422話 ガーゴイルを連れて地下城へやって来たラティルは、アナッチャと出くわしました。
◇結界◇
ラティルを見て、
本当に慌てたアナッチャは、
ここで何をしているのかと
尋ねました。
ラティルが1人で現れたとしても、
不審に思って警戒するはずなのに、
片腕にレッサーパンダを
抱きかかえて現れたので、
アナッチャの混乱は倍増しました。
彼女は、
ラティルが手に抱いているのは
何かと尋ねました。
ラティルは、
レッサーパンダだと答えると、
アナッチャは、
そのくらい自分も知っていると
怒りました。
アナッチャは、非常に警戒しながら
ラティルを注意深く眺めました。
ラティルはレッサーパンダを
もう少し強く抱き締めると
自分の友達の友達だと返事をしたので
アナッチャはもっと混乱しました。
ラティルは肩をすくめて、
なぜ、アナッチャがここにいるのかと
尋ねました。
実は、ラティルも
アナッチャと同じくらい、
ここで彼女と再会したことに
驚いていました。
ラティルは
ガーゴイルの願いを叶えるために
ここへ来ただけなのに、
一体どうして、
アナッチャがここにいるのか
分かりませんでした。
トゥーラが、一時期ここで
過ごしたという話は聞いていたけれど
もう逃げているはず。
それとも、もしかしたら、
ここに隠れているのだろうかと
考えました。
2人は、互いに相手を探りながら
意味のない言葉を交わしていましたが
それでも、
状況を把握するのが難しくなると、
ラティルは、
トゥーラは街中追い回されているのに
アナッチャは1人で平穏そうだと、
わざと彼女を刺激するような言葉を
口にしました。
トゥーラの名を聞いて、
アナッチャの目が
稲妻のように光りました。
続けてラティルは、
哀れなトゥーラ。
かつては栄えある皇子だったのに
今は人前に、姿を見せることすら
できなくなった。
どうしてこんなことになったのかと
露骨にアナッチャをからかいました。
我慢できなくなったアナッチャは
「そんなことを言うな!」と叫ぶと
ラティルに向かって突進しました。
拳がラティルの顔をめがけて
飛んできましたが、
ラティルは軽く腰を落として
それを避けました。
そして、彼女の腕を折って
地面に軽く押し付けました。
アナッチャは悪態をつきましたが
ラティルは、しっかり彼女を捕えて
地面にうつ伏せにしながら、
トゥーラは
苦労せずに大きくなったのに、
今は、あちこち逃げ回るのに忙しい。
可哀そうではないかと、
アナッチャを嘲笑いました。
アナッチャは怒りで
頭がおかしくなりそうでした。
アナッチャが、
なかなか、ここへ来た理由を
言わないので、ラティルは、
特に理由もなく、ここへ来たのか。
トゥーラが以前、
地下城で過ごしていたと
聞いたことがあるけれど、
それで、ここへ来たのかと
尋ねました。
その時、全身で
ラティルを振り切ろうとしていた
アナッチャは疲れてしまい、
体の力を抜きました。
そして、拳をぎゅっと握りながら、
自分がラティルを助けるので、
トゥーラを普通の皇子として
生きて行けるようにして欲しいと
頼みました。
ラティルはアナッチャを見下ろし、
彼女の拳を叩きながら、
そのようなお願いは、
アナッチャが自分に勝った時に
しなければならない。
今言っても、本気に聞こえない。
最近、アナッチャは、
アイニ皇后も裏切っているくせに、
自分が何を信じて、
アナッチャと手を組むのかと罵り
笑いました。
アナッチャは怒りましたが、
ラティルは、
自分が危険を冒してでも
彼女と手を握るだけの
条件でもあるのか。
そういうものはないのかと、
からかい続けました。
アナッチャは怒りで
口から血を吐きそうになりました。
ラティルは、
そんなアナッチャの首筋に
手を振り下ろして気絶させ、
押さえつけていた腕を放して
立ち上がりました。
その間、
放って置かれたレッサーパンダは
舌打ちをしながら、
本当にひどいと言いました。
ラティルは肩をすくめ、
自分と彼女は仲が悪いからと
言い訳をすると、
レッサーパンダのどんな望みを
聞いてやれば
結界を張ってくれるのかと
尋ねました。
その瞬間、ずっと両腕を垂らしていた
レッサーパンダが急変し、
自分が望んでいたのは騙すことだと
大声を張り上げると、
突然、前足で握っていた何かを
ラティルに振りかけました。
粗塩にでも当たったように
チクチクした感じがしたので
ラティルは目をぎゅっと閉じましたが
無理やり目を開きながら、
ガーゴイルのいる場所に向かって
そろそろ歩きました。
ところが、ラティルの足が
ガーゴイルに触れる前に、
少し柔らかい壁に遮られたように
行く手を阻まれました。
ラティルは拳で前を叩くと、
透明ではなく、
練った小麦粉を薄く延ばして
乾かしたような何かが前にあり、
それがラティルを取り囲んでいました。
ラティルは、
これは何なのかと、
3歩先にいるガーゴイルに
尋ねましたが、ガーゴイルは、
裂けそうなほど両端の口角を上げ、
両手を宙に伸ばし、からから笑うと
ラティルに向かって
バカみたい。 騙されたと言いました。
ラティルは、
自分を騙したのかと抗議すると、
ガーゴイルは、
これで吸血鬼の世界は消える。
これからは、
自分たちガーゴイルの世界だと
叫びました。
ラティルは、
していなければ、
少し怒っただろうけれど、
フワフワして可愛いので、
腹が立つよりは呆れました。
さらに、そんな中、アナッチャは
気絶したふりをしていたのか、
そろそろ起き上がると、
慌ててどこかに逃げて行きました。
よくもまあ、こんな状況で逃げたと
ラティルは力が抜け、苦笑いしました。
ガーゴイルは、
アナッチャにはあまり関心がないのか、
逃げるのを見ても
知らんぷりしていました。
ラティルは危機感さえ覚えずに
その光景を眺めてみいましたが、
しばらくして、
これは少し危険な状況ではないかと
真剣に考えてみようとしました。
ところが、突然、
ガーゴイルの後ろに狐の仮面が現れ、
その後頭部を強く殴りました。
両腕を万歳するように伸ばしたまま、
前に倒れました。
狐の仮面は、倒れたガーゴイルを
足でトントンと2回叩き
ラティルの方を見ました。
彼女は恥ずかしそうに手を振り
挨拶をしました。
狐の仮面は一緒に手を振り、
ガーゴイルを揺すって起こした後、
その首筋を握ったまま、
結界を解除しろと命令しました。
ガーゴイルがうなりながら
結界を解除すると、狐の仮面は、
再びガーゴイルを叩きつけて
気絶させました。
それから、
片手でガーゴイルを抱き上げると、
ラティルに、
ケガをしていないかと尋ねました。
ふと彼女は、なぜゲスターは
仮面をかぶると
雰囲気が変わるのかと思いましたが
ケガはしていないと答えて
お礼を言いました。
狐の仮面は、
念のため付いて来て良かったと
言いました。
ラティルは、
元々、ガーゴイルは
このような性格なのかと尋ねました。
狐の仮面は、
他のガーゴイルはとても平和的だ。
1人だけ、こういうことをすると
答えました。
ラティルは、その理由を尋ねると、
このガーゴイルは
元々、野心が強く、そのせいで、
ロードの味方をしていたけれど
ずっとロードが対抗者に負けているので
ロードの弱さに失望したのだろうと
答えました。
つまり、このガーゴイルは
自分を甘く見て、
飛びかかって来たのだと
ラティルは考えました。
狐の仮面は、
このガーゴイルの前では、
わざとでも恐ろしく
振る舞った方がいいと忠告しました。
それでも、ラティルは
相変わらず愛らしく見える
丸くてぽっちゃりした
レッサーパンダの後頭部を
撫でながら、一歩遅れて
アナッチャのことを思い出しました。
ラティルは、
アナッチャがここにいたけれど、
レッサーパンダのせいで
逃がしてしまった。
気絶させたけれど、
どこへ行ったのだろうかと呟くと、
狐の仮面は、
彼女を探そう。
おそらく地下通路を通って
外へ出たと返事をしました。
◇早すぎる◇
狐の仮面の予想通り、
アナッチャは息を切らしながら
地下通路を走り、外に出た後も
止まらずに走り続けました。
ラトラシルと絡むと、
ろくなことがないと思いましたが、
彼女とレッサーパンダの会話を
思い浮かべると、
本当に不思議だと思いました。
トゥーラが偽のロードとして、
利用されていたことを知った時、
アナッチャは、
ラトラシルがロードだと思いました。
しかし、ロードは別にいて、
あの赤毛の吸血鬼がロードでした。
ところが、レッサーパンダは
これで吸血鬼の世界は消えると
言いました。
これは、彼女が
吸血鬼だという意味なのか。
けれども、ラトラシルは
吸血鬼のように肌が青白くない。
それなのにレッサーパンダは、
ラトラシルが
吸血鬼であるかのように表現した。
それも、位の高い
吸血鬼であるかのように。
レッサーパンダは、ラトラシルを
裏切ろうとしていたので、
嘘をついてはいない。
一体、どういう関係なのか。
ラトラシルは何者なのか。
アナッチャは、
ひとまずトゥーラに会って
このことを議論することにしました。
ところが、彼との約束の場所に
到着する前に、 鬱蒼とした茂みの中で
アナッチャは
アニャドミスと出くわし、
立ち止まりました。
そばには、ロードを迎えに行った
アニャがいました。
もう行って来たのか。
早過ぎるのではないかと、
とても悔しい思いをしながらも、
アナッチャはロードに向かって
無理やり微笑みました。
怒りを露わにすることなく、
「早かったですね」と言いました。
しかし、アニャドミスに
どこヘ行くのかと聞かれると、
その笑顔は崩れました。
アナッチャは、
なぜアニャドミスが
あんな質問をするのか、
何を疑って
あんなことを言うのかと
訝しみましたが、
彼女は慌てることなく、
城を修理するための道具がなかったと
答えました。
幸いにも、アニャドミスは、
その言葉を信じたのか、
「そうですか」と返事をし
微笑みました。
そして、城を探して来いと言ったけれど
本当に探してくるとは思わなかったと
言って、アナッチャを労いました。
城を探し出せないと思ったなら
そんなことを命令しなければ
良かったのにと思いましたが、
アナッチャは、
役に立てて良かったと言って
微笑みました。
ところが、
その言葉を言い終わるや否や
ロードの顔が目の前に現れたので、
アナッチャは目を見開きました。
そして、アニャドミスは、
褒美をあげると言って
にっこり笑うと
アナッチャの首を噛みちぎりました。
自分の血が、
強い力で吸い込まれるのを感じながら、
アナッチャは目を見開き、
手で宙をかき混ぜました。
◇ハーレムの皇帝◇
ラティルは、
アナッチャがどこへ行くのか
確認するために、
アナッチャを発見しても、
わざと捕まえずに、
隠れて後を追っていましたが、
意外にもアニャドミスが現れ、
アナッチャと話をしているうちに、
アニャドミスは
彼女の首を噛みました。
血を飲むのかと思った瞬間、
ラティルは、アニャドミスが
時々気絶し、
血を飲むのを拒否していると
聞いたのを思い出しました。
もしかしたら、彼女は
血を飲まないせいで
気絶すると思い、血を
飲もうとしているのかもしれない。
そう考えたラティルは
すぐに前に飛び出し,
アニャドミスをつかんで
アナッチャから引き離しました。
怪力に押されたアニャドミスは
数歩後ずさりすると、
立ち止まってラティルを
見つめました。
思いもよらなかった状況に
戸惑っているようでした。
しばらくして、アニャドミスは
ラティルを指差しながら
お前は、
あのハーレムの皇帝ではないか。
と言いました。
狐の仮面を被っている時と
そうでない時の
ゲスターの雰囲気が違うと
ラティルは気付きましたが、
雰囲気が違うどころか
別人のようだと
思わないのでしょうか?
普段のゲスターは
弱々しくて、おとなしく
蚊さえ潰すことも
できなさそうなのに、
狐の仮面をかぶっただけで
ガーゴイルの後頭部を殴り
気絶させるなんて、ラティルは
変だと思わないのでしょうか。
もっとも、ゲスターが、
狐の仮面をかぶると
違う人間になったような気がして
弱い自分も強くなれるとか
言い訳をすれば、
ラティルも納得しそうですが・・・
ゲスターは、ギルゴールのように
敵か味方のどちらになるか
分からないという
どっちつかずの状態ではなく、
ラティルの味方なので
自分を助けてくれるなら
彼の性格が豹変しても
あまり気にしないのかもしれません。
相変わらず、気が強くて
ずうずうしくて、したたかな
アナッチャ。
どうせ、後で
裏切るつもりでしょうが
ラティルを助けるとまで
言い出したのは、
何としてでもトゥーラを
幸せにしたいからなのでしょう。
脱獄してからの苦難を
ずっと耐えられたのも
トゥーラがそばにいたから。
アナッチャは嫌な女ですが、
たとえ世界が滅びても、
ラティルの母親のように
息子を裏切ることはないと思います。