896話 外伝5話 議長はアリタルに自分がエルフであることを打ち明けました。
◇もう十分◇
ラティルが見たところ、
過去の議長は、自分が決めたエリアを
なかなか出ない人でした。
実際に、彼がいた所を
彼のエリアと呼ぶのは曖昧でしたが
とにかく、議長を見守った結果、
議長には、自分が滞在する所が
決まっていて、それ以外の所には、
できるだけ行こうとしませんでした。
彼が出没する山と広い野原、湖に
他のエルフが来たことは
ラティルが見たアリタルの記憶内に
確実にありませんでした。
確かに、エルフを見るのは難しいので
アリタルも、
議長がエルフだと聞いて驚き、
ギルゴールに自慢したんだろう。
とにかく議長は、アリタルを通じて
ギルゴールを紹介してもらい、
自分の正体も知らせた後は、
もっと、行動半径が広がりました。
しかし、アリタルは
議長が善良な怪物ではなく、
エルフであることを知った後も
質問が変わっただけで、
それ以外は何も変わりませんでした。
エルフは本当に草だけ食べるの?
エルフはどんな種族なの?
エルフと他の種族は大きく違うの?
あなた以外に
他のエルフは見たことがないけれど
普段は熊のように隠れて過ごすの?
議長が、静かに
好奇心を示すタイプだとすれば、
アリタルは、自身の好奇心を
果てしなく示すタイプでした。
アリタルは、
議長が自然の世話をしている間、
彼に付いて回りながら
あれこれ質問を浴びせました。
議長は、自分の知っている範囲内で
答えようと努力しました。
ラティルの目にはそう見えました。
しかし、それでも質問が止まらないと
ある時、議長はアリタルに
なぜ、しきりに質問するのかと
あからさまに尋ねました。
アリタルは、
それは気になることが多いから。
エルフの存在は知られているけれど、
見た人が、
ほとんどいないようだからと
答えると、
足元に生えている柔らかい草を撫でて
枯れて落ちた草を拾って
議長に一本ずつ渡しました。
議長は、アリタルが与える
怪我をした動植物を
一つ一つ治療しました。
アリタルは、
他のエルフたちは、
皆、どこにいるのかと尋ねました。
議長は、
遠い所。 別に、毎日顔を見て
過ごす必要はない。
それにエルフだからといって
皆、友達ではないと答えると
アリタルに、
人間同士は皆友達なのかと尋ねました。
アリタルは、それを否定した後、
他のエルフたちに会いたくないのかと
尋ねました。
議長は、
毎日会っても、顔ぶれは変わらないので
たまに元気かどうか尋ねればいいと
答えました。
アリタルは、
質問をたくさんする方でしたが、
だからといって議長は、
いつも返事だけしているわけでは
ありませんでした。
議長もやはりアリタルについて
気になることがあるように
見えましたが、大部分は
アリタルの神聖力についてでした。
生まれた時から使えた力なのか。
それで、
どこからどこまでやってみたのか。
自分のことが不思議だと言うけれど
平凡な人間である大神官が、
そのようなすごい神聖力で
誰かを治療して
怪物を倒す方がもっと不思議だ。
神聖力は、
どうやって使うようになったのか。
大神官になる前に、
神に一番愛されるだろうという
予感があったのか。
議長とアリタルが
比較的喧嘩をしなくなり、
ラティルも彼らの記憶を見るのが
難しくなりました。
数日間、
議長とアリタルが平和に過ごすと、
ラティルは、もうこの時期のことが
気にならなくなりました。その上、
追放されたガルムに関する情報を
得たおかげで、現実でも、事前に
ガルムに対する防備を
きちんとできるようになりました。
この程度の情報を得らればいい。
なぜ追放されたガルムの話に、
ギルゴールの表情が
歪んだのかも分かったし。
翌日、目を覚ましたラティルは
明日からは、
アリタルの夢は見ないようにしようと
思いながら、浴室に入りました。
◇同族からのアドバイス◇
その時刻、 現実の議長は
小さな小屋の木の椅子に一人で座り
裁縫をしていました。
ギルゴールが、
これから議長を監視すると言って
ずっと議長を追いかけていましたが
ギルゴールが退屈になって帰った後、
議長は、
ずっとこうして過ごしていました。
しかし、忙しく動いていた手は
すぐに興味を失って遅くなり、
後には針と布を下ろしました。
議長はため息をついて
遠い昔のことを思い出しました。
議長はアリタルと友達になってから
彼女と会う回数がぐんと増えました。
元々、アリタルは彼女自身の仕事がなく
ギルゴールが仕事へ出かけて
退屈な時には、
よく彼に会いに来ました。
しかし、友達になってからは
議長も一度ずつ
アリタルに会いに行ったため、
回数が増えたのでした。
そうやって過ごしていたある日。
議長は、数日間会えないことを
アリタルに理解してもらうと
本当の家に戻りました。
議長は出入り口として使う
大きな木の前に近づき、
その奥に入りました。
その空間の中では、数人のエルフが
それぞれ席を取って座り、
それなりに忙しく
自分たちの仕事をしてところでした。
議長は挨拶も交わさずに
彼らの横を通り過ぎると
入り口がアーチ型の
扉が付いていない
とある小さな家に向かいました。
家の中に入った議長は、
壁に付いている引き出しを開け、
白い粉を一握りつかむと
持ってきた袋に入れました。
そして、袋の紐を結んでいると、
エルフの一人が近づいて来て
テーブルに腰かけながら
「ここを見て」と声をかけました。
議長がチラッとそちらを見ると、
エルフは、
一言アドバイスしてもいいかと
提案しました。
議長は、アドバイスという単語から
尋常でない予感がしたので、
何も言わずに
紐だけを結び続けました。
エルフは議長の横顔を
じっと見つめながら、
最近、議長が人間に会うために
しきりに人間の村付近に
出入りしていると聞いたと
話しました。
議長は、
人間に会いに行くのではなく、
大神官に会いに行っていると
無愛想に答えました。
実際、議長は、
人間と大神官は少し違う。
だから神は大神官を
格別に可愛がっているのでは
ないだろうかと考えていました。
そういうこともあると
エルフは素直に頷きましたが、
それでも、
人間に会いに行かない方がいい。
人間たちは
早く死んでしまうではないか。
どんなに親しくなって、情が深まっても
まもなく死んでしまう。
だから、
できるだけ絡まない方がいい。
相手が大神官でも距離を置くようにと
アドバイスしました。
議長はエルフの言葉に
口元を片方だけ上げて笑いました。
エルフは、議長が
自分の忠告を聞き流していたことに
気づきました。
ついに作業を終えた議長は、
袋を手に取りながら、
あまり心配しなくてもいい。
自分はその大神官そのものではなく
彼女の神聖さの方に、より関心がある。
大神官が早く死んでしまうからといって
自分が傷つけられたり、
苦しむことは全くないと
平然と答えました。
◇少しの可能性◇
議長は、
その後も同族の助言を無視して、
アリタルと親しく過ごしていました。
彼は時間が経つにつれて
アリタルの神聖力に魅了されました。
彼は神聖力について、
二人で一緒に研究し、
自然について語り合う日常が
続くだろうと考えました。
いつかは、話がよく通じる
この大神官も死ぬだろうけれど、
相手が大神官という点と
人間の寿命を考慮してみると、
少なくとも60年以上、
もしかすると、70年か80年は
生きられるのではないかと思いました。
そんなある日。
四方に不吉な気配が漂い、
動物たちが、とりわけ怯えて
走り回っていた夜。大神官が、
死んだ自分の子供を抱いて
彼を訪ねて来ました。
彼女が抱いた子供からは
濃い血の匂いがしました。
大神官の疲労と怒り、
恐怖に染まった顔は、
以前の明るさだけに染まっていた
顔とは違っていました。
議長は身を屈めて、
大神官が抱いた子供を調べました。
何をするにしても好奇心を抱いて
よく笑っていた大神官は
初めて泣きながら、
子供を助けることができるだろうかと
尋ねました。
議長は、
何があったのかと尋ねました。
アリタルは、
分からない。血の匂いがしたので
振り向くと、
セルがシピサを殺めた後だった。
一体何が起こったのか分からないと
答えました。
議長も、大神官の子供である
セルとシピサについて知っていました。
議長はアリタルに
神聖力を使ってみたかと尋ねました。
アリタルは、
100人以上、生かせるほど使ったと
答えました。
議長は、
さらに子供を調べて見ましたが、
すでに子供は死んでいたので、
首を横に振りました。
議長は、
人間を治療することはないけれど、
他の植物や動物を数多く
治療してきました。
彼の経験上、
これほどの傷を負って死んだら
生かすことはできませんでした。
議長は、
もう死んでしまったので
どうしようもないと言いました。
しかし、アリタルは
子供を助けたい。
生かす方法はないだろうかと
かつてないほど、
強い願望を込めた声で訴えました。
議長は、
それでも駄目だ。
そのような方法は存在しないと
言わなければなりませんでした。
しかし、好奇心というものが
少しも残っていない
絶望に満ちた瞳と、
涙が枯れ果てているのを見た瞬間、
議長は小さな可能性を
示唆してしまいました。
◇家族◇
その後、紆余曲折の末、議長は
アリタルの子供であるシピサを
育てることになりました。
自分が誰かの父親の役割を
することになるとは
想像していなかったので、
議長は非常に当惑しました。
その上、シピサは
実際は幼い子供だけれど、体は大人。
さらには
ギルゴールの姿をしている上、
力が人間以上に強かったため、
世話をするのが、さらに困難でした。
途方に暮れた議長は、
シピサを連れて
エルフたちの所へ行くことにしました。
議長が、
エルフの村へ行って
3人で暮らそうと提案すると
アリタルは、
助けてもらえるだろうかと
渋々、聞き返しました。
シピサの死という事件を体験した後、
アリタルは
「それでもひとまずやってみよう!」
と言って、
明るく進んでいた姿が
かなり消えていました。
とりあえず聞いてみようと
返事をすると、議長は
エルフたちの村に通じる木を
訪ねました。
しかし、いくら頑張っても
エルフたちが集まっている区域に
入ることができませんでした。
どうして、入ることができないのか。
木の向こうに、
明らかにエルフの村が見えるのに、
そこに入ることができないと
今回は、議長も本当に慌てました。
それでも屈せず
しばらく試みていると、
先日、議長に助言をしたエルフが
彼を発見し、
直接村の外へ出て来ました。
議長はエルフをつかみながら、
自分は村に入ることができない。
もしかして同族たちが
自分の出入りを阻んでいるのかと
問い詰めました、
エルフは重いため息をつくと、
人間の大神官が、新たに
強い怪物を一つ誕生させ、そのそばで
あなたがそれを助けたという噂が
すでに村に広まっている。
あなたが入れないのは、
自分たちが止めているからではなく
あなたが彼らと
あまりにも深く絡み合って
入って来られない。
どうして、そんなことをしたのかと
尋ねました。
議長は目を見開き、
それでは、どうすればいいのかと
困惑しました。
同族の元に戻れないなんて
考えたこともありませんでした。
エルフは首を横に振ると、
自分も方法が分からない。
しかし、
あなたの手で犯した過ちなら
あなたが解決すれば
良いのではないか。
新たに生まれた怪物が
同族を作る前に
命を奪ってしまえばいいと、
心配そうな目で見つめながら
答えました。
しばらくして、議長は
あの子は6歳で、大神官の子供だと
言いました。
しかし、エルフは、
今や子供は怪物だし、
怪物を作り出した大神官も、
もはや大神官ではない。
大神官だったあの人間も、
これから苦労するだろう。
あなただけでも、
そこから抜け出すようにと
勧めました。
しかし、議長は、
自分がいなければ、
2人はまともに生きられないと
言いました。
エルフは議長を残して
村に帰ってしまいました。
議長が家に帰ると、
ソファーに座っていたアリタルは
急いで議長に近寄り、
どうなったかと尋ねました。
議長は率直に話すことができず
会えなかったと言い繕いました。
しかし、アリタルは議長の表情を見て
何か他に良くないことがあったことに
気づいたのか、
自分のせいで申し訳ないと
謝りました。
アリタルの目に
再び涙が溢れました。
議長は首を横に振りました。
彼は、
自分が関心を抱いていたのが
神聖力ではないことに
気づきました。
彼は両腕を広げて彼女を抱きしめると
大丈夫。
すまないと思わないように。
もう自分たち3人は家族だからと
慰めました。
ラティルが、この時点まで
アリタルの中に入っていたら
881話で議長が口にした
「私たち3人は家族ではないか」
という言葉の意味が
分かったのではないかと思います。
そうなったからといって、
ラティルの議長への
恨みがなくなることは
ないでしょうけれど。
ギルゴールは
何千年も孤独だったけれど
今は帰る場所があり、
アリタルの転生であるラティルと
仲良くやっていて、
まだ微妙な関係だけれど
シピサもそばにいる。
けれども、
アリタルと関わったために、
帰る場所も仲間も失ってしまった
議長は、アリタルとシピサと3人で
家族のように暮らしていたけれど
それさえも失ってしまった。
議長のやって来たことは
許せないけれど、
死ぬこともできず、
これからずっと孤独に
生きていくのかと思うと
可愛そうな気がしました。
もう、悪いことは考えず、
アリタルと出会う前の頃のような
生活を取り戻して、
再び、仲間の元へ戻れるように
なれるといいなと思います。