578話 ラティルの異変に気づいた狐の仮面は「結局、今回も」と呟きました。
◇10個の指輪◇
ラティルが座っている方の
床に転がっている瓦礫が
少しずつ、ゆっくりと
上に上がって行きました。
ゆっくりと進んでいた
ラティルの覚醒は、
ギルゴールの死に
ショックを受けたことで、
加速し始めたようでした。
ラティルの所へ行くことができず、
急いで狐の仮面に駆け寄りました。
彼はクリーミーを抱き上げました。
狐の仮面は、
ラトラシルが、あれほど嫌がっていた
覚醒をしたのが残念で、
彼の愛した姿が呪われた姿に
変わるかと思うと、心を痛めました。
しかし、すでに始まっている覚醒は、
ギルゴールが、突然、蘇らない限り、
止まることはありませんでした。
今のラトラシルの覚醒は、
ギルゴールを蘇らせるために
始まったものだったからでした。
問題は、すでにギルゴールが
吸血鬼だということでした。
果たして、覚醒したロードでも、
死んだ吸血鬼を、蘇らせることが
できるのだろうか。
ロードの能力は、
吸血鬼を作ることであって、
死んだ吸血鬼を蘇らせることでは
ないのではないか。
大切な人を
蘇らせることができなかった皇帝は、
歴代ロードの中で、
最も冷たくて恐ろしいロードに
なるかもしれませんでした。
狐の仮面は唇を噛み締めました。
アニャドミスの息の根を止めて
ラティルが覚醒することと、
アニャドミスの息の根を止めず、
ラティルが傷つかないこと。
2つのうち1つを選ぶとしたら、
彼は、当然、後者を選びました。
狐の仮面の服を引っ張りながら、
ロードがおかしい、怖いと訴えました。
狐の仮面は、
ここにいると、巻き込まれて危険だ。
皇帝は覚醒が終われば
戻って来るだろうから、
自分たちは、先に他の人たちを
避難させようと言いました。
クリーミーは、
危ないとは、どういうことなのかと
尋ねました。
狐の仮面は、
ロードは覚醒する時に周囲を爆破する。
この位置なら、
おそらく塔が崩れると答えました。
クリーミーは、
本当なのかと尋ねました。
狐の仮面は頷くと、
立ったまま動かないアニャドミスを
見つめ、
封印の仕上げをしないといけないので、
彼女を別の場所へ
連れて行った方がいいと言いました。
クリーミーは皇帝を見ました。
皇帝は、そばで自分たちが
彼女について話しているのを
聞いているのに、
ギルゴールだけを見下ろしていました。
本当に、
いつもと様子が違っていました。
クリーミーはそれが嫌で、
眉をひそめると、
狐の仮面の胸に顔を埋めました。
皇帝が、いつものように
いたずらっぽく話しかけてくれたり
しっぽを触ってくれればいいのにと
思いました。
あのような姿は彼女らしくなかったし、
それに、もしかしたら皇帝は
自分に名前をつけてくれた人なのかも
しれないので、
それも聞いてみたいのに、
あんなに恐ろしい様子では、
昔の話をするのも
容易ではありませんでした。
遠い昔、クリーミーは、
同族と馴染むことができず、
一人で離れて暮らしていました。
その彼に
見つけました!
と叫びながら近づいてきた
ロードを思い出しました。
クリーミーは、
狐の仮面の腕の間から
チラッと皇帝を見ました。
皇帝は普通の姿でしたが、
剣を持ったまま立っている
アニャドミスと
少しも変わりありませんでした。
もしかして、皇帝は驚きすぎて
アニャドミスのように
意識が飛んでいるのではないかと
思いました。
それならば、
クリーミーも皇帝を捕まえて
「見つけた!」と言ってあげれば、
また元に戻るのではないかと
思いました。
クリーミーは勇気を出し、
狐の仮面を揺すりながら、
降ろして欲しい。
ロードに話しかけてみると
訴えました。
狐の仮面は、
あの状態では、
話が耳に入らないと思うと
返事をしました。
しかし、クリーミーは、
それでも話してみると訴えたので
狐の仮面はクリーミーを降ろし
自分はアニャドミスの方へ
近づいて行きました。
すると、後ろから何かが落ちて
転がる音がしました。
アニャドミスをどのように運ぶべきか
悩んでいた狐の仮面は
そちらを振り返りました。
ラティルの上着の裾をつかんで、
振ったので、彼女のポケットから
指輪が転げ落ちたのでした。
その瞬間、
何も見えも聞こえも
していないかのように、
ギルゴールだけを
見下ろしていたラティルが
瞳を動かしました。
それから片手を下げて指輪を
拾いました。
クリーミーは、
自分が何か間違いを
しでかしたのではないかと思い、
ラティルの上着の裾をつかんだまま
固まっていました。
しかし、ラティルは、拾った指輪を
ギルゴールの指にはめました。
ラティルは、
ポケットの中から次々と落ちた
3つの指輪を
ギルゴールにはめました。
それから、ラティルは
直接ポケットの中に手を入れて、
他の指輪を取り出すと、
ギルゴールの6本の指にはめました。
しかし、最後の1つは、
すぐに、はめることができず、
とめどなく眺めていましたが、
ついにラティルは、
わざと空けておいた左手の薬指に
指輪をはめました。
狐の仮面は顔を背けました。
心が痛むけれど、
あれを見ている場合では
ありませんでした。
覚醒したラティルの性格は
以前とは違うだろうけれど、
理性を取り戻したラティルが
悲しまないように、
ラティルの覚醒に伴う被害を
最大限、防がなければ
なりませんでした。
ところが、その時、
あ! 動いた!
とクリーミーが叫んだので、
狐の仮面は、振り向くと、
目を大きく見開きました
指輪をはめたギルゴールの指が
かすかに動いていました。
ラティルも、
それに気づいたのか、
乾いた砂のようだった姿に、
ゆっくりと生気が戻ってきました。
やがて、ラティルから
ギルゴール!
と、クロウと話をしていた時とは
全く違う
驚きの声が飛び出しました。
ラティルは、
片手でギルゴールの頭を支え、
もう片手で、
ギルゴールの手を握って振り、
ギルゴール、気がついたの?
と尋ねました。
一方、狐の仮面は、
ポケットから小さな紐を取り出して
クロウに投げつけた後、
ラティルに近づきました。
紐はクロウに触れると
太いロープに変わりました。
まだ、ぼーっとしていたクロウは、
思いがけずロープに縛られると、
よろめいて尻もちをつきました。
狐の仮面はラティルのそばに立ち、
ギルゴールは大丈夫なのかと
尋ねました。
ギルゴールの状態が
心配だったのではなく、
急速に進もうとしていた
ラティルの覚醒が、きちんと止まったか
気になったからでした。
ラティルは、
動いている!
と答えました。
そして、ラティルが頭を上げ、
潤んだ目で彼を見つめた瞬間、
狐の仮面は思わず腰を下ろし、
彼女の頭に軽くキスをして、
よかったですね。
と言いました。
ラティルは、
うん、本当に良かった。
と返事をすると、涙を流しながら
ギルゴールを抱きしめました。
本当に良かった。
本当に死ぬかと思って驚いた。
と言う、ラティルの姿を、
狐の仮面は、
半分、安心する気持ち、
半分、複雑な気持ちで
眺めていましたが、
クリーミーを脇腹に抱えて、
ラティルたちに背を向けました。
クリーミーは、
何しているんだ!放せ!
僕もロードに
抱きしめてもらいたい!
と訴えましたが、狐の仮面は、
自分たちは、下で戦う者たちを
助けなければいけないと言いました。
しかし、クリーミーは、
僕はここにいる!
と抵抗しましたが、
狐の仮面は、チラッとラティルを見て
彼女がギルゴールに
気を取られている隙を狙って、
バタバタしているクリーミーを
さっと下に投げ捨てました。
クリーミーは悲鳴を上げました。
ラティルが、
その声に驚いて顔を上げると、
狐の仮面が、
壊れた壁の端に立って
下を見下ろしていました。
ラティルは、
ロープで縛られたクロウを確認し、
ギルゴールを置いて、
狐の仮面に近づくと、
今、悲鳴が聞こえたと言いました。
狐の仮面は、
あの赤いガーゴイルが皇帝のために
力を出してくれるそうだと
答えました。
ラティルは狐の仮面が
指す方向を見ると、
家の半分ほどもある巨大な石像が
怒った顔でしゃがんでいて、
クロウのダークリーチャーが
その下敷になっていました。
ラティルは、
ガーゴイルが大きくなれることに
感嘆した後、
クリーミーは、ここから飛び降りても
大丈夫なのかと尋ねました。
狐の仮面は、
大丈夫だと答えました。
それから、ラティルは
急いで後ろを振り返ったので、
彼女が何をしているのかと思い、
狐の仮面も一緒に振り返ってみると、
ラティルはギルゴールではなく
クロウのところへ行っていました。
彼女はクロウの目の前にしゃがみ、
彼と目を合わせると、
ダークリーチャーたちを
無力化しろと命じました、
人々の安危を気にする姿や
皇帝の口調が戻って来たのを見ると
ラティルは、
急速に進んでいた覚醒から
完全に抜け出したようでした。
狐の仮面は
見慣れた彼女の横顔をじっと見つめ
口元をかすかに上げました。
一方、クロウは、
まだラティルが言った言葉の
余韻に浸って、
ぼんやりとしていましたが、
ようやく我に返ると、
黒魔術師たちを日の当たる場所に
引っ張り出してくれるというのは
本当なのかと、
今までとは違う丁寧な口調で
尋ねました。
すっかり正気になったラティルは
目を伏せ、額と眉をしかめ、
クロウを見下ろしながら、
そうするつもりだけれど、
クロウは、
その光景を見ることができないと
言ったはずだと答えました。
クロウは、ラティルの
傲慢極まりない瞳を見て、
力なく微笑むと、
見られなくてもいい。
そうなればいいと返事をしました。
そして、クロウは、
身体を左右に振りながら、
このロープのせいで、
ダークリーチャーたちに
命令を下すことができない。
ロープが自分の魔力を
縛っていると訴えました。
ラティルは、
ロープをほどいたら
逃げようとするのではないかと
疑いましたが、クロウは、
自分が仕えていた人が
あのようになったのに、
逃げることができるだろうかと
アニャドミスを見ながら、
力なく呟きました。
ラティルは顎を上げて
クロウを見下ろし、
ロープを軽く叩くと、太いロープは
一気に切れて下に落ちました。
それを見た狐の仮面は、仮面の下で
少し驚いた表情をしましたが、
ラティルは、
クロウに集中していたので、
それに気づきませんでした。
クロウは両腕を動かしながら、
しばし、ラティルを
複雑な目で見つめましたが、
ラティルが目を細めると、
急いで外に向かって両腕を上げ、
何か呪文を唱えました。
彼が呪文を終えて腕を下ろすと、
ラティルは、長くて大きな通路を
風が吹き抜けるような音を聞きました。
ラティルは、
終わったのかと尋ねると、
クロウは、むっつりして
「たぶん」と答えるや否や、
外で、大きな歓声が上がりました。
ラティルがクロウを捕まえたまま
壁まで歩いて行くと、
ラティルの味方たちと戦っていた
ダークリーチャーが、
すべて倒れていました。
これを見た味方たちは
何が何だか分からなかったものの
良かったと思い、歓呼していました。
しかし、まだ攻撃を続けている
怪物たちが見えたので、ラティルは
あそこで動き回っている
あれは何なのか。
なぜ、ずっと動いているのかと
問い詰めると、クロウは、
あれはダークリーチャーではなく
怪物だ。
自分が呼んだのではないので、
自分の命令を聞くこともないと、
膨れっ面で答えました。
それでも幸いなことに、怪物たちは
ダークリーチャーに比べて
数が少ないので、下の方の戦力で
十分、相手ができそうでした。
ラティルは安堵して
クロウとアニャドミスを
交互に見ました。
そろそろ、仕上げをする時が
来たようでした。
◇歓声◇
ラティルはゲスターを呼び、
ヒュアツィンテのことを聞きました。
ゲスターは、
自然にラティルのそばに近づき、
先程、クロウに投げつけた
杖を持ちながら、
ヒュアツィンテは無事に解放された。
解放されるや否や、
カリセンの兵士たちを送ってくれた。
直接、本人が来たがっていたけれど、
数週間、閉じ込められていたせいで
身体が弱っていたようなので、
じっとしていて欲しいと言ったと
答えました。
下の方でも、
数少ない怪物たちはほとんど捕まり、
少しずつ片付いて行くような
雰囲気でした。
そして、何人かの人々が
上を眺めたかと思ったら、
1人2人と、頭を上げて
塔の上を見る人が増えて行きました。
ラティルは彼らに手を振り、
「ここも無事に解決しました」と
合図をすると、何を誤解したのか
意外にも歓声が上がりました。
ラティルは、
なぜ歓声が上がるのかと、
慌てて尋ねると、ゲスターは
意味深な笑みを浮かべながら
この場所を教えた時に、
皇帝はロードと
1対1の対決をしに行ったと
話したからだと答えました。
その言葉に、ラティルは驚きましたが
ゲスターは、
間違ってはいないのではないかと
言いました。
ラティルは、
1対1の対決をするつもりでは
なかったと思いながらも、
ゲスターに同意しました。
ところで、ラティルは
今、ゲスターが、いつものように
ぼそぼそ話さなかったので、
横目で彼をチラッと見ました。
しかし、ラティルは
彼に違和感を感じながらも、
彼にクロウを渡しました。
そして、
とりあえず、ここから離れよう。
後始末をしないといけないし、
アニャドミスをどうするかも
決めなければならない。
ギルゴールも、まだ目覚めていないし
やることが多いと言いました。
ロードが覚醒するのは
愛する人を失ったショックだけではなく
その人を蘇らせるためなのですね。
そして、ロードは呪われた姿。
狐の仮面の考えの中に、
さりげなく、とても大事なことが
含まれていました。
ラティルが無造作に、
ポケットの中に10個の指輪を
入れた時、
そんなことをしたら
落としたりするのではないかと
心配したのですが、
まさか、指輪が
ラティルの覚醒を止めるための
小道具だったとは。
作者様のストーリーテラーぶりに
感嘆しました。
可愛いクリーミーが
巨大な石像になるなんて!
ラティルのそばにいられなくて
怒っていたのでしょうけれど、
怒った顔の石像も
なかなか可愛いのではないかと
思います。
ゲスターなのか
ランスター伯爵なのか
アウレル・キクレンなのか
分かりませんが、彼は
黒魔術を使って、
ラティルのライバルを
陥れようとしたり、
蹴落とそうとする嫌な奴だけれど
ラティルへの愛は純粋だということが
よく分かりました。