897話 外伝6話 ラティルはアリタルの夢を見ないことにしました。
◇お願い◇
アリタルと議長の夢を
これ以上、見ないことに決めると
翌日の夜から、ラティルは
平凡な夢を見るか、
あるいは夢も見ることなく
熟睡できました。
前世の記憶を見るには、
寝る前に、強く集中して
考えればいいのかと思い
ラティルは試してみたかったものの
今は、これ以上、気になることが
ありませんでした。
それに、寝ながら前世の記憶を見ると、
妙に、まともに寝た感じがせず、
すっきりと
ぐっすり眠れたわけでもなく
ずっと記憶に
苦しめられて来た感じでした。
後でまた別の怪物が現れたら、
その時に試してみよう。
ラティルは、前世の記憶は
後で必要な時に、再び見ることにし
当分は、平凡な皇帝生活に
集中することにしました。
しかし、その前に、
確認しなければならないことが
一つありました。
お昼の時間、
ラティルは食事をする代わりに
ギルゴールの温室を訪れました。
温室の扉を開けて入ると、
先日、ギルゴールが帰ってきた日に
満開だった花は消えていました。
きれいだったのに、また片付けたのか。
ラティルは扉の前に立ち、
辺りを見回しました。
その綿菓子のようだった花畑は
なくなっていましたが、
その代わりに、もう少し見慣れた
内部が見えました。
ラティルは、少し離れた所で
自分たちだけで囁いている
頭の花を無視して歩いて行き、
ギルゴールが、
2番目の子供が10歳になった時に
くれると言っていた木を発見して
笑いました。
しかし、ここにも
ギルゴールはいなかったため、
ラティルは、さらに内側に入り、
ギルゴールを呼びながら
彼が寝室として使っている
部屋の前まで近づきました。
半透明のガラスでできた扉を叩くと
幸い、ギルゴールは中にいたようで
入って来て、お弟子さん。
という声がしました。
面倒くさくて返事をしなかったのかと
ラティルは思いながら、
扉の取っ手を回して中に入りました。
ギルゴールは、
ロッキングチェアに座って
読書中でした。
ラティルは彼を睨みつけましたが、
彼は首を回すことなく、
ラティルが、もう殺気を飛ばす方法も
覚えたようだと言いました。
ラティルは、すぐに目から力を抜くと
ギルゴールは、ようやく首を回して
にやりと笑うと本を閉じ、
何の用事で来たのかと尋ねました。
ラティルは、
何の用事って、
ギルゴールに会いたくて来たと
ぶつくさ言うふりをして前に進み
彼が読んでいた本のタイトルを
見ました。
どの時代の言葉なのか
分からない言語でした。
ラティルは、
少し目を逸らしただけでしたが
ギルゴールは、すぐにそれに気づき、
彼女のお腹をくすぐりながら
どうして自分を見ないで
本を見るのかのと尋ねました。
ラティルは
体を捩りながら笑いましたが、
ここへ来た目的を思い出すと、
ギルゴールに、
一つお願いをしてもいいかと
尋ねました。
ギルゴールは、
言ってみるように。
でも、聞いてあげるという
意味ではないと答えました。
ラティルは、
ちょっと立って欲しいと頼みました。
ギルゴールは、
そんなに難しくないと思ったのか
彼は立ち上がりました。
ラティルはカニ歩きで横に移動すると
少し前まで、
ギルゴルが座っていた椅子に
座りました。
ラティルが何をしているのか
見ていたギルゴールは、
自分が外した席にラティルが座ると
目をパチパチさせました。
ギルゴールはラティルに
何をしているのかと尋ねると、
ラティルは、
試してみたいことがあると答えました。
ギルゴールは、
自分が立ち上がるか、
立ち上がらないかの試験かと
尋ねました。
ラティルは、それを否定すると、
アリタルの記憶の中で
彼女がした行動を思い出し、
すぐにそのまま
上半身を投げ出すように
ギルゴールの腰をつかんで
ぶら下がりました。
はたして、ギルゴールが自分にも
優しく背骨の心配をしてくれるのか、
それとも、
予想通りに自分をひっくり返して
何をしているのかと尋ねるのか
気にりました。
ギルゴールは、
何をしているのかと尋ねました。
ラティルは、
自分のことを心配して欲しいと
頼みました。
ギルゴールが「頭?」と聞くと
ラティルは、
それ以外の別のところと答えました。
ラティルは
彼の腰を抱き抱えながら、
彼を見上げました。
現実でも、一度くらい
優しいギルゴールを
見ることができたら
どんなにいいだろうかと思いました。
しかし、それを考えるや否や、
ギルゴールは、
ラティルを簡単に持ち上げて
米袋のように
自分の肩にかつぎました。
視界が一周すると、
ラティルはびっくりして
ギルゴールの背中を
つかもうとしました。
手をバタバタさせて
彼の背中に手を上げて頭を上げると、
ギルゴールが笑いを噴き出しました。
ラティルが予想していた
角度ではありませんでしたが
とにかく、
ひっくり返るという推測は
正解でした。
ラティルは、
一発叩いてくれと叫ぶ
ギルゴールの広い背中を睨みつけると
我慢できずに、
彼の肩甲骨を噛んでしまいました。
ひどい!
◇気になる怪物◇
過去のギルゴールと今のギルゴールが
確かに違うことを確認したラティルは
膨れっ面で執務室に戻りました。
そして、机に座りながら
シャツの袖をまくり上げると、
後ろに立っていたサーナット卿が
手を伸ばして
ボタンを留めてやりながら、
表情に怒りが滲み出ているけれど
大丈夫かと尋ねました。
ラティルは、
ギルゴールが自分をひっくり返して
かついだと、ぶっきらぼうに答えると
サーナットは
袖口まで、きちんと折り曲げながら
自分にもできると言いました。
ラティルは、
面白かったという意味で
言ったのではないと抗議すると
サーナットは「ああ」と
分かっているかのように
ため息をつきましたが、心の中では
かすかな喜びを感じました。
しかし、その素振りを見せる代わりに
手の甲で、訳もなく
自分の顎をこすりました。
サーナットは、
あまり怒る必要はない。
ギルゴールが変わり者だということは
彼の正体を、
まともに知らない大臣たちでさえ
皆、知っていると慰めると
ラティルは、渋々頷きました。
彼女は「そうですね」と返事をすると
拳で頭の横を2、3回叩きました。
考えてみれば、残念に思うことでも
ありませんでした。
人は時間が経てば
誰もが変わるものだけれど、
ギルゴールには、
途方もなく長い時間が過ぎている。
ラティル自身も、彼が
「優しいギルゴール」ではないことを
知りながら実験したのだから、
改めて残念に思う必要も
ありませんでした。
そうしているうちにラティルは、
サーナット卿も時間が経てば
変わるのだろうかと、
ふと気になって尋ねました。
サーナットは、
皇帝に対する気持ちは
変わらないけれど、
他のことは分からないと答えました。
ラティルは、
逆の可能性はないのかと尋ねました。
すると、サーナットは、
何を言っているのかと言わんばかりに
口角を上げながら、
自分は騎士なので、
自分の気持ちは方向が固定されていると
本気か冗談か分からない表情で言うと
ラティルは、訳もなく恥ずかしくなり
椅子を回してペンを取りました。
ところが、しばらくして
仕事をする準備を終えて、
新しく持ってきた白い紙を
書類の上に敷いている時、
ゲスターが
執務室の中に入って来ました。
サーナットは
ゲスターを見るや否や、
表情が固まりましたが、
ゲスターは最初から、
そちらには目もくれずに、
対怪物部隊小隊が
新たに捕まえて来た怪物について
言及しました。
ラティルは、
百花が怪物を捕まえて来たという
朝の報告を思い出しながら
ゲスターを見ました。
彼は黒魔術師でありながら、
意外と対怪物部隊小隊の仕事に
大きな関心を示しませんでした。
対怪物部隊小隊が怪物と戦うのは
研究とは全く関係のない
単純な攻撃と防御だと
考えているようでした。
そのようなゲスターが、
今日は先に執務室まで訪ねて来て
話を切り出すと、ラティルは
好奇心が湧きました。
怪物に関心を持って来たのか、
それとも今回の任務に
関心を持って来たのか。
いずれにしても、
ゲスターが、これをきっかけに
対怪物部隊小隊に
力を貸してくれれば
とても良いと思いました。
ゲスターは頬を赤らめ、
躊躇いながら、
その怪物たちを一度見てもいいかと
尋ねました。
ラティルは、
見るのは構わないけれど
どうして見たいのかと尋ねました。
ゲスターは、
気になる怪物が来たようだからと
答えました。
ラティルが
「気になる怪物?」と
聞き返すと、ゲスターは
違うかもしれないけれど、
とても貴重な怪物だと返事をしました。
ラティルは、
自分が話をしておくので
見に行って来るようにと
快く承諾しました。
ゲスターの狐の穴を使えば、
見に行くと言わなくても
見に行けるのに、
そのようにゲスターが
願い出てくれたことに
ラティルは感心しました。
そうしているうちに
ラティルは好奇心を抑えられなくなり
自分も一緒に見に行ってもいいか。
ゲスターが気にしているのを見ると
自分も、どんな怪物なのか気になると
そっと尋ねました。
ゲスターは、
もちろん、当然だと答えると
微妙な笑みを浮かべました。
◇監獄へ◇
夕食の時間。
ラティルはゲスターと一緒に
怪物を一時的に閉じ込めておく監獄へ
歩いて行きました。
ここの扉は、一般の刑務所の扉よりも
はるかに厚くて頑丈に
造られていました。
警備兵たちが扉を開けると、
ラティルは中に入りました。
監獄の中には百花が立っていて
ラティルを見ると、挨拶しながら
皇帝が訪問すると聞いて驚いたと
言いました。
百花はゲスターにも
お元気でしたかと
少しニュアンスが違う
挨拶をしましたが、ゲスターは
笑いながら通り過ぎました。
そうするうちにラティルは
ゲスターの脇腹を突つきながら
どんな怪物を探しているのかと
尋ねると、彼は百花に、
今日の午前中に生け捕りにされて
連れて来られた怪物が見たいと
頼みました。
百花は、
そのような怪物なら全部で三匹だと
答えると、ゲスターは
怪物の外見についても説明しました。
百花はじっくり考えてから
その怪物ならこちらだと言って
背を向けました。
◇偽の未来◇
百花がゲスターとラティルを
連れて行った所は
奥にある監獄でしたが、他の監獄より
不格好な形をしていました。
そこには、
手足が長くて、全身が灰色の何かが
膝を抱えて座っていました。
あれを見ようとしたのかと
ラティルが尋ねると、
ゲスターは「はい」と答えて、
あっという間に、
その怪物の目の前に行きました。
怪物は魂が抜けたように
空中を見ていましたが、
ゲスターが目の前に現れると
目を丸くしました。
ゲスターは
怪物をあちこち見回した後、
ラティルを振り返りながら
この怪物を
自分が連れて行ってもいいかと
明るく笑いながら尋ねました。
ラティルは、
構わないけれど、
危なくないかと尋ねました。
ゲスターは、
もちろん危ないだろう。
何か騒ぎを起こしたから捕まえられて
ここへ連れて来られたのだからと言うと
百花を見て、
ラティルに目配せしました。
しばらくの間、百花に
退いて欲しいようでした。
少し離れていてほしいと
ラティルが指示すると、
百花は首を傾げながらも退きました。
2人だけになると、ゲスターは、
再びラティルの横に現れ、
鉄格子の内側にいる怪物を指差しながら
あの怪物は、
偽の未来を見せてくれるという
面白い才能があると話しました。
ラティルが
偽の未来って?
と聞き返すとゲスターは、
未来は未来だけれど、過去に
自分や他人の選択が変わった時に
現れる未来だと答えました。
ラティルは目を丸くして
ゲスターを見ると、
本当なのかと尋ねました。
ゲスターは「はい」と答えました。
ラティルは、
つまり自分が過去に側室を入れず
ゲスターとだけ愛し合う未来を
見たいと言えば、
それを見せてくれるんだよねと
尋ねました。
ゲスターは、
ラティルの例えが気に入り、
ニッコリ笑いながら
「はい、そうです」と答えました。
ラティルは、不思議だと呟くと
ゲスターは、
誰にでも見せてくれるわけではないし
しかもかなり狡猾で、
幻を見せた後に攻撃して
命を奪ったりすることもあると
言いました。
◇願いを聞いてやる◇
その日の夕方、ラティルは
コーヒーを飲んでいる途中で、
ゲスターの言葉を思い出し、
怪物たちが閉じ込められている所へ
行ってみました。
他の怪物たちは咆哮を上げながら
鉄格子を叩いていましたが、
ラティルが通り過ぎると
本能的な恐怖で静かになりました。
反面、その偽の未来を見せてくれる
怪物は、とても静かにしていましたが
ラティルが近づくと
抱えていた足を伸ばして
近づいて来ました。
さらに、その怪物は、
理知的な様子でラティルを見ると
奇妙な声で「ロード」と
声をかけることさえしました。
自分のことを知っているんだと
不思議に思ったラティルは
腰を曲げて怪物と目を合わせました。
怪物は、長い指をゆっくり動かして
鉄格子をつかむと、
昆虫の目のような目で
ラティルをじっと見つめ、
ロードが自分を
ここから出してくれるなら、
先程ロードが話していたものを
見せてやると提案しました。
ラティルは、
私が何を話したって?
と聞き返すと、怪物は、
ロードがあの黒魔術師と二人だけで
愛し合っている時の姿だと
答えました。
ギルゴールは
十分、優しいと思うのですが、
ラティルの期待している優しさと
ギルゴールの実際の優しさに
相違があるのでしょうね。
ラティルが先に、
ゲスターとだけ愛し合うという例えを
口にしたけれど、
ゲスターも、元々、そのつもりで
ラティルに偽の未来を見せて
それが本物だと
思わせるつもりなのでしょうか?
先が気になります。