82話 ナビエはハインリと再会しました。
◇再婚の打ち合わせ◇
ハインリは立ち上がると
手際よくコーヒーの用意をしました。
エルギ公爵がいないので
彼の行方を尋ねると
3人で一緒にいたくないので
別の所へ行かせた。
自分は嫉妬の化身のようなもので
エルギは、
本当に浮気者だから
クイーンのそばに
置きたくなかったと
ハインリは答えました。
ナビエは以前から
ハインリとエルギ公爵は友達なのに
なぜ、一緒にいない時は、互いに
一方の悪口を言うのか不思議でした。
けれども、
このことをハインリに尋ねれば
彼がいない時に
エルギ公爵が、
彼の悪口を言っているということを
ハインリに
伝えてしまうことになるので
ナビエは質問したい気持ちを
抑えました。
ハインリはポットからカップに
コーヒーを注いでいる時
ナビエの視線を感じると
にっこり笑いましたが
コーヒーをこぼしたことに気付くと
耳まで赤くなり
コーヒーを拭きました。
ナビエはその姿を見て
必死で笑いをこらえました。
ハインリは自分を
完璧に見せようとしながら
お粗末な面を見せるので
ナビエは彼を
一国の王と知りながらも
王子だった時のように
接していました。
二人でコーヒーを飲んでいる間
ハインリはナビエと目が合う度に
にっこり笑いました。
ハインリを見ながら、
ナビエは彼と夫婦になることを
考えていると
恥ずかしくなりました。
ソビエシュとは、子供の頃から
夫婦になると思っていたので
恥ずかしがったり
照れたりすることは
ありませんでしたが
自分が大人になってみて、
ハインリと結ばれることを考えると
政略結婚でも
夫婦関係は結ぶべきだという考えが
ナビエをとらえました。
一度、そんなことを考えてしまうと
その考えが頭の中をグルグル回り
ナビエは逃げ出したくなるほど
きまりが悪くなり
コーヒーカップを
ギュッと握りしめました。
その考えを打ち消すために
ナビエは、再び
エルギ公爵はどこにいるのか
ハインリに尋ねてしまいました。
ハインリの笑い声を聞きながら
心の中で、
何度も他のことを考えなくてはと
思っているうちに、
本当に言うべきことが
思い浮かびました。
ナビエは
ハインリが離婚法廷に
出席できないように
ソビエシュが
妨害するかもしれないと言いました。
彼は、ラスタの件で
ハインリを嫌っているし、
ナビエが彼と文通していたことを
知った時も
火のように怒りました。
ハインリが突然現れ
離婚法廷に出席すると言えば
ナビエと再婚するとは
思わなくても
ソビエシュは無条件に
ハインリを阻止すると思いました。
けれども
離婚当日に再婚するためには
どうしても、ハインリが
離婚法廷に
出席する必要がありました。
しかし、ハインリは、
きちんと準備はできているので
離婚の承認後、
再婚請求をするように
その瞬間に自分は登場するので
皆、驚いてひっくり返るだろう。
とナビエに伝えました。
ナビエは気が楽になると
もう一つの疑問が浮かんできました。
なぜ、こんなに早く、
ハインリがここへ
来ることができたのだろう。
それに対する、ハインリの答えは
結婚してから教えます、でした。
今度は、ハインリが結婚したら
最初に何がしたいか
尋ねてきました。
ハインリは、
初めは笑っていましたが、
急に顔をこわばらせて、
手を横に振りました。
彼は、初夜の話ではないと
言い訳をしましたが、
ハインリが本当に
死にたそうな顔をしたので
ナビエは、
帳簿を早く見たい。
帳簿を見れば、
王国の予算の流れを
把握しやすいから。
早く仕事に適応しないといけないと
正直に答えました。
◇返事がない◇
パルアン侯爵は、
ナビエからの手紙を
ハインリに渡した時に
ハインリがにっこり笑って
手紙を受け取ったので
ハインリとナビエは
仲が良いのだと思い
ハインリからの返事を
直接ナビエに渡すことに
決めていました。
そして、返事を待つ間、
コシャールと過ごすつもりでしたが
数日間、待っても
ハインリからの返事は
ありませんでした。
パルアン侯爵は
我慢できなくなり
マッケナに会いに行き、
ハインリのことを尋ねると
ハインリは遠い所へ
出かけたとのことでした。
そんなに長くはかからないので、
宮殿で待つようにと、
パルアン侯爵は
マッケナから言われました。
しかし、パルアン侯爵は
ナビエから最初の手紙を
渡されてすぐに
皇后の最側近のアルティナ卿から
再び手紙を受け取りました。
ナビエの性格を考えると、
これは、とても珍しいことでした。
ナビエにとって
深刻なことが起こっていると考えた
パルアン侯爵は
ハインリが帰ってくるのを待たずに、
西王国を後にしました。
◇まもなく離婚法廷◇
ハインリに会いに行った日を最後に
ナビエは皇后宮の外へ
出ることができなくなりました。
侍女たちも同様でした。
150年ほど前、
離婚を控えた皇后が
皇帝の殺害を計画したことがあり
離婚法廷が開かれるまで、
侍女たちと共に皇后は
皇后宮の外へ出ることができなくなり
外部の人間も
入ることができないという法律が
できたからでした。
ナビエは、閉じ込められたまま
大きな事を待っているせいか
昼間は時間が経つのが遅く感じられ
夜は、
1日があっという間に過ぎたことを
虚しく感じました。
ナビエは両親に、
再婚の話を
することもできませんでした。
離婚後、
すぐに再婚するからといって
離婚が待ち遠しいわけでは
ありませんでした。
日が経つにつれ心臓は重くなり
心は乱れて行きました。
離婚法廷の前日に、
ソビエシュがやってきました。
ナビエは、
離婚法廷の日が近づいている中
緊張とプレッシャーに
押しつぶされていたので
ソビエシュを見て、
一瞬、茫然となり
即位式の日のことを思い出しました。
結婚式の時は幼過ぎたし
前日までソビエシュと
騒いで笑っていたので
緊張しませんでしたが
即位式の日は
ミスをしても
直してくれる人がいない位置に
行くことに
訳もなく恐怖を感じました。
ソビエシュは驚くほど
普段と変わらず
威圧的で美しく
相変わらず元気そうでした。
前の晩
ソビエシュの髪を
全て抜いてしまいたかった
ナビエでしたが
実際に彼に会うと
そんな気も起こらず
虚しいだけでした。
ナビエは毅然とした態度で、
別れの挨拶をしに来たのかと
平然と尋ねました。
ソビエシュは
その質問には答えず
離れている時間は短いと
低い声で呟きました。
ナビエには、彼の言葉が
滑稽に聞こえました。
彼女が、
これからは、
二人で過ごした日々より
離れている日々の方が長くなると
返事をすると、ソビエシュは、
離婚をした後も
自分のそばにいて欲しいと
言いました。
かつて、離婚をした後も、
皇帝のそばに留まった皇后が
いなかったわけではないので
ソビエシュの提案は
不快ではあっても、
バカげたことでは
ありませんでした。
しかし、ナビエは、
自分たちが離婚をすれば、
他人になるので、
そういう訳にはいかないと
言いました。
すると、ソビエシュは
しばらく離婚をしたからといって
自分たちが、
他人になるわけではないと言いました。
ナビエは、
その言葉を不思議に思い
困惑しましたが
確かに、2人の間には
愛憎というものが残っているし
いくら忘れようと努力しても
一緒に過ごした過去を
根こそぎ取り除くことはできないので
離婚をしても
人並みの間柄にはなれないだろうと
ナビエは思いました。
ナビエはソビエシュを見ると
心が重いし
彼は罪悪感が強いようだけれど
離婚を通告する側が
このような話をするのは
少し厚かましいのではと
ナビエは思いました。
するとソビエシュは
慎重にナビエの手を握りました。
彼女は力を入れて
彼の手から自分の手を抜きました。
◇離婚法廷当日◇
前日、
ソビエシュが来てくれたおかげで
ナビエは虚しい気持ちを
消し去ることができました。
怒りはこみ上げて来たものの
未来を誓うには
その方がいいと思いました。
離婚法廷の当日
ナビエは、着替えた後、
自分の姿を鏡に映すと
声を押し殺して泣いている
侍女たちの姿が見えました。
自分は1か月前と
何も変わっていないのに
境遇は
すっかり変わってしまったことを
ナビエは実感しました。
ハインリと結婚の約束をしていても
こんなに悲しいのだから
結婚の約束をしていなかったら
どれほど絶望的だったことかと
思いました。
しかし、
ナビエを離婚法廷へ連れて行くために
ソビエシュが騎士を
送って寄こしたので
悲しみに耐える時間さえ
与えられませんでした。
ソビエシュは
ナビエが逃げると思って
このような手配をしたのかと
彼女は思いました。
ナビエは悲しいそぶりを見せずに
一歩踏み出しましたが、
騎士たちが跪いたため
立ち止まりました。
騎士団長は、
しばらく困惑した様子でしたが、
彼も片膝をつき、
頭を下げました。
ナビエ様が結婚してから
一番最初にやりたいことが
帳簿を見ることだなんて、
ナビエ様らしいです。
再婚をすることがわかっていても
離婚することへの
ナビエ様のせつない気持ちが
伝わってきて悲しくなりました。
このあと、大どんでん返しが
待っていると分かっていても、
ナビエ様を敬愛している
侍女たちや騎士たちの態度に
悲しみを覚えました。
一方、ナビエ様が再婚する
計画を立てていることを
知らないソビエシュの発言に
虚しさを覚えました。
人の気持ちを考えることなく、
自分だけに都合の良い計画を立てて
うまく行くと思っている
ソビエシュが
絶望するのも、もうすぐです。
次回はいよいよ待ちに待った
冒頭の離婚法廷のお話です。