905話 外伝14話 皇子は日に日にラティルに似て来ました。
◇願うのは平和◇
カルレインは、
成長するにつれて、
ラティルの顔が、
ますます鮮明になっていく皇子を
不思議そうに見つめていました。
さらに不思議なのは、皇子も、
それをよく知っているのか
鏡が大好きだという点でした。
皇子は泣いていても、鏡さえ見せれば
ニコニコ笑いながら
鏡をじっと覗き込みました。
陛下に、
こんなによく似ているなんて。
このままカイレッタ皇子様が
大きくなって
浮気者になったらどうしようと、
アイギネス伯爵夫人が赤ちゃんを見て
言いましたが、彼女は
自分の言葉に対して自分が深刻になり
鏡をじっと見る皇子を
じっと見つめました。
いつものように、
皇子が鏡を持って遊ぶのに
忙しいある日、ギルゴールが
頭の形の花を持って来て、
さあ、プレゼントだよ。遊んで。
と言って皇子に渡しました。
赤ちゃんは、
まだ怖いものがないのか
気兼ねなく頭の花を
受け取ろうとしましたが、
このプレゼントはカルレインに
阻止されました。
彼は、
この子をゲスターのように
大きくするつもりでなければ、
そんなプレゼントはやるなと
抗議しました。
ギルゴールは、
ゲスターが何だと言うんだ。
彼は、頭がいいではないかと
反論しました。
カルレインは、
本気で言ってるわけでは
ないだろう?と聞き返すと、
ギルゴールは、
本気で頭がいいと思う。
ただ、あれこれあるだけだと言うと
頭の花をカルレインのそばに置き
皇子をさっと抱き上げました。
カルレインは
表情がよくありませんでしたが
彼を止めませんでした。
もともとギルゴールは、
子供たちに会いにあちこち歩き回り
意外にも赤ちゃんの面倒を
よく見ていました。
ギルゴールが皇子の手を握って
あんよさせるのを見ていた
カルレインは、ギルゴールに、
ご主人様が
ゲスターと二人だけの未来を見て
彼の本当の性格に気付いたことを
知っているかと尋ねました。
ギルゴールは、
そうなの?
と聞き返した後、
今頃、すごく怒っているのではないかと
言いました。
カルレインは、
ゲスター?それともご主人様?
と聞き返した後、ゲスターは、
まだ、それを知らない様子だったと
付け加えました。
ギルゴールは、
そのことに大きな関心がないのか、
皇子がよろよろ歩くのを
助けるだけでした。
皇子はあちこち歩き回り、
最終的にカルレインの所に到着すると
彼の膝を抱きしめました。
ギルゴールは、
皇子がカルレインにしがみつくと
気が進まなそうな表情で
赤ちゃんを放してあげ、
頭の花を手にして
帰ると言いました。
ギルゴールは気にならないのかと
カルレインが尋ねました。
扉へ向かっていたギルゴールは
首を傾げながら
「何を?」と聞き返しました。
カルレインは、
ご主人様とギルゴールの
二人だけの未来だと答えました。
カルレインは気になるようだと
ギルゴールが指摘すると
カルレインは頷きました。
恋敵のいない世界だなんて、
気になるに決まっていました。
ギルゴールは、
自分は気にならない。
自分は「もしも」には興味ない。
その可能性がある未来であっても
時間を戻すことができなければ
偽物に過ぎないからと、
断固として線を引きました。
ふとカルレインは、
500年前にギルゴールが
ドミスを裏切らなかったら
どうなっていたか
気にならないのかと
聞きたくなりました。
しかし、それを聞く前にギルゴールは
自分はフナ野郎の卵が
一体、いつ起きるのかの方が
もっと気になると呟いて
そのまま出て行ってしまいました。
カルレインは、
ドミスとギルゴールが
完全に仲違いした事件を
思い出しました。
以前までカルレインは、その事件が
100%ギルゴールの裏切りだと
確信していました。
しかし、あらゆる誤解と幻想、
偶然などが動員されて
ロードの運命が
決められた通りに流れていたことを
思い出すと、今は何が正しいのか
分からなくなりました。
カルレインは首を横に振ると、
皇子を抱きかかえて
膝の上に座らせました。
いずれにせよ、
その全てが終わったので、
今は平和であることを
願うだけでした。
◇事件◇
ゲスターとの偽の未来を
見た後から、
ラティルは普段のように
昼間は政務に没頭し、夕方には
側室と子供たちを訪ねて、
過ごし始めました。
ゲスターは、そのようなラティルを
注意深く観察しました。
ラティルが、前に自分を見ながら
何度も微妙な笑みを見せたのが
気になったからでした。
実は、今日もそうでした。
メラディムとラティル、
ゲスターの3人で
湖畔でピクニックをし
持って来たおやつを
食べていましたが、
ラティルは話しながら
一度ずつゲスターを見て
一人で笑っていました。
どうしたのだろうか?
その微妙な笑みは、
ゲスターが何か話す時に、
一段と深まりました。
ゲスターは、
ラティルがアナッチャに
グリフィンを付けたのは
良いことだと思う。
アイニ、トゥーラ、ヘウン、
アナッチャは、
今はおとなしくなったけれど、
監視するのに値すると言いました。
しかし、ラティルは
そんな目的ではなく、
アイニとトゥーラの間に
少し妙な空気が
流れているようなので
グリフィンを送り出した。
ヘウンはアイニと
付き合っていた仲だし、
アナッチャはアイニを
あまり好きそうではなかった。
だから、みんなで集まれば
面白そうだから
見て来るようにと言って送り出したと
笑って説明しました。
その言葉にゲスターが、
それでも好奇心を持つのは
いいですよねと呟くと、ラティルは
また首を左右に傾げて、
一人で笑いを噴き出しました。
おべっかも上手だよと
メラディムが堂々と呟く言葉より
ゲスターはラティルの笑いの方が
もっと気になりました。
しかし、自分を見て
楽しそうに笑う姿が
かなり気に入ったりもしました。
ラティルはメラディムに
一体、君の卵はいつ起きるのか。
遅過ぎるのではないかと聞きました。
メラディムは、
起きたくなったら起きるだろうと
答えました。
ラティルは、外から
起こさなければ、
いけないのではないかと尋ねると、
メラディムは
大変なことになると答えました。
メラディムとラティルが
ベタベタしている間も、
ゲスターは、ラティルの笑顔、
笑う時に現れる歯、
スッと曲がる目元などだけを
見つめました。
そうするうちに、
遅ればせながら、
しまったと思ったゲスターは、
最近、ラティルが偽の未来を見に
怪物の所へ行かないようだと
指摘しました。
ラティルは
時間が長くかかるので、
最近は行っていないと返事をすると
なぜそれを聞くのかと尋ねました。
ゲスターは、
それならば、もう自分が
その怪物を保護しても
良いのではないか。
百花が、いい加減なことを
するのではないか心配だと
言いました。
しかし、ラティルは、
大丈夫。
まだいくつか見たいものがあるからと
断固として拒否すると、
ゲスターは、これ以上聞けずに
渋々、頷きました。
しかし、ゲスターが、
偽の未来を見せる怪物に
言及したことで、
落ち着いたラティルの好奇心が
再び目を覚ましました。
元々、ラティルは、
ゲスターとの未来を見終わった後、
他の側室たちと
二人だけで愛する未来も
気になりました。
もしかしたら、他の側室たちも
ゲスターのように、
表に出ていない一面が
あるかもしれないという気がし、
彼らの隠された姿が気になりました。
しかし、あまりにも仕事が多い上に
ハンサムな怪物が、
監獄に閉じ込められているという
噂は本当なのかと
シピサにまで聞かれたので、
自然に足が向かなくなりました。
しかし、ゲスターが、
再びその怪物の話を持ち出すと、
しばらく消えていた好奇心が
再び湧いてきました。
まだグリフィンも
帰って来ていないし、
メラディムの卵は
目覚める気配がないので、
怪物に、
他の側室たちとの偽の未来も
見せてほしいと頼んでみようか。
ところで未来を全部見終わったら
約束通り、その怪物を
解放しなければならないのか。
人に危害を与えると
聞いたような気がするけれど
それなら、
解放するのはダメではないかと
考えました。
しかし、ラティルは
怪物に頼む順番まで
考えておきました。
ところが仕事が少し減って、
今夜、怪物の所へ行ってみようと
決心した日。
執務室の中に、
いきなり入って来たカルレインが
ラティルに来て欲しいと
急いで頼みました。
ラティルは、
すぐに立ち上がりました。
ラティルは
カルレインに付いて行きながら
どうしたのかと尋ねました。
カルレインは、
とても落ち着いた吸血鬼なのに、
部屋の中に入って来る手続きまで
全て無視して、
いきなり来たということは、
余程の急な用事が
あるという意味でした。
カルレインは、
クレリス皇女の世話をしていた
下女の手から血が出たと答えました。
ラティルは、
忙しそうに歩いていた足を
止めました。
仕事をしている時、
ラティルも紙か何かで
手を切ることがありました。
だから、単純に下女が
手を怪我したという理由だけで
カルレインが
来るはずがありませんでした。
ラティルは、
何があったのかと尋ねました。
カルレインは、
皇女が興奮して、
下女の手を噛もうとしたと
答えました。
ラティルは
カルレインの腕をつかんだまま
しばらく何も言えませんでした。
カルレインは、ラティルの手を
宥めるように握ると、
このことは誰にも知らせていないと
言いました。
ラティルは、
ここで固まっている場合では
ないことを思い出しました。
ラティルは頷くと
再び廊下を早足で歩きました。
ラティルは、
今、クレリスがどこにいるのかと
尋ねました。
カルレインは、
サーナットと一緒だと答えました。
ラティルは、
下女について尋ねると、
カルレインは、
そこまでは見て来なかったと
答えました。
二人は、すぐに
サーナットの部屋に入りました。
暴れていたはずの子供は、
今はサーナットの胸の中で
眠っていました。
ラティルが
そちらへ歩いていくと、
サーナットは子供を抱いたまま
立ち上がりました。
この子は大丈夫かと
ラティルは、その小さな額を
撫でながら尋ねました。
サーナットは表情を曇らせると、
クレリスが落ち着かないので
もしやと思い、水に血を混ぜて
飲ませてやったら
一口飲んで良くなった。
今は落ち着いて、よく寝ていると
答えました。
ラティルは目を大きく見開いて
サーナットを見ました。
そして、躊躇いながら
子供の小さな上唇を
そっと上に上げて歯を見ました。
小さくて整った乳歯が見えました。
可愛らしいけれど、
吸血鬼の歯には見えませんでした。
ラティルは
子供の唇から手を離して
猫の毛のような赤毛を撫で
カルレインを振り返ると、
前に大けがをしたことがあるけれど
そのせいだろうかと尋ねました。
カルレインは、
そのようだと答えました。
ラティルは、以前、クレリスに、
神聖力が効かなかったことを
思い出すと、ため息をつき、
近くのソファーに座り込みました。
遅ればせながら、
知らせを聞いた側室たちが
押し寄せて来ました。
ラナムンは、
すやすや眠っているクレリスと
ラティルを交互に見て
微妙な表情をしました。
クレリスが大怪我をした時、
プレラがクレリスを傷つけたという
誤解を招くところだったのを
思い出したからでした。
大変だ。
以前、プレラも、
気にくわない人に刃を飛ばしたせいで
大臣たちの間で
少し噂になっていた。
今は、そこまでではないけれど
クレリスまで、こんなことをしたら
きっと色々な話が出るはずでした。
おそらく、
ラティルがロードだからという言葉が
一番、大きな比重を占めるだろうと
思いました。
今やラティルは、
自分に関することで、
他の人が何と言おうと
適当に聞き流すことができました。
しかし、まだ幼いクレリスは
そうすることができるだろうか?
と考えました。
皆、それぞれの思いに浸ったので
静かになり、
誰も簡単に口を開くことが
できませんでした。
最初にクラインが沈黙を破って
その下女はどうするのかと、
尋ねました。
ラティルは、
本人に聞いて、辞めたいと言ったら
退職金をたくさん用意すると
答えました。
サーナットは、大丈夫だろうかと
心配そうに尋ねました。
その下女が、クレリスについて
どんな話を
人々に広めるか分からないので
気になりました。
ラティルは首を横に振ると、
クレリスは、プレラのように、
人が多いところで
力を見せたのではなく
一人なので、まだ大丈夫だと思う。
下女が、
クレリスが暴れるのを見たのに
そばに残ると言えば、
黙っているという意味なので
もっといいと答えました。
◇誤解◇
子供が目覚めるのを確認した
ラティルは、その後、
執務室に戻りましたが、
心が落ち着かないので、
偽の未来を見るために、
怪物を訪ねる気が
すっかり失せてしまいました。
偽の未来は、
現実が平和な時か、
現実を見たくないほど辛かった時に
見るものでした。
今は、そのどちらでも
ありませんでした。
ラティルが机の前に座って
ぼーっとしていると、
侍従長は心配になり、
先程、カルレインが
急に駆けつけて来た理由を
尋ねました。
ラティルは、
クレリスが少し怪我をしてしまった。
今は大丈夫だと、適当に言い繕って
作り笑いをしました。
いずれにせよ、このことは
まだ人に知られていいことでは
ありませんでした。
その後、仕事が終わった夕食の時間。
ラティルは、
再びサーナットの部屋に行きました。
予想通り、クレリスは
まだサーナットの部屋にいましたが
すっかり落ち着いたのか、
今はプレラとシピサと一緒に
おもちゃで遊んでいました。
ラティルは子供たちが遊ぶ姿を、
正確にはシピサが
子供たちと遊んでくれる姿を
30分ほど眺めた後、
安心して立ち上がりました。
クレリスはこのことに
驚いた様子ではありませんでした。
そうするうちにラティルの視線が
シピサの上で止まりました。
ラティルは、アリタルの記憶の中で
突然シピサを攻撃したセルのことを
思い出しました。
ふと、ラティルは、
シピサとセルの間にも、
プレラとクレリスのような
誤解があるのではないかという
気がしました。
でも、それを大きな傷を負った
シピサに聞いてもいいのだろうかと
悩みました。
頭の形の花をプレゼントするという
悪趣味なところはあっても
子供の手を持ってあんよさせる
ギルゴールの姿を想像して
ほっこりしました。
子供たちと遊んであげたり、
ゲスターが頭がいいと
彼の良い点を認めているギルゴールは
善良だと思います。
ゲスターの言動を見て
ニヤニヤするラティル。
ゲスターは、自分の本性がバレたら
ラティルに嫌われるかもしれないと
思っているような気がするので、
ラティルが猫かぶりしている
ゲスターのことを面白いと、
思っているのは、
彼にとっていいことのはず。
けれども、訳も分からず
ニヤニヤされれば
不気味だと思います。
世の中には、
怒ったり喧嘩をしている時に
相手に噛みつく子供はいるので、
下女が、そういうものだと思って
気にしないでいてくれるといいなと
思います。