4話 ラティルを訪ねたアイニの目的は?
◇離婚はしない◇
ラティルが握手を求めると
思っていなかったのか
アイニは目を丸くしましたが
すぐに笑いながら手を握りました。
子供の頃から剣を握っていた
ラティルの硬くて分厚い手とは違い
アイニの手はか細く柔らかでした。
笑う姿もきれいでした。
第一印象も、とても魅力的でした。
このような女性と
5年間一緒に暮らしながら
愛さないというヒュアツィンテを
ラティルはせせら笑いました。
アイニは手を引いた後
もう一度
格式張った挨拶をしました。
彼女が挨拶を終えた後
2人は2分間ほど
見つめ合っていました。
2人の間に
気まずい空気が流れていましたが
先にアイニが口を開きました。
数時間前の
ラティルとヒュアツィンテの
会話について
話があるというアイニに
ラティルは異常を感じ
眉間にしわを寄せました。
あの部屋には
2人だけしかいなかったのに
ダガ公爵が
監視の目を光らせているのは
本当だと
ラティルは思いました。
アイニは、
皇女殿下とヒュアツィンテ殿下の
考えが違うようだから
率直に申し上げたい。
と言いました。
ラティルは頭の中で
ヒュアツィンテとダガ公爵の
権力構造を分析しながら
親切そうな笑みを浮かべて
話すように勧めました。
アイニは
5年後もヒュアツィンテと
絶対に離婚をするつもりはない。
彼を愛しているからではなく
彼が望むようにしたくないから。
その話を聞いて
心臓が燃えていくように感じた。
自分を捨てるために
結婚しようとする男と
暮らしたい人はいない。
プライドが傷つくので
先に自分が結婚を壊そうかと
何度も悩んだと言いました。
堅そうに見えたアイニの瞳が
しばらく揺れました。
一体どこで
アイニは2人の会話を聞いたのか。
その過程はどうであれ
彼女にとって
ひどい話だったに違いないと
ラティルは思いました。
しかし、アイニは
ヒュアツィンテが一番傷つくことは
自分が退くことではないので
結婚を壊さないことにしたと
言いました。
遺憾だと告げるラティルに
アイニは
最初はプライドが傷ついたけれど
怒っているはずのラティルが
そのように言ってくれることに
感謝の言葉を述べました。
そして、
自分の定番の友達だと言って
強いことで有名なお酒を
ラティルに渡し
一礼して出て行きました。
ラティルはうつむいて
苦笑いをしました。
◇見知らぬ男◇
その晩、ラティルは
アイニからもらった酒を
ちびりちびり飲みました。
とても効き目のある酒で
最初の一口は苦く
二口飲むとお腹の真ん中が熱くなり
三口飲むと
ヒュアツィンテのことは
どこかへ飛んで行ってしまいました。
ある瞬間から
ぼんやりと杯を傾けるだけになり
男は彼一人だけではない。
男は多い、途轍もなく多い。
ヒュアツィンテを
忘れさせてくれるくらい
とてもハンサムな男が必要だ。
と酔ったラティルは
ブツブツ言いながら
酒を飲みました。
その後、記憶が途切れ途切れになり
ぼんやりしてきました。
ハンサムな男と呟いていたら
目の前に
本当にハンサムな男が
見えるような気がしました。
非現実的な顔だったので
ラティルは酒が見せている
夢だと思いました。
夢なら捕まえないと。
ラティルは
男を捕まえて何かを話し、
男は笑いました。
精神が半分出て行ってしまったのか
自分が言っていることも
男が言っていることも
聞こえませんでした。
それを最後に
ラティルの記憶は完全に途切れ
目が覚めた時
彼女は見知らぬ男の前に
横たわっていました。
ラティルは完全に凍り付きました。
目の前にいる男は
夢の中の人物だと
勘違いしてもおかしくないほど
美しい男でした。
どれだけきついお酒だったのか。
ラティルは心の中で罵りました。
2人共、服を着ていたので
大きな事故を
起こしたとは思えないけれど
使節団の代表として
やって来た皇女が
見知らぬ男と
酒に酔って庭で寝ていたのも
大事故でした。
一緒に酒を飲んだのか
彼からも強い酒の匂いがしました。
男の瞼がピクッとして
今にも目を覚ましそうでした。
ラティルは急いで
その場を離れました。
◇知らんぷり◇
部屋へ戻って来たラティルは
頭がごちゃごちゃになりました。
あの男は
私が皇女だということを
知っているだろうか。
どうして、私の横で寝ていたのか。
彼も酔っぱらっていたのだろうか。
それなら、
私の事を覚えていないかもしれない。
あいつは何者だろうか。
宮殿で働く人なら
私を覚えていても口を閉ざすはず。
貴族だったら
結婚式で出くわすかもしれない。
服装を見れば
大体の身分が分かるので
ラティルは男の服装を
思い出そうとしましたが
あまりにも顔の存在感が強烈で
どれだけ頭を絞っても
彼の服を思い出せませんでした。
しばらく悩んだ末
ラティルは、男と会っても
知らんぷりをすることにしました。
自分だけでなく
彼も醜態をさらしたので
面子のために
互いに知らんぷりした方がいいと
思いました。
◇上座にいる男◇
ヒュアツィンテの結婚式に
出席するために
無理矢理、
大ホールへ行ったラティルは
一番上の席に
その男がいるのを見て
頭がおかしくなりそうでした。
彼はカリセンの皇族で
ヒュアツィンテの親戚である可能性が
高いことがわかりました。
ラティルに割り当てられた場所と
似ていることから
遠い親戚でもなさそうでした。
その男は
ラティルの方を
見ているような気がしました。
騎士団長に彼と知り合いかと
聞かれたので
ラティルは知らないと
嘘をつきました。
ラティルが顔を背けていると
彼も顔を背けて
知っている振りをしませんでした。
ラティルは安心することにしました。
◇空から来た男◇
タリウム帝国の皇女だと
部下から報告を受けた
クラインの口元が
ねじれ上がりました。
随分、肝が据わっていると思ったら
皇女殿下とは。
あの女は、
確かにこちらを見ているのに
不自然なほど顔をこわばらせ
知らんぷりをし
視線を避けていました。
最初から
私はあなたを無視する。
という信号を送っていました。
前の晩、クラインは
酔っぱらっている女騎士を
見つけたので近づきました。
彼女は酒瓶を持って
悲しそうに泣いていました。
うるさいので
追い払おうと思いましたが
彼女の力が強く
追い出そうとしても
びくともしなかったので
クラインは彼女に
もっと酒を飲ませて酔わせれば
静かに眠ると思いました。
それに加えて、
彼女がしきりに
ハンサムな男と呟きながら
泣いている事情も
知りたいと思いました。
クラインが
あなたの言うハンサムな男が
一体誰なのか。
どうしてそんなに泣いているのか。
と尋ねると、その女性は
クラインのせいで泣いていると
答えました。
そして、クラインの胸倉をつかみ
・・・・さん。
あなたのことが、どれだけ好きか。
でも、あなたが私を・・・
あなたは誰?
私の傷を癒すために
空から来ましたか?
とむせび泣きました。
クラインは皇后の実子ではないものの
皇子であり
美しい容姿を持って生まれたので
人気がありました。
けれども、乱暴な性格のせいで
15歳以降、
彼に求愛する女性はいませんでした。
当然、好きだと言いながら
彼にすがりつく女性も初めてでした。
クラインはぎこちなく
女性を抱きました。
酒の匂いの間から
土と草の匂いがしました。
自分のことが好きで
こんなに心を痛めている
女性がいると思うと
妙な満足感を得ました。
けれども、自分は皇子なので
女性なら誰とでも
結婚できるわけではありませんでした。
自分のことがそんなに好きかと
クラインが尋ねると
女性は、
あなたも私の元を
離れるつもりなの?
と答えました。
そして、
クラインを牢屋に閉じ込めて
縛って出さないと言う女性に
それは犯罪だと話した後
泣きながら
自分に愛の告白をしたのに
その気持ちを
受け入れられない同情心から
クラインは彼女と一緒に酒を
飲んであげたいと思い
彼女の代わりに酒を飲みました。
それなのに、目が覚めると
彼女はいなくなっていました。
あちこちに尋ね歩いても
黒髪で黒い眼の女性騎士について
知っている人はいませんでした。
あれだけ、
自分のことが好きだと言って
わあわあ泣いていたのに
自分一人だけ庭に残して
彼女が逃げたことに
クラインは気分を害しました。
それでも、
彼女は秘めた気持ちを
露わにしたことで
恥ずかしくなったのだ、
皇子である自分に
醜態を晒したことが
恥ずかしかくて逃げたのだと
クラインは理解しようとしました。
そのように考えると
彼女のことが可愛く思えました。
クラインは、その女性について
もう少し調べたいと思いましたが
兄の結婚式に
出席しなければならなかったので
無念を感じながらも
自分の部屋へ戻りました。
ところが、意外な場所で
彼女と出くわしました。
目さえ合わせようとしないので
腹黒いと思いました。
時間を確認したクラインは
席を立ち
口元をゆがめながら
女性に近づきました。
そして、
いい加減に目を逸らすのは止めて
挨拶でも交わしませんか?
と言いました。
クラインの性格は乱暴で
すぐにかっとなるかもしれませんが
ヘウンのように
皇位を狙う野心もなさそうですし
ヒュアツィンテよりは
純粋な心を持っていそうな
気もします。
逃げてしまったラティルのことを
理解しようとするなど
優しい一面もあると思います。