893話 外伝2話 アリタルは、議長が優しい怪物なのかと尋ねました。
◇木の怪物?◇
最初は仲が悪かったんだ。
だからといって、
「どうかしている」と言うなんて
いくらなんでも酷いのではないか。
アリタルと議長が
親友だと思っていたラティルは、
議長の冷たい言葉に、自分が
訳もなく寂しくなりました。
しかし、アリタルは、
まだ議長と親しくないためか、
びくともせずに、
それでは何なの?
と尋ねました。
議長は無愛想に「さあね」と答えると
普通、人を見るや否や
怪物だとは思わないだろうと
アリタルを非難しました。
しかし、彼女は
議長が人間ではないと指摘しました。
彼は、
言い当てたのか、勘がいいのかと
呟くと、アリタルは、
それでは、あなたは何なの?
と尋ねました。
議長は、
しばらく考えているようでしたが
説明するのが面倒なのか、上の空で
善良な怪物だと答えて
アリタルに背を向けると、
彼女は初めて笑いました。
議長は、再び半死半生の植物を
見ていましたが、その笑い声を聞いて
アリタルの方を向きました。
そして目が合うと、
彼は突然眉を顰めました。
まるで見ることができない物を
見たような表情でした。
すぐに議長はさっと顔を背けて
再び植物に触れ始めました。
しかし、軟化した彼の態度を見た
アリタルは、
本格的に好奇心を抱いたのか、
今度は近くの岩に腰かけながら
いつもここにいるの?
と尋ねました。
議長は、それがアリタルに
何の関係があるのかと聞き返すと
アリタルは、
議長が善良な怪物でも悪い怪物でも
怪物なら気にすると答えました。
議長は、
気にするな、 邪魔だと抗議しました。
アリタルは、
何もせずに、じっとしているのに
邪魔なのかと尋ねました。
議長は、
そのように見つめているだけでも
邪魔だと答えました。
議長はアリタルと自分の間に
壁を作り続けましたが、
アリタルは好奇心を抱くと
簡単には離れないようでした。
アリタルは注意深く
議長を観察し続けました。
ラティルは、アリタルの心の中で
勢いよく湧き起こる
好奇心を感じました。
次第に彼女は、彼の行動を
不思議に思うようになりました。
彼は死にかけている植物を助け
怪我をした動物を治療しました。
彼の植物や動物に対する扱いは
柔らかく繊細でした。
怪物が飛び出したりもしましたが、
彼を襲う前に
木や草になってしまいました。
彼は怪物には
全く容赦がありませんでした。
日が暮れる頃、
ついにアリタルは確信を持って
議長が木の怪物ではないかと
尋ねました。
議長の顔に、
初めて、狼狽したような様子が
浮かび上がりましたが、
すぐに、額を露骨に顰めると、
大神官たちは、なぜ、
皆、馬鹿なのか分からない。
あっちへ行け。
うろうろしていると邪魔なので
少し、距離を空けて欲しいと
頼みました。
アリタルは、
ここで、距離を空けて立っていたと
議長と自分自身の間の距離を指しながら
楽しそうに笑って答えると、
議長はカッとなり、
距離を空けろというのは、
二、三歩離れていろということではなく
視界に入らない所へ行けという意味だ。
邪魔だ。 なぜ、しきりに
追いかけて来るのかと
ついに大声で叫びました。
◇つまらない夢◇
目を覚ましたラティルは
ベッドに座って枕を投げました。
議長に消えろと言われ
追い払われたことに
プライドが傷つきました。
いつも周りをウロウロしながら
稚拙で卑劣な計略を立てる議長が
一体どういうことなのかと
思いました。
ラティルは息を切らしながら
布団をポンポン叩き、
今、自分が夢で見たのは
アリタルの過去ではなく、
気にかける価値もない
つまらない夢だと
考えることにしました。
そうだよ、
そんなことはなかったんだ。
◇変な第一印象◇
ラティルは息巻きながら
食事をしました。
クラインは、久しぶりに
ラティルと一緒に
朝食を取りに来ましたが、
彼女がパンを一口食べる度に
鼻息を吐くと、我慢ができなくなり
自分と食事をしたくないのかと
尋ねました。
ラティルは否定し
ただ、考え事をしているだけだと
答えました。
クラインは、
自分のことを考えているのでは
ないですよね?と尋ねると、
ラティルは何も考えずに
「もちろん違う」と明るく答えて
パンをちぎりました。
しかし、議長に、
何度も消えろと言われたことを
また思い出したので、
手に力が入りました。
クラインは膨れっ面で
そんなラティルを
横目で見ていましたが
結局、まともに
食べることができなかったので
皿を下ろしました。
そして、初めて会った時から、
皇帝は性格が良くないと
思っていたけれど
このような時には、
その考えが強くなると
ブツブツ文句を言いました。
パンを食べながら、議長も、
けなさなければならなかった
ラティルは、クラインに、
何を言っているのか。
自分もクラインと初めて会った時から
クラインのことが
本当に変だと思ったと
半分、何も考えずに返事をしました。
クラインはバターナイフで
チーズを切っている途中でしたが
さっと頭を上げると、
初めて会った時、
自分が変だと思ったのか。
そんなことは言ってなかったのにと
言いました。
ラティルは、
後になって正気に戻ったので
パンをさっと口に入れて
返事ができないようにしました。
しかし、そのパンをクラインが
取り出してしまいました。
何をしているのかと思い
ラティルは目を丸くして彼を見ると
クラインは答えて欲しいと
きっぱり言いました。
ラティルは首を横に振りました。
それでもクラインは、
初めて会った時、皇帝は
本当に自分を変だと思ったのか?
兄の代わりに連れて来たことまでは
知っていたけれど、
第一印象は、変だという
レベルだったのかと尋ねました。
ラティルは、
今度も首を横に振りました。
しかし、クラインは
今、皇帝はそう言ったと
反論しました。
クラインの追及が終わりそうにないので
ラティルは口を塞いで
廊下に逃げました。
廊下を通っていた宮廷人たちは
皇帝が口を塞いで走って来ると
目を丸くして、
その後ろ姿を眺めました。
皇帝の行動を
不思議に思っていると、
その後を、クライン皇子が
忙しく追いかけ来たので、
彼らは、さらに目を丸くして、
互いに見つめ合いました。
陛下!陛下!お答えください!
ラティルは、
後ろから聞こえてくる呼びかけを
無視して走り続けました。
◇冷たい手◇
ラティルは仕事中、
ずっと頭を叩き続けました。
タッシールは、
会議中に時々頭を叩くラティルを
不思議そうな目で見ました。
後ろに立っているサーナットにも
ラティルの行動は
不可解に見えました。
彼の角度から見ると、
ラティルの行動は
いっそう目立ちました。
そして会議が終わると、
タッシールとサーナットは
ラティルに近づき、
ほぼ同時に、それぞれ、
頭皮か痛いのか、頭が痛いのかと
尋ね、同時にラティルの頭の横に
手を上げましたが、
ラティルが腰を屈めて抜け出したので
2人の手が触れてしまいました。
サーナットは驚いて
手を離そうとしましたが、
タッシールは、あえて避けることなく
サーナットの手をギュッと握ると、
彼の手は冷たくていいと
甘い言葉を囁きました。
サーナットは鳥肌が立ち、
彼が皇配であることを一瞬忘れて
手を乱暴に
振り払ってしまいました。
サーナットは上の空で謝ると、
ラティルを探しに行きましたが、
すでに彼女は消えていました。
彼は怒ってタッシールを見ましたが
彼はウィンクをすると、
ラティルを追いかけて、
執務室の外に出てしまいました。
サーナットはラティルのように
頭をゴシゴシ擦りました。
頭がズキズキして来ました。
◇最初から好き◇
サーナットとタッシールが
しばらく神経戦を繰り広げたことを
全く知らずに、
ラティルは忙しく一日を過ごしました。
仕事も頑張ったけれど、その合間に
クラインのことで頭を悩ますのにも
忙しくしていました。
そのせいで、夕食を食べに
部屋に歩いて行く頃には、
ラティルも少し悔しい気持ちが
沸き起こって来ました。
クラインだって
初めて自分と会った時、
変だと思ったのに、
どうして自分がクラインのことを
変だと思ってはいけないのか。
それは、自分とクラインの間に
ヒュアツィンテが
挟まっているからだと思いました。
ラティルは不満が出てくる度に
理性に慰められなかったら、
おそらく、もう少し
腹を立てていたと思いました。
ところが、辛うじて慰められた心は
クラインが、
ラティルの寝室の前の廊下に
椅子を持って来て座り、
コーヒーを飲んでいるのを見ると
すっかり消えました。
こんなこと、
何年もしていなかったと思ったら!
呆れ返ったラティルは
口をポカンと開けてクラインを
見ました。
クラインも気配を感じたのか、
首を回してラティルを見つけると
にっこり笑いながら
立ち上がりました。
しかし、クラインの微笑は
嬉しさから来る微笑ではなく
逃げても、結局、ここに来ることが
分かっていましたと
考えているような微笑でした。
ラティルは今回も逃げるかどうか
悩みましたが、宮廷人たちも
同じことを考えながら
自分を見ているようなので、
仕方なくクラインを連れて
部屋の中に入りました。
ラティルは扉を閉めるや否や
来たなら中で待っているようにと
小言を言った後、
廊下で何をしていたのかと
尋ねました。
クラインは、
ここにいれば、皇帝が来るとすぐに
自分を見てくれるからと答えました。
クラインは、今、
自分に怒っているから
こうしているのかと
尋ねたラティルは、
応接室を通って寝室に入り、
扉をしっかり閉めた後、
腕を組んでクラインを見ました。
それから、ため息をつくと、
クラインだって、
私と初めて会った時に、
私のことを変だと思ったんでしょ?
と尋ねました。
クラインは不機嫌そうな表情で
ラティルの視線を避けました。
彼女は額を押さえながら
首を横に振りました。
ラティルは、
クラインが怒るポイントを
知っていたため、初めて会った時に
彼が変だと思ったことと、
彼を側室に入れるつもりは
なかったという話は
できませんでした。
そうなると、当然、
ヒュアツィンテの話が出てくるし
クラインとこのような話をする時
ヒュアツィンテの名前を出すのは
禁物でした。
ラティルは、
今は好きなんだからいいじゃない。
怒らないで。
と宥めるように言いましたが
クラインは、さらにカッとなり、
自分を、もっと怒らせようとして
わざとそうしているのではないかと
主張しました。
ラティルは否定しましたが、
クラインは、そう聞こえると
言い張りました。
ラティルは、
本当に違うのに・・・と
ずっと否定しましたが、
クラインは信じ難いのか
怒りを露わにしました。
彼は、
自分も皇帝を見て変だと思ったのは
事実だけれど
自分はそれでもいい。
なぜなら、自分は皇帝が
本当に変だと思ったけれど
それでも好きだったからと言いました。
ラティルは目を丸くして
彼を見ながら、
今のは何なのかと思いました。
クラインは、
自分が何を言ったのか
分からないかのように怒り続け、
でも陛下はちがう。
陛下は・・・陛下は・・・
と言っているうちに
ヒュアツィンテの名前が
出そうになったので、むっとして
出て行ってしまいました。
ラティルは閉ざされた扉を
ぼんやりと見つめながら
途方に暮れました。
今、クラインは何て言ったっけ?
最初から
私のことが好きだったって?
◇視界に入らないのに◇
クラインの
「最初から好きだった」という
言葉を気にしながら
横になったせいか、その夜、
ラティルは、引き続き、
アリタルと議長の夢を
見ませんでした。
ラティルは夜明けに起きて
水を飲んでいる時に
そのことに気づきました。
しかし、一眠りして、
クラインの件が落ち着くと、
今度は、アリタルの過去が
気になり出しました。
プライドが傷つくことはあるけれど
それとは別に
議長とアリタルの仲が
どうして良くなったのか
気になりました。
ラティルは水を飲んで
ベッドに横になると、
再びアリタルの記憶を見ようと
集中しました。
その効果があったのか、
続けて「アリタル、アリタル」と
名前を呟いたところ、
気がついた時は、アリタルの視線で
ものを見ていました。
ラティルは、
アリタルがまた、岩の後ろに身を隠し
議長を見物していることに
気づきました。
ラティルは望み通り、
アリタルの記憶に
入り込むことができました。
しかし、意のままに夢を
見ることができた喜びもつかの間。
今回も、アリタルが一方的に
議長を見物していることに
気づくと、ラティルは訳もなく
自分のプライドが傷つきました。
いや、どうして、しきりに
議長を追いかけるの?
しかし、ラティルの本音を知らない
アリタルは、議長を見守りながら、
彼がどんな怪物なのか悩むために
一人で忙しくしていました。
そうしているうちに、
植物の世話をしていた議長が
突然ため息をつき、
曲げていた腰を伸ばすと
アリタルの方に向かって
手を伸ばしました。
そうするや否や、
どこからか蔓が、すっと出て来て
あっという間に
アリタルの足に絡みつき、
地面にバンと叩きつけました。
私の尾骶骨が!
強制的に地面に
尻もちをつくことになった
ラティルは、痛みのせいで
涙が少し出て来ました。
アリタルも痛そうに
体をよじりました。
そこへ無表情の議長が
ゆっくりと歩いて来て、
アリタルを冷たく見下ろしながら、
大神官だから、
できるだけ大目に見ようと
思ったけれど、
面倒なので駄目だと呟きました。
いや、一体、この二人は
どうやって仲良くなったのか。
ラティルは、
議長の不気味な呟きに
ぞっとしました。
アリタルが、上の空でも
すまないと謝って、早く自分の村に
帰って欲しいと思いました。
議長は、すぐにでも
アリタルを木にしてしまいそうな
雰囲気でした。
しかし、アリタルは
痛くて涙を流しながらも、
視界に入るなと言ったから
岩の後ろにいたのにと
抗弁しました。
なぜ議長が怒るのか
分からないという声でした。
その悔しそうな声の調子に
議長の顔はさらに険悪になり、
これはバカなのか。
と呟きました。
この時点でアリタルは何歳なのか
分かりませんが、
議長の正体を知りたくて、
彼の視界に入らないように
岩陰から議長の様子を見ている
アリタルが、
とても可愛く思えました。
このようにお茶目な面と
大神官としての崇高さを
持ち合わせたアリタルに
ギルゴールは
惚れ込んでいたのではないかと
思います。