611話 ギルゴールはシピサとピクニックをするのを楽しみにしていましたが・・・
◇鬼ごっこ◇
シピサは?
ギルゴールは、
いつもより浮かれた声で尋ねました。
ラティルは、
訳もなく恥ずかしくなりました。
シピサを捕まえてでも、
引き止めて
おくべきだったのではないか。
もっと積極的に彼と接すれば良かったと
ギルゴールに申し訳なくなりました。
ギルゴールは、
お嬢さん?
と呼ぶと首を傾げました。
ラティルは躊躇いながら、
シピサは来たけれど帰ってしまったと
答えました。
その言葉にギルゴールは
黙ってしまいました。
ラティルは、
ピクニックが今ひとつだったみたい。
あのくらいの歳の子は、
ピクニックが
幼稚だと思うかもしれないと、
シピサの年になったこともないのに
無茶苦茶なことを言いました。
シピサがギルゴールの名前を聞いて
逃げたとは、
どうしても言えませんでした。
しかし、ラティルの配慮も無駄でした。
ギルゴールは、
どんどん肩を落とし続けながら、
そうなの?
と呟きました。
ラティルの心は重くなりました。
ギルゴールが、一般的な心遣いを
持っていないことを知りながらも、
彼が傷ついたのではないかと
心配になりました。
ギルゴールを
見ていられなくなったラティルは、
キルゴールの手を握り、
横に積まれた籠を目で差しながら、
シピサがあれを全部作って来た。
自分たちの子は、いつ、こんなに
料理が上手になったのかと言いました。
それを聞いても、
ギルゴールは黙っていましたが
ラティルは、
わぁ、おいしそう。
食べてみる?
と言って、籠の蓋を開けて
海老を取り出すと、
ギルゴールに渡しました。
彼は、じっと口だけを動かしました。
しかし、唇の中から聞こえてくる
サクサクとした音は、
雰囲気を変えるのに
あまり役に立ちませんでした。
もっとぎこちなくなるだけでした。
籠2個にたくさん入った
食べ物を食べても、
雰囲気は沈んだままだったので、
ラティルは、
いつかシピサは許してくれるから、
あまり悲しまないでと
慎重にギルゴールを慰めました。
ギルゴールが、
許す?
と聞き返すと、ラティルは、
過去は変えられないけれど、
未来は良い方向に
進むことができると、
できるだけ肯定的に答えましたが、
ギルゴールが
曖昧な表情をしていることに
気づきました。
その妙な表情を見た瞬間、
ラティルは突然、
最近、自分がずっとギルゴールを
避けていた理由を思い出しました。
仮病を使って引きこもっていたので、
忘れていましたが、
仮病を使う前、ラティルは、
ギルゴールが自分に、
過去に戻って過去を変えてほしいと
要求するのではないかと思い、
彼のことを避けていました。
ラティルは、自分の記憶力を呪うと
籠を置いて前に走り出しました。
しかし、ギルゴールが、
彼女より速いスピードで走って来て、
どこへ行くの?
と横で囁いたため、
ラティルはバランスを崩して
転びそうになりました。
よろめく体を
ギルゴールがすかさず
支えてくれました。
しかし、その行為が
全然、有難くなかったので、
ラティルはギルゴールに、
獲物を追うように、
人を追いかける恋人がどこにいるのかと
怒って抗議しました。
ギルゴールは、
ラティルが獲物のように飛び出したと
反論しましたが、彼女は、
それでも、
優しく追いかけてくるべきだったと
とんでもないことを言い張りました。
ギルゴールはラティルに
落ち着けと言いながら
彼女の肩を軽く押さえると、
優しく追いかけるというのは
どういうことなのかと尋ねました。
ラティルは、
「私を捕まえて」と言って
風のように走る恋人を
風のように追いかけることだと
答えました。
ギルゴールは、
恋人たちがそんなことをするの?
狩りじゃないの?
と尋ねました。
ラティルは、
狩りではなく、
逃げるふりをした恋人を
捕まえるふりをすると説明しました。
それでも、ギルゴールは、
じゃあ、狩りじゃないの?
と言うので、
ラティルは呆れましたが、
ギルゴールが、他のことに
気を取られているようでなので
安堵しました。
ラティルはギルゴールの手を
しっかり握り締めました。
ギルゴールはギョッとしながらも
手を引き抜きませんでした。
ラティルは彼の手を握ったまま
ゆっくりと前に走るふりをしながら
自分が先に走って行くので、
その速度に合わせて走るように。
恋人たちが鬼ごっこをする時、
走る速度がどれくらいなのか
教えてやると言いました。
ギルゴールは、
そんなことを知って
どうするのかと尋ねましたが、
ラティルは、自分が走ったら、
ギルゴールもその速度で
捕まえに来なければならない。
先ほどのように、
あっという間に横に来て、
自分の前に出ないで欲しいと
頼みました。
◇待ち遠しい◇
真昼間に、
突然、大人のギルゴールを連れて
鬼ごっこを教えるために
野原をあちこち走り回ったラティルは
ヘトヘトに疲れて本宮に戻りましたが
回廊を歩いている途中、
行き先をハーレムに変更し
大神官を訪ねました。
彼に聞きたいことがあったからでした。
シピサとギルゴールは、絶対に
自分たちの話を口にしないくせに、
あのように雰囲気だけ悪くするので
何があったのか
調べなければならない。
そうすることで
二人が顔を合わせないようにするか、
それとも、仲直りさせるか、
何かしら、手を打つことができると
思いました。
大神官を
演武場で見つけたラティルは
聖騎士たちの群れに混じっている
彼を引っ張って来ると、
百花が、最後の血縁大神官の
血族かもしれない人々を探し出して
彼らに会いに行ったという話を
聞いたけれど、と話すと大神官は、
自分も聞いた。
紆余曲折の末に、
彼らを見つけたという
連絡もあったと返事をしました。
ラティルは
連絡が来たの?!
と聞き返しました。
その百花がいつ帰って来るのか
聞きたくて、
大神官に会いに来たのですが、
すでに連絡が来ていることに
ラティルは驚きました。
ラティルは、
百花は何て言っているのかと
尋ねました。
大神官は、
百花が戻って来たら、
詳しい話をしてくれることに
なっていると答えました。
ラティルは、
いつ戻って来るのかと尋ねました。
大神官は、
手紙には、もうすぐ帰ると
書かれていたと答えました。
ラティルは、
本当なのかと尋ねました。
大神官は、
敢えて嘘をつくことはないだろうと
答えました。
こんなに事がうまく運ぶなんて!
ラチルは大神官の言葉に
明るく笑いました。
おそらく数日か、
遅くても1か月以内には、
百花が戻ってくる可能性が
高いと思いました。
彼が戻って来れば、
あの、そっくりな父子の秘密も
明らかになるかもしれませんでした。
彼らの関係を把握すれば、
ギルゴールとシピサを
くっつけるべきか、離すべきかも
判断しやすくなると思いました。
しかし、ラティルが嬉しさのあまり
笑うや否や、大神官は、
百花が帰って来る途中で、
怪しい村を発見したので、
そこに寄って来るそうだと
話しました。
ラティルは、
なぜ、わざわざ、そんな所に
寄って来るのかと思いましたが、
聖騎士団長なら、
立ち寄るのが当然でした。
怪物たちは、辺境で
着実に存在感を示していたし、
ラティルもその関連書類を
受け取り続けていました。
しかし、ギルゴール家族の事情が
とても気になったラティルは、
訳もなく不満になり、
口をギュッと閉じて、
膨れっ面をしました。
大神官は、
ラティルの頬が
いつもより膨らんいるので、
目を丸くして、
その部分を見つめました。
ラティルは、頬から再び力を抜くと
もうすぐ帰って来ますよね?
と落ち着いて尋ねました。
大神官は、
もちろんです。
と答えました。
ラティルは、
そうですね。
と返事をしました。
◇真剣な提案◇
百花が戻って来るのを
待っている間、暑さが先に訪れ、
じっとしていても汗が出るほど
気温が高くなりました
大臣たちは、
昨年、大々的に開けなかった
ラティルの誕生パーティーを、
タリウムの威信を示すために、
今年は、きちんと
盛大に開くべきだと主張しました。
しかし、ラティルは、
自分の誕生日を盛大に祝うより、
レアンを連れて来ようと
躍起になっている大臣たちを、
一人一人押さえつけることに
興味がありました。
しかし、目立たないように
大臣たちを押さえつけるためには、
忍耐強く、良い機会が来るのを
待たなければなりませんでした。
個人的感情を露わにして、
権力を振れば、
暴君のように見えるだけ。
好色な暴君よりは、好色な仁君の方が
いいのではないかと思いました。
そんなある日、ラティルは
ギルゴールを訪れましたが、
彼は温室にいなかったので、
念のためシピサが泊まる家に
行ってみました。
やはり、ギルゴールは、
シピサの屋根の上に横たわり、
花をかじって食べていました。
ラティルを発見すると、
笑いながら手を振りましたが、
すでに、ラティルは、
彼への同情心が爆発してしまい、
ギルゴールに降りて来るよう
手招きしました。
そして、彼を温室に連れて行くと、
ギルゴールはシピサの愛情を求め、
シピサは両親の愛情を
求めていると思う。
でも、ギルゴールが、
シピサの周りをウロウロしていても
関係が改善されるとは思わない。
時間が解決してくれるのを待つには
二人とも、途轍もなく長生きしたので
時間が解決してくれる問題でも
なさそうだ。
それならば、むしろ
シピサにきちんと謝ったらどうか。
謝られても、シピサは
嫌がるかもしれないけれど、
それでも必死で謝れば、
何か変化が生じるのではないかと
真剣に提案しました。
ラティルはギルゴールの目元を
見ました。
シピサに殴られて切れたところは
傷一つなくきれいになっていました。
ザイオールは、
お茶を2人分、運んで来ましたが
話題が暗くなると、
すぐに自分の泊まる地下室に
逃げてしましました。
ギルゴールは、
ラティルの視線を追いながら、
自分の目元に触れると、
意味深に笑いながら、
なぜ、お嬢さんは、
自分が謝らなければならないと
思うのか。
自分があの子を放置したせいか。
しかし、
それは自分の過ちだと言うには
少し曖昧な点があると返事をしました。
ラティルは、
自分もそう思う。
あの子は、望みさえすれば、
ギルゴールの前に現れる機会が
たくさんあったから。
それでも自分が謝れと言うのは
とにかく、シピサは
ギルゴールを避けるけれど、
ギルゴールはシピサを避けないから。
喧嘩をしているのは夫婦なのに、
なぜか、子供たちも
それに加担することが多いもの。
アリタルに悪いことをしたのは
ギルゴールなのに、シピサが死んだと
ギルゴールが誤解した時、
アリタルがシピサを連れていたから、
シピサも一緒に怒ったのではないかと
話しました。
しかし、言い終わった後で、
アリタルはシピサを連れていたのか、
それとも、すぐ議長に預けたのか
判断がつきませんでした。
しかし、ラティルは
厚かましくなろうと心に決めていたので
落ち着いたふりをしました。
とにかく、ギルゴールが、
アリタルに何か過ちを犯したのは
確かでした。
アリタルが悪いことをしたら、
いくらシピサが
父親より母親が好きでも、
ギルゴールを
憎んだりしないと思いました。
しかし、ギルゴールは
首を横に振りながら、
それは根本的な解決策ではないと
断固として言いました。
しかし、ラティルは、
屋根の上に上がっているよりは
ましではないかと反論しましたが
ギルゴールは反対のようでした。
しばらくの間、
ぎこちない沈黙が流れました。
真夏の温室の中は、
とてもジメジメして暑かったので、
ラティルはハンカチを取り出して
汗を拭きました。
するとギルゴールはどこかへ行き、
氷を入れたお茶を
持って来てくれました。
ラティルは口の中で
氷を溶かして食べながら、
ギルゴールが、
お茶に血を一滴垂らして
飲むのを見物しました。
しばらくしてラティルは、
自分が過去を変えることを、
ギルゴールは望んでいるのかと、
衝動的に尋ねてしまいました。
しかし、言葉を吐くやいなや
やばい!何言ってるんですか?
と、ラティルは後悔しました。
ギルゴールが、過去を変えてほしいと
哀願しながら追いかけて来ても、
拒否して逃げなければならないのに、
なぜ先に、
この話をしてしまったのかと、
後悔しました。
しかし、すでに言葉は出た後でした。
ギルゴールはお茶を飲むのを止めて
こちらを見ていました。
ラティルは唾を飲み込みました。
どのくらい、その状態でいたのか。
ドキドキしていた心臓が疲れて
鼓動が遅くなる頃、
ついにギルゴールは、
今、お嬢さんが、
アリタルの体に入って
記憶を持ったまま、
過去と違う行動をしても、
自分たちに起きた最初のことを
変えることはできないだろうから、
その後も同じことが起き
状況は改善されず、
別の方法で壊れるだけだと
話しました。
一方、ラティルは、この渦中、
ギルゴールの痛みに
共感するのではなく、
それならば、ギルゴールが
自分の能力を利用しないだろう思い、
良かったと思ってしまったことに
当惑しました。
茶碗を下ろしたギルゴールは
ラティルに近づくと、
彼女の頭を自分のお腹に
引き寄せながら、
お弟子さんは、そんなことまで
気にかけてくれたの?
ありがとう。
と言いました。
ラティルは、ギルゴールが
心から満足している声に
胸を痛めました。
◇帰って来た!◇
その次の日、ラティルは、
いつものように書類を見て、
ギルゴールのことを考えたり、
大臣たちのことを考えたり、
子供のことを考えながら
忙しく日課を過ごし、
夏の間だけでも、
ギルゴールの住居を
変えなければならないのではないかと
悩んでいた時、
百花が宮殿に戻って来て、
ラティルに挨拶をしに来るというのを
聞いて驚きました。
百花は、帰って来る途中、
怪しい村を発見し、
そこを調べて来ると聞いていたので、
彼が戻って来るのに、
あと数週間はかかると
思っていたからでした。
その知らせにラティルは嬉しくなり、
すぐに、彼に入るよう伝えろと
指示しました。
白い制服姿の百花は、
長い旅を終えて
帰って来たばかりなのに、
宮殿で過ごした時と
変わりがありませんでした。
ラティルは、
百花と個別に話をするため、
サーナット卿だけを残して、
侍従と秘書たちを
外へ出しました。
そして、百花が挨拶をする前に、
最後の血縁大神官についての
調査を終えたかと尋ねました。
百花は挨拶をするために
口を開きましたが、
ラティルの話を聞いている間に
再び口をつぐみました。
そして、ラティルが質問を終えると
微妙な表情で口を開きました。
仲違いしている
ギルゴールとシピサを
何とか仲直りさせたいとう
ラティルの気持ちは
分からないでもないですが、
二人の間に何が起こったのか
何も知らないくせに、
憶測で話をするラティルは
知らず知らずのうちに
ギルゴールを
傷つけているのではないかと
思いました。
二人を仲直りさせるどころか、
ちょっかい出して、逆に波風を
立たせているのでは?と
思うこともありますが、
もしかしたら、ラティルは
自分が家族に裏切られたので、
せめてギルゴールとシピサは
仲直りして欲しいと、心のどこかで
願っているのかもしれないと
思いました。
恋人同士の鬼ごっこをする
ラティルとギルゴール。
二人がサンドイッチを食べるシーンも
そうでしたが、こちらも
私の心の琴線に触れるシーンでした。