815話 大賢者はレアンの命を奪わないでとラティルに懇願しましたが・・・
◇レアンの処遇◇
ラティルは、
大賢者の言葉が事実なら
猶更、レアンを許してはいけないと
呟くと、大賢者は驚いて
「陛下!」と叫びました。
ラティルは、
自分が、いくら伝説とは
違う姿を見せても、
レアンは、自分が見た記録を
継続して信じたからだと話すと、
大賢者は言葉が詰まったように
何も答えられませんでした。
しかし、時間が経てば、
自分の気持ちも
少し和らぐかもしれないので、
後でまた話してみるようにと
微笑みながら勧めました。
大賢者は震える声で
それはいつ頃になるかと尋ねました。
ラティルは、
分からない。
自分が何度、説得しようとしても
レアンの気持ちは変わらなかった。
人の心は皆、そんなもの。
そう簡単に変わるだろうかと
笑いながら答えました。
しかし、大賢者は一緒に笑うことが
できませんでした。
ラティルは、
他に言うことはないのかと尋ねると
大賢者は小さな声で
「はい」と返事をすると、
ラティルは大賢者に近づいて
彼を立たせました。
それから、すぐに応接室を出て、
自分の執務室まで歩いて行きました。
執務室に着くと、何人かの秘書が
騒ぎで台無しになった机を
整理していました。
秘書たちはラティルを見ると
いつもより礼儀正しく挨拶しました。
秘書たちが出て行くと、
ラティルは窓枠に座って
膝を抱えました。
レアンを
どう処理すればいいのだろうか?
サーナット卿が
周りをうろついていましたが
ラティルは、
今は誰とも話をしたくなくて、
彼がそばにいることを知りながらも
窓の外だけを見ました。
その間、カルレインは
半分ほど扉が開かれた
執務室の前まで近づいて来ました。
扉の隙間越しに、
二人の吸血鬼の目が合いました。
カルレインは
窓枠にうずくまって座っている
皇帝も見ました。
サーナット卿は、口の形で
カルレインに用件を尋ねました。
彼は、白魔術師について
ラティルに報告しに来ましたが
今の状況を見ると、そのような話は
後でした方が良さそうでした。
彼は首を横に振ると、
扉に背を向けました。
◇会議の闖入者◇
2、3時間ほど寝て
翌朝、起きたラティルは、
国務会議を
通常通りに開くという知らせを
あちこちに送りました、
ラティルが、
タッシールと同じくらい
やつれているのを見たサーナット卿は
昨日の今日なので、
あまり無理をしない方がいいと
心配そうに勧めましたが、ラティルは
今、思い悩んでいても
何の役にも立たないと
返事をしました。
サーナット卿は
レアンの処遇について
決定を下したのかと尋ねました。
ラティルは「いいえ」と答えると、
それは後で下してもいい。
どうせ時間が経てば経つほど
不安になるのは敵だからと答えると
悩む必要もなさそうに
素早く食事を終え、とりあえず
会議室へ歩いて行きました。
あまりにも早く来たので
会議室はがらんとしていました。
サーナット卿は、一体、ラティルが
何をしようとしているのか
見当がつかなかったので
じっとしていました。
そして、ついに大臣たちが
一人二人と集まって来ました。
ラティルは素早く目で
人数を数えました。
一見して、
いつも参加していた人数の
四分の三ぐらいは
来ているようでした。
レアンの熱烈な支持者を除けば、
ほとんどが来たと見るべきでした。
到着した人たちも
ラティルが何を言うのか
全く予想がつかないようで、
混乱に満ちた顔をしていましたが
この程度なら無難でした。
さて、ラティルが書類を取り出し、
毎日処理しても毎日生じる
重要な項目についての、
議題を読み上げると
大臣たちは目を丸くしました。
宮殿が壊され、
人々も興奮している今、
いつものように皇帝が
会議を始めようとするからでした。
案件を読み上げていたラティルは
その雰囲気を感じたので、
視線を上げました。
そして、どうして、
そんな様子をしているのか。
会議をしたくないのかと尋ねました。
いつも通りのことを
このような状況にもすると言う
皇帝を、大臣たちは
止めることができなかったので、
いいえ。 陛下、どうぞ、どうぞ。
とアトラクシー公爵が煽てると
ラティルは頷き、再び
いつも通りのことを続けました。
皆、緊張しているせいか、
会議はきびきびと進められました。
ラティルは、会議が終わった後、
時計を確認し、書類を壇上に置くと
やるべきことは全てやったので、
聞きたいことを聞いてみろと
大臣たちに告げました。
彼らは、
突然、皇帝が話題を変えたので
目を見開きました。
大臣たちは、皇帝が昨日の出来事を
できるだけ無視しようとしていると
思っていました。
皇帝は、このことで会議はせず、
ただ個別に命令を下し、
別に解決しようとしていると
思っていました。
しかし、たとえ、そうだとしても、
理解できないこともなかったので、
皆、見過ごせばいいと
思っていました。
ところが、皇帝が
こんなに堂々と聞いて来たので、
大臣たちは、
互いに見つめ合いました。
しかし、誰も口を開きませんでした。
どこから始めればいいのか
分からないのは
大臣たちも同じだったからでした。
一方、ロルド宰相は、その隙を狙って
ラティルに媚びを売るために
口を開こうとしました。
アトラクシー公爵のような
対抗者の父親と、
自分のような黒魔術師の父親は
格が違うということを
見せる必要があったからでした。
ところがロルド宰相は、
自然にアーチ型の出入り口から
入ってくる男を見つけ、
話すのを止めました。
話をしようとした宰相が
口を開けたまま、
一方向だけを見つめると、
人々もそちらへ視線を向けました。
入って来たばかりの男の顔に
気づいた大臣たちの表情は
ほとんど同じように変わりました。
ヒュアツィンテ皇帝?
ラティルも驚いて
ヒュアツィンテを見ました。
彼の顔を知らない大臣たちは、
さらに驚き、
ヒュアツィンテ皇帝?
カリセン皇帝?
いつここへ来られたのか?
と、ずっと呟いていると、
ヒュアツィンテは侍従長を見ながら
別の用事で
この辺りに来ていたけれど、
知らせを聞いて、昨日、急遽
宮殿にやって来たと
侍従長に知らせるように
説明しましたが、事実上、
他の人たち全員に
聞かせるように話していました。
しかし、ヒュアツィンテの説明を
聞きながらも、大臣たちは
さらに理解できませんでした。
カリセン皇帝が
この付近に来る必要のある
どんな「別の用事」があるのかと
考えたからでした。
ラティルも
目をパチパチさせていましたが、
彼女が驚いたのは、ヒュアツィンテが
タリウム宮殿にいることではなく、
なぜ、彼が
会議の場に入って来たのかが
理解できなかったからでした。
その時、ヒュアツィンテは
突然ラティルを見ながら
悪党のような微笑を浮かべました。
ラティルはギクッとし、
どうして、あんな顔をしているのかと
思いました。
ヒュアツィンテは
タリウム皇帝。
とラティルに呼びかけると、
彼女が廃位になるかもしれないという
話を聞いたけれど本当かと
尋ねました。
それを聞いた大臣たちは
ざわめき始めました。
誰も廃位の話なんて
口にしたことがないのに、
なぜ、ヒュアツィンテ皇帝が
あんなことを言い出したのか
訳が分かりませんでした。
現在、大臣たちが
最も気になっているのは、
レアンの処罰問題だし、
国民が最も関心を示しているのは
このような時期に
皇帝がロードであることが
良いか悪いかということでした。
彼らは酒場ごとに集まっては、
このテーマで話をしていると
聞いていました。
それなのに、
突然廃位の話が出て来たので
大臣たちは驚きました。
ラティルは、
ヒュアツィンテの
あの変な表情が不思議で
眉を顰めました。
しかも、昨日と態度が違いました。
彼は、今、わざと
ああしているみたいだけれど、
故意に極端な話をして
人々を刺激してくれているのかと
ラティルは考えました。
人々が慌てて
話ができないでいると、侍従長は
それはどういうことなのか。誰も、
そのような話を口にしていないと
笑顔で、落ち着いて反論しました。
すると、ヒュアツィンテは
それでは、
こっそり話しているようだ。
自分は確かに聞いたと
言い返しました。
ラティルは渋い顔で
それを確認しに来たのかと
尋ねると、ヒュアツィンテは
プロポーズしに来たと答えました。
その言葉に大臣たちは
氷水に当たったように
同時に静かになりました。
ラティルも驚いて目を丸くしながら
プロポーズ?
と聞き返しました。
ヒュアツィンテは、
この前は、ラティルが皇帝だから
プロポーズを拒否された。
しかし、皇帝でなくなれば、
自分たちの間の問題は
すべて消えるのではないかと答えると
口元に意地悪そうな笑みを浮かべ
ラティルの演壇の上に
手を乗せました。
そして、
ロードが皇后になれば、
カリセンにも大きな力になると
付け加えました。
大臣たちに背を向けて立った
ヒュアツィンテは、
ラティルと目を合わせると
いたずらっぽい笑みを浮かべました。
ラティルの後ろに立っていた
サーナット卿は、怒りを抑えるために
剣の柄をしっかり握りました。
一方、ラティルは
ヒュアツィンテの意図を察知し、
心の中で嘆声を漏らしました。
その瞬間、大臣たちは
呆然とした状態から抜け出して
大騒ぎし始めました。
欠点のない陛下を
なぜ廃位させるのか。
我々の陛下は永遠に我々の陛下だ。
タリウム皇帝は
廃位になることはない。
誰が陛下にそんなことを言うのか。
変なデマを作るな。
ヒュアツィンテは、
一発殴ってやりたいほど
憎たらしい表情で
大臣たちを振り返りました。
彼は、
デマではない。確かに聞いたと
反論すると、大臣たちは、
相手がカリセン皇帝でなかったら
酷いことを言いたいかのように
顔を赤らめました。
特に、レアン支持者でも
ラティル支持者でもない人々の間で、
そのような反応が顕著でした。
ラティルに対する信頼がないため、
彼女が本当に、カリセンに
行ってしまうのではないかと思い
むしろ興奮するのでした。
反面、ラティルの支持者たちは
ヒュアツィンテの提案を
不快に思いながらも、
ラティルがそうしないと
信じていました。
その様子を見ながら
ラティルはヒュアツィンテに
さらに感謝しました。
自分のイメージを気にせずに、
こうやって出てくれる
ヒュアツィンテに、
自分もうまく合わせなければと
考えました。
ラティルは、
少し騒ぎが収まると、
感謝の表情を見せないよう努めながら
心配してくれるのは有難いけれど
自分はタリウムが気に入っている。
カリセンには、
自分の側室がいないからと
わざと豪快に冗談を言いました。
大臣たちの不快な気持ちが和らぎ
彼らが笑うことを願って
言った言葉でした。
しかし大臣たちは
ラティルの話を聞くと、
皆が完全に納得した表情で
安堵しました。
そうですね。
陛下は好色なので、
他の国に、皇后として
行くことはないでしょう。
誰も冗談として
受け入れてくれないようなので
ラティルは眉を顰めました。
なぜ、大臣たちが、
すぐに納得するのか、
ラティルは不満でした。
◇郷愁◇
会議の後、
ラティルはヒュアツィンテと
ハーレムに行くことになりました。
彼が予定を無視して
急遽、ここへ来たので、
すぐに戻らなければならないと
話していたからでした。
ラティルは彼を見送るために
ゆっくりと歩き、
周りが静かになると
助けてくれたことにお礼を言いました。
ヒュアツィンテは
低い声で笑うと、
またラティルと仲直りができて
感謝していると言いました。
彼の笑い声を聞くと、
ラティルはヒュアツィンテとの
結婚生活について囁いていた
平和な時代のことを思い出しました。
当時も当時なりに悩みがありましたが
今、考えてみれば
本当に可笑しいレベルでした。
似たようなことを考えていたのか、
ヒュアツィンテは、
こんなふうに歩くと
昔のことを思い出すと呟きました。
二人は、いつの間にか
ハーレム付近に到着していました。
ラティルは立ち止まって
彼を見上げました。
風が吹くたびに彼の髪が
しなやかに揺れていました。
ラティルは
かすかな郷愁のせいで
言葉を失いました。
とにかく彼は初恋であり、
すべてが完璧だった時代に
愛した人でした。
しかし、ラティルは、
このような気持ちをぐっと抑えて、
さようなら。
と最大限、明るく挨拶しました。
じゃあね。 あなたも元気で。
と言って
ヒュアツィンテは優しく笑うと
ラティルの額と眉間、
いつも好奇心と情熱で輝いていた目を
一つ一つ頭に刻み込みました。
ラティルは、
ヒュアツィンテの対面もあるのに、
自分のために、わざわざ、
あのように言ってくれたことに
お礼を言いました。
すると、ヒュアツィンテは、
ラティルのために言ったことは
本気だ。
ラティルが望むなら
いつでも待つことができると
言いました。
ラティルは、
彼を抱きしめたいという気持ちを
抑えながら首を横に振ると、
ヒュアツィンテには
幸せになって欲しいので
自分を待たないで欲しい。
自分を待っていたら、
ヒュアツィンテは
幸せではないと言いました。
すると、ヒュアツィンテは
ラティルに皇配ができたという
話を聞いたら、
直接、来ることはできないけれど
お祝いの使節を送る。
この世で一番華やかな使いを。
もう、そばでラティルを
助けることはできないけれど
遠い国でラティルを助けると
言いました。
それから、ヒュアツィンテは
ラティルの額を
じっと見ていましたが、
唇を噛み締めて振り向きました。
見送りはここまででいいと言うと
彼は忙しそうに、
どこかへ歩いて行きました。
ゲスターが
ランスター伯爵であることは
知らないようだったので、
別にランスター伯爵と
約束をしていたようでした。
ラティルは、彼の後ろ姿が
だんだん遠ざかっていくのを
見ていましたが、ため息をつき、
木の根元に背中をもたれました。
今回のことが片付いたら、
そろそろ皇配を
決めなければならないと思いました。
この世で一番華やかな使いは、
ラティルに
プロポーズをする時に送ると
言っていたもの。
それを、
ラティルに皇配ができたら、
送ると言った時の
ヒュアツィンテの気持ちを考えると
涙が出てきてしまいました。
ヒュアツィンテは
まだラティルを愛していて、
彼女が待って欲しいと言ったら
本当に。いつまでも
待つつもりだったのでしょう。
ヒュアツィンテを抱き締めようとして
堪えたラティルは偉い。
いつかヒュアツィンテの
ラティルへの想いが
友情に昇華することを
願ってやみません。