923話 外伝32話 ラティルはタッシールと二人だけの偽の未来を見に行くことにしました。
◇強い好奇心◇
お腹の中の赤ちゃんも
自分と一緒に
タッシールの幻想を見れば、
自分の父親のことを、もっと身近に
感じるようになるだろう。
ラティルは赤ちゃんが聞けば
呆れると思いながらも
時間があれば、
再び偽の未来を見せる怪物を
訪ねることに決めました。
自分が皇帝にならなかったら、
皇帝になっても
側室を置くと宣言しなかったら、
タッシールと自分が、
結婚する可能性はないのではないか。
タッシールとの偽の未来が
どのように繰り広げられるか
全く見当もつかなかったので、
ラティルは、すぐに
強い好奇心を抱きました。
数日後。
殺到していた仕事が一段落すると、
ついにラティルは、
偽の未来を見せる怪物を訪ね、
タッシールと二人だけの未来を
見せてほしいと要求しました。
◇タッシールとの出会い◇
偽の未来の中のラティルは、
どこかへ
旅行に行く途中のようでした。
ラティルは、
ゲスターとの偽の未来の時も、
皇女ラティルが
旅行へ出かけていたことを
思い出しました。
ラティルは、旅行シーンを
見たわけではないけれど、
旅行の途中で拉致されたところを
狐の仮面が救って
宮殿に連れて行ってくれたことで
2人が絡み始めました。
もしかして、
その偽の未来の中に出てきた
旅行なのか。何てことだ。
それは危険ではないのかと、
ラティルは、
突然、思い浮かんだ可能性に
不安を感じました。
しかし、
偽の未来の中の皇女ラティルは
そのようなことは全く考えもせず、
膝の上に乗せたノートに
ヒュアツィンテの悪い奴。
バカ野郎、糞くらえと
悪口を書いていました。
その時、突然馬車が大きく揺れて、
外から悲鳴が上がりました。
ラティルは、
本当に拉致されるのではないかと
考えましたが、
皇女ラティルは落ち着いて
どうしたのかと尋ねました。
彼女は、
あまり驚かなかったようで、
膝の上には依然としてノートがあり、
ペンの蓋も閉めていませんでした。
扉の向こうから、
反対側から来た馬車と
先頭の馬車が衝突したと
声が聞こえました。
皇女ラティルは座ったまま
馬車の扉を開きました。
馬から降りた護衛兵たちが
前方を見ながら
深刻な表情をしているのが
見えました。
馬車のすぐそばには、
ラティルも顔を知っている官吏が
一人立っていました。
状況があまり良くないのかと
皇女ラティルが尋ねると、
官吏は前方へ走って行き、
まもなく戻って来ると、
互いに横に避けようとして
ぶつかったので、馬は無事だ。
しかし、自分たちの馬車と
相手の馬車が壊れてしまった。
それでも、自分たちの馬車は
十分乗れるけれど、相手の馬車は
乗って行くのが難しいほど
壊れたそうだと報告しました。
ラティルは、
拉致事件ではなさそうだと
思いました。
皇女ラティルは
怪我をした人はいないかと
尋ねました。
官吏は、
こちらにはいないと答えました。
皇女ラティルは、
「相手は?」と尋ねると、
官吏は、もう一度
確認しに行こうとしました。
皇女ラティルは
ノートを隣の席に置き、
馬車の外に出ました。
官吏は驚いて、皇女ラティルに
中にいるように。
自分たちで、すぐに解決すると言って
彼女を止めましが、
皇女ラティルは手を上げて
官吏の言葉を遮ぎると、
誰の過失で起きたことなのかと
尋ねました。
官吏はしばらく躊躇った後に、
過失の程度は
似たり寄ったりのようだ。
馬車二台が、
十分にすれ違える距離だったので、
双方の馬車は横に避けて
通ろうとした。けれども・・・
と報告したところで、ラティルが
「ぶつかった」と口を挟んだので
官吏は「はい」と返事をしました。
皇女ラティルは、
官吏に静かにするよう合図をすると
ゆっくりと前方に進みました。
彼が言ったように、相手の馬車は
前の角が完全に壊れていました。
しかし、相手の馬車に
貴族の家門を表す紋章が見えない上、
馬車の外に出てきた相手が
とても若い男性であるためか、
護衛として付いて来た兵士たちは
馬車がすれ違うのに
ギリギリの距離だと思ったなら、
馬車を止めて、
こちらが通り過ぎるのを
待つべきだったのに、
無理に一緒に通ろうとするから
このような事故を起こしてしまったと
威嚇的に若い男を責めました。
若い男は、兵士たちが
自分の言いたいことを、
そのまま全部言ってくれたおかげで
自分は「同感です」とだけ
言えばいいと返事をしました。
馬車から降りて
兵士と喧嘩している相手が
タッシールだったので
ラティルは驚きました。
御者は、
ラティルの知らない人でした。
皇女ラティルは、
まだタッシールのことを知らないのか
心の中で、
あれは何だと思いながら
兵士と見慣れない相手の言い争いを
じっと見守っていました。
兵士は、タッシールが
耳障りな言葉を
しつこく言って来ることに
腹が立つのか、
言葉を交わす度に
首筋が赤くなって行きました。
しかし、兵士が「ふざけるな」と
いくら威嚇的に言っても、
タッシールは絶対に
ひるむことはありませんでした。
むしろ彼は、
壊れた自分の馬車を一度、
元気そうに見える自分の腕を一度
指差しながら、
この壊れた馬車を見るように。
自分が、こんなことで
ふざけていると思うのか。
それに壊れたのは馬車だけだろうか。
自分の骨もどこか
折れたかもしれないのにと
言い返しました。
こいつ、おかしくなったのか。
兵士たちはタッシールに
完全にうんざりしているように
見えました。
その上、さらに会話をすればするほど
この事故が、
自分たちのせいであるかのように
追い詰められ、
さらに表情が歪みました。
結局、兵士たちは
それ程、離れていない後ろで、
皇女ラティルが
後ろで手を組んで立っていることを
知らないまま、
無礼だ。今、この馬車に
誰が乗っているのかを知って
むやみに、そんな口をきくのかと
権力を前面に出して抗議しました。
タッシールは、
すごい人が乗っているようだと
指摘すると、兵士は、
そうだ。
それなのに丁寧に謝罪してくれないし
無礼な口のきき方をしている。
すぐに、その壊れた馬車を
横に片付けて消えろと怒鳴りました。
しかし、タッシールは
そんなにすごい人が乗っている馬車を
あんなに乱暴に操縦したのか。
本当に悪い人たちだ。実に不忠実だと
逆に兵士たちを非難しました。
その言葉に兵士の一人は、
かっとなって剣を抜きました。
そこまで見ていた皇女ラティルは
隣にあった馬車を
トントンと叩きました。
その音を聞いて
振り返った兵士たちは、
皇女を見つけると、
急いで頭を下げました。
タッシールは
皇女はラティルを見ましたが、
頭を下げたりせず、
その代わりにニヤニヤ笑いながら
あの人が、
その素晴らしく身分の高い人なのかと
尋ねました。
皇女ラティルは、
冷たい目でタッシールを一度見た後、
先頭に立って言い争っていた兵士に
なぜ、こんなに騒いでいるのか。
こんなに時間を使って
言い争うことなのかと尋ねました。
兵士は悔しそうな表情で、
あちらが壊れた馬車を
横に片付けてくれれば、
自分たちは通ることができる。
ところが彼らは、
馬車を片付けるどころか、
今回の事故が
自分たち側の過失で起きたので、
自分たちが彼らの荷物と人を
移さなければならないと
言い張っていると説明しました。
皇女ラティルが
タッシールを見つめると、
彼は哀れな表情を浮かべながら
とても立派で偉い方、
自分の腕を見て欲しい。
馬車が粉々になり、
私の腕も大怪我をした。
早く治療を受けに
行かなければならないのに、
1台だけの馬車が、
あのようになってしまった。
腕を怪我したから
馬に乗って行くこともできない。
それに、ここは
人がよく行き来する
街角でもないので、
自分と荷物を一緒に運んで欲しい。
自分の御者は馬に乗って行くので、
自分だけ近くの町まで
乗せてくれればいい。
治療費をくれと
言っているわけでもないのに、
これがそんなに無理な要求なのかと
自分の腕を上げて、見せながら
言いました。
その言葉に兵士は腹を立て、
お前の御者のミスで
馬車が粉々になったのに、
なぜ、それを殿下が
解決しなければならないのかと
話に割り込みました。
タッシールは目を丸くし、
片手で自分の口を塞ぎながら
今、何と言ったのか。
どこの国の殿下なのかと尋ねました。
知っているくせに。
何を企んでいるのか。
ラティルは、タッシールの芝居を見て
舌打ちしました。
しかし、皇女ラティルは、
席が空いているなら
乗せても構わないではないかと
言いました。
官吏は慌てて
止めようとしましたが、
皇女ラティルは、
これ以上、指示せずに
自分の馬車に戻ってしまいました。
皇女ラティルは、
相手がわざと自分に近づいたとは
全く思っていないようでした。
扉が閉まる前に、
官吏がタッシールに
その馬車ではない。
あの馬車だと叫ぶ声が
聞こえて来ました。
◇麻薬の売人◇
ラティルは、
ずっと皇女ラティルの頭の中に
いましたが、
彼女がどこへ旅行に行くのか
分かりませんでした。
皇女ラティルの頭の中は、
まだヒュアツィンテに対する怒りで
いっぱいだったからでした。
一度、
アナッチャとトゥーラに対する
怒りが沸き上がった後は、
サーナットやレアン、
神殿に行っている母親などについて
考えました。
そのため、ラティルは
真夜中になるまで
皇女ラティルの目的地を
知ることができませんでした。
馬車が森の真ん中に止まり、
今日はここで
野営しなければならないと
外で声がすると、
本当に遠い所へ行くようだと
推測しました。
ところが、皇女ラティルが
馬車の椅子に座って
ぼんやりしていた時、
草を踏む音が近づくと、
「こんばんは」と
誰かがそばで声をかけました。
タッシールでした。
皇女ラティルは、馬車の扉を
開けっ放しにしていたので、
すぐに彼の顔を
確認することができました。
何だ、あれは。
麻薬の売人か?
昼間、皇女ラティルは
喧嘩に気を取られていた上、
タッシールの近くに
立っていなかったため、
彼の外見を、あまり
気にしなかったようでしたが、
後からタッシールの雰囲気を見て
驚きました。
しかし、皇女ラティルは、
そんな素振りは見せずに、
何の用事なのかと
冷たく尋ねました。
タッシールは片手をお腹に当て、
礼儀正しく、腰を屈めると、
助けてもらったので、
お礼を言いに来た。
実は途中、休憩する時も
来たかったけれど、
何回阻止されたか分からない。
皇女の部下たちは、皆、
本当に真面目で気難しいですねと
ニコニコ笑いながら話すと、
皇女ラティルは額を顰めました。
皇女ラティルは、タッシールと
あまり話したくないのか、
首を再び正面に向けながら、
双方に過失があるのに、
被害はそちらの方がひどかったので
面倒を見るのは当然だ。
そんなに負担に思う必要はないと言うと
タッシールは、
下の人たちは皆、偏屈だったのに
我が殿下は寛大な方だと
胸に手を当てて感嘆しました。
しかし、その声は
非常に誇張されていて、
言葉遣いも芝居がかっていて
どこか不快なところがありました。
皇女ラティルは再び彼を見ました。
目が合うと、タッシールは
狐のような笑みを浮かべながら
殿下は本当にいい人だ。
そのお礼に、自分が良い知らせを
伝えてもいいかと尋ねました。
皇女ラティルは眉を顰めました。
先程、兵士たちが、
なぜ普段より険悪に
彼と戦っていたのか、
少し見当がつきました。
まるで麻薬の売人のような
この男の話し方は、
親切と嘲弄の間を、
ギリギリ、行ったり来たり
しているからでした。
後方で、官吏は皇女ラティルに
「追い出しましょうか?」と
目で合図を送りました。
しかし、皇女ラティルは
首を横に振りながら
良い知らせとは何かと尋ねました。
タッシールは、
タッシールが殿下に、
感謝と愛を送るそうだと答えました。
皇女ラティルは眉を顰めて
タッシールとは誰かと尋ねました。
タッシールは「はい」と返事をすると
自分の鎖骨の上に
両手をそっと重ねて笑いました。
皇女ラティルの顔が
一気に歪みました。
役人と兵士たちは、
これ以上我慢できなくなり
駆けつけて彼を引っ張りました。
恩人に挨拶すると言いながら、
何をしているんだ!
あっちへ行け!
タッシールは
素直に連れて行かれました。
皇女ラティルは
呆れて口を閉じることができず、
その後ろ姿を見て
首を軽く横に振りました。
彼女は、
変な人間もいるものだ。
村に到着したら、
すぐにでも別れなければならない。
しかし、皇女ラティルは
しばらく当惑しただけで、
それ以後、彼について
さらに深く考えませんでした。
彼女はあくびをし、
野営の準備が
終わるのを待ちました。
しかし、ラティルは
タッシールの行動が
疑わしくなりました。
タッシールは、確かに自分が
誰なのか知っている。
父親の命令で
自分の調査もしたと言っていた。
それなのに、なぜ、彼は
知らないふりをして
自分に近づいてくるのかと
訝しみました。
現実での
ラティルとタッシールの
初対面同様、偽の未来でも
二人の最初の出会いが
あまり良い雰囲気ではないのは
本物だろうが偽物だろうが
二人の性格は変わらないからなのだと
思います。
今後、この二人が
どのようにして接近していくのか
楽しみです。
mommy様
ご心配おかけして申し訳ありません。
またまたカテゴリー分けを
忘れてしまいました。
気をつけるようにいたします。