693話 上官の人魚は、岩の間に頭を突っ込んだまま動かない部下の肩を引っ張ると・・・
◇助けに来るよ◇
部下の人魚は気絶していました。
だらんとした体は、
上官の人魚が、部下の肩から
手を放すや否や、
地面にドンと音を立てて倒れました。
誰だ!
上官の人魚は、
大声で叫びながら剣を抜き、
岩の隙間を突きました。
見守っていた人たちは
悲鳴を上げました。
中で起きている惨事が
目に浮かんでいるようでした。
けれども、
上官は目をいからせ、
ウンウン唸っていました。
人魚は剣を引っ張ったり、押したり、
振ったりしていましたが、
内側に半分ほど入った剣は
ビクともしませんでした。
一体、これはどうしたことかと
牢の中の老人は、
ぼんやりと呟きました。
老人だけではなく、他の人々も皆、
この奇怪な現象に戸惑いました。
人魚は人間より力が強く、
その強い力で岩の間に
剣を突き刺している上に、
ラティルが隠れている所に
剣の刃が半分届いていました。
それでも人魚は、まるで剣が
内側から掴まれているかのように
これ以上、押すことも
抜くこともできずにいました。
畜生!
上官の人魚は怒鳴りつけると、
剣をそのままにして、後退しました。
人々の口が、
さらに大きく開きました。
上官は、
どうしようと思って
及び腰になっている部下たちに
侵入者がいるので、
兵士たちをもっと連れて来いと
叫びました。
その言葉に部下たちは
監獄の中に入ろうとした瞬間、
稲妻のような速さで
誰かが飛び出してきました。
人々は、
ちょうどその場面だけを見ました。
その後、扉の方から、
何かがぶつかるような音が聞こえたので
そちらを見ると、部下の人魚2人が
共に気絶していました。
監獄の中に入って来た人魚4人のうち
3人が気絶したことになりました。
とんでもないことだ。
一体、どんな人が・・・
牢の中の人がボーっとして
呟きました。
まさに上官の人魚の心境も
同じでした。
上官は、
誰だ?
と歯ぎしりしながら尋ねました。
しかし、ラティルは返事の代わりに
「牢の鍵」と要求しました。
上官の人魚もラティルを無視して、
誰だ?
と再び尋ねました。
ラティルは「牢の鍵」
と再び要求すると、
上官は眉を吊り上げましたが、
ラティルは、もしもの時に
武力を行使するため、
緊張を緩めませんでした。
その時、意外にも上官の人魚は
分かったと素直に同意すると、
扉を開けてやる代わりに、
あなたが誰なのか
教えなければならないと
言いました。
ラティルは頷くと、
顎で牢を差しました。
上官の人魚が
鍵を取り出そうとするかのように
ポケットに手を入れました。
その瞬間、老人は
止めろ!
と叫びました。
ラティルは反射的に人魚に駆け寄り
気絶させました。
上官の人魚は、
ポケットに手を入れたまま倒れました。
ラティルは思わず気絶させた人魚を
見た後、老人を見つめながら、
なぜ、止めろと言ったのか。
彼が鍵を持っているかもしれないのにと
非難しました。
老人は、
先日も、救出寸前まで
行ったことがある。
その時、あの人魚は
素直に牢を開けてやると言った。
ところが、あの人魚が
牢の扉を掴んだ瞬間、
警報が再び鳴ったと説明しました。
罠だったのかと、ラティルが呟くと
老人は「はい」と答え、
次に集まった人魚は
4人ばかりではなく数が多かった。
結局、助けに来た人も捕まったと
説明しながら、
こっそり目で後ろを差しました。
ラティルは壁際に、
一人でぽつんと座っている人を
見つけました。
他の人たちは、
鉄格子の近くに集まっていましたが、
その人だけは
身じろぎもしていませんでした。
その時、
自分たちが罠にかかったことを
笑っていたのに、
隊長も下手をすると、
罠にかかりそうになったと、
メラディムがポケットの中で
くすくす笑いました。
人々の視線が、ラティルのポケットに
注がれました。 彼女は、
あっ、これは気にしないで。
しゃべるフナだ。
と言うと、
ポケットをポンポン叩きました。
そして、何やかやで鉄格子を叩けば
警報が鳴ってしまうとぼやき、
考え込みました。
老人は、
それもそうだし、
この人魚が触れても鳴ると言いました。
ラティルは、
そうですかと返事をすると
老人は黙ってしまいました。
ラティルが、これといった方法を
見い出せずにいると、
人々は肩を落としました。
ラティルはそれを見ると、
ひどく動揺しました。
閉じ込められた人々の中には
幼い子供もいるので、
人魚たちは本当に容赦がないと
思いました。
命を奪うことなく
閉じ込めているけれど、
死ぬまで、この狭い所に
閉じ込められているのも
やはり恐怖を感じるのではないかと
思いました。
ラティルは、
よし!
と明るく叫ぶと、
人々は再び希望に満ちた目で
見つめました。
老人は目をウルウルさせながら、
良い方法があるのかと尋ねました。
ラティルは、今はないと、
再び明るく叫ぶと、人々の肩は
さらに垂れ下がりました。
しかし、ラティルは、
大丈夫。 自分が歩き回りながら
鍵やその他の部屋を探してみると
自信満々に言いましたが、
人々は元気がないままでした。
それでも、念のためラティルは
気絶した人魚たちの服の中を
探しましたが、
やはり鍵はありませんでした。
ラティルは手を振ると
曲げた体を起こしました。
それから、気絶した人魚たちを
岩の隙間のあちこちに
隠しておいた後、人々に手を振り
行ってきます!
と言いました。
大人たちの間で子供だけが
一緒に手を振ってくれました。
ラティルは監獄を離れました。
突風のような女性が去ると、誰かが、
彼女の足首が折れたと思ったけれど
それにしては、よく歩いていると
呟きました。
その言葉に、人々は、
彼女が鉄格子を蹴った時に、
ポキッという音がしたのを思い出し
目を大きく見開きました。
足首なのか足なのか分からないけれど
確かに折れる音までしました。
もしかしたら、今度は
助けに来てくれるかもしれないと
誰かが希望に満ちた声で
呟きました。
帰れますように。
他の人も両手を合わせて
ギュッと目を閉じました。
皆は手を合わせて
切実に祈りを捧げました。
ところが、
対抗者も自分たちを見捨てたと
誰かが冷や水を浴びせました。
人々は、そちらに目を向けました。
先日、彼らを助けようとして
一緒に閉じ込められた男でした。
男は嘲笑っていましたが、
誰も彼を責めることは
できませんでした。
しかも、彼は、
今日も脱出を試みて
連れ戻されました。
そんな中、対抗者を見かけたけれど
無視されたという話もしました。
男は、
誰が自分たちを助けてくれるのか。
あの女性だって、
自分が助かる道を見つければ
一人で出て行くだろうと
言いました。
◇戻って来た!◇
牢の中の人々が、
何を話しているのか知らないまま、
ラティルは逃げ道を探すのに
忙しくしていました。
早く水を探さなければならないと
メラディムはポケットから
上半身を出して催促しました。
彼は、自分は大丈夫だけれど
このままでは、弱い血人魚は、
干からびてしまうかもしれないと
心配しました。
ラティルは袋を開けて中を見ました。
最初に袋に入れた時より、
血人魚たちが少し元気がないように
見えました。
水のど真ん中にいるのに、
水を見つけられないなんて
とんでもないと、
ラティルは嘆きましたが、
メラディムは、
とりあえず、先へ進もう。
きっと、うまくいくと慰めました。
ラティルは、人気のない道を
再び歩きましたが、
ゲスターを連れて来なかったことを
後悔しました。メラディムが
側室を一人連れて行こうと言った時
ゲスターを選べば良かったと
思いました。
そのようにして、
どのくらい移動したのか、
ラティルは壁に面している
怪しげな通路を発見して、
これは何かと呟きました。
通路というよりは、
棺桶のような形をしていました。
ところが話を聞くや否や、
ティトゥが頭を突き出して、
それだ!
と叫びました。
ラティルは、
これが出入り口なのかと尋ねました。
ティトゥは、確かにそうだと
答えました。
メラディムも
上半身をポケットから出して
中へ入ろうと叫びました。
ラティルは、
内側が完全に真っ暗な通路を見て、
壁を叩いてみました。その音は、
かなり奥深くまで広がりました。
ラティルは、
危なそうに見えると言うと、
メラディムは、
そうすることで、
何も知らない人が避けるように、
わざと、このようにしている。
ここが出口に向かう通路で
間違いない。
向こうから水の匂いが強くすると
言いました。
ラティルはメラディムを信じて
通路に入りました。
通路は滑り台になっていたので
ラティルは気をつけながら、
ゆっくり降りようとしましたが
結局、早いスピードで
滑って行くこととなり、
彼女は体をバタバタさせました。
そして、
水の中に体が放り出されると
辛うじてラティルは
気を取り直しました。
手から逃れた袋から、
血人魚たちが抜け出しました。
彼らは水に触れると、
本来の姿を取り戻しました。
その様子を見ながら
ふわふわと漂っているラティルを
太い腕が引き寄せました。
ラティルはメラディムの名を
水中で叫ぶと、
彼はニヤリと笑って、
ラティルを片腕で抱きながら、
素速く泳ぎました。
人間が泳ぐのと、ギルゴールが泳ぐのと
血人魚が泳ぐのとでは
全く感じが違っていました。
ギルゴールも素早く
安定して泳いでいましたが、
メラディムが泳ぐのとは
全く違う感じでした。
ラティルは、メラディムが
水面まで連れて行ってくれると
思いましたが、
彼はラティルを抱いたまま
蜂の巣のような洞窟へと
素早く進んで行きました。
そして、体当たりして
壁をぶち壊しました。
目の前で割れた巨大な岩の塊は
沈むことなく、跳ね上がりました。
メラディムはラティルを
洞窟の内側へ
連れて行ってくれました。
ラティルは地面に這い上がり、
急いで息を吸いました。
水の中にある空間なのに、
ここには水が
入って来ませんでした。
一方、メラディムがいる湖の方では、
依然として
メラディムと血人魚たちが
水に浮かんでいました。
ラティルは、
これは何かと尋ねると、
メラディムは、
これから人魚たちに
代価を払わせるつもりだと
水のない方へ入って来て答えました。
他の血人魚たちも、
こちらへ近づいて来ました。
さきほど、跳ね上がった岩の塊は、
どこかへ行ったのか
戻って来ませんでした。
ラティルは、
リュックサックを下ろして
ひっくり返すと、
中から水が流れ落ちました。
ラティルは、
人魚たちはどこにいるのかと
尋ねました。
メラディムは、
これから探す。
この中にいるはずだと答えると
拳で壁をドンと叩きました。
内側の壁が、水を打ったように
細かく揺れ動きました。
ラティルは、
上着から水気を絞って着直すと、
自分は人々を助ける方法を探すと
告げました。
しかし、メラディムは、
その必要はない。
このまま監獄へ行って
鉄格子を壊してもいいと言いました。
ラティルは、
警報が鳴ることを心配しましたが、
メラディムは、
人魚たちは自分たちと
戦っているので、
監獄へ行く余裕はないと
自信満々に言いました。
そして、ティトウには、
ロードと一緒に行って、
ロードが人間を救ったら
合流するよう指示しました。
ティトウは、
そうすると答えると、
すぐにラティルのそばへ
やって来て、
壁も壊したから
信じてくれるでしょう?
水に濡れているので、
あの変な粉がついても
小さくならないと思うと
言いました。
ラティルは、頷くと、
また後でと言って
ティトゥと一緒に
建物の中へと走りました。
大きくなったティトウは
役に立ちました。
彼は壁に耳を当てて
少し考えるだけで、
すぐに道を見つけることが
できるので、
ラティルは簡単に
監獄に到達することができました。
ところが、
ラティルが監獄の中に入ると
クッキーを分け合って
食べていた人々が驚いて
立ち上がりました。
老人は驚いて、
なぜまた来たのか。
脱出できなかったのかと
尋ねました。
ラティルは、
何を言っているのか。
助けに来ると言ったではないかと
訝しみながら答えると、
老人と他の人々は
さらに驚きました。
ラティルは、
自分の言葉を信じなかったのかと
非難すると、
皆に後ろに下がるように指示しました。
そして、人々が後ろに行くと、
ラティルは、
先ほど自分が蹴った鉄格子を
そのまま蹴りました。
今回は足ではなく
鉄格子が折れました。
警報が鳴りましたが、
鉄格子が曲がったので、
大人も十分に
抜け出せるようになりました。
人々は急いで監獄から出ました。
自分たちを救ってくれたと
老人は涙を浮かべました。
ラティルは老人にハンカチを渡すと
どこから出るのかと
ティトゥに尋ねました。
老人は感動を抑えて
ハンカチで目元を拭きました。
目元を拭いていた老人は
ハンカチの縁に刻まれた
「ラトラシル」の名前を見ました。
あの女性の名前だろうかと
老人は考えました。
彼は長い間、
監獄に閉じ込められていたので、
名前を見て、
ラティルが皇帝であることに
気づきませんでした。
しかし、彼は
いつか恩返しができることを願って
ハンカチをギュッと握り締めました。
さあ!こちらへどうぞ!
ラティルは
人々を急きたてながら
扉を叩きました。
人々が列をなして出て行くと、
ラティルはティトゥに
これからどこへ行くのかと
尋ねました。
ティトゥが答える前に
気力を失っていた男が前に出てきて
自分が道を知っている。
陸地につながる通路が
どこなのか知っていると告げました。
男は、先ほど監獄にいた時とは
全く違う視線で
ラティルを見つめました。
彼女を救援者を見るように
見ていました。
ラティルは彼の腕を叩きながら
人々を案内して連れ出してくれと
頼みました。
そして老人にも、この男と一緒に
他の人々の面倒を見てくれと
頼みました。
その言葉に老人は驚き、
ラティルは一緒に行かないのかと
尋ねました。
ラティルは、
他の仲間を連れて行かなければ
ならない。
今、彼らは人魚たちと
戦っているからと答えました。
それを聞いた人々は
驚いてティトゥを見ました。
ラティルは、
早く逃げろと促すと、
人々は躊躇いましたが、
すぐに男と老人の後に付いて
移動し始めました。
彼らが走り出すと、
ラティルはティトゥに
メラディムを助けに行こうと
言いました。
今度はティトゥは
壁の音を聞かなくても
進行方向を決めることができました。
そして、ついにティトゥは
ある石の扉を指差し、
この向こうに皆集まっているようだと
告げました。
ラティルはその言葉を聞くや否や、
石の扉を力いっぱい蹴りました。
血人魚と人魚たちが
戦っている場に、
強く威圧的に登場することで、
人魚たちの気勢をそぐつもりでした。
扉はドンという音を立てて
開きました。
ラティルは、
わざと荒々しい表情をして中に入り
数歩歩くと、
血人魚と人魚が左右に分かれて
対峙しているのが見えました。
彼らは、まだ戦っていませんでした。
ラティルは自分が入ってきた扉が
ちょうどその中央にある
扉であることに気づきました。
タイミングが良すぎると
ラティルが悪態をつくと、
メラディムと向き合っていた人魚が
ラティルの方を向き、
お前がこのばか者たちを
率いてきたのかと、
眉を顰めて尋ねました。
牢に閉じ込められた人間を
助けられるかどうか分からないのに
自分は絶対に助けると
断言できるところが
ラティルのすごいところだと
思います。
アニャドミスという最大の敵を倒した
ラティルは、対抗者との戦い以外なら
何があっても大丈夫だという
確固たる自信を
抱くようになったのかもしれません。
悲惨な状況なのに、
明るく振舞うラティルは、
能天気に見えるかもしれませんが
人魚の巣窟から人々を救うことくらい
ラティルにとって
大したことではなくなったのかも
しれません。