持って来ると
タッシールが握ったペンから
インクがぽたぽた垂れて
紙を染めていました。
驚いたヘイレンは
「大丈夫ですか?」と
声を掛けました。
タッシールは、
ようやく我に返ったのか
ペンを置くと、
何かを考えていると答えました。
ヘイレンは、
何を考えていたせいで、
我を忘れたのかと尋ねました。
タッシールは、
皇帝の計画だと答えました。
ヘイレンは、
少し、衝撃的だったと
コーヒーカップを
タッシールに渡しながら呟きました。
しかし、ヘイレンは、
それでも自分はうまくいくと思う。
自分も聞いた時は、
衝撃を受けたけれど、
結局、受け入れることができたと
話しました。
タッシールが
「そうだろうか?」と尋ねると
ヘイレンは、
皇帝は、すでに何度も人々を
救ったりしたからと
答えましたが、
タッシールが深刻な表情で
コーヒーを飲んでいるのを見て
話を止めました。
暗殺集団の頭のタッシールでさえ
ラティルがロードであると
知った時、無意識のうちに、
彼女を避けてしまったので、
ラティルのことを
よく知らない人は、
彼女が伝説の悪の権化であると
聞いただけで、
恐れおののくでしょうし
レアンを皇帝にしたい人は、
これ幸いと、彼女を皇帝の座から
引きずり下ろす準備を
始めるかもしれません。
けれども、
ブルーレイク村の人たちのように
初対面なのに、
ラティルがロードであることを
受け入れてくれた人たちもいる。
ラティルはロードだけれど
伝説で言われているような者とは
違うことを
自ら、証明していくしか
ないのではないかと思います。
元々、アリタルは
大神官だったので、
その生まれ変わりのラティルも
大神官ような雰囲気があっても
おかしくないと思います。