935話 外伝44話 子供が生まれたことを知らせに行った乳母は、驚いた悲鳴を上げました。
◇ついに目覚めた◇
ラティルは心臓がドキドキしました。
数ヶ月間、のんびりと平穏な日々を
過ごしていたため、
様々なことへの警戒心が
少し薄れていた状態でした。
結局、議長は
ギルゴールの目を逃れて、
また問題を起こしたのか。
アイニが、
また心変わりしたのだろうか。
レアンが塔から逃げたのか。
手に負えない怪物が現れたのか。
聖騎士たちが集団で
対抗することにしたのか。
ラティルの頭の中に、悪い可能性が
次々と流れて行きました。
侍女長は、
自分が行って来ると叫ぶと
扉の外へ出て行きました。
しかし、勇敢に出て行った侍女長も
すぐに戻って来ないと、
ラティルは我慢できなくなり
赤ちゃんを抱いたまま
起き上がりました。
やはり、自分が行かなければと言う
ラティルを宮医は止めました。
彼女が枕の下から剣を抜くと、
宮医は、ほとんど気を失いかけながら
一体、いつから、それを
枕にしていたのかと尋ねました。
幸いにも、
ラティルが、その剣を使ったり
赤ん坊を抱いて廊下に出る前に
乳母と侍女長が戻って来ました。
2人とも
驚いた顔をしていましたが
怪我はなさそうでした。
ラティルは
どうしたのかと尋ねました。
廊下には、タッシールと側室たちが
待機しているので、何かあっても、
すぐに対応できるという考えは
後になって思い浮かびました。
乳母は妙な表情で
「卵が・・・割れた」と答えました。
ラティルは戸惑いながら
「何の卵が?」と問い返した後、
目を大きく見開きました。
まさか、メラディムが抱いていた
あの卵?!
ラティルは心から慌てました。
あの卵は、いくら待っても、
目を覚ます気配がありませんでした。
メラディムが、
あまりにも大事にしているので
悪口を言えませんでしたが
ラティルは、その卵が古すぎて
腐っているかもしれないと思いました。
ラティルは、すっきりしない顔で
その卵は、今廊下にあるのかと
尋ねました。
乳母は奇妙な表情で
「はい」と答えると
メラディムが卵を持って
待機していたからと説明しました。
その表情を見ると、ラティルは
外の状況がさらに気になりました。
一体、卵は
どうやって割れたのだろうか。
好奇心を抑えきれなくなった
ラティルは、
やはり、直接見なければならないと
言って、
再び起き上がろうとしました。
しかし、乳母と宮医と侍女長が
同時にラティルを止め、
横になるようにと言いました。
ラティルは横になりましたが、
それならば詳しく説明して欲しい。
卵から何が出たのか。
魚、それとも人間?と
息詰まる思いで尋ねました。
しかし、乳母が答える前に、
けたたましい笑い声が
聞こえて来ました。
ラティルは扉を見て
気絶しそうになりました。
メラディムが、
自分が産んだ赤ちゃんと
同じくらいの大きさの赤ちゃんを
抱いていたからでした。
しかし、赤ちゃんの足が
人の足なのか魚の足なのかは、
彼の腕に隠れて見えませんでした。
ラティルが、その赤ちゃんの足を
見せてくれと言う前に、
メラディムは、
赤ちゃんを見て欲しい。
本当に愛らしい赤ちゃんが
目を覚ましたと嬉しそうに言いながら
ラティルの前に
大股で近づいて来ました。
メラディムは、
ロードの赤ちゃんも見せて欲しい。
交換しようと言うと、
ラティルに近づくや否や、
彼は自分の赤ちゃんを
渡そうとしました。
しかし、メラディムが
腕を退けるや否や、
隣に立っている宮医は
息を呑みました。
乳母も手で口を塞ぎました。
ラティルも戸惑いました。
赤ちゃんをぼんやりと見ていた
ラティルは、驚きながらメラディムに
「法螺貝・・・?」と
尋ねました。
満面の笑みを浮かべていた
メラディムは、
ラティルの言葉に飛び跳ねました。
そのため、メラディムの赤ちゃんまで
一緒に飛び跳ねると、
宮医と乳母は反射的に
手を伸ばしました。
赤ちゃんが法螺貝のようでも、
赤ちゃんなので
乱暴に扱ってはいけないからでした。
ラティルは、
この子は、どうみても人魚、
血人魚には見えないと思いました。
メラディムが連れて来た赤ちゃんは、
不思議なことに、顔は
メラディムに似ていて、
すでに神秘的な雰囲気が
漂っていました。
ところが、足は法螺貝。
見方を変えてもサザエでした。
ラティルは、メラディムの子供が
完全な人間の姿である確率よりは、
血人魚の
赤ちゃんらしい姿である確率が
高いと考えていましたが、
赤ちゃんの足が、
法螺貝のように見えるなんて、
本当に想像もできませんでした。
ラティルは、メラディムが
法螺貝の怪物の卵を
拾って来たのではないかと疑うと、
彼は額に青筋を立てて、
今の言葉はとても失礼だ。
ロードは、
誰かがロードの赤ちゃんを見て、
他の人間の赤ちゃんだと
疑ってもいいのかと抗議しました。
ラティルは、
自分の赤ちゃんは、
自分のお腹から出て来たのだから、
他の人の赤ちゃんであるはずがない。
けれどもメラディムの卵は
メラディム産んだわけでもないという
言葉が、喉元まで上がって来ましたが
ぐっと飲み込みました。
とにかく、メラディムが
本当に気分が悪そうに
見えたからでした。
雰囲気が急に険悪になると、
宮医は困って皇帝とメラディムを
交互に見ました。
幸いなことに、
これ以上。口論が激しくなる前に
側室たちが列をなして
入って来ました。
タッシールが
走るように歩いて来ると、宮医は、
タッシール陛下が、
赤ちゃんの顔が気になるようだと
わざと普段より倍明るい声で
言いました。
ラティルも、すぐに表情を整え、
今、自分は他人の法螺貝を見て
何か言う時ではないと思いました。
そして、ラティルは
近づいて来たタッシールに
抱いていた赤ちゃんを
差し出しながら、にっこり笑い
タッシールにそっくりな皇子だ。
本当に可愛いと言いました。
タッシールは赤ちゃんを抱いて
顔を見ると、口の端を
耳に届きそうなほど上げて
こんなに可愛い赤ちゃんは初めて見ると
言いました。
いつも笑っている彼だけれど、
今日は普段より、はるかに
ウキウキしているように見えました。
彼は本当に
興奮しているように見えました。
赤ちゃんを
ぼんやりと眺めていた彼は、
後になって、
こんなに可愛い赤ちゃんがいると
側室たちに自慢するように、
赤ちゃんを見せたりもしました。
クラインは、可愛いけれど
自分が見た赤ちゃんの中で
一番印象が良くない。
目が落ち窪んでいるのは
生まれつきのようだと
冷や水を浴びせました。
ザイシンが
クラインのわき腹を突いて
口を止めましたが、
すでにクラインは言いたいことを
全部言った後でした。
しかし、タッシールは
意に介すことなく、依然として
嬉しそうに笑っていました。
ラティルはその喜ぶ姿を見ると、
少し申し訳ない気持ちになりました。
考えてみると、
今日は4人目の赤ちゃんに
すべての愛情と関心が
向けられる日のはずなのに、
メラディムの卵が
突然目を覚ましたせいで、
タッシールの赤ちゃんへの関心が
半分になってしまいました。
母親のラティルでさえ、
メラディムの赤ちゃんに
夢中になっていたので、
タッシールが
寂しかったかもしれない。
そう考えたラティルは
タッシールを引き寄せて、
彼のお腹に自分の頭をもたれました。
そうでなくても
気分が良くなかったクラインは、
その姿を見ると、さらに腹が立ち
唇を噛み締めました。
ザイシンもあまりいい気分ではなく
わざと目を逸らすと、
自然と、メラディムが抱いた
血人魚の赤ちゃんの方へ
視線が行くことになりました。
タッシールの赤ちゃんを脇へ置いて、
メラディムの赤ちゃんに
興味を示してもいいのだろうか。
結局、ザイシンは
どうすることもできませんでした。
メラディムは、皇帝がしきりに
自分の赤ちゃんを
法螺貝扱いしたのが不愉快で、
普段ほど騒ぎ立てませんでした。
2人の赤ちゃんが誕生した
良い日でしたが、
雰囲気は普段より曖昧でした。
すでに自分の子供がいる側室たちは
自分の子供たちのライバルとなる
もう一人の子供の出生に不安を感じ、
子供がいない側室たちは、
ただ喜ぶこともできませんでした。
それでも
3番目の赤ちゃんが生まれた時は
子供がラティルにそっくりでしたが
今回の赤ちゃんは、
ラティルに似たところが
ありませんでした。
皆がそれぞれ考え込みながら、
メラディムの赤ちゃん、
あるいはタッシールの赤ちゃんを
見つめていた時。
後ろであちこち歩き回りながら
2人の赤ちゃんを交互に見ていた
ラナムンが、
どちらが4番目でどちらが5番目かと
尋ねました。
◇順番と性別◇
赤ちゃんが生まれた順番を決めるのに
ほぼ半日を費やしました。
ラティルは、
赤ちゃんを産むのに精一杯で、
宮医と助手たちも
時計を随時確認する暇が
ありませんでした。
側室たちは外で待機し、
後片付けが終わってから
呼ばれたので、やはり
赤ちゃんが正確にいつ生まれたのか
分かりませんでした。
側室たちが見たのは
卵が目覚める過程でしたが、
赤ちゃんは卵を一度に割って
出てきたわけではない上に、
出て来ると、卵の殻まで
少しかじって食べたので、
何時に生まれた赤ちゃんだと
はっきり言い切るのが曖昧でした。
結局、翌朝。
側室たちが全員部屋に集まった時、
ずっと4人目と呼んでいたので、
タッシールの子を4人目にして
メラディムの子を5番目にすると
ラティルが決断を下しました。
前日の不快な気持ちが
すっかり消えていたメラディムは
快く納得しました。
どうせメラディムの赤ちゃんが
皇帝と血が繋がっていないことは
皆が知っているので、
この血人魚の赤ちゃんの順番は
あまり関係がありませんでした。
ところが、今度は、
血人魚の赤ちゃんが
皇子か皇女かという問題が
出て来ました。
赤ちゃんの足が
法螺貝の形をしているので
男女の区別がつきませんでした。
昨日も、同じことを考えましたが、
何となく雰囲気が悪かったので
誰も、聞くことが
できなかったのでした。
しかし、ついにゲスターが
その質問をすると、
メラディムは、
大したことがないといった風に
堂々と、皇女だと答えました。
しかし、ラティルは、
後でティトゥに
もう一度確認することにしました。
◇メラディムの提案◇
午後になると、ラティルは
そっとティトゥを呼び出し、
メラディムの言うことが
本当かどうか確かめました。
ティトゥは照れくさそうに笑うと
生まれたばかりの頃は、見た目では
よく分からないけれど
皇女で合っている。
よく見ると模様が少し違うと
答えました。
幸い、ティトゥは、
血人魚ではない人たちが
赤ちゃんの法螺貝の足を見て
当惑しているのを、
メラディムよりは
よく理解しているようでした。
ティトゥが不快に思うことなく
答えてくれると、
ラティルはホッとし、
赤ちゃんは本物の血人魚なのか。
どうしてティトゥたちと
足が違うのかと、メラディムが、
あまりにも気を悪くして聞けなかった
質問をしました。
ティトゥは、
生まれたばかりの頃は
鱗が弱いからだ。
早ければ7日、
遅くとも1ヵ月以内には殻が消え、
血人魚の尻尾が現れると
明快に説明してくれました。
その言葉にラティルは安心しました。
ラティルは、
メラディムが、どこからか
他の種族の卵を
拾ってきたのではないかと思ったと
言うと、ティトゥは爆笑しました。
とにかく、メラディムが、
他の種族の卵を
勝手に拾ってきたのでなければ、
ラティルも
安心することができました。
ティトゥはその気配に気づくと、
他の側室たちも
気になっているだろうから
彼らにも話しておくと
先に提案しました。
ラティルは疑問を完全に
解消することができたことで安心し、
その日は早くに、
ぐっすり眠ることができました。
しかし、ラティルとは違い、
タッシールは、
子供が生まれる前より
さらに不安になりました。
それは、子供が自分に似て
目が落ち窪んで
生まれたからではなく
意外にもメラディムのせいでした。
ラティルと4番目の皇子が
眠りについたことを
確認したタッシールが、
ハーレム内の倉庫に関することを
点検するために湖畔を通った時、
メラディムが
血人魚の赤ちゃんを抱いて
彼の所へ走って来て、
話したいことがあると言いました。
生まれたばかりの赤ちゃんを
あのように抱いてもいいのだろうか。
タッシールは、メラディムが片腕で
人形のように抱いている
5番目の皇女を見て
ギョッとしました。
しかし、賢いティトゥが
じっとついて来るのを見ると、
大丈夫なようでした。
血人魚の赤ちゃんは
人間の赤ちゃんより丈夫なのだろうと
タッシールは疑問に思いましたが
表向きは親切そうに
どうしたのかと尋ねました。
メラディムは、
昨日、話したかったけれど、
ロードがしきりに
違うことを言うのでできなかった。
うちの子供たちは
同じ日に同じ時刻に生まれたから、
双子のように育てたらどうかと
嬉しそうな顔で提案しました。
「双子ですか?」と聞き返す
タッシールの眉が吊り上がりました。
ティトゥは、タッシールが
それを気に入らないことに
気づきました。
しかしメラディムは、それに気づかず
浮かれて頷くと、
弟が忙しいせいで、ロードが
共同養育者を探したりもした。
自分たちの子供たちを
双子のように育てれば、
自分は弟が忙しい時に
自分の子供と弟の子供を
一緒に面倒をみてあげられるけれど
どうだろうかと提案しました。
クラインが
意地悪を言っているだけで、
本当に赤ちゃんの目が
落ち窪んでいるかどうかは
分かりませんが、
たとえそうだったとしても、
タッシールの場合は
睡眠不足が、
拍車をかけていると思うので、
赤ちゃんの落ち窪みは
大したことがないのでは?
と思います。
メラディムの好意をタッシールは
重荷に感じているけれど、
メラディムは、ラティルが
共同養育者を探していることを
忘れていないくらい、
タッシールのことを
心配しているのですよね。
優しくて重いやりがあると思います。