902話 外伝11話 百花は怪物を退治した方がいいと言いました。
◇聞けなかった返事◇
百花が怪物に向かって、瞬く間に
剣を抜いて刺そうとした瞬間、
ゲスターが撒いた粉が、
空中で彼の剣をつかみました。
百花は動かない自分の剣を見て、
何をしているのかと、
眉をつり上げながら
ゲスターに抗議しました。
ゲスターは、
それは自分の方が聞きたい。
今、皇帝が、この怪物の幻想を
見ているのにと言い返しました。
ゲスターが手で合図をすると
百花の剣に粉が入り込み、
あっという間に剣身が
粉々に砕け散りました。
百花は、剣の柄だけが残った剣を
さっと見回すと、
それを床に捨てました。
そして、怪物が
皇帝を捕まえているので
始末しようとしている。
皇帝は、
やるべきことがたくさんあるのに
何日も、この怪物に夢中になっている。
人々が、何と噂しているのか
ゲスターは知らないのかと
尋ねました。
ゲスターは、
気にしないと答えました。
しかし、百花は、
自分は気になる。
対怪物部隊小隊に対して、
とにかく、自分が責任があるから。
その上、皇帝は、
この怪物の幻想に酔いしれて、
実在する大神官を見捨てていると
不満を吐露しました。
しかし、ゲスターは、
百花の不満に興味がないので、
彼の訴えを無視して手を振り回し、
床に落ちた剣の破片を
見えないところに片付けました。
そうしながら、ゲスターが
しばらく視線を下げた瞬間、
百花が他の剣を取り出し、
すぐに怪物に向かって
剣を振り回しました。
怪物は目を見開きました。
しかし今度は、
皇帝の手により剣が阻まれました。
ゲスターは、
百花を殴ろうとした手を
さっと後ろに隠し、
力なく「陛下・・・」と呼びました、
百花は皇帝に剣をつかまれると、
すぐに諦めて剣を手放し、皇帝を
攻撃しようとしていたのではないと
謝りました。
ラティルは、
横を通りかかった剣を
思わずつかんだだけなので、
まだ状況を、全て
把握できていませんでした。
ラティルは、
なぜ皆ここに集まっているのかと
尋ねた後、
謝る百花と怯えた表情のゲスター、
ブルブル震えている怪物、
そして自分自身がつかんだ剣を
交互に見て事態を把握し、百花に
怪物の命を奪おうとしたのかと
尋ねました。
百花は、それを認め、
この怪物が、皇帝に
良くない影響を与えていたので
退治しようとしたと答えました。
百華はそうだとしても、
なぜ、ゲスターがここにいるのかと
ラティルは疑いを抱きました。
あのように、真面目で
おとなしそうな顔をしている
ゲスターが、偽の未来の中で
絶対にランスター伯爵を
止めなかったことを思い出すと
彼への疑惑は、
さらに急上昇しました。
しかし、これを露わにする代わりに、
ラティルは百花に剣を返しながら
怪物はそのままにしておくようにと
指示しました。
しかし、百花は、
あの怪物のせいで、皇帝が
以前とは変わったと反論しました。
ラティルは、
すべての日課が終わった後に
幻想を見に来るだけではないかと
言い返しましたが、百花は、
普段は、その日課が終われば
側室たちに会いに来たのにと
恨み言を言いました。
ラティルは百花が怒った
具体的な原因に気づきました。
「側室たち」とは言っているけれど
おそらくザイシンに
会いに行かないからだと思いました。
しかし、考えてみると、
毎晩、怪物の所へ来ていたため、
あまり側室たちに
会いに行かなかったのは事実でした。
ラティルは、百花の意見を、
よく受け入れるようにするけれども
この怪物の命を奪ってはいけないと
念を押しました。
百花は返事するのを避けるように
視線を落としました。
するとゲスターは、
百花が密かに怪物を
退治するかも知れないので、
自分が、あの怪物を連れて行って
保護しようかと、
そっと提案しました。
ラティルは、
そうしろと言おうとしましたが、
怪物が素速く首を振るのを見ると、
つられて首を横に振り、
ここに置いておくと答えました。
ゲスターは、
百花のことを気にしましたが、
ラティルが、
自分がここに来た時に
怪物が死んでいたら、
自分は絶対に百花の責任とみなすと
何度も言うと、ようやく百花は、
渋々、分かったと呟きました。
その姿を見ていた怪物は、
わざとニヤニヤ笑いながら
百花とロードが繋がる未来もあるので
見たければ言うようにと勧めました。
百花は鼻で笑いましたが、
ゲスターは一瞬、凶暴な目で
彼を殺伐とした様子で見つめました。
ラティルは、すでに背を向けて
外へ向かって歩いていたので、
その対立を
見ることができませんでした。
ラティルの頭の中では、
聞けなかった
皇女ラティルの返事だけが
グルグル回っていました。
◇疑惑◇
それから3日ほど、ラティルは
怪物に会いに行きませんでした。
百花が勝手に
怪物を始末しようとしたことは
不埒なことだけれど、彼の言う通り
あまりにも側室たちを
放っておいたような
気がしたからでした。
ラティルは、
昼食時、夕食時、朝食時に、
時々、側室たちと子供たちに
会いに行きながら
現実を忠実に過ごしました。
しかし、いくら現実に集中しても、
トゥーリを見かけたり、
ゲスターの名前が
聞こえて来たりすると、再び
偽の未来のことが思い浮かんで
疑問を抱きました。
はやり、少し変だ。
現実では、
ランスター伯爵が乱暴を働いても、
適切な時にゲスターが出て来て
交代したりする。
喧嘩の最中には、
ゲスターが出て来ないけれど、
その後に、すまなそうな姿や
怯えた姿を見せたりする。
ところが偽の未来では、
なぜ、最初から
そのような姿が見られないのか。
ゲスターと夕食をすることになると
その疑問は、さらに強くなり、
やがて、ラティルは
一つの可能性にたどり着きました。
ラティルはゲスターに、
人格がいくつもあるというのは
嘘ではないのかと尋ねました。
疑惑に満ちたラティルの目に
見つめられると、ゲスターは
どうして、そんなことを言うのかと、
フォークで肉を差しながら
心配そうな声で尋ねました。
偽の未来の中では
一度も出て来ていない姿でした。
その姿を、
しばらく見つめていたラティルは、
ついに我慢ができなくなり、
一つ聞いてもいいかと尋ねました。
ゲスターが、
もちろん、聞いてくださいと答えると
ラティルは、ゲスターが
自分を騙したことあるかと尋ねました。
◇歪んだ心◇
ゲスターの静かな頭の中に
石一つがポンと入って来ました。
彼は口角に力を入れ、
善良そうな笑みを浮かべ、
咳をしながら時間を稼ぎました。
彼は、
申し訳ないけれど、
咽せてしまったので、
少し待っていて欲しいと頼むと
急いでトイレに入りました。
そして、水の音がするように
蛇口を調節した後、
これをギシギシ音がするように
変えました。
できれば時間を戻して
皇帝の顔をじっと見ていた自分を
押し退けたいところでした。
彼は、偽の未来の中で
自分が一体何をしているのか
気になりました。
偽の性格を見せていないのか。
そんなはずはないのだけれど。
それとも、何かミスが
あったのだろうか。
その時、皇帝が扉を叩き、
咳がまだ止まらないのかと
ゲスターに声をかけました。
彼はトイレの扉を開けて
外へ出ました。
皇帝は、心配しているのか
疑っているのか分からない表情で
彼を隈なく観察しながら、
水を飲んでと言って、
持っていたコップを差し出しました。
「はい・・・」
ゲスターは素直に水を受け取りながら
皇帝を横目で見て、目が合うと
にっこり笑って、
自分が皇帝を騙すわけがないと
嘘をつきました。
しかし、ラティルは、
ゲスターの人格が、
実は一つなのではないかと
反論しましたが、ゲスターは、
自分は自分だし、
ランスター伯爵は、500年前に
別の体を持っていたので、
不可能だと否定しました。
ラティルは、
それはそうだけれどと呟くと
首を傾げながら
再びテーブルの前に戻りました。
ゲスターは、
その傾げた後頭部をジロジロ見ました。
その、あちこち動く頭を見ていると
よくない感情が生まれました。
偽の未来の中の自分は、
もしかして、あえてラトラシルを
騙さなくてもいいほど
非常に親しい間柄なのだろうか。
それで、ラトラシルは
自分の本当の性格を
疑っているのではないか。
ところで、
一体どれくらい親しいのか。
そう考えたゲスターは、
怪物が皇帝に何を見せたか、
自分にも聞かせてくれないかと
尋ねました。
しかし、ラティルは、
そんなことはしたくないと
答えました。
ゲスターは、
その理由を尋ねました。
ラティルは「ただ?」
と答えただけでした。
ゲスターの心の中が
再び歪み始めました。
彼は唇を噛み締めながら
ラティルが食事をしているのを
見ました。
◇ロルド宰相の思惑◇
自分は皇帝を騙していないと
ゲスターが断言した、その夜、
ラティルは怪物を再び訪ねました。
怪物は、
今回も時間を戻して
見せましょうかと尋ねましたが、
ラティルは、
怪物の手を握りながら、
この前の続きから見せて欲しいと
要求しました。
まもなく巨大なハエの目が消え、
雨が降っている
ロルド宰相の邸宅の裏庭が現れました。
ゲスターは茶色のズボンをはいて
ラティルと並んで座っており、
頭の上では、
ツルツルしたカーテンの上に
雨がポタポタ落ちる音が
再び聞こえて来ました。
草が雨に濡れた匂いさえも
生々しく感じられました。
皇女ラティルは緊張して
隣に座っているゲスターを見ました。
ラティルは、
もし、自分がランスター伯爵へ告げた
プロポーズの言葉を
ゲスターが、そのまま言うならば、
ゲスターとランスター伯爵は
間違いなく同一人物だと思いました。
なぜ、彼の唇が開く様子が
こんなに
ゆっくりに見えるのだろうかと
ラティルが考えていると、
ついに偽の未来のゲスターが
何かを言おうとしましたが、
ゲスターは、
自分で考えるのが礼儀正しいと、
皮肉な口調でごまかしました。
皇女ラティルは、
もしかして、そのようなことは
最初から、なかったのではないかと
鋭く問い返しましたが、
ゲスターは何も言わずに立ち上がり
どこかに消えてしまいました。
皇女ラティルとラティルは
同時に虚脱しました。
その後、皇女ラティルは、
自分がプロポーズをしたというのは
嘘みたいだと思いました。
一方、ラティルは、
ゲスターとランスター伯爵は
同一人物ではないのではないか。
ここでも、ゲスターは、
自分がランスター伯爵と
別に会ったことを知らないようだと
考えているうちに、
ランスター伯爵のプロポーズについて
知らない人はゲスターなのではないか。
それでは、今、自分に
ぞんざいな口をききながら
イラつかせる彼も
ゲスターなのだろうか。
だから今、ゲスターは、
自分にあんな風に振舞っているのか。
それでは、
ゲスターとランスター伯爵が
同一人物ではなく、
ゲスターとランスター伯爵の
両方の性格がムカつくのだろうか。
しばらく続いていた考えは、
「皇女殿下」と後ろから
ロルド宰相の声がしたので
途切れました。
皇女ラティルが
さっと後ろを振り返ると、
ロルド宰相は
傘を持って立っていました。
彼は、
どうして皇女は、
雨に降られているのかと尋ねると
すぐに近づいて来て
傘をさしてくれました。
それから、
部屋の準備ができたので、一度見て
他に必要なものがあったら
教えて欲しいと言いました。
皇女ラティルは、
ロルド宰相の後に続いて
移動しました。
水をぽたぽたと流しながら、
渇いたカーペットの上や
木の廊下を通っても、使用人たちは
誰も不快な表情をしませんでした。
ついにある部屋の前に到着すると、
ロルド宰相は、直接扉を開け、
わざわざ、ゲスターの隣の部屋を
用意したと説明しました。
皇女ラティルは驚いて、
その理由を尋ねると、
ロルド宰相は咳払いをした後に、
自分の息子は
ずっと皇女を探していたし、
皇女について知っているのは
自分とゲスターだけなので、
ゲスターを隣の部屋に置いた方が
心配ないと思った。
そうすれば、
必要なものがあっても、すぐに、
ゲスターに話すことができると
答えました。
皇女ラティルは頷くと
部屋の中に入りました。
部屋の中は、急いで飾った割には
かなり居心地良さそうに見えました。
皇女ラティルは、お礼を言うと
ロルド宰相は、
もう一つ話したいことがあると
言いました。
ラティルが「何を?」と尋ねると
ロルド宰相は、
まず、皇帝の所へ行き、
皇女を手配していることに、
いかなる誤りや、誤った過程がないか
徹底的に確認してから話すと
答えました。
皇女ラティルは、
ありがたい。 効果があるといいと
返事をしました。
ロルド宰相は、
もし自分の息子が言ったように、
皇女に対する皇帝の誤解が
固まってしまい、心を改めなければと
言ったところで、
突然言葉を止めると、皇女ラティルは
不思議そうに彼を振り返りました。
宰相はあたりを見回しました。
この廊下を通る人は
誰もいませんでした。
皇女ラティルは、
宰相に話を続けるよう促すと、
ロルド宰相は、
皇女を守る最も良い方法は
皇女が権力を握ることだと
話しました。
皇位簒奪を暗示する言葉に、
皇女ラティルは目を大きく見開いて
さっと振り返りました。
しかし、皇女ラティルが
声を上げる前に、ロルド宰相は
ゆっくり休んでと挨拶をし、
すぐに身を避けました。
皇女ラティルは、
怒りを抑えるために、扉枠をつかんで
心を落ち着かせました。
その時、皇女ラティルの頭の中に
ゲスターがしきりに
自分がプロポーズをしたと
主張していた姿。
ロルド宰相の少し前の提案。
ロルド宰相とゲスターが、
別の場所で2人だけで
話をしていたことなどが
相次いで思い浮かびました。
皇女ラティルは、
バタンと音を立てて扉を閉めると
扉にもたれかかって眉を顰めました。
彼女は、
もしかしてゲスターは、
この機会に皇配になりたくて
ずっと自分がプロポーズをしたと
主張しているのかと考えました。
百花は、ザイシンのことしか
考えていないけれど、
彼の恨み言のおかげで、
ラティルが、
側室たちと子供たちに
会いに行くようになったので、
結果的に良かったと思います。
野心家のロルド宰相。
ダガ侯爵と似たところがあると
思いました。